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山縣有朋は愛されたい  作者: 親交の日


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旅順要塞攻略戦(五)

 






 ――――――




 第三軍にいた各国の観戦武官は三日間に及ぶ猛烈な準備攻撃を見て唖然としていた。


「日本軍は旅順を地図から消し去るつもりか?」


「滅多打ちされるところには居たくないね」


 なんて言っている。


 一方でそれを支える兵站に着目もされていた。そうなると必然的に目につくことになるのが自動貨車だった。


「たしかドイツで作られたものがベースになっているとか?」


「知り合いの(日本)軍人によると、ベンツが設計したそうだ」


 という話になり、ドイツのカール・ベンツに対して各国から調査が行われているとか。山縣夫妻の許にはカールとベルタからそれぞれ日本軍の影響で大忙しだ、という手紙が届いていた。


 実際、この時代としては日本の兵站はよく整備されている。貨車で運ぶにあたり規格を統一した箱に武器弾薬などの物資を入れて輸送する。イメージとしてはビールケースが大量に運ばれている感じに近い。山縣は「プチコンテナ」などと密かに呼んでいる。


 コンテナの発想は山縣から出ていたものの、全軍で統一するだけの時間も資金もなかった。とはいえその革新性と有効性は実験で確認されている。そこで暫定措置がとられた。正方形あるいは長方形の規格化された箱を作り、そこに物資を納める方法をとったのだ。小さなコンテナを作るという発想であり、これだけでも積み下ろしが効率化される。基本、鉄道でもトラックでも荷台は箱型になっているため、箱型の荷物は積みやすいのだ。


 国内では総動員体制が敷かれ、戦地に行っていない者も多くが軍需産業へと動員されている。これもまた各国の外交官を驚かせていたのだが、それは別の機会に。


 ともあれ国内のリソースを軍需に振り向けたことで生まれた生産力に支えられ、前線では豊富に弾薬を使うことができる。とはいえ貧弱な工業力でできることには限界もあり、全力で戦闘した場合に一戦線を支えることしかできなかった。だからこそ満州軍と第三軍とで攻撃時期をずらしているのである。


 観戦武官たちにとって戦争における日本の行動は驚くことばかり。だが当の日本軍はそんなことに頓着している暇はない。第三軍司令官の乃木はざわつく観戦武官の横で双眼鏡を覗き要塞を眺めていた。


「閣下。お時間です」


「よし。全軍、攻撃開始」


 乃木の命令が下り、各師団は一斉に攻撃を開始した。


 開戦の号砲はお決まりとなった噴進弾。特徴的な音を響かせながら飛翔し、要塞の第一線陣地に雨あられと降り注ぐ。迎え撃つロシア兵は遮蔽物に身を隠してそれを耐え忍んでいた。


 一方の日本側は噴進弾とともに突撃を開始。指揮官の号令で塹壕を飛び出すと敵陣地へ向けて丘を駆け上がる。執拗な砲撃により第一関門たる有刺鉄線は軒並み薙ぎ倒されていた。要塞に対する打撃力に欠ける75ミリ砲が狙い見事に目的を果たす。だが、


「うわっ!?」


 先頭に立って突撃していた勇敢な兵士が吹っ飛ぶ。地雷を踏んでしまったのだ。幸か不幸かその兵士は命を失ってはいない。ただ重大な負傷をして痛みに呻き声を上げる。


「怯むな! 足を止めたら狙い撃ちにされるぞ」


 地雷原が目の前にあるということで突撃の勢いが緩む。だが指揮官はその場に留まることが最も愚策であると言い、負傷者の後送を命じるや俺に続けと先頭に立って前進する。


「隊長に続け!」


 下士官や古参兵もこれに乗り、軍歴の浅い兵士も続く。彼らは人が通った道を進み地雷原を抜けた。


 その頃には噴進弾も撃ち尽くされ、ロシア兵が塹壕から射撃を開始する。日本兵は適当な遮蔽物を見つけ身を隠しながら応戦。一旦、戦場の流れが止まる。


「おっ、そろそろだな」


 この戦いを文字通り俯瞰して見ていたのは、第三軍の攻撃開始命令とともに大連の飛行場を飛び立った航空部隊。戦場に到着するとその上空を旋回して攻撃のタイミングを見計らっていた。


 隊長の日野は今が航空支援のタイミングだと判断する。部下に突撃のサインを送ると自機は隊列を離脱。僚機も続いた。小隊ごとに分散して目標を見定める。


 彼らの攻撃対象は突撃をする上で最も厄介な機関銃。トーチカで守られている場合は手が出せないが、陣地に据えつけられただけのものならば格好の目標となる。圧倒的なレートゆえの連続した発砲炎が特徴で、上空からも容易に識別できた。


 狙いを決めると長機が降下。僚機がそれに倣う。そして腹に抱えていた爆弾を投下する。爆弾は極めて正確に機関銃周辺に落下。信管が発動して爆発し爆風と破片を撒き散らす。人は薙ぎ払われ銃器も吹っ飛ぶ。


「よしっ、今だ!」


 航空支援を受けることのできた幸運な部隊はその機を逃さず突撃をかける。守りの要である機関銃を失ったロシア軍。小銃による射撃では突撃を挫くことができず、日本兵が陣地へと到達。白兵戦に移行する。


 一方、航空支援を受けられなかった部隊は自力でどうにかする必要に迫られた。だがそうなったときのこともきちんと考えられている。


「擲弾用意!」


 部隊は擲弾筒を撃ち込み機関銃を沈黙させようとした。擲弾筒分隊は急ぎ射撃姿勢をとる。筒身を四五度になるようにして地面に置くと目標を探す。手近な銃座を見つけると大体の距離を掴み、つまみを回して飛距離を調節。弾薬を装填して発砲する。


 口径は五十ミリなので発砲音は控えめ。だが山なりの軌跡を描きつつ飛翔した擲弾は真上から敵陣に着弾すると、控えめではない破壊が起きる。なにせ最大射程六〇〇メートル、重量八〇〇グラム(炸薬はおよそ一五〇グラム)の専用弾は被害半径十メートルに及ぶ。多少狙いが甘くとも威力によるごり押しが可能だった。


 擲弾が降り注ぎ敵の弾幕が薄くなった隙に突撃が命じられる。こうして日本軍は要塞の第一線陣地に踊り込むことに成功した。


 白兵戦は熾烈を極める。この場を譲れないロシア軍と、帰り道も死地ゆえに何としても陣地を奪いたい日本軍。双方とも白兵戦の技術だけでなく意地と意地のぶつかり合いとなった。


 旗色は様々だ。日本が優勢なところもあればロシアが優勢なところもある。だが、最終的な結末を変えたのは増援の有無であった。


 日本側は第一陣が敵陣地へと取りついたのを見ると、即座に第二陣を送り込む。途中、妨害に遭いつつも前線へと到着した。


 ロシア側も第二線から増援を送り出すも、日本の砲爆撃に移動を妨害された。結果だけ見れば阻まれたと言っても過言ではない。飛来した多数の双発機が絨毯爆撃の要領でありったけの五インチ爆弾をばら撒き、砲兵隊が増援阻止のため後方に向けて砲撃して支援する。これによりロシア側の兵力移動が遅れ、日本側に余裕を与えた。


 敵を制圧した部隊は近隣で戦闘中の部隊を支援する。こうして日本側が徐々に有利となり、最終的にロシア軍は陣地を放棄して撤退していった。


 ――と、このように上手くいったのは第三師団が担当した盤龍山、第十一師団が担当した水師営。これとは対照的に悲惨だったのは第一師団が担当した東鶏冠山への攻撃である。


 第一師団では東鶏冠山攻撃に際して第二堡塁を目標にすることとされた。目標として北堡塁も挙げられたが、航空偵察により外壕の存在が確認される。橋をかけるにせよ壕に踊り込むにせよかなりのリスクが伴うと判断された。


 確実に落とせると思われる場所から攻めた堅実な判断により、師団は首尾よく第二堡塁の占領に成功する。だがロシア軍は撤退時に火を放ち、それが残されていた弾薬に誘爆。さらにそれは撤退完了のサインでもあり、周りから猛烈な砲撃を受け死傷者が続出する。これで一時、突入した大隊長が掌握している人員が四十名になるほどの被害を出した。


 部隊はしばらく待機するも援軍は来ず。代わりに来たのは堡塁を奪回せんとするロシア軍だった。人間をかき集め維持に努めたが衆寡敵せず。結局、占領から三時間で撤退に追い込まれた。連隊の大隊長三人中二名が戦死し、連隊長も代理含め二人が戦死する壊滅的損害を受けて。


「皆、よくやってくれた」


 乃木は二拠点を攻略できたことで十分な戦果を挙げたとして攻撃中止を命じる。戦死者一一〇〇。負傷者四〇〇〇を出した。ロシア側は戦死者六〇〇、負傷者三〇〇〇。数の上では日本側の被害が大きいが、攻撃側であることを考えればかなり健闘している。


 しかしこれに納得しない者がいた。第一師団の松村中将である。


「不甲斐なし!」


 と嘆く。他所は目標を一応は攻略したのに自分たちだけできなかったのだから悔しがるのは無理もない。


「閣下」


 そこへ訪ねてきたのは中村覚少将。彼は第一師団の副師団長をしている。これは三単位制師団にしたために余りがちな少将の処遇先として創設された役職だ。師団にはこの他に歩兵連隊を統括する歩兵団があり、こちらも少将があてられている(基本は先任が副師団長となる)。


「何だ?」


 不機嫌マックスな松村。声にもその感情が宿る。


「第三師団が攻略した盤龍山の堡塁は要塞第二線の望台からわずか一キロ。ここを起点に望台への攻撃を軍司令部に提案するのはいかがでしょうか?」


「たしかにあそこは敵陣に深く食い込んでおる。だが、第三師団に限らずどこもかなり消耗している」


 己の部隊の不甲斐なさを嘆く松村だが、頭は冷静だった。自分だけでなく他所の消耗具合も頭に入っており、そこから弾き出された結果は再編成と戦力の補充を行わなければならない、だ。だから悔しがってはいるものの、大人しく軍命令に従っている。


 中村もそれは知っていたが、彼は別の考えを持っていた。


「しかし各師団から戦力を集めれば可能です」


「なるほど」


 松村は考える。確かにそれならば攻撃ができるだけの戦力を集められなくはない。それを指揮する者として中村が志願した。発案して指揮したのが第一師団であればそれは戦果といえる。松村は話に乗り、軍司令部に提案した。


「反対です」


 そう言ったのは参謀長の長岡。他の参謀も揃って反対と口にした。


 彼らの言い分は、総攻撃は概ね満足できる結果だった。各師団とも激しく消耗しており、敵の反撃も考慮すればある程度の余裕を持った状態で作戦を終了すべきである、というものだ。


「第二回の総攻撃も予定されております。ここで消耗しすぎると計画に差し支えが出る恐れも……」


「砲兵部隊や大連の航空部隊なども連日の出撃で疲弊しております」


 攻撃するにしても砲兵や航空部隊による援護がなければただの的。キーマンたる両者は準備攻撃の段階から働き詰めで限界が近い。無理に動かすような切羽詰まった場面ではない、と参謀たちは主張した。


 乃木もまた参謀たちの意見に同意。また次がある、と第一師団の意見具申を退けた。それを聞いた中村は次を待っていられない、と今度は自ら司令部に出向いて直談判する。もちろん反応は松村のときと変わらなかったが、中村は乃木の情に訴えた。


「乃木閣下! ここで第一師団だけ不甲斐ない結果に終わったとなれば故郷に帰った兵たちが浮かばれません。どうか挽回の機会をいただきたい!」


 さらに日清戦争では共に第一師団に所属する上司部下として旅順を落とした。自分にはその経験がある。それを買って是非とも望台攻撃をさせてほしい、と。


 この訴えに乃木は折れた。そこまで言うのなら、と中村を隊長とした特別隊を組織することになる。それを知った長岡は翻意を迫ったが乃木は受け入れない。やると言ったらやる、と頑固さが悪い方面に発揮された。


 一日を休みとして後方部隊に休息を与えつつ、各師団から部隊を募り中村隊として編成する。中村隊は盤龍山の堡塁に集結した。そこで中村は、


「夜襲を決行する!」


 と命じた。砲兵や航空部隊に負担がかかると言われていたので、ならば彼らの援護を貰わず望台を奪取してやると目論む。日中に攻撃したのではただの的になるので夜間に行動する。望台への攻撃は完全に計画外であり、中村に作戦が委任されていたことが歩兵単独による強襲という悲劇を招く。


 中村隊は月が出るのを待ってから行動した。月明かりを頼りに望台の陣地へ迫ると、部隊は鉄条網の撤去にかかる。しかし月の光は日本軍も平等に照らしており、警戒していたロシア兵に発見されてしまった。


 すぐさまロシア軍陣地から攻撃が行われる。照明弾も打ち上げられ、闇夜に日本兵の姿を浮き上がらせた。


「いかん、突撃せよ!」


 発見されたと悟った中村は部隊に突撃を指示。自身が先頭に立ち刀を振るう。


 将兵はすぐさま行動に移そうとするが、突撃と言われてもまだ鉄条網の処理が終わっていない。近づいたところ地雷を踏んで被害を出す。


 それでも将兵は伏せて飛び交う銃弾を躱しながらどうにか鉄条網を処理。なけなしの擲弾筒が火力支援を行うなか突撃を実行する。しかし擲弾ではトーチカに守られた機関銃を沈黙させられない。勇者たちが果敢に突入するも途中で果てるか返り討ちに。


 中村隊は完全に攻めあぐねた。打開策もない。そこへ戦闘の喧騒を聞きつけた周辺陣地からの援護砲撃が彼らを襲う。いよいよ末期だが、それでも中村は諦めることなく部下を叱咤激励する。


「敵陣に取りつけ! そうすれば――うぐっ!?」


「少将!?」「閣下!?」


 刀を振い部下を鼓舞していた中村が倒れる。銃弾を受けたのだ。重傷ということで後送された。その後も何度か敵陣への突入が試みられるもことごとく失敗。最終的に指揮を引き継いだ士官が撤退の判断を下す。敵陣近くからの撤退もまた困難を極めたが、どうにか撤退に成功した。


 この戦いで日本軍は戦死者五〇〇、負傷者一〇〇〇という損害を出した。一方のロシア側も戦死者五〇〇、負傷者一二〇〇を出している。特に望台の守備兵は激減して百名足らずになっておりあと一歩というところだった。


 結局、消耗した部隊を寄せ集めてもどうにもならない。長岡たちの見立てが正しかったというわけである。それに付き合わされる部下はたまったものではないが。


 なお、負傷した中村は重傷と判断され、容体が落ち着いたところで本土に送られている。


 第一回総攻撃はこれで本当に終了。結果は痛み分けとされたものの、要塞防御線に食い込んだ日本の努力は認められた。










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また、下の☆☆☆☆☆から、作品への評価もお願いいたします。面白ければ☆5つ、面白くなければ☆1つ。正直な感想で構いません。


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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 今回の白襷隊?の活躍は史実ではたまに美談として語られますが、この世界だと無謀な突撃と歴史家から評価を与えられそうですね。 あと観戦武官から日本の兵站を評価してもらえたのは嬉しく思い…
軍事的合理性じゃなくて感情で行動する将校が少なからずいて、しかも上がそれを止めないというの、後の226や515、WW2での様々な失敗と最終的な破滅にもつながる日本軍の悪弊ですよね。 長州のやらかした「…
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