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山縣有朋は愛されたい  作者: 親交の日


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沙河会戦 前編

 






 ――――――




 旅順要塞に対する第一回総攻撃の経過と結果は満州軍総司令部と大本営に報告された。反応は二通り。


「あの要塞相手によくやってくれた!」


 満州軍の私は乃木たちの奮戦を称える。本当ならもう少し多くの兵士をつけてあげなけれなならないところ、三個師団と若干の二線級部隊で戦っているのだ。それでも要塞の第一線防御を一部とはいえ陥れたのだから戦果としては十分という判断だった。


 一方、大本営は不満たらたらだ。作戦目的を完全に達成できなかったことを問題視し、早期に目標を攻略する追加作戦を講じるよう求めていた。第三軍にはその旨の訓令まで届いている。


 これに待ったをかけたのが私だ。


「満州の陸軍はすべて私の指揮下にある。旅順の第三軍もまた同じ」


 指揮系統を守ってね、と注文をつける。彼らはよくやってるから横槍を入れるなということだ。そして文句は満州軍総司令部に言え、と。


 すると早速、大本営から直ちに旅順への第二回攻撃を実施するようにとの要請が来た。


「大本営というか、児玉さんもせっかちですな」


「焦る気持ちはわかるがな」


 ロシアはシベリア鉄道により兵員物資を極東へと送り込んでいる。我々の妨害もあって史実より輸送効率は落ちているものの、二十万を超える兵力を送り込んでいた。


 対する日本軍は十二万ほどで、ロシア軍のほぼ半分であった。大本営は後ろからそれを見ているので、早く第三軍を北上させたいのだろう。私もその気持ちはよくわかる。


 しかしそんなことは織り込み済みだ。数的劣勢を前提として私は計画を立てている。


「今は待つ盤面だ。焦って打つ手ほど悪手になる」


 大久保と囲碁をして勝負の駆け引きというのは肌感覚で理解していた。その感覚が言っている。今は待ちつつ攻める場面であると。これは川上たち参謀も同意見だ。


「しかし、大本営からの要請はどうしますか?」


「『承知した』と返しておけ」


「え? しかし閣下。今は待つと仰ったではありませんか」


 川上は矛盾しているのではないかと言ってきたが、私はそうは思わない。なぜなら、


「よくよく要請の内容を思い出せ。大本営はこう言った。『直ちに攻撃せよ』と。具体的にいつとは言われていない」


 日本語は時間に関してしばしば表現が曖昧になる。そこを突いて、自分たちなりにすぐ攻撃したらいいんでしょ、と解釈する。屁理屈とでも何とでも言え。だが私はこう言おう。いつやれと言わない方が悪い、と。


 案の定、大本営――というかそれを主導している児玉から文句が来たがそう言い返してやった。こっちにも都合があるのだ。


 では私の計画とは何か。それはロシア軍の補給線を締め上げることだ。すでに石炭爆弾という機雷をばら撒いたが、ここに潜水艦と飛行機を投入してさらに補給を圧迫する。


 飛行機はそのまんま飛行機のことで、遼陽に飛行場を建設して三六式双発機を展開。先遣隊のわずか四機だが、彼らは天候と相談しつつフル出撃していた。狙うは後方の鉄道線。数発の五インチ砲弾をばら撒いて一方的に鉄道を寸断した。物資を運ぶ列車ごと撃破したことも。


 では潜水艦は何かといえば、福島安正の下に編成された満州馬賊のことだ。彼らをいくつかのグループに分け、鉄道線や補給拠点を襲撃させる。これを潜水艦と私は呼んでいたが、表向きはオオカミ戦術という名前だ。


 ただ、正直なところあまり上手くいっていない。ロシア軍もまた馬賊を編成してこれを守っていたためだ。今、満州では日露の戦争の傍らで馬賊の紛争が頻繁に起こっている。事情を知るものからすれば、これは日露の代理戦争といえた。


 そんなわけなので、シベリア鉄道の被害は石炭爆弾と飛行機によるものがほとんどだ。これらはかなりの効果を上げており、極東に到着したロシア兵は運が悪いと奉天から徒歩で前線まで歩いて来なければならなくなる。物資の運搬も大量の馬匹を用いている有様だ。


 旅順の第一回総攻撃が終わると、三六式双発機のうち半数が遼陽にやって来た。彼らはローテーションを組んで空爆を実施。行軍する兵士、物資を運搬する人員に対しても容赦なく爆撃した。


 この航空襲撃にロシア軍は何ら有効な対策を持たない。線路を守ろうにも長大な路線を守るだけの戦力は配置できず、壊されたところをなるべく早く発見して直すことしかできなかった。


 緩いローテーションで回しているものの、遼陽の飛行場は大忙しだ。冬になると飛行機が使えなくなるので、それまでに多くの戦果を上げようとしているのである(単発と双発が一個分隊ずつ越冬試験のために居残ることにはなっている)。


 石炭爆弾は混入させようとした現地協力者が捕まったことで、ロシア側にその存在が察知された。だがその程度では被害を抑止することはできず、不定期にどこそこに混入しているなんてデマが流れては鉄道の運行に混乱が生じる。無視をすれば本物が紛れていて機関車が大破、修理に日時を費やす……という悲劇を生み当局者の頭を悩ませている。


 ロシア軍の補給が悪いことは斥候狩りで捕虜にしたロシア兵への尋問で裏がとれている。弾薬の備蓄に努める一方、食糧は不足気味になっているとか。配給量が少しずつ減っているらしい。


「かなり効果があるようですから続けましょう」


「冬季も可能であればやりたいところですな」


 川上たち参謀は兵站線への攻撃が極めて有効であるとして、可能な限りこれを継続すべしと主張していた。対陣しているだけで相手が疲弊していくのだからこれほど楽な戦いはない。私も元よりそのつもりだ。


 史実通りにオオカミ戦術のみだったとしたらかなり苦しい戦いになっただろうと思う。石炭爆弾と航空機があってよかった、と私は心の底から思っていた。


 満州軍本隊ではそんな持久策をとっているために戦いを急いでいない。なので第三軍にも兵力や物資の補充、第二回総攻撃の成功へ向けた準備に専念するよう伝える。


「このまま敵を締め上げ続けていければいいのですが……」


「川上くんはそうは思わないと?」


「はい。クロパトキンほどの人物です。ジリ貧になると踏めば前に出てくるでしょう」


 川上は近いうちに敵が攻めてくると予測した。遼陽会戦は国際的にロシアの敗北と見られている。強気のコメントを残したものの、やはり実際に成果を上げなければ評価は覆らない。


 それだけでも動くには十分な動機だが、さらに後方では兵站線がしばしば破壊されている。補給も滞りがちで、兵力を増やしてもそれを賄うだけの食糧と弾薬を運べない恐れもあった。備蓄はあるわけなので後退した前線を押し返そうという発想になるのも当然だろう。


 総司令部はそう判断して警戒を強めさせる。休暇がてら土木工事に従事させていた第六師団も作業を止めさせ、中央に予備隊として配置した。欠員補充や弾薬の補給は完了していないが、あちらがやる気なら応戦しないという選択肢はない。


 果たして十月九日。ロシア軍の攻撃が始まった。


「山縣閣下! 右翼にてロシア軍の攻撃があったそうです」


「来たか」


 報告を受けた私は総司令部で報告を受ける。それによると、最初に襲撃を受けたのは日本軍の最右翼に位置する梅沢支隊だった。


 本渓湖付近に陣取る梅沢支隊(規模は旅団戦闘団)に対して、ロシア軍が攻撃を仕掛けてきたという。その規模は三個軍団強。梅沢支隊の北から一個軍団、東から二個軍団、南から一個騎兵師団が攻め寄せているそうだ。


 そこへさらに報告が入る。


「第四軍から報告! 『敵より発砲あり』とのこと」


「第二軍より報告です! 『敵に前進の気配あり」


 中央と左翼にも敵の攻撃があったという。


「ふむ……。諸君はどう見る?」


「右翼への攻撃が激しく具体的です。これが陽動でなく本命だとするなら、右翼を突破しての片翼包囲でしょう」


「梅沢支隊が予備役兵の集まりだと気づかれたか?」


「わかりませんが、脆弱なところを突くのは戦の基本ですな」


 私と川上たち参謀がそんな問答をする。それを変な目で見ていたのは他のスタッフであった。


「よろしいでしょうか」


「どうした?」


「まずは梅沢支隊を救援することが最優先だと思います」


 提案であったが、裏に批判も込められていた。攻撃を知って最初に話すことが敵はどう攻めてくるつもりか、ということなのかと。


「君の言うことは正しい。ここが第一軍司令部であれば提案は即採用だ」


 しかしここ、満州軍総司令部でその発言は誤りである。なぜならその程度のことは軍司令部が判断すべきことで、わざわざ総司令部が介入する必要はない。もちろん、何の手当てもしていないなら指導する必要はあるが。


 実際、第一軍を指揮する黒木は報告を聞くと、第五師団と騎兵第二旅団に対して梅沢支隊の救援を命じている。数的劣勢は確かだが、そんなことを言っていては戦争にならない。妥当な処置である。


 軍より上位にある満州軍総司令部(総軍)がすべきは、隷下の軍が効果的に活動できるようにするマネジメント。当たり前の細々とした指揮は基本的にする必要はないのだ。


 そしてどう対応するかを考えるとき、まず大前提となるのが相手の意図を推測すること。何を目的に攻撃を仕掛けてきたのか推測すれば、自ずととるべき対応はわかってくる。


 ――こう言って提案は退けた。引き続き相手の意図を信頼できる参謀たちと探る。


「あるいは、右翼を本命と見せての中央か左翼の突破を考えている可能性もあります」


「ロシア軍は我が方の倍近い兵力を有します。あり得る話かと」


「こちらの予備隊は一個師団だけだ。投入する場面は見極めねばなるまい」


 とまあ総司令部は慎重論が占める。じゃあその方向でと決まりかけたとき、東條が待ったをかけた。


「山縣閣下。ここは敢えて攻勢に出ましょう」


 彼は敵が攻めてきた今こそ好機だと攻撃を主張した。敵が動いたところを叩く。それほどおかしな話ではない。私は具体的には? と続きを促した。


「梅沢支隊に対する攻撃の規模から推測しますに、敵左翼はこれにかなりの戦力を割いているものと考えられます。これに対応するのは隣接する第五師団および機動力に優れる騎兵第二旅団でしょう」


 黒木がとるだろう対応策を話す。まあそうだろうな、という対応で異論は出ない。


「第一軍はこの他に三個師団を有しております。これらを以て敵左翼を突くのはどうでしょう?」


 東條は第一軍残余を以て三家子を攻略。さらに前進して奉集堡へ進出し、敵左翼を包囲するという作戦を提案した。前線の突破に際しては第四軍からの支援、第二軍も含めた前線への拘束攻撃なども並行して行うとしている。


「面白い」


 私はその提案に興味を示す。川上たちにも見込みを訊ねた。


「たしかにいい手です。懸念があるとすれば、クロパトキンが反撃を見越して予備戦力を予め配置してあることでしょうか」


「慎重なクロパトキンならあり得ると思います」


「一ヶ所だけでは危険か」


 限定的な攻勢で物資の節約にはなるがそんな甘い相手ではないだろう。かといって全面攻勢という気にもならない。第二軍、第四軍ともに二個師団しか保有していないからだ。


「可能なら中央では三塊石山、左翼では沈担堡を確保したいところです」


 いずれも戦場における要所だった。特に三塊石山は戦場のど真ん中。左右の部隊が連携する上での軸となる場所であり、これを陥れれば敵を分断することが可能だった。


「……発想を変えましょう」


 ここで田村が面白い提案をした。軍の規模が足りないと考えるが、一度その前提を忘れてしまおうというのだ。純粋に部隊配置のみを考慮したときに光明が見えると。


「左翼の第九、第十二師団は沈担堡を攻撃。秋山支隊はこれを側面から支援します。中央は三家子を第一軍の各師団を以て攻撃――」


 説明しながら田村は敵味方の駒を動かす。敵の戦線に穴が空きつつあった。


「占領後、二個師団を以て前狼子街、三個師団を以て三塊石山を攻めます」


 すると五里台子にいたロシア軍部隊が包囲され、前線中央に大穴が生まれた。


「ここから退却する敵を追撃しつつ奉集堡、柳匠屯、万宝山、沙河堡、官林堡を陥れればさらに敵左翼も虜にできます」


 分進合撃の理想的な形である。軍の垣根を越えて常に複数師団で攻略にあたるのは合理的だ。改めて軍の枠組みを当てはめれば、ある意味で作戦術につながるような発想といえる気もする。これが決まれば追撃のタイミングで予備の第六師団を投入してもいいかもしれない。


「苦戦するところには航空支援を投げてやれば援護にもなるか」


「初動は第二軍の沈担堡がよいかと。そこが落ちなければ左翼の次がありませんから」


 東條のアイデアをきっかけに空気が変わり、敵の攻撃を逆手にとって積極的な反撃を行う方向に話が向かった。一日かけて詳細が詰められ具体案が固まると、各軍に作戦の概要が伝達される。


 懸念されたのは梅沢支隊が突破されることだったが、他部隊の救援も得つつ陣地を死守。突破を許さなかった。これなら大丈夫だろう、と翌十日に作戦開始を命じる。










「面白かった」


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と思ったら、ブックマークをお願いします。


また、下の☆☆☆☆☆から、作品への評価もお願いいたします。面白ければ☆5つ、面白くなければ☆1つ。正直な感想で構いません。


何卒よろしくお願いいたします。




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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です 後半の文章で司令部の予備が第五師になってますけど、第六師のはずでは(136話と今話の前半は第六師になっている)そう言えば136話で言及されていた近衛師団はもう到着したんですかね あと…
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