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最後のエルフ少女、最期の郵便配達~たまにカラスがうるさい  作者: cross-kei
第02章:金のコンパスの試練(全07話)

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第12話:森の主より、最後のエルフへ

金のコンパスが指し示したのは、もはや地図に載っていない、古き北の地の最奥。


人の気配が一切しない、神聖なまでの静寂に包まれた「原生林」だった。


木々は天を突き、苔は分厚い絨毯のように大地を覆い、空気そのものが、数千年という時の重みで満たされているかのようだった。


「なあ、リコ。この森って、俺たちが出会ったあの婆さんの家の近くの森に雰囲気が似てないか?」


クロの軽口にも、リコは答えなかった。彼女の意識は、森の中心、ひときわ巨大な一本の古木へと、強く引き寄せられていたからだ。


それは、もはや生命というよりも、森そのものの意志が宿ったかのような、巨大なクスノキだった。リコが、その荘厳な姿を前に息をのんだ、その時。


声は、魂の残滓からではなく、リコの心に直接、語りかけてきた。


『――待っていたぞ、最後の一人よ』


それは、個人というよりも、森そのものの記憶と一体化した、あまりにも雄大で、そして優しい魂の唄だった。森の全てを記憶し、数千年の時を生きてきた、森のぬし


彼は、リコがこの場所を訪れることを、ずっと、ずっと待っていたのだ。


リコは、恐る恐る、その古木の幹に手を触れた。


『恐れることはない、小さき唄よ。我は、この森の記憶。そして、君という存在の、最初の証人だ』


森の主の魂は、誰かへの手紙を託すのではなかった。彼は、リコの孤独な旅の、その根源的な問いに、答えを与えるために、この場所で待ち続けていたのだ。


『なぜ、君が最後の一人なのか。それは、この世界が、もう君たちを必要としなくなったからだ』


リコの心に、壮大な神話の光景が流れ込んでくる。


――世界樹と呼ばれる、巨大な光の樹。エルフは、世界の求めに応じて、その樹から新たな命として生み出される。


――だが、世界が安定し、人々がエルフの知恵を必要としなくなると、世界樹は枯れ、やがてこの世界からエルフは生まれなくなった。


『君の同胞たちは、自らがより必要とされる、次なる世界へと旅立ったのだ。嘆くことはない。それは、誇り高き、魂の旅立ちだった』


リコの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。孤独ではなかった。見捨てられたのではなかった。


『だが、君は生まれた。最後の世界樹から、最後に生まれたエルフ。なぜだか分かるか?』


森の主は、優しく語りかける。


『それは、この世界が、まだ君を必要としていたからだ。君は、この世界に最後に望まれて生まれた、希望の子なのだよ』


『信じられないか? では、見せてあげよう。君の同胞たちが、どのような想いでこの世界を旅立っていったのかを』


その言葉と共に、リコの魂は、数千年前の光景へと誘われる。


――星々が、特別な配置についた夜。


――森に集う、リコと同じ、尖った耳を持つ同胞たちの姿。


――彼らの顔に浮かぶのは、絶望ではない。故郷を後にする深い哀しみと、しかし、次なる世界への、気高い希望。


――そして、彼らが、この森へ、この世界へ、感謝と別れを告げるために、声を合わせて唄った、あまりにも美しく、そして力強い「唄」。


それは、地図でも、道標でもなかった。


それは、彼女の同胞たちが、どのような覚悟を持ってこの世界を旅立っていったのかという、魂そのものの記録。リコが、これから集めていくべき、「始まりの唄」だった。


『……受け取ってくれたか、希望の子よ。仲間たちは、君がその唄を携えて来るのを、きっと待っている。これで、我らの役目も終わる……』


森の主の魂が、満足そうに微笑むのがリコには視えた。


魂は、静かに、そしてゆっくりと、森そのものへと還っていく。木々が風にそよぐ音、葉擦れの音、その全てが、一つの壮大な子守唄のように、彼の最後の旅立ちを祝福していた。



森を抜け、再び旅路に戻る。


リコは、何も言わず、ただ胸に下げられた金のペンダントを、そっと両手で握りしめた。


「……なあ、リコ」


クロが、いつになく静かな声で話しかけた。


「結局、あのでかい木は、何だったんだ? お前さんに、何を渡したんだ?」


リコは答えず、ただ目を閉じ、ペンダントの中に広がる、これまで集めてきた数多の「唄」の存在を感じていた。その輝きの中に、先ほど森の主から託された、あまりにも美しく、そして哀しい「別れの唄」を、そっと加える。


彼女は、その唄の最初の数音を、忘れないように、確かめるように、か細く、しかし凛とした声でハミングした。


それは、もはやただの記憶の整理ではなかった。失われた唄を紡ぎ直し、仲間たちの元へと届けるという、彼女の「試練」の、確かに、そして力強い第一歩だった。


クロは、何も言わずに、ただリコの肩をくちばしで優しくつついた。


「へっ。いよいよ、ただの配達人から、吟遊詩人様にでもなるってわけかい。ますます、この旅は高くつきそうだぜ」


いつもの悪態。だが、その声には、リコの新たな覚悟を見届けた、相棒の、誰よりも誇らしげな響きがあった。


リコは、小さく微笑んだ。彼女は、もはやただコンパスが示す方角を見つめてはいない。その瞳には、遥か北の空の向こう、まだ見ぬ同胞たちの姿が、確かに映っているかのようだった。


そして、彼女は再び、歩き出す。始まりの唄を、静かに口ずさみながら。

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