遼陽会戦 後編
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首山堡の攻略に成功した橘大隊だが、彼らは満身創痍だった。両腕が使えなくなった橘がその象徴といえたが、その戦意は衰えていない。
橘は部隊に集結を命じる。ロシア軍は首山堡が落ちると包囲される。背後には太子河がある背水の陣だからだ。当然、反撃が予測された。防戦の準備に先立って部隊の掌握を行ったのである。
「……随分と減ったな」
絶叫し続けて掠れた声で橘は呟く。
大隊はおよそ五〇〇人強で編成されるが、人員掌握で集まった者は百に満たなかった。地面を這ってまで来た重傷者を含めてこの数字である。もちろん途中に転がっている負傷者もいるだろうからもう少し生き残ってはいるだろうが、とにもかくにも頂上に辿り着けたのは二割にも満たない人数だった。
橘は元気な者を見つけると増援を呼ぶための伝令として出し、残りは再編成して山頂の守備に就かせた。
果たして占領から一時間ほどが経った頃、ロシア軍の逆襲が始まった。
「敵です。旅団規模の敵です!」
橘は道中の戦えそうな負傷者を山頂に運びこみ、どうにか一〇〇名ほどまで兵力を回復させた。さらに鹵獲した機関銃を据えつけて待ち構えるが、涙ぐましい努力を嘲笑うかのような大兵力が橘大隊に襲いかかる。
「ここを敵に渡すわけにはいかん! 死守するぞ!」
橘は両腕が使えなくなったが、愛刀を大隊書記に持たせ最前線で声を上げ続けた。銃撃戦から白兵戦にまで至ったが、橘大隊は何度となくロシア軍の逆襲を退ける。
しかし、時間が経つほどにロシア軍の攻撃は強力になっていく。これまでは歩兵のみの攻撃だったのが、砲兵による砲撃も攻め手に加わる。そのうちの一弾が最前線にいた橘を襲った。爆風に吹き飛ばされる橘。
「大隊長殿!」
兵士たちは慌てて駆け寄る。弾片が腹部に突き刺さっていた。
「大丈夫だ。まだ戦える」
橘はそう主張していたがその声は弱々しい。立ちあがろうとしたがそれは叶わず、倒れそうになったところを部下のひとりが慌てて支える。とりあえず応急処置が施されたが、さすがにこのままというわけにはいかない。
「大隊長殿」
部下のひとりが進言する。
「首山堡を攻略し、攻め寄せる敵を幾度となく撃退いたしました。もう十分ですので後退してはいかかでしょう?」
傷の処置もあります、と部下。
「……」
橘は迷った。彼が言うように自分は満身創痍で戦える状態にないこともまた事実。だが、このまま部下を残しておくのは気が引ける。彼らをここまで駆り立てたのは自分だからだ。
迷っているうちに新手がやってきた。兵士たちは必死に敵を食い止めている。まだ動ける者は飛び込んできた敵を迎撃。怪我をして満足に動けない者は機関銃や小銃を持ち後続を足止めしている。
(彼らを見捨てるわけには……)
そのとき、
「よくやった!」
そんな声が戦場に響く。橘が力を振り絞って声の主を見やる。声の主は大佐の階級章をつけた日本の軍人だった。
「大隊長! 橘大隊長はどちらに!?」
「こちらだ!」
自身を呼ぶ声がした。存在を主張する力もない橘に代わり、看護していた部下が呼び声に応じる。
橘を呼んでいたのは首山堡を占領した際、伝令に走らせた兵士だった。立ち上がるだけの力もない姿に息を呑む。だがすぐさま誇らし気に報告した。
「援軍です! 十三連隊が来てくれました」
折角奪った陣地をみすみす奪い返されるわけにはいかない、と予備隊として待機していた第十三連隊が増援に来たのだ。しかも連隊長が自ら指揮して。
看護していた部下が麓を見やると、わらわらと日本兵が登ってきている。部下は破顔し、
「援軍です大隊長! 友軍が次々とこちらに向かっております」
と報告した。
「そうか」
釣られて橘も笑う。安心して緊張の糸が切れたせいかそのまま意識を手放した。
――――――
第二軍の首山堡攻撃と時を同じくして第四軍も早飯屯への攻撃を仕掛けていた。しかしこちらは攻めあぐねる。第二軍の他の部隊も似たり寄ったりで、第四軍が悪いのではない。橘大隊が異常なだけだ。
中央ということで各所から射線が通るので攻めにくい。それでも塹壕を敵陣近くまで掘り進めた上で突撃して取りつくところまでは辿りついていた。
司令官の野津は引き抜かれた師団がいればと一瞬考えるが、兵の多寡が影響しているわけではないと思い直す。阻んでいるのは長雨によりぬかるんだ地面だった。こればかりはどうしようもない。
そんな苦境を見かねたのが黒木の第一軍だった。
「第四軍を助けるぞ」
黒木の言葉に参謀長の井口は驚く。
「司令官。我らは倍の敵と対峙しているのです。他所に助け舟を出す余裕など……」
「倍する敵と戦えているのは守勢に回っているからだ。それにまだ余裕がある」
そう言って黒木は独断でとんでもない命令を出す。第四師団にこの場を任せ、麾下の第五、第十師団を率いて太子河を渡河。その先にある饅頭山と五頂山を攻略するというのだ。
「第四師団だけではとても耐えられません」
「第四軍からの増援がいるではないか」
増援の第二師団を加えた二個師団で守れると黒木。だが問題は他にもある。
「加えて敵前で渡河をするなど無謀です」
しかも優勢な敵を前にしての運動だ。さらに言うなら前線が伸びれば伸びるほど(増援があるとはいえ)兵力は薄くなる。そこをロシア軍に攻撃されれば分断される恐れがあった。非常に危険で常識ではあり得ない。
「しかしこのまま第四軍が苦戦しているのを黙って見ていることはできん」
死中に活を求める、と黒木は譲らず。名前の上がった二個師団に加え、それらの先鋒として最右翼に位置する梅沢道治少将率いる部隊(梅沢支隊)にも前進を命じた。
「黒木閣下も無茶を仰る」
命令を受けた梅沢少将は苦笑する。彼は平凡な軍人だった。大佐には昇進したものの将官になれるような功績はなく、このまま予備役だなと自他ともに思っていた。
ところが日露戦争が勃発し、梅沢もこれに動員される。前線の兵士が不足したため予備役で臨時編成された第一〇一旅団が編成され、梅沢は少将へと昇進してこれを率いることになった。
上述の通り一〇一旅団は予備役で編成されている。年齢的に旬を過ぎた兵士たちであり、現役と比べると体力に劣る。武器だけは現役部隊と同じものが与えられていたが、どう足掻いても二線級の部隊であることに変わりはない。そんな部隊がどういうわけか全軍の最右翼へと配置される。
これはえらいことになった。
梅沢はどうしようかと考えたが名案は思い浮かばず。こうなればやれることをやろうと開き直り、詐欺師も裸足で逃げ出すようなペテンを駆使した。
体力では現役兵に負けるが気力では負けない。そう吹聴して部隊の士気を高く保つことに腐心した。とにかく励まし、部隊の歌を作り団結心を高める。
そして迎えた遼陽会戦。梅沢支隊にとって初の本格的な戦闘だったが、幸いなことにロシア軍主力は本隊が受け持ってくれた。彼らが相手にしたのは監視哨のような小規模拠点で、これらを踏み潰しながら前進する。
梅沢としてはまあ部隊の実情に即した任務だなと思っていたのだが、ここにきてとんでもない命令が降ってきた。正直かなり困ったが、やれと言われた以上はやらねばならない。第一軍の最右翼として前進。いくつかあった小規模拠点を攻略していった。
第一軍の本隊も同じく行動し、大胆不敵にも太子河を敵前渡河。勢いのままに饅頭山と五頂山を攻略する。
これにロシア軍のクロパトキンは狼狽した。第一軍が遼陽の後方に走る鉄道線を窺う位置に来たためだ。これを寸断されてはたまらない、と左翼に集めていた部隊をすぐさま饅頭山と五頂山へ差し向けた。
両拠点の奪回を試みて攻撃するも第一軍は頑強に抵抗する。急なことで双方とも砲兵の援護がないまま歩兵同士の殴り合いになったが、ここで機関銃と擲弾筒が威力を発揮した。日本軍には擲弾筒という事実上の迫撃砲が多数装備されていたもののロシア軍にはそれがない。それが火力の違いとなって現れる。守備側が有利ということもあり、ロシア軍は兵力で勝りつつも拠点の奪回には失敗した。
最右翼の梅沢支隊にも反撃の手が及ぶが、有力な敵部隊の大攻勢を耐え忍ぶ。さらに右翼の首山堡も攻略されこれの奪回にも失敗したロシア軍は両翼包囲の危機に陥った。これではいくら中央が耐えていても無意味だ。やむを得ずクロパトキンは全軍に遼陽からの退却を命じる。
撤退を前に従軍記者を招いて記者会見を開いたクロパトキンは、
「遼陽から撤退する。ただしこれは予定された戦略的撤退である」
と述べ、ロシア軍にとって想定内の事態であることを強調した。
これを聞いた山縣も負けじと記者会見を開き、
「日本軍は左翼において首山堡を攻略し、右翼において太子河を渡河。饅頭山と五頂山を陥れました」
山縣は会見場に地図を持ち込み、指揮棒で地名を指し示しながら説明する。もちろん機密に触れることは隠しているが、記者たちはそれを食い入るように見つめていた。
「地図で見れば明らかなように、日本軍による両翼包囲の形となりました。つまり、ロシア軍は我々の包囲が完成する前に撤退した――クロパトキン将軍の言う『戦略的撤退』というのは虚偽であることがおわかりいただけるでしょう」
両者の会見は記事となり国際社会に発信された。そして国債市場においてジャッジが下されるが、反応は日本国債の人気が上がる結果となった。
山縣のコメントとともに会見で示された図がそのまま記事となり、明らかに日本の勝利であると受け取られたからだ。各国とも駐在武官を派遣しており、彼らからの情報もそれを裏打ちする。
さらに当のロシアにおいても上層部においてクロパトキンは批判された。彼の後任として陸軍大臣になったサハロフなどは「臆病者」などと陰で批判する。
ロシア本国としては既に日本の倍近い兵力を送り込んでいるのだから、極東の猿ごときさっさと蹴散らしてしまえ、と考えていた。先にアレクセーエフが積極的に攻撃をしていたが、指揮権の問題とは別に中央の意向を忠実に実行しようとした結果でもある。
他方、クロパトキンは持久戦を志向した。前年に訪日した際に「歓迎」された経験から、日本軍は手強いと判断。しかも敵の司令官はその軍を創り上げた創始者ともいえる山縣だ。一筋縄ではいかないと、石橋を叩いて渡る持久戦――国力というフィジカルで相手をすり潰す安全策に出た。
この上層部と現場の乖離は、ロシアの戦争指導に大きな影響を及ぼすこととなる。
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