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山縣有朋は愛されたい  作者: 親交の日


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旅順要塞攻略戦(四)

 






 ――――――




 旅順要塞を包囲する乃木希典の第三軍では要塞攻撃に向けた準備が行われていた。前線では塹壕の掘削や弾薬の運搬に余念がない。一方の軍司令部では連日、参謀や師団長などを招いての会議を開いていた。


「北はようやく落ち着きを見せたようですな」


 満州軍本隊が戦った遼陽会戦は日本の勝利に終わった。ロイターやタイムズ紙が日本勝利と喧伝し、日本国債は売れ行きがよくなる。一方、敗北したロシアのものは低調になった。


 このニュースは日本の新聞にも転載され、それらを記載した紙面が戦地にいる兵士たちにも届けられた。満州軍の兵士たちは誇る者や素直に喜ぶ者などおり、やや温度差はあれどロシアに対して勝利したことに安堵する。そのため少し弛緩した空気が漂っていた。


 しかし、対照的に第三軍はピリピリとした緊張感をまとっている。彼らはこれから攻撃する立場であり、また他軍が戦果を挙げたなかで自分たちが遅れをとるわけにはいかないという対抗心からこうなっていた。


「我々も戦果を挙げてこの流れを確かなものにしたいところです」


 参謀長の長岡外史の言葉に会議の参加者はしきりに頷いていた。


「そのためにもしっかり作戦を詰めねばならん。長岡」


「はっ。それでは改めて要塞攻撃の作戦計画をご説明いたします」


 司令官の乃木に指名された長岡は棒を手に立ち上がる。中央にある地図を指し示し、時折駒を動かしながら説明を始めた。


「先の攻撃では第十一師団を以て二〇三高地とその周辺を攻略。同高地より観測射撃を行い、港内の旅順艦隊を陸上と海上から砲撃しました。航空偵察の結果、この観測射撃および黄海における海戦によって艦隊はその戦力を喪失したものと判断されました」


 生き残った艦艇も自沈していることが判明している。二〇三高地から海軍将校が港内を観察して艦隊は壊滅したと判定。連合艦隊は警戒態勢は敷いているもののそこまでの戦力は割かなくてもよいと判断し、ローテーションを組んで内地にて整備と補給を行っていた。


 ロシア軍はしばしば二〇三高地の奪回を試みたが、反斜面陣地を用いた日本側の巧みな防御戦術の前に被害を増やす。艦隊壊滅で奪回する意味がなくなったためか、最近は攻撃してこなくなった。


「近頃はロシア軍に奪回の動きは見られません。総攻撃が予定されていることから二〇三高地の守備は一〇三旅団(予備役兵で編成された部隊)に交代し、十一師団は要塞東北へと配置転換しました。よって総攻撃は第一、第三、第十一師団を以て行うこととします」


 二〇三高地の攻略はあくまでも前座。補給に難のある西南からの攻撃は、ロシア軍の守りが手薄な緒戦だけというのが当初からの計画だった。旅順要塞攻撃の本番は東北からの攻撃。要塞正面をぶち抜くことにある。


 要塞中央には降伏の際に会談が行われたことで有名な水師営があり、東へ向けて松樹山、二龍山、盤龍山、望台、東鶏冠山と堡塁や砲台が築かれている。これらが今回の攻略目標だった。


「各師団の担当としましては第一師団は東鶏冠山、第三師団は盤龍山、第十一師団は水師営となります」


 一個師団が一拠点の制圧を目指すという形だ。こうすることで第二陣、第三陣と攻撃に厚みを持たせることができる。


『攻撃側はどこを攻撃するか決定することができるため、戦闘における主導権を握ることができる』


 という話は山縣が徹底し、日本軍で広く受け入れられている。今回もその原則に則り、攻撃点に戦力を集中させることとした。


「攻撃開始は九月二十日。これより三日間の準備攻撃を行います」


 準備攻撃は砲爆撃だ。展開した各種の火砲が一定の間隔で砲撃を行う。さらに大連の飛行場からは第一、第二〇一飛行隊が飛び立ち継続的に爆撃することになっていた。これらでロシア軍の兵員、防御施設にダメージを与えることを企図している。


 準備攻撃の間、各部隊は前線ギリギリまで掘り進めた塹壕に移動して待機する。もう少し進めばロシア軍陣地から塹壕の内部が見えてしまうギリギリのラインまで掘り進めていた。一部は掘りすぎて攻撃を受けたので放棄したほどだ。


「そして二十三日に突撃を敢行する計画です」


 各師団は攻撃目標の奪取に最善を尽くしていただきたい、と長岡は結んだ。


「よろしいか?」


「何でしょう、松村中将?」


 声を上げたのは第一師団長の松村務本。長岡に促され質問する。


「先ほど各師団に攻撃目標が割り振られたが、要塞の主要拠点として他に松樹山、二龍山、望台がある。うち望台はやや遠いからともかくとして、他は眼前に聳え立っている拠点だ。これらに対する処置はどうする?」


 無視したのではそちらから反撃が行われるのではと懸念してのものだ。


「欺瞞の意味も込めまして、準備攻撃は各主要拠点に対して行うこととしています」


 ただし最も打撃力の高い三八〇ミリ臼砲については攻撃目標になっている三拠点にのみ射撃させる、と長岡は説明した。反撃についてはあり得ると同意するも、それを恐れて全拠点に対して攻撃をすれば戦力を分散することになる。どこも落とせないという最悪の事態を避けるため、と説明した。


 しかし松村は納得しない。それでは不十分だと。一気呵成に落とせなければ、ロシア軍もまた攻撃されている拠点に兵力を集中してくる恐れがある。


「これまでの研究で機関銃を据え防備された陣地の堅固さは貴官らが散々に主張してきたことだ。南山などでそれは証明された。であればこそ、早期の攻略は不可能だ」


 攻略には時間がかかると思われる以上、相手にも兵力を集中される懸念がある。ゆえに攻撃は実施すべきというのが松村の主張だった。


「それにだ。軍命令で行われている坑道掘削。あれは主に除外されている三目標を対象にしているではないか」


 工事はまだ半ば。しかも総攻撃に伴い作業が中断されることになっていた。その完成を待ってからでもいいのではと松村。第三軍で坑道戦術を担当する参謀、井上幾太郎少佐にも賛同を求めた。


 井上は山縣に坑道戦術の研究を命じられた上原勇作の下についてともに坑道戦術を研究してきた人物だ。目的はもちろん旅順要塞攻略のため。その知見を活かすべく第三軍に配属されていた井上だが、彼は困り顔で長岡を見る。長岡は仕方ない、とタネ明かしをすることにした。


「……実はそれには理由があるのです」


 陸軍では要塞に対する戦術の研究をしてきた。坑道戦術はその一環であるが、別方面からのアプローチもあった。それが歩兵と砲兵科による火力で圧倒するというアプローチ。これは陣地攻略の延長線上にある発想だった。陣地攻略って要塞攻撃に似てるな。なら要塞にも使えるんじゃね? という安易な発想である。しかし想定では有効性が認められたため、要塞攻略の手順に盛り込まれていた。


 そして旅順要塞を相手に実践することになったのだが、大本営や満州軍の山縣はどうせならと両方のアプローチを試すよう求めたのである。山縣は、


『どうせ一度の攻撃では落とせっこないんだから』


 と大連にいたときに長岡へ語っていた。そんなオフレコ発言はカットしつつ、上の意向で二つの攻め方を試すのだと説明した。


 これだと壮大な実験(事実そう)になってしまうが、理由はそれだけではないと井上が補足説明を行う。


「坑道戦術は敵の防御施設を破壊し得る威力を持っておりますが、一方でかなりの時間を要します」


 穴を掘るには時間がかかる。その間、敵も守りを固めるだろうし、包囲して動かない日本軍を怪しむはずだ。敵の目を逸らす意味でも坑道戦術以外での要塞攻撃には意味があると井上。ただの実験ではなく、軍司令部でちゃんと検討した結果だと主張した。


 さらに二〇三高地を攻撃したとき、第十一師団はかなりの損害を被った。師団で高地を攻めてなければ落とせなかった可能性すらある。下馬評で日本不利と判定されているこの戦争で失敗は許されない。確実に戦果を得るため一拠点一師団の原則を崩すつもりはないとも。


 松村もそういうことなら、と納得して引き下がる。その後、いくつかの確認や連絡事項が交わされ会議はお開きの雰囲気に。締めとして乃木が立ち、


「諸君らの奮闘を期待する」


 としてその場は解散となった。


 そして迎えた九月二十日。


「撃てーッ!」


 早朝から砲声が轟く。ロシア兵はもちろん、味方の日本兵もこれに叩き起こされた。話は聞いていたが、砲声がすれば起きてしまうのは条件反射みたいなものなので仕方がない。


 ロシア側も応戦し、歩兵の頭上を砲弾が飛び交う砲撃戦に発展した。双方ともに被害を出すが、やはりほぼ固定目標であるロシア側の損害が目立つ。主要拠点にあるかなりの火砲が砲爆撃で破壊された。


 塹壕にいる日本兵からもその様子は見えていた。双眼鏡を持つ士官がその様子を報告すれば、兵士たちは歓声を上げる。そんな彼らを轟音と衝撃波が襲った。


「な、なんだ!?」


 咄嗟に塹壕へと身を隠す兵士たち。だが何が起こったか気になるのが人情だ。好奇心は猫をも殺すわけだが、やはり気になるので恐る恐る周りの様子を窺う。


「おい、あれ!」


 ひとりの兵士が要塞の方角を指さす。釣られてそちらを見てみれば、煙がもくもくと上がっていた。まるで火山が噴火したかのよう。だがもちろん旅順要塞に火山はない。


「……恐らくだが、弾薬庫に砲弾が直撃したんだろう」


 部隊長のひとりがそう呟く。幸運にも弾薬庫に砲弾が直撃。中にあった火薬類を誘爆させたのだろうという見立てを語った。


 この推測は当たっていた。東鶏冠山の弾薬庫に三八〇ミリ臼砲の砲弾が直撃。使用されている砲弾の炸薬は一二六キロに達し、その有り余る破壊力を遺憾なく発揮した。付近にいたロシア兵も全滅している。


 ここに空襲も加わった。


 三四年式単発機が三二機、三六年式双発機が二八機。合計すると六十機という攻撃隊がやってきたのである。まず双発機が大量に抱えていた爆弾を投下する水平爆撃でざっくりと地ならし。叩けなかった細かな目標を単発機が緩降下爆撃で狙うというコンビネーションを披露した。


 攻撃する日本軍は大忙しだ。砲弾を供給するために弾薬庫と陣地を四輪小型自動貨車が走り回る。自動貨車はいくつか種類があるが、これは小型ゆえに砲兵陣地の近くへと乗りつけることができた。それゆえ前線への重量物輸送手段として各軍から重宝されている。


 大連の飛行場も鉄火場だ。朝一で全力出撃させた後は予備機を稼働状態に。帰還してきたら予備機にパイロットを乗せて出撃させつつ、戻ってきた機体の整備に取り掛かる。それが丸三日続いた。


 しかしこれら努力の甲斐あって目につく要塞の砲台は半壊状態。一部は全滅した場所もあった。これだけ壊されると予備の砲も枯渇し、一部は艦載砲らしきものまで持ち出してきたのが確認されている。


 日本兵たちはこれに歓喜。砲兵や飛行兵はよくやった。次は自分たちの番だと士気を上げた。そして三日の砲爆撃の後、彼らに前進命令が下される――。











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また、下の☆☆☆☆☆から、作品への評価もお願いいたします。面白ければ☆5つ、面白くなければ☆1つ。正直な感想で構いません。


何卒よろしくお願いいたします。




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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です 要塞全体に対する総攻撃は結局史実でも失敗していて、個別に陣地を落としていって最終的に旅順全体が陥落しているんですよね。まぁ総攻撃してたのは各所から早期攻略をせっつかれていたらで、20…
改めて1話から読み直したけど、この時点で長州時代から戦い続けた最も戦歴の長く、陸海空に通じ近代化を成し遂げた正に国軍の父ですね。
やはり火力…火力は全ての困難を解決する…!
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