旅順要塞攻略戦(一)
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得利寺の戦いにより満州からロシア軍の増援を阻み、旅順要塞の孤立は決定的となった。その間に第三軍は要塞の外縁部へと到達する。
そのまま包囲しようとしていると、要塞からロシア軍が出てきた。何もなく包囲されるのが癪だったのかもしれない。驚かされはしたものの実態は一発芸。迎撃して追い返した。
史実の旅順要塞攻略戦は日露戦争屈指の激戦として知られている。そもそも陸軍では要塞を攻略しようという勢力は少数派。むしろ監視部隊を置いて死兵化し、主力を満州に送り込んで決戦を行うという構想を大半の人間が抱いていた。
ただ、次第にやっぱり攻め落とすべきだという声が高まって攻略することになる。そして第三軍が編成されたが、攻略に手間取り損害も大きかったことで各方面から非難を浴びた。司馬遼太郎の乃木愚将論はその際たるものだ。
しかし乃木には同情すべき点が多々ある。まず肝心の要塞に関する情報が攻略を命じられた時点でほとんど与えられていないに等しかった。防衛線や施設の誤記、不記載のオンパレード。現地で実際に目にすれば全く違う代物だった。
次に大本営からの命令。これは要塞を早く落として北進せよというもので、乃木としては堅実に正攻法で攻略したい気持ちを押し殺して強襲法を選択する。だが砲弾の量は少なく撃ち込む弾は小さい。効果的な攻撃はならず、陣地ひとつ落とすのに部隊を壊滅させるような格好になった。そんな攻撃が長続きするはずもなく、強襲法による第一回総攻撃は頓挫した。
そして最後は日本軍の病理ともいうべき補給不足。要請した砲弾量が満足に届くことはなかった。それどころか、脚気対策に配給が決まった麦飯や乾パンの類ですらも十分な量を受け取れない。知れば知るほど、本当にこんな国がよく戦争をしたものである。
しかし現世では違う。要塞攻略は機関銃陣地の攻略と並ぶ優先課題として研究を重ね、諜報網を築いて要塞の情報も収集していた。開戦後も常にアップデートを続けている。
「ようやくできたか」
遼東半島の日本占領地ではあちこちで工事が行われていた。補給の要である鉄道の改軌工事に様々な設備の設置などやることは多い。だがそれと並行して何もない野原で作業する一団があった。
大連郊外の野原で行われている工事は奇妙なもので、草木を刈り取ると自動貨車に山と積まれた穴開き鉄板を地面に敷き詰めていく。地元民はそれを物珍しそうに見ていた。
謎の工事は飛行場の建設作業。敷き詰められる鉄板は第二次世界大戦でアメリカ軍が運用したPSPを参考にして製作した。これなら即座に飛行場が造れる。大連の飛行場も一週間足らずで出来上がった。小型軽量かつ数も少ないため面積は小さく済むという理由も建設時間の短さに寄与していた。
飛行場が出来上がると早速、飛行機が組み立てられ発動機も取り付けられる。飛行機の命ともいえるエンジンは飛行場の建設中、念入りに整備されていた。完成した飛行機は早速、試験飛行を開始する。
飛行機は日本にとっての虎の子。占領地が安定してきたことでようやく投入できた。ただこれ以前にもこの戦争に飛行機は投入されている。開戦劈頭、海軍が大連を一時占領して水上機を旅順に飛ばしたのがそれだ。大連占領後は飛龍丸が港に居座り、定期的に旅順や大連周辺地域の航空偵察を行っている。
「閣下」
陸軍航空隊も遅ればせながら展開したのでその視察に来た。そんな私に声をかけてくる人物が。
「おお、日野大尉か」
日野熊蔵大尉。陸軍航空隊第一飛行隊第一中隊の中隊長である。飛行場が完成したと聞くや飛んできて、試験飛行する飛行機に乗り込んだという。曰く、飛んでない日が続いたので落ち着かなかったと。禁断症状が出ていたらしい。
試験飛行をパスした機体は早速、任務に投入される。といっても少数機でできることは少ない。戦力が揃うまでは偵察がメインの任務になる。
「今日も朝イチで旅順を偵察してきました」
「どうだった?」
「いやはや、凄まじい防衛施設でした。……ここだけの話、あそこに突撃する兵士に同情しますよ」
後半は声を潜める。さすがに不謹慎だということがわかっていたのだろう。私もここだけの話として留めておく。
「それを援護するのが君たちの役目だぞ」
「部下にもそのお言葉を伝えておきます」
日野は笑った。私も奮起を期待する、と激励した。それからしばらく雑談に興じる。偵察飛行について訊ねれば、なんとも牧歌的な話が返ってくる。曰く、要塞上空で旋回すると兵士たちが物珍しそうに見てくるばかりか手を振ってくるとか。それに日野も手を振り返しているらしい。とても平和的だ。まあ後には憎き敵になるわけだが。
部隊の様子なども聞いて話を切り上げる。小さな飛行場なのでそれほど見るところもなく引き上げた。ともあれ、スパイによる事前情報だけでなく、航空偵察を駆使して常に情報をアップデートしている。地上からはともかく、上空から見られたときの対策などこの時代には施されていない。ゆえに空から見れば要塞の情報をかなり得ることができた。
「これが本日の偵察結果を踏まえた地図になります」
司令部では偵察結果を反映した地図を使い要塞攻略の方針を検討していた。第三軍でも同じことをしているだろう。
「まず、計画をそのまま維持するかですな」
田村が口火を切る。旅順要塞を攻めるにあたり、戦前に軍が作成した計画があった。そこでは目的の第一を旅順艦隊の無力化、第二を要塞の攻略と定義している。開戦劈頭の夜襲で旅順艦隊に損害は与えたものの艦隊は未だ健在。この大前提に変更はない。
要塞攻めの流れとしてはまず港内を観測できる地点を攻略。観測所を設置して重砲や艦砲による砲撃を行い旅順艦隊にダメージを与える。大損害を与えて戦闘力を奪うか、危険を感じさせて港から追い出せたら万々歳だ。
次はいよいよ要塞の攻略。だが要塞をどこから攻めるか――これが最大の問題である。
「東からか西からか。これが悩ましい」
東西ともにメリットとデメリットがある。
西は平坦な地形が続き攻めやすいが、鉄道や道路がなく補給に難がある。また平坦ということは敵から見つかりやすいということで激しい攻撃が予想される上、要塞の防衛線からは距離もあった。
東は鉄道線に近く補給がしやすい上、要塞の防衛線に近い。また要塞東の望台には防衛の要といえる砲台があり、ここを陥れれば要塞の死命を制することができると考えられていた。ただ防衛施設がかなり充実しており、相当な苦戦を強いられることは容易に想像できる。
史実では東西どちらから攻めるかについて大本営や現地司令部の間で揉めに揉めた。結局、乃木の判断で東から主要な防衛施設を突破することにする。最高峰の望台を確保すれば港内のどこへでも観測射撃が可能になるからだ。最終的に多大な犠牲を払いながら防衛線の突破に成功するが、要塞陥落の直接的な要因は第三回総攻撃で西の二〇三高地を攻略。同高地をめぐる消耗戦が展開され、ロシア側の兵員が尽きたことにあるのは何とも皮肉なことだ。
「要塞の死命を決するのは望台の陣地だろう。あちらさんもそれをわかってるからこそ、多重の防衛線を敷いているわけだ」
「対して西方はやや甘い。が、敵からの猛射は避けられないでしょうな」
川上や東條も頭を悩ませている。
「閣下はどうお考えですか?」
「東から攻めるべきだな」
素の状態でも日本軍は補給に難がある。自動貨車を導入して改善を図ってはいるが完璧とは言い難い。補給がしにくい西から攻めるべきではないだろう。
「しかし望台を陥れるのには時間がかかるだろう。そうこうしているうちに海軍が痺れを切らしかねん」
だからさっさと港内を観測射撃できる地点を確保してやる必要がある。当面は大孤山を確保することになっているものの、日清戦争で確保した際にそこからでは一部が死角になることがわかっていた。港内全てを見通せる場所は東なら望台、西なら二〇三高地となる。うち、望台は要塞防衛線の先にあり、これを早急に奪取することは困難だ。
「見たところ要塞防衛線もそうだが前進陣地も含めていささか造りが甘い。諜報によれば工事も遅れているとか」
「はい。まだ計画の半分にも達していないそうです。前進陣地の多くは開戦してから造られたものだと」
「その急造の陣地に絶好の観測点があるわけだ」
「二〇三高地ですか」
「ああ」
ここを攻略して艦隊を旅順から追い出すことで作戦の第一目標を達成する。
「しかし西攻めは補給に難渋すると……」
「そうだな。だから北でやったことと同じことをする」
自動貨車を使った補給だ。その有効性は得利寺の戦いで五十キロの追撃戦を支えたことで証明されている。砲兵陣地も西攻めを考慮して構築することにした。要塞へ向ける火力が減るという懸念もあったが、
「港内への砲撃が始まれば敵は奪回に動くだろう。これを押し留めるためには必要だ」
と返す。史実と同じくここで消耗戦を仕掛けるのだ。また、不足する火力については各軍から攻城砲兵を引き抜くことで手当てする。というか、三八〇ミリ臼砲なんて野戦陣地に使ってられるか。こいつは全門を旅順へ回すことになっている。
私の構想を軸に総司令部案が練られ、第三軍司令部に伝えられた。参謀たちが示した懸念は第三軍からも出たが、私がしたように説明すれば納得してくれた。第三軍もまた東からの攻撃を考えており、この計画は了承される。ただ、乃木からは一点だけ要望が出た。
「二〇三高地の攻略には第十一師団を充てます。ただ、同地で消耗戦をするのなら、要塞正面の兵力が不足することが懸念されます。予備役兵でもいいので増援を都合していただきたい」
「わかった」
私は乃木の要望を快諾。大本営と調整した結果、予備役を集めた百桁台の旅団が送られてくることになった。現役兵を手当てしてやりたいところだが、内地に残ることになっているのは近衛師団のみ。万が一の切り札であり、そう易々と出せなかった。
「ところで閣下。二〇三高地で消耗戦をとのことですが、まともに守れば周辺から滅多打ちにされませんか?」
多少の損害は覚悟しているものの、兵員の激しい消耗が予測されるとの懸念が示される。言ってることはもっともだ。
「乃木。ものは考えようだぞ」
我に腹案あり。アイデアを聞いた乃木も盲点だった、と目を見開いている。現場の人間を呼んで秘策を授けると第三軍を旅順に送り出した。
【お詫び】
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