遼陽会戦 中編
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日本軍は鞍山を占領すると休む暇もなく遼陽へ向けて進撃を再開した。右翼でロシア軍主力と対峙する第一軍には第四軍から引き抜いた第二師団を送り込む。それでも圧倒的劣勢なので基本的に守りに徹するよう命じる。
残りは前進を継続してやがて接敵した。彼我の位置関係から第四軍は早飯屯、第二軍は首山堡の攻略を担当することに。砲兵陣地の構築や塹壕の掘削などに時間を費やし、作業が終わると束の間の休息をとる。
ただしっかり休めたかは疑問だ。攻撃が始まってから断続的に雨が降り続けている。その合間を縫って攻撃しているような感じだった。しかし、八月三十一日になってようやく天気が回復する。
「おお、皇太子殿下の御誕生日に晴れるとは……」
奇しくも皇太子(大正天皇)の誕生日であり、将兵は口々に皇室の御威光だと言った。第二軍、第四軍は翌九月一日に総攻撃を行うことを決定。即日、準備砲撃を開始した。
二〇三ミリ砲も動員して等間隔で砲撃を行う。眼前の敵陣地に着弾して盛んに土煙が上がる。
「砲兵さんは元気にやっておるな!」
ロシア軍も応射し、流れ弾が前線にも降り注ぐ。そんななか、双眼鏡を片手にその光景を見守る男がひとり。
「大隊長殿、危険です!」
「なに、構うものか」
そんな豪胆なことを言っている人物の名前は橘周太少佐。鹿児島の歩兵第三十四連隊第一大隊長だ。
橘は陸軍きっての教育者であり、彼の著した「新兵教育」「歩兵夜間教育」「森林通過法」といった著作は陸軍軍人必読書とまで呼ばれた。
陸軍士官としてのキャリアスタートは青森の歩兵第五連隊の小隊長。諸葛孔明に感銘を受けた橘は孔明の言う率先垂範を実践して兵たちに慕われた。人格者として知られ近衛歩兵連隊に転属することになった際には、兵たちに泣きながら送り出されたとか。
近衛師団に所属してもその高潔さはひと際目立っており、同じく厳格でストイックな旅団長の乃木希典や皇族軍人の閑院宮載仁親王から高く評価された。そして東宮武官に抜擢され、皇太子の教育係を務めることとなる。
病弱である皇太子を気遣いつつも容赦ないスパルタ教育を施す。相撲をとれば忖度なく投げ飛ばし、海水浴をすれば泳げない皇太子を海に叩き込んだ(そのおかげかその日のうちに泳げるようになった)。
そんな厳しくも愛に溢れた橘に感化されたか、皇太子は剣術を習いたいと寒稽古を申し出て三十日連続でこれをこなす。体質も多少は改善した。とはいえ完全にとはいかず体調を崩すこともあった。その際、橘は謹慎して回復を祈っている。
このように橘はスパルタ教育をしていたが、彼はただの脳筋ではない。学問にも秀でた文武両道の人物だった。特に漢学への造詣が深く、少年時代に二松学舎で学んだ経歴を持つほか、武官としての軍事教育では教科書のみならず現地の地形や戦いについての説明を行うなどの実地教育も行っている。
皇太子と橘には確かな絆が育まれ、日露戦争に出征することとなり挨拶した際には彼の身を気遣い、特別に金三五円を下賜している。これに感激した橘は妻へ、息子に対してこの御恩をよくよく伝えておくようにと申し送っていた。
そんな姿勢から窺えるように橘は勤王家であった。橘家は橘諸兄を祖とし、楠木正成の弟から分かれて周太に繋がる。そのような家系であるので父親から由緒を聞かされ、特に皇室へ御奉公せよと言われていた。軍人になったのもそんな経緯がある。
特に軍人勅諭には感激していた。これは民権運動などで軍の政治化を危惧した山縣が主導して出されたものだ。史実のそれよりはマイルドになって軍人としての本分を全うせよ、というニュアンスのものになっている。
マイルドな軍人勅諭を読んだ橘だったが、思考は史実と同じところに行き着く。すなわち軍人は戦場で死ぬことが本懐だと。日清戦争では出征できなかった橘。日露戦争への出征が決まるとこれを喜んだ。
しかしその価値観は満州の地で変化した。きっかけは山縣との出会いである。
「君が橘少佐か」
橘は当初、第二軍の兵站管理を行なっていた。近衛師団に所属していた際、兵站の重要性を説いていた。そのことが乃木から伝わっており、兵站部門へと配属されたのである。もちろん本人は前線勤務を望んでいたが。
希望は叶えられなかったが、橘はそれで腐ることはなかった。希望でない職務でもしっかりこなす。自ら陣頭に立って人員や資材の管理を行い、それらを円滑に輸送した。おかげで第二軍の兵站はどの軍よりも整っていた。また、従軍記者に対しても配慮を欠かさず、彼らの間でも橘さんは素晴らしい、と称賛される。
そんな話を耳に挟んだ山縣が「視察」と称して橘の許を訪れた。
「山縣閣下!」
山縣は本人にその自覚はないけれども、日本軍のなかで圧倒的なカリスマを誇っていた。戦は強く斬新な戦術を編み出す軍人。他方、軍隊生活において数少ない娯楽である映画なども山縣が大きく影響している。軍人をしていて山縣の影を見ないことはない、と言われていた。
橘も例外ではない。日清戦争のときに兵士たちの輪に入っていたという話を聞き、自身の率先垂範の信念と志を同じくする人物と思っていた。皇太子付き武官の時代にも顔を合わせてはいたが直接話したことはなく、憧れの人物を前につい硬くなってしまう。
「第二軍の兵站が随分と整っていると聞いて来たのだが……なるほど、確かによくやってくれている。ありがとう」
君のおかげで前線の兵士たちは心置きなく戦うことができる、と山縣。橘は当然のことをしているまでです、と謙遜していたが、やがて意を決したように顔を上げる。
「閣下! お願いがあります」
「何かな?」
自分にできることならば、と山縣は応じた。橘安堵しつつ、その「お願い」を口にする。
「自分を前線部隊に配属していただきたいのです」
「ふむ……なぜか?」
「自分は陛下の勅諭(軍人勅諭)を奉じ、これに感じ入りました。『軍人は戦に臨み敵に当るの職』であると。軍人たるもの戦場で骨を埋めるものだと考え、自分は野を駆け武芸を修めて参りました。その機会を頂きたいのです」
「なるほど」
山縣は何度か頷くが、
「残念だがそれは却下だ」
出た言葉は否定だった。
「なぜです?」
「死にたがっている人間を前線に出すわけにはいかないからだ」
山縣は橘の思想における矛盾を指摘した。
橘は兵士たちから非常に慕われている。それは彼がよく面倒を見てくれるからだ。できるだけ兵士たちと共に遊び訓練をする。過失を犯してもなぜそのようなことをしたのかという言い分を聞いてから諭す。また、橘が誰よりも早く起きて鍛錬をする姿も目にしており、そういう姿勢が慕われる理由だった。
中隊長はお父さん、班長はお母さんなどと言われ軍隊生活を家族として捉えることがある。橘の姿勢はそれを見事に体現し、部隊を一個の家族のように掌握していた。
「君は兵士たちを自己満足のために死なせるのか?」
部隊長として兵を率いるということは、敵陣に突っ込む自身の後ろに愛すべき兵士たちが付き従う。橘の家族的な部隊からすれば兵士たちはすなわち子ども。それをみすみす殺すのか、と山縣は問う。
「しかし戦で人は死ぬものです」
「そうだな。だが、誰も死んでこいとは言わない」
指揮官はどこそこを攻めとれ、あるいは守れとは言う。ただほとんどの場合、そこで死ねとは言わない。
「君の場合、目的と手段を取り違えている」
軍人としての心がけを示したのが軍人勅諭。そこで示されているのは日本の軍人としてどうあるべきかという「目的」のためにとるべき「手段」である。
ところが橘はどうすべきかという「手段」が、戦場で死ぬという「目的」にしてしまっていた。山縣はその矛盾を指摘し、そんな自己満足のために兵士を死地に送り込むような人物を前線に出すわけにはいかないと言ったのだ。
その指摘に橘は雷に打たれたような衝撃を受けた。
だが山縣の言葉はそれだけでは終わらない。
「陛下は此度の戦を憂慮しておられた。世が戦をせよと盛んに主張するなか、今日までそれがなかったのはこのようなご意向があったからだ。――ところで、橘くんは皇太子殿下と親しいはず。出征にあたって何か御言葉を賜ったのではないか?」
「……身を大切にして励むようにとの仰せで、そのためにと三五円ほどの賜金も賜りました」
「にもかかわらず君は戦場で死なんとしている。それは皇太子殿下の御意志に背くことにならないか?」
武運拙く戦死したなら仕方がない。だが、自ら死のうとしているのは違うだろうと。
「……少し考えさせてください」
言われていることは正しいと思う一方、これまでの信念は何だったのかという思いに駆られる。気持ちを整理する時間が必要だった。
そして数日後、橘は上司の許可を得て総司令部を訪れた。もちろん山縣に面会するためだ。
「閣下。自分は思い違いをしておりました。目が覚めた思いです」
気持ちの整理をつけた橘は心機一転。身を大切に、しかし勇猛果敢に戦うと山縣の前で誓う。その場限りのものではないと感じた山縣は大きく頷き、
「今の君ならば大丈夫だろう」
と太鼓判を押す。少佐の階級に相応しい大隊長のポストが空けば推薦することを約束した。そして前任者が負傷して後送された歩兵第三十四連隊第一大隊長に着任したのである。
橘のことは既に陸軍で知られており、素晴らしい部隊長が来るということで兵士たちは喜んで迎えた。着任後はストイックさと兵士への気遣いを見せる。何か特配があれば階級の上下にかかわらず等しく分配するし、過失があれば言い分を聞きつつよくよく諭す。逆に善行が見られればしっかり褒める。兵士たちはたちまち橘を慕うようになった。
橘大隊が所属する第六師団は首山堡の攻略を担う。橘は目標である首山堡を念入りに偵察していた。
「山頂まで陣地がびっしりありますな」
「それだけではないぞ。ここ。七合目付近はしばらくの間、遮蔽物がない」
攻略は難しい。軍事知識をさほど持っていない兵士でも、ロシア軍の重厚な陣地を目にすれば苦戦を予想することができた。士気が落ちてもおかしくないが、橘大隊の士気は旺盛だった。
「首山堡に一番乗りして遼陽の戦は我が大隊が決した――そう言われるようになろうじゃないか!」
橘は首山堡を攻略すれば武功を上げることになる。名声は全軍に轟くぞ、と鼓舞した。大隊長が言うならばそうに違いない。やってやる、と兵士たちは士気を上げた。
九月一日。
いよいよ突撃の日である。前日から昼夜を問わず一定間隔で砲撃が行われていたが、次第に尻すぼみに。前線となる陣地に砲撃を続けると突撃する味方も巻き込む恐れがあるからだ。目標がより後方に移されたため砲声は遠のく。代わりにロケット弾が撃ち込まれ、独特の音が前線に木霊した。
日本軍にとってロケット弾攻撃は突撃開始が近いことを告げる合図のようなもの。橘は愛刀を抜いて備えた。部下には既に指示を終えている。後は突撃するのみだが、ふと隣の機関銃手に声をかけた。
「山下! 噴進弾攻撃が終われば、敵の頭を押さえるのはお前の機関銃だ。頼むから背中は撃ってくれるなよ」
「そんなヘマはしませんよ!」
橘が揶揄うと周りの兵士が一斉に笑う。
「よーし、皆いい顔になった!」
死地へ突撃するのはいかに勇気があろうとも緊張する。橘もそれは同じだ。だから手近な人間を揶揄って笑いを誘う。狙い通り大隊の兵士は笑顔になった。これに橘は満足そうに頷く。
その時、ロケット弾の音が止む。橘はしばし間を置いて撃ち止めであることを確認し、
「突撃ぃ〜っ……かかれっ!」
と命じるや、すぐさま壕を飛び出す。遅れてラッパが吹かれ、兵士たちも続いた。
ロシア兵が姿を見せると小銃や機関銃で迎撃する。長雨により地面が悪く足をとられもたもたしているうちに敵弾に見舞われた。それでも牽制射撃をしつつ前進を続け、敵陣から死角になっている場所までたどりつく。
そこで後続が来るのを待つ。ある程度まで集結すると、
「まずはこの陣地だ。行くぞ!」
と言って真っ先に敵陣へ踊り込む。
「大隊長に続け〜ッ!」
兵士は口々にそう言いながら後を追う。
敵陣に一番乗りした橘は驚くロシア兵を数人斬り捨てた。その手際は見事という他なく、戦場に出るために鍛え上げた剣術の腕が遺憾なく発揮されている。
ロシア兵が立ち直って反撃しようとしたところへタイミングよく部下たちが飛び込んできた。そのまま乱戦となる。
「うぐっ!」
橘は部下とともに戦っていたが、不幸にも一発の銃弾が右腕を撃ち抜く。
「大隊長!?」
負傷した橘。次々とロシア兵を斬り伏せた人物を排除せん、と敵が殺到する。部下たちが必死に守ろうとするが、やがて何人かがそれを突破してきた。だが、
「なんのこれしき!」
痛みはあるもののそれを精神力でねじ伏せた橘。刀を左手に持ち替えて応戦する。負傷したときに備え両手で剣を扱えるようにしていたことが奏功した。襲ってきた敵を返り討ちにする。
「まだ敵は残っている。行くぞ!」
右腕を負傷しながらも橘は先頭に立ち続ける。その姿に兵士たちも励まされ出会う敵を次々と葬っていった。
やがて圧倒されたロシア兵は退却。橘大隊は見事に第一陣地を奪うことに成功する。
「ロシア兵が逃げていくぞ!」
「万歳!」
「「「万歳〜っ! 万歳〜っ!」」」
喜ぶ兵士たち。ただ橘は違った。
「ロシア兵を追え! 奴らと一緒に頂上の陣地へ行くぞ」
頂上の陣地が敗走してくる味方を収容する前に後を追えば敵陣に雪崩れ込める。そう考え、万歳する兵士たちを尻目に山頂の陣地へと駆け出す。慌てて兵士たちも続いた。
橘の狙い通り、撤退する敵兵のどさくさに紛れて敵陣へ到達することに成功する。だが幾重にも連なる陣地のひとつにすぎず、早々にロシア兵はそこを放棄。残りの陣地から猛烈な射撃を加えた。
「死体を積め!」
弾よけとして敵兵の死体を土嚢代わりに積み上げるよう指示を出し、その陰に隠れる。力自慢の兵士が新たな死体を持ってきて、それを隙を窺いながら斜めになるよう死体を積み上げてジリジリと接近した。他の部隊もそれに倣う。そのとき、
「「「うおーッ!」」」
雄叫びが上がる。一部隊が山頂にある陣地の一角を占領したのだ。
「第四中隊か。やるな!」
橘はその勇気を称える。だが、彼らはすぐさまロシア軍の反撃に晒された。それを見た橘は、
「あの勇者たちを見捨てるな! 皆、もうひと息だ。行くぞッ!」
またしても先頭で突き進む。兵士たちも最後の力をふり絞り、喊声を上げながらそれに続いた。
そんなとき、またしても橘は敵弾に見舞われる。後続する兵士たちを鼓舞するために振り上げた軍刀を持つ左手。そこへ銃弾が命中したのだ。中指を半ばから失い、軍刀を取り落とす橘。
「大隊長殿!?」
兵士たちが慌てて駆け寄るが、
「オレに構うな! 今こそ好機。行け、行けっ!」
と兵士たちを前線に誘導した。やがて橘も痛みを堪えて前進を再開。それを目にした元気な兵士たちは大きな声を上げて進み、負傷していた者も立ち上がり、あるいは這いつくばりながら敵陣を目指した。
橘大隊は奮戦し、ロシア兵を山頂の陣地から駆逐。占領の証として山頂に日章旗を突き立てた。
おまけ
〜橘と皇太子(大正天皇)〜
皇太子「橘。子ども(長男)が生まれたそうだな。名前は何というのだ?」
橘「はい。一郎です」
皇太子「シンプルすぎないか?」
ひと晩悩んだ橘夫妻は翌日
橘「改名しました」
皇太子「ほう。名前は?」
橘「一郎左衛門です」
一郎左衛門は父と同じく軍人となり、近衛連隊に配属される。その話を聞いた大正天皇は
大正天皇「おお、一郎左衛門。父親には世話になったぞ」
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