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第二章 ⑤

「びんご!」


 パソ子の大きな声で、要は目を覚ました。状況を理解するように周囲を見回し、自身が何時間も眠ってしまったことを感覚的に理解する。いや、1日以上か、と腹の空き具合から要は何となく察した。


 よくよく考えれば、特災に対処してからずっと、パソ子の襲撃もあり、ろくな休憩も挟まずに張り詰めた状態を続けていたのだ。緊張の糸が一瞬切れてしまったのも無理は無いことと言える。


 普段がだらけている分、疲れの反動も納得か。


 凝り固まった身体をほぐすように少しずつ身体を起こし、寝ぼけ眼を擦る。寝続けたせいか頭がぼんやりとして重く、すぐにも働いてくれそうにない。ともすれば、二度寝してしまいそうな倦怠感だ。


「おはよ、要」

「ああ、おはよう。俺は何時間寝てた?」

「んー……一日ちょっと?」


 まじか寝すぎだろ、と己の体たらくに呆れかえる。特対官にも狙われているというのに、油断しすぎだ。


 意識を覚醒させるためにも両手で頬を叩き、ドリンクサーバから冷えた水をコップに注いで一息で飲み干す。それでようやく、頭がすっきりとしてきた。寝すぎた倦怠感は別として、身体は十分に回復しているようだ。


「ほうほう、なるほどなるほど。これ、分かってて行ったのかな。いや、たぶんそうだよね。じゃないとあんなところ……うーん」


 要が起きたことにも気づかず、ぶつくさと繰り返すパソ子。モニタには地図が移っており、そこには何かが移動した流れが点と線との繋がりで表現されている。


「何か分かったのか?」

「あ、先輩。やっと起きたんだ。そそ、ちょうど今、SS001の動向が整理できたよー」


 パソ子の言葉に、要は前のめりになってモニタを眺める。起点は関東の一地域、政府施設がある場所から東に向かって段階的に伸びている。おそらく、パソ子が監視カメラから入手できた情報をもとに打点した箇所なのだろう。線は不規則ではありながらもぶれることなく、真っすぐに一地点に向かって伸びていた。逃げ場を求めて右往左往しているというよりも、ある目的のために動いているのが読み取れる。


「神奈川の端?」

「レイロン地区だね」

「レイロンってなに?」


 ピンと来ていないさだめに、要は要点を整理して答える。


「昔、このあたりの人工島で大規模な虚虜デーヴァ災害が起きたんだよ。けど当時の財源が首都防衛に当てられたせいで復興の目処が立たないまま放置された。それがレイロン地区」

「そそ、崩壊して行政からも見捨てられた地域ってのは、どうにもアンダーグラウンドな連中にとっては好都合らしくてねー。警察の目から逃れたい犯罪者や半グレたち、当時の虚虜災害で政府から見捨てられた被災者たちが集まって、小さなスラムを形成したの。日本唯一のスラム街、司法の目が届かない危険地帯アンタッチャブルゾーン


 補足するようにパソ子が続き、複数の写真をモニタに投影する。それはいくつかの資料、航空写真だ。倒れた建築物、割れたコンクリートという大破壊の爪痕が生々しいその場所には、まるで増改築を繰り返し続けた慣れの果てのような歪な建築物が映っている。かつて中国にあったとされる九龍クーロン城を思わせるその姿から、誰が付けたのかレイロンと呼ばれている日本唯一にして最大のスラム街。


「SS001がここに向かったって?」


 何故、脱走した元虚子がスラム街を目指すのか。いや、あるいはレイロンという特性を知っていればこそ、そこを目指したともいえるのかもしれない。確かに政府の目が行き届かない犯罪者の温床ともされる場所だ。隠れるには適している。


「確証はないけどね。さすがに監視カメラもレイロン近辺には置いてないし。電気や水道のインフラなんてまともに通ってないからね。だけど、動きや立場を考えれば、そう考えるのが一番かな、って」

「各地で確認されたSS001の監視カメラの映像を見せてくれ」

「ほいさ」


 パソ子が複数の写真を表示する。どこかの商業施設、駅前、住宅街――複数箇所で確認されたその姿は、多くが後姿であり表情はうかがい知れない。元の監視カメラ映像の解像度が低い、ということもあるのだろう。他にも、どうやって入手したいのか、コンビニの監視カメラの映像もあった。


「最初に脱走してからどれくらい経過してるんだ?」

「あたしが襲われる数時間前だね。ちょうど、二人が虚虜デーヴァと戦ってた時じゃないかな」

「ああ、あの時か――ってなんでそんなこと知ってる?」


 パソ子の自宅に向かう前、特殊災害に対応していたことは事実だが、それはパソ子には話していない。特殊災害発生時は、地域一帯に封鎖と避難勧告がなされ、マスコミの介入も禁じられることから、一般公開されていないはずだ。とはいえ人の口には戸が立てられないことやネットが普及していることからも情報流出は避けられないが、少なくともどの特対官が――固有名詞も含めて特災に対応したか、情報公開されることは無く、普通は特定されることは無いはずだ。


「いやぁ、暇なときはちょくちょく先輩の動向を監視してたり」

「おい、やめろストーカー」

「たまにだよ、たまに。気が向いたら。ほら、先輩にすぐ情報を教えてあげるためには、逐一先輩の動きを知っておかないと」


 まぁその話は置いといて、とパソ子は誤魔化すように話を変えた。


「ちょうど同じようなタイミングで、SS001が保護されていた施設で襲撃があったらしいよ。市井の特対官が襲撃をかけたとか、虚虜が現れたとか、なんか情報は色々と輻輳しててはっきりしないけどね。っていうか、なんか噂だと結構色んなところで同時多発的に小さな虚虜災害が起きてたみたいだけど……」

「虚虜災害なんて日常茶飯事だからな」


 それゆえに災害自体に一般人が慣れ切っているところもある。警戒警報が起きても非難は遅く、中には避難勧告に従わない者もいる。先の戦いで要たちが戦った虚虜のような脅威度の低いものであれば、実際に人的被害はごくわずかであるからだ。その脅威から周辺地域の破壊は防ぎようも無いが、近づかなければ危険も無いというのが一般人の共通認識である。


「有識者は、何か意図的な動きのようなものを感じるとか言ってたけどねー。まぁ、それはいいよ」

「なんにしろ、あれから大体五日か? 五日かけてこのSS001は、レイロン近辺まで移動した、ってことか。食事はコンビニで買ってるところを見ると、金はどうしたんだろうな……まぁ、やりようはあるか。盗むでもなんでも」


 費用面から公共交通機関を満足に使用できないことを考慮して、ほぼ徒歩で東京近辺から神奈川北東端までの移動。人目を気にして、隠れるようにこそこそと移動すればそれだけかかるのも納得だ。


「手がかりが途切れているのがちょうど一日前だから、実質は四日間かな。一応、政府の情報も漁ってるけど、まだ捕まえたっていう連絡は無さそうだね」


 ああ、それと――とパソ子は続けて、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「あたしのことも話が出てるのと、捕まえるために特対官を派遣したって。こいつらでしょ?」


 パソ子の操作でモニタに二枚の画像ファイルが映し出される。特対官――同調者と虚子のコンビだ。


「ん?」

「あれ?」


 映し出された同調者と虚子の容姿を見て、要と必は驚きの声を上げる。


「二人から聞いた顔と全然違うじゃーん」

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