第二章 ⑥
「あのクソガキ、全然電話でやがらねぇっ!」
オフィスで一人、竜胆は悪態と共にスマホをソファに投げつけた。投げつけられたスマホには通話の発信画面が表示されており、そこには「周防要」と表示されている。ここ数日間、何度なく連絡をかけているが、応答する様子は見られない。そもそもスマホの電源を切っているのだろう。折り返してくる雰囲気すら感じられなかった。
腕を組んで親指の爪を噛みながら、竜胆は先日の上司の言葉を思い返す。
依頼の中止を言い渡されてから一日、上司から電話がかかってきたのだ。また面倒ごとかと書類整理をしながら応答するかどうか迷い、数コールも連続したために諦めた心地で電話に出た竜胆に、電話にすぐ出ないことへの文句よりも先に上司が発した一言がこれである。
『周防さんたちいる?』
その言葉に色々と察し、竜胆は痛むようにこめかみを抑えた。
「いつもいるわけじゃないので、いないですよ」
『ああ、ごめんごめん。そういうわけじゃなくて。周防さんたちって今フリー? 連絡取れる?』
「取ってみないと何とも」
あなたの相手をしてるから連絡できませんけどね、とは心の中でだけ言い放っておいた。
『じゃあ、この電話が終わったらすぐに伝えてほしいんだけど。ちょっと面倒なことがあってね』
「面倒なことですか?」
『そうそう。この前、ハッカーの拘束を依頼したいって話をしたじゃない? あれ、別の人に頼んだんだけど……』
そこで少し言い淀み、思い切ったように上司は続けた。
『負傷して意識を失った状態で見つかったんだよね。もちろん、ハッカーの拘束も出来ていない。けどね、ハッカーの潜伏先で爆発事故があったっていう情報が入ってきてね』
爆発――嫌な響きだ。この一年間、何度聞いたことか。主に苦情という方向で。
『それでまぁ、これはその……いや全然信じてないんだけど、高校生くらいの少年と銀髪の虚子らしき女の子が確認されているんだよね。これと爆発って、なんか符号的じゃないかな』
「そうですね。なんだかどこかで聞いたような気がしますね。誰ですかね」
『そうだねー。僕もなんだか聞き馴染みがあって、思わず君に連絡しちゃったんだ』
『「あはは」』
二人の乾いた笑い声が重なる。
爆発、少年、銀髪の虚子、さらに言えば、虚子から人に戻ったという噂を入手したハッカー――。
もはや疑うまでも無い。確定的だ。状況証拠だけしかないが、その状況証拠が全てを物語っている。
(あ、あいつらぁぁぁぁぁ、なにしとんじゃーーー―ッ⁉ は? 拘束に向かった特対官が負傷して見つかった⁉ ハッカーの潜伏先で爆発⁉ 高校生と銀髪⁉)
それがつい数日前のことである。
その後は、とりあえず上司にはすぐに要たちに連絡するとだけ伝え、ひたすら毎日、迷惑電話の勢いで連絡を続けているが、電話には出る気配は無い。自宅を知っているので家にも向かったが、インターホンを鳴らしても出てこず、それどころか人のいる気配が無かった。一日張り込んで様子を見ても人の出入りは無く、要たちが帰っていないことは明白である。
竜胆は頭を抱える。
本格的にあいつらやらかしやがった。
要の危うさは把握していたが、無茶はしない子だと思っていた。それは自身の立場が目的に利するからであり、そうした冷静さは併せ持った利口な子供だと思っていたのだ。だが、こうも軽々と一線を踏み越えるとは。それも政府の派遣した特対官を撃退した? あり得ない。それはもはや犯罪だ。特対官が私情で力を振るうなど、それも市井の非公認ではなく、政府の公式ライセンスを取得した特対官が好き勝手に力を振るうなど、それは虚虜と何が違うのか。知性を持つ分、虚虜よりも厄介では無いか。
あれから上司の連絡は無い。一応、毎日、報告メールでどういったアプローチで二人を捜しているか、その結果はどうか、は伝えているが、「頑張って」と簡素な返事ばかりである。それが逆に怖い。どんな責任を取らされるのか。
なにより――
(いや、私の立場も怖いんですけど、あの子たち、指名手配とかされませんよね?)
一年も関わってきた子供たちだ。情もある。彼らが決して、本質的な悪人でないことなど、竜胆ははっきりと理解している。それが悪人のように扱われ、犯罪者として追われるかもしれない。そんなことはやりきれない。
仲睦まじい兄妹である。
兄は妹を思い、その妹を人に戻したいと願っている。
妹は失われた空虚さを抱えながら、心を同じくする兄を慕って付いて行っている。
それがこうも悪い方向に転がってしまうのは、あまりに救われないでは無いか。
「だから早くでろでろでろクソガキぃ。今ならまだ間に合いますから。私があの手この手で言い訳して平謝りしますからぁぁ」
再びの電話を試みようと竜胆がスマホを手にした瞬間、彼女が操作するよりも先にスマホが震えた。暗転していた画面が切り替わり、周防要の名前が表示される。
ほぼ反射の勢いで画面をタップし、竜胆が開口一番に放った一言がこれである。
「なにしとんじゃクソガキぃッ‼」




