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山縣有朋は愛されたい  作者: 親交の日


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沙河会戦 後編

 






 ――――――




 十月九日。日本軍の最右翼にいた梅沢支隊はロシア軍三個軍団強の攻撃を受けていた。味方のいる西以外から攻撃される半包囲状態。しかも部隊の基幹は予備役で編成された第一〇一旅団という二線級部隊だ。状況は絶望的だったが、支隊は驚異的な粘りを見せていた。


「ここを通すわけにはいかん!」


 梅沢はそう言って部隊に死守を命じる。客観的に見ると支隊は圧倒的不利な状況だった。兵数に劣るのはもちろんだが、防御側が拠るべき防御陣地というものがほとんどない。


 実は遼陽会戦後、突出しすぎたとして軍司令部から後退を命じられた。それに従って本渓湖まで下がってきたのだが、到着したのは昨日のことだった。そのため陣地はほとんどなく、攻められてから慌てて機関銃などを据えつける始末だ。


 それでも地形を利用して守りロシア兵を寄せつけず、攻め手が緩めば休む間も惜しんで陣地構築に努めた。彼らを突き動かしているのはただの使命感である。自分たちが突破されればそこから浸透されて日本軍が崩壊しかねない。守れるかはともかく、命尽きる瞬間まで戦い抜くのだと。


 ある意味で狂気的なマインドに支えられた梅沢支隊は一部の部隊が壊滅しつつもこの場を死守。敵に五千名の死傷者を出させていた。どうにか耐えている間に第一軍から送られてきた援軍が到着する。


「閣下。幸い、我が隊は敵の攻勢を食い止めることができております。援軍には逆に敵を攻めてもらうのはいかがでしょう?」


「それは名案だ。荒木、伝令を出してそう伝えてくれ」


「はっ!」


 梅沢に献策したのは梅沢の副官を務める荒木貞夫大尉。旅団には参謀が置かれていない。そのため副官がそれら幕僚としての業務を担う。荒木は的確な献策で梅沢を補佐し、支隊の奮戦を支えていた。


 梅沢支隊からの伝令を受けた第五師団は北、第二騎兵旅団は南から攻め寄せる敵の側面を突く。これにロシア軍は不意を突かれ混乱したが、同軍を率いるスタケリベルク中将は部下に発破をかけた。


「蹴散らせ! 敵はものの数ではないぞ」


 攻め寄せる日本軍を防ぎつつ、梅沢支隊への攻撃を続行する。しかし気合いでは機関銃が守る陣地を突破することはできない。敵陣に食い込むことはできるが、後が続かずに追い落とされるということを繰り返していた。


 ロシア軍の左翼がもたもたしている間に中央と右翼が動く。


 ロシア軍右翼では第二軍による攻撃が行われた。第九、第十二師団の攻撃を食い止めるものの、そこへ航空攻撃と秋山支隊による側面攻撃が行われる。


 航空攻撃に使用されたのは三六式双発機。ピンポイントの精密爆撃より爆弾をばら撒くことを得意とする機体であるが、空から攻撃されるという初めての経験にロシア兵は恐怖した。


 そして秋山支隊の側面攻撃も強力だった。活躍したのが自走式火砲。戦場を疾駆して展開すると数発撃ち込み即座に陣地変換していく。対応しようとロシア砲兵が砲口を向けたときには既に姿を消している。その神出鬼没ぶりは幽霊に喩えられ、ロシア軍から「幻影部隊」と呼ばれた。


「山縣閣下は騎兵の扱い方というものをわかっている。そうは思わんかね?」


 指揮をする秋山好古は上機嫌だった。陸大の講義で、攻撃力は高いが防御力は低いという騎兵の特性を示すため素手でガラスを叩き割った逸話を持つ秋山。騎兵は攻撃的に運用してこそその真価が発揮されると信じている彼は、山縣の攻撃的な騎兵の使い方に満足していた。


「自分の口からは何とも……」


 その秋山の横に並んで戦況を見つめているのは副官の山縣誠。名前が上がった山縣有朋の実子である。父親を高く評価してくれることは息子として嬉しいが、正面から褒めるのは面映いため微妙な反応になった。


 右翼では梅沢を見事に補佐した荒木が名を上げていたが、左翼では秋山を補佐する誠が注目されていた。遼陽会戦での追撃、そしてこの沙河会戦での機械化部隊の運用は誠が立案に関与している。


「秋山閣下。そろそろ陣地変換しましょう」


 誠は父親の話題から話を逸らすため移動を提案する。秋山もそれに乗り、陣地変換の号令を出した。


 秋山支隊はロシア軍右翼を側面から攻撃しつつ右への旋回運動を行い、遂に敵の後方へと進出する。退路を断たれては堪らないと排除に現れるが、


「撃て!」


 騎兵に随伴していた機関銃搭載トラックの弾幕射撃でロシア兵を薙ぎ払う。停まって撃たないと走行時の振動で狙いがつけられないという欠点はあるものの、騎兵の機動力に随伴して弾幕を提供できる利点は大きかった。


 秋山支隊に後方を脅かされたロシア軍右翼は沈担堡周辺から撤退する。第九師団と秋山支隊はこれを追撃。第十二師団は第四軍の支援にあたった。


 そのころ第一軍の黒木司令官は麾下の第四、第十師団を以て三家子を攻撃。首尾よく奪取することに成功する。両師団は休む間もなく前進。第二師団も加えて要所である三塊石山を攻めた。ただ戦場の中央にある東西の結節点だけあって守りは堅く、第一軍は苦戦する。


「敵の抵抗は熾烈! 援護をお願いします」


 一日かけても落とすことができず、前線部隊から軍司令部に援護の要請が入った。黒木も支援したいのは山々だが、軍司令部が動かせる他の部隊は梅沢支隊の支援にかかりきりだ。そのため打てる手はなく、やむなく話を総司令部へと持ち込んだ。


「黒木も運がいいな」


 話を聞いた山縣は遼陽から航空部隊を支援に差し向ける。攻撃開始から左翼の支援に回っていたが、突破に成功したため待機していたのだ。なので支援の要請に対してすぐさま航空支援を提供することができた。


 航空部隊は反復して支援を行い、ロシア軍の火点を的確に潰して回った。爆撃を受けたロシア軍は、やはり初めての経験と恐怖から恐慌状態に陥る。その隙を突いて第一軍は三塊石山の攻略に成功した。


「我らも負けてはおれんぞ!」


 三家子の陥落を見た第四軍の野津司令官は五里台子の敵を包囲するため、第八師団に牽制攻撃を命じる。残る第七師団は前狼子街の攻略に向かわせた。同地には第二軍の第十二師団も向かっており、これと連絡をとりつつ連携して攻撃する。


 第四軍の軍砲兵はこれを全力で支援。強力な三八〇ミリ臼砲は旅順にとられていたが、野戦陣地が相手であれば一五五ミリや二〇三ミリでも威力は十分だった。加えて何度か野戦を経験したことで、実戦での教訓から運用が工夫されている。


 戦前の実験から、塹壕に籠る敵に入念な準備砲撃を行えば戦闘力をかなり削ぐことができることが判明していた。演習でもそのようにすることが徹底されている。


 しかし、実戦に臨むと必ずしも十分な準備砲撃を行う時間はなかった。今回のように敵が攻めてきて反撃するような場面では特に。限られた時間で演習と同じ効果を得る方法が考えられた結果、目標を絞るというやり方が考案された。範囲を絞れば密度が上がり短時間でも効果が得られるというわけだ。


 三塊石山とは違い軍砲兵の全面的な支援を受けた二師団は激戦の末、前狼子街の攻略を果たした。


 これで初期の攻略目標はすべて落としたが、五里台子にいるロシア軍を包囲するという目標は達成されたとは言い難い。たしかに包囲を果たしたのだが、包囲下にあった敵兵は千名ほどだった。他は三塊石山と前狼子街が攻撃された段階で順次後退しており、特に前者の陥落に時間を要したことで撤退する時間的猶予を与えてしまったのだ。


 ここで日本軍は一旦、進撃を停止した。補給と休息のためだ。前線が上がったため砲兵陣地も動かさなければならない。それらの作業を翌日までに済ませる。


「ここでダメ押しだ」


 総司令部の山縣はここでダメ押しすべく、ここまで消耗していない予備隊(第六師団)の投入を決める。彼らを臨時に第四軍へと編入し、先鋒として追撃させる。目標は沙河の手前にある万宝山だ。


 命令を受けた第六師団はようやく出番だと勇躍出撃していく。ロシア軍の右翼と中央はほぼ崩壊しており、多くの部隊は沙河の線まで後退していた。


 ただし、左翼隊と五里台子から脱出した部隊は統制がとれている。前者は右翼と中央が後退したことを知ると孤立を恐れ梅沢支隊への攻撃を中止して撤退した。後者は前狼子街の後方にある板橋堡に後退して敵に備えている。


 翌日。追撃に出た日本軍はまず板橋堡の敵に遭遇する。しかし戦い続きのロシア軍に対して、現れたのはこれまで温存され意気軒昂な第六師団。前進してきた砲兵の支援もありこれを蹂躙する。


 板橋堡の敵を血祭りに上げた日本軍は余勢を駆って北上。沙河のラインでロシア軍と接敵する。ただ、多くの部隊は渡河戦闘になることを嫌って停止した。勢いがあるとはいえ、何の準備もなく敵前渡河など自殺行為だ。


 ただ、川前にある万宝山は攻略すべく動いた。第六師団はやはり砲兵の援護を受けながら攻撃。占領に成功する。翌日になってロシア軍が奪回にきたがこれも跳ね返した。


 また、川のない日本軍左翼の第二軍も官林堡の前で停止する。理由は砲弾の不足である。補給線が長く一日程度では十分な補給を受けられなかった。特に連戦した第十二師団は深刻で、師団の備蓄は払底していた。補給拠点までならトラックが使えるが、その先は人馬による輸送に頼っており、運べる量には限界があるのだ。


「ここが潮時か」


 山縣は戦線の停滞を見て攻撃中止を命令。しばらく警戒していたが、ロシア軍からの反撃はなかった。


 その後は掃討戦に移行する。


 差し当たって五里台子にて包囲されているロシア兵。包囲されながらも彼らは抵抗を続けていた。日本軍では一気に攻めようという案もあったが、山縣は囲んで干上がるのを待つ。それほど備蓄はないと見ていたからだ。


 果たして彼らは食糧が尽きると降伏した。山縣の読み通り、数日分の備蓄しかなかったのだ。彼らは武装解除を受け捕虜となる。


「捕虜は丁重に扱え」


 大規模な捕虜をとったことで、山縣は改めて全軍に通知を出した。戦時国際法を遵守せよ、と。日本は有色人種の国家。国際社会において異色の存在であるがゆえに、睨まれないようルールはしっかり守る優等生でなければならない。


 彼らは戻り便で日本本土へ移送され、収容所に入れられる。これまでの捕虜と扱いは変わらない。ただその間、将校を中心に尋問を行う。特に気になったのはこの攻撃の作戦目的である。


「尋問の結果、目的は我が方の右翼を突破して包囲することにあるようでした」


 攻撃目標などを訊ね、集めた情報を総合するとそんな全体像が浮かんだ。さらに欧州からの情報で背景も浮かび上がる。


「なるほどなぁ……」


 電報を文字に起こした紙を読んだ山縣は呟く。その紙は川上たち幕僚にも回った。


「クロパトキンも苦労しているのですね」


 明石たちが築いた諜報網が察知した情報では、ロシア本国でクロパトキンに対する不信感が噴出したらしい。日本軍を相手に後退を続け、本格的な会戦となった遼陽における戦いでは相手より優勢な兵力を持ちながら敗北した。このまま彼に指揮をさせていいのかとなるのは当然だろう。


 そこでロシア軍はクリミア戦争や露土戦争に参戦した軍歴を持つ歴戦の将軍・グリッペンベルク大将の派遣を決定した。クロパトキンひとりの一元的な指導から、両名の二元的指導に転換しようというのである。


 だが、クロパトキンとしては面白くない。彼は確固たる戦略を持ってこの戦争を指揮している。つまり、日本軍に出血を強いつつ後退することで消耗させ、補給線が伸び切ったところで反撃に転じて撃ち破るというものだ。


 日露双方とも補給に問題を抱えている。ロシアとしても本国に近くなればなるほど補給が楽になり、日本軍が内陸に入り込めば入り込むほど補給に苦しむ。クロパトキンはそう計算していた。まあ、現実には日本の補給能力はまだあり、ロシアの補給能力はシベリア鉄道がしばしば寸断されるので低下しがちで誤算も起きているのだが。


 ともあれ、クロパトキンとしては権限の縮小は避けたいところ。そこでグリッペンベルクが赴任してくる前に攻勢を成功させ、決定を覆そうとしたのだ。まあ、前進するどころか反撃を受けて後退してしまったのでその目論見は失敗してしまった。


 こうなるとグリッペンベルクが相手に加わることが見込まれる。山縣たちが気になったのは、彼がどのようなタイプなのかということだ。


「このグリッペンベルクとはどのような人物なのでしょう?」


「さあな」


 前世の知識がある山縣もクロパトキンは知っていたが、グリッペンベルクなる者の存在は知らなかった。ただ、何となく予想はつく。


 守備的なクロパトキンの戦争指導を問題視して送り込まれてくるのだからその逆――かなり攻撃的な人物であることが予想された。山縣は何となくの予想を伝える。


「攻撃的な将軍ですか。しかし、グリッペンベルク大将の到着は十一月と見込まれています。それから部隊を掌握し、地理を見て作戦を考えるとすれば十二月。満州は雪に閉ざされます」


 川上は暗に冬季の攻勢は難しいのではないかと言っている。しかし山縣はナポレオン戦争を引き合いに出してその意見を否定した。


「ロシア軍の真骨頂は、他国の人間なら震え上がるような厳冬期の攻撃だ。油断は禁物だぞ」


 黒溝台会戦は山縣も知っている。真冬にロシア軍が攻めて来て、油断していた日本軍は不意を突かれた戦いだ。


「冬になれば飛行機も使えなくなる。防衛計画を練らなければな」


 物資をほぼ使い果たしているので次なる攻勢は来年の春にすることを総司令部は決定していた。その間、物資の備蓄に努める。そして何より、旅順を攻める第三軍の合流を待望していた。










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また、下の☆☆☆☆☆から、作品への評価もお願いいたします。面白ければ☆5つ、面白くなければ☆1つ。正直な感想で構いません。


何卒よろしくお願いいたします。




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(そういや『黄海海戦』で永野出てきたけど感想で誰も言及してなかったな…) 官林堡と官立堡について詳しく調べて頂きありがとうございます。 自分が見た地図(http://holywar1941.web.f…
更新お疲れ様です 貞夫ちゃん大人気で草 まぁ上の階級の時に色々あっても、下の階級の時は優秀とかは組織である以上はよくあること 史実通りグリッペンベルクが着任する以上黒溝台会戦は起こりそうですが、日本側…
更新お疲れ様です。 お忙しい中 投稿ありがとうございます。 秋山好古に「機甲戦の父」という渾名も追加されそうですね。 また今話で荒木貞夫が登場しましたが、個人的には海軍の末次信正と同じく軍政家としては…
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