第二章 ⑦
「レイロン地区ねぇ……なーんであの子、そんなところに向かったんや?」
ネットカフェのVIPルームであぐらをかき、濃藍色の髪の少女――紫咲は不思議そうな声を上げた。
今、VIPルームには三人の人間がいる。
一人は紫咲。濃藍色の髪の虚子の少女。
一人は、白滝。紫咲の同調者でもある大柄の男。
そしてそんな二人に囲まれ、身を縮こまらせている少女――パソ子。
脱走したSS001がレイロン地区に向かったという話を聞いた要と必は、すぐにも出発した。相変わらずの行動力であり、最低限の荷物を整えて去っていった。パソ子もやることは終わったとばかりに久しぶりにゴロゴロしようと(要が眠っている間、彼女は徹夜で作業していたのだ)横になっていたところに、この二人が現れたのである。
その顔と特徴には、見覚えが――正確には聞き覚えがあった。
自身を襲ったという特対官。
要たちが過ぎ去るのを待っていたとばかりに、その二人は気軽な様子で現れたのである。
幸い、以前のように即座に攻撃されることは無かったが、それでも威圧的に脅され、手に入れた情報を全て教えろと言われての今である。
「大規模特災の被災地……確かお嬢様と陽彩が出会い、そして失った場所だ」
「それは知ってるけど、でもなんも無いやろ。今さらやん。まさかそこで一片を探すっちゅーんか?」
「この六年間、あの子が何をしていたかは分からんが、お嬢様との記憶はあの時のことだけと聞いている。そう考えると、あるいは……な」
「まっ、それもそうか……。うちらには、それしか頼る術が無いもんな……」
やるせないように舌打ちをこぼす紫咲の頭を、無表情のまま白滝は撫でる。その手を紫咲は気恥ずかしそうに払いのけた。うっとうしいわ、と小声で呟く。
そんな二人の様子を見つめながら、おずおずとパソ子は手を上げた。
「あ、あのー」
二人の視線がパソ子に向く。特別、敵意のある視線では無かったが、自身を襲った脅威ということもあり、パソ子は出しかけた言葉を引っ込めてしまう。
「なんや?」
紫咲が先を促し、ようやくパソ子は口を開いた。
「あたしは……もう捕まったりはしないよね……?」
「なんや、そんなことか。もう欲しいもんは手に入れたし。いらんわ」
ぶっきらぼうなその言いざまに、どう解釈すれば良いのかと内心でパソ子は迷う。いらない、というのは、不要だから殺す、ということだろうか。関西弁であることが余計な恐怖を誘う。
パソ子の不安を解消するように、白滝が補足した。
「安心しろ。キミをどうこうするつもりは無い。俺たちは、陽彩――SS001だったか、彼女を追えればそれで良い」
「そうそう。本当はお前を捕まえて知ってる情報を洗いざらい吐かせるつもりやったんやけど、白滝があの特対官二人に任せた方が話早いんやないか、って言うてな。一理あるおもーて、それに乗っかったわけや」
大成功や、と紫咲が犬歯を剥き出しにして笑う。獰猛な笑みにも見えるが、見た目相応の少女らしい快活な笑みに見えた。
(意外に悪い人たちじゃない?)
無骨ではあるが紳士然とした白滝と、口は悪いが明け透けではっきりしている紫咲。そのどちらからも悪意のようなものは感じ取れない。自身を襲ったという事実は変わらないが、何かしらの目的をもっての行動であったことや、外傷を与えられていなかったことも思えば、印象を良い方向へ傾けてもいいのかもしれない。
「あ、はは……良かったー」
安堵するパソ子をよそに、紫咲がPCから必要な情報をスマホに抜き出していく。パソ子もそれを止めることはしない。元々、求められれば情報を開示することに忌避感は無い。お金も取っていないし、情報収集は彼女の趣味だ。
但し、真偽の判断は受け取り手に全て委ねており、そこに保証するつもりも一切ないが。
「そんじゃ、おおきになー。ほんま助かったで。こまいことは苦手やねん」
「お節介だろうが、子供の火遊びも程々にした方がいい。キミを追っていた特対官はこちらで無力化しておいたが、未だに追われている身であることは変わっていないからな」
「さ、さいですか~」
来た時と同様に、嵐のように過ぎ去っていく二人を見送ってから、ようやくパソ子は肩の力を抜いた。
緊張のためか、背中がじんわりと汗ばんでいる。それが不快で気持ち悪い。
「あ、先輩たちに一応教えてあげないと」
思い出したようにPCでアプリを立ち上げ、パソ子は先の出来事をチャットに打ち込んだ。一通りの情報を送信し終え、ようやく息を吐いて心と身体を休ませた。




