得利寺の戦い
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大陸に三個軍が派遣されたことでそれらを統括する組織として満州軍が設けられる。その総司令官には予定通り私が就任し、遼東半島に渡る第三軍の乃木とともに戦地へと向かった。
第二軍は予定通り金州を攻略。そこに第十一師団を守備隊として残し、他はロシア軍を駆逐しつつ北上した。十一師団が残されたのは彼らの希望である。曰く、初代師団長の乃木の下で戦いたいということだった。彼の慕われぶりがわかろうというものだ。
「なら第二軍には第九師団を都合しようか」
「それがいいかと」
第三軍の基幹となっているのは東部方面隊である。うち、日清戦争後に設立された新編師団は第九師団のみ。同じ新編師団である第十一師団の代替としては丁度いい。乃木も同意した。命令を受けた第九師団は第二軍を追って北上していく。ただ、とある事情から第二軍の進撃はそれほど快調ではなかったのですぐ追いつくだろう。
「で、だ……」
第二軍の進撃が鈍い理由。それは南山攻略に際して盛大にやらかしたからだ。連絡に来た第二軍の参謀を睨む。ビクッと震えた。
「とりあえず言い訳を聞こうか。なぜ正攻法ではなく強襲法を選択したのか」
ロシア軍は急造ながら南山に陣地構築を行っていた。塹壕を掘り機関銃を据え付け待ち構えていたのである。ただそんなことは織り込み済み。ゆえに陸軍は日清戦後から機関銃陣地の攻略法を研究した。実証実験の結果、模範とした独仏軍の基本戦術である強襲法では損害多数で攻略が覚束ないことが発覚。よって正攻法を基本とすることにした。火力支援は史実よりも充実しているとはいえ、十分に防御された陣地を強襲して突破するには戦車がなければ話にならない。
技術的には既にルノーFT17レベルの戦車は開発可能である。だが航空機を投入している手前、日本の国力ではこれを戦闘で使えるレベルに維持、量産することは不可能だ。ゆえに正攻法でいくことにしていた。これは全軍で共有している。
にもかかわらず、
南山攻略に際して第二軍は強襲法を選択した。結果的に攻略には成功したものの、第一線を突破するのに大損害を出す。損害の大きさに途中から正攻法へと切り替えたが、それでも戦死傷者は三〇〇〇に上った。
これを聞いた者は桁ひとつ間違えたのでは? と疑ったほとだ。私もそのひとり。そして詳細を聞いて激怒した。戦争をしているのだ。損害を出すのは仕方がない。問題は選択した戦法だ。なぜ強襲法を採用したのか。相手がグーを出すとわかっていてパーを出そうと申し合わせていたのにチョキを出したくらいの愚行である。
「そ、それは……第三軍の到着前に地歩を固めるため迅速に南山を確保しようと考えまして」
「そういうのは『迅速』ではない。『拙攻』の間違いだろう」
なかなか線引きが難しいが、今回はそう断言できる。だが終わったことをネチネチと責めていてもどうにもならない。
「これでわかったか? 敵陣への強襲がどれだけ愚かなことか」
「はい……」
今回の損害は部隊の規模でいうと連隊から小規模な旅団が壊滅したレベルだ。第二軍も途中からまずいと思って戦法を変えている点はまだ救いがある。二度はないぞ、と言い含めて第二軍に戻してやった。
「閣下があそこまでお怒りになるのは珍しいですな」
「そうかもな」
一連のやり取りを聞いていた川上が意外そうに言う。たしかにこうやって怒りを露わにするのは珍しいかもしれない。
「だが、これはわかっていたことだ」
「え?」
目を丸くする川上。彼もまた珍しい反応をすると思いつつ私の考えを話す。
「色々と理屈を言ったところで納得しない者はいる。だからこうする輩がでることは想定していた」
とはいえ腹が立つものは腹が立つ。だがこの結果と私の態度を見れば同じ過ちは繰り返さないだろう。死んでいった者たちには申し訳ないが。
「なるほど。そういうわけですか」
川上も納得した様子だった。一応、各軍に対して今一度、基本に立ち返るよう訓令を出しておく。
第二軍は緒戦で躓いたが、他は怖いくらい順調に進む。第一軍は朝鮮にいたロシア軍を駆逐。さらに鴨緑江で待ち構える敵を撃破して渡河。満州に足を踏み入れていた。
渡河戦闘となれば攻撃側が不利になりそれなりに損害を出すものだが、ロシア軍はこちらを完全に舐めていたらしい。戦力を分散配置していたためこれを各個撃破する形で戦いを有利に進められた。まだ準備ができているとは言い難いロシア軍は決戦を避けて撤退したため、鴨緑江会戦は日本軍の勝利となる。
南山の戦いにおける実質的な敗北と鴨緑江会戦での勝利。緒戦を見た国際的な評価はプラマイゼロかややマイナスといったところだ。募債を円滑にするためにも更なる成果を出したい。
「大本営からは早期に目に見える戦果をひとつくらいは上げてほしいと言われている」
現地の知恵袋である参謀たちに問う。すると彼らから笑われた。
「はははっ。閣下らしくない」
「そうか?」
「そうですとも。時が来るのを待って行動される閣下が拙速に事を進めようとされているのですから」
「それこそ『急いては事を仕損じる』というものです」
「山縣閣下もロシア相手の戦で緊張しておられるのかな?」
とまあ散々な言われようだったが、そこに揶揄いのニュアンスが多分に含まれていることに気づく。妙に連携がとれている感じ。なぜかは不明。
「諸君は足場を固めるべきだと?」
「はい。先日、第三軍が大連を攻略しました。そこを遼東半島における拠点港として各種物資の揚陸に努めるべきです」
「さらには南北に鉄道線を伸ばしていかなければなりません。改軌を伴う大仕事ですし、鉄道が使えなければ進軍もままなりませんから」
補給が大切ということは私が常日頃から言ってきたこと。だが、募債が大変だということを知っているので焦ってその意識が抜けていたようだ。
「……そうだな。『急がば回れ』というやつだ」
大本営にはもうしばらくの猶予を貰えるように言っておこう。南山のように拙攻して大損害を受ける方が印象を損なってしまうだろうし。
ところで参謀たちの芝居だが、これは事前に話し合って決めていたそうだ。曰く、南山の拙攻を叱責してから司令部のスタッフがピリピリしていたとか。ちょっと雰囲気がよくないなと思った川上たちは私を弄り、その空気を変えようとしたのだという。それは申し訳ないことをした。反省しなければ。
話を戦況に戻す。現在、満州軍総司令部は大連にある。遼東半島に展開する第二軍と第三軍の補給を支える拠点港であり、巡洋艦以下に護衛された輸送船団が毎日のように入港しては物資を揚陸していた。
遼東半島(と満州)にはロシアが建設した鉄道が走っている。基本はこの鉄道線に沿って進撃するが、利用にあたっては改軌の必要があった。というのもこの鉄道線は軌間がロシア広軌(五フィート)であり、日本はこれに対応する車両を持っていない。そこで占領地の軌間を標準軌に改軌する必要があった。
狭軌ではなく標準軌にしたのは今後、中国各地と鉄路を繋げた際に支障がないようにするためだ。ロシアのものを除いた鉄道は標準軌で敷設されている。それに合わせた格好だ。
作業は急ピッチで進められている。もちろん圧倒的人手不足であるから、暇をしている人間はすべてこの工事に投入された。また大連に来る船の積荷には鉄道車両が含まれており、それらの組み立てや試運転も行われている。
これら機材は日本で製造されたものもあるが、機関車を中心に輸入されたものも多い。主にアメリカで走っていた中古車両だった。それらは適当に買われたものだったが、こちらに送られてくる前にそれぞれ改造を施している。それは寒冷地対策だ。満州の冬は寒い。日清戦争で私の麾下で戦った桂などもそのことはよく認識している。鉄道技師の意見も全く同意ということだったので、寒冷地仕様の改造が施された。皮肉なことにその参考にされたのはロシアの鉄道だった。気候がよく似ているから仕方ない。
大本営からは早期に戦果をと要望されていたが、参謀たちと話し合って当面は体勢の整備にあてることにした。本国にも了解をとり、三ヶ月の猶予を得る。かくして物資の集積と補給線の確保が済むまでは抑制的に振る舞うことに。
第一軍は鴨緑江を渡河して満州に乱入。
第二軍は第一軍の戦線と合流するまで北上。
第三軍は旅順要塞を包囲しての攻囲戦の準備。
これらを目指し、補給線を確保しつつ動くことにした。そのため陸軍はしばらく戦果が見込めない格好になる。ところが、棚から牡丹餅。ロシア側からその機会を設けてくれたのである。
「福島入ります」
参謀たちと今後の動きについて話し合っていると、諜報を担う福島安正少将が入ってきた。彼は満州に張り巡らされた諜報網の総元締め。ロシア軍の動向を探っていた。
「何かあったか?」
「はい。ロシアが動きました」
満州にいるロシア軍のうち、シベリア第一軍団およそ四万が遼東半島へと南下を開始したという。その動きを現地協力者がキャッチ。福島へと通報してきたのだ。
「ふむ……この目的は何だと思う?」
「恐らく旅順要塞の救援でしょう」
鉄道線は寸断され、海路も日本海軍が厳重な哨戒網を敷いている。孤立した要塞に未来はない。これを解放すべくロシア軍が動いたと川上は推測。他の参謀もそれで間違いはないだろうと同意した。福島の報告と第二軍の動きとを総合すると、会合点は得利寺の辺りと推定される。
「これは僥倖だ。ロシア側から仕掛けてくれるならやりやすい」
戦いの原則として攻撃側よりも防御側が有利である。これを撃破して日本側の評価を高めたいところ。第二軍には進軍ペースを上げ南下するロシア軍を迎撃するよう指示を出す。
「それから敵が来てくれているのだ。戦果をより大きなものにするためにこちらとしてもできるだけの支援をしようではないか」
具体的には北側への補給線の整備だ。今は南北にバランスよくリソースを割いているが、北で戦端が開かれるのであればそちらを優先的にやるのもひとつの手だ。そして狙いはもうひとつ。
「敵を撃破した後、これを追撃して戦果拡大を図る」
戦争で最も被害が出るのは追撃戦だ。戦果を上げる機会であり、これを利用しない手はなかった。もっとも、ただ単に追いかけるだけでは意味がない。思わぬ反撃を受ける可能性もあるし、補給が続かなければ息切れしてしまう。だから補給拠点をなるべく前に出して追撃範囲を広げてやる必要があるのだ。
川上たちもこれに賛同し、工事は専ら北側で行われることに。さらにそこからは各種の自動貨車を用いて輸送した。こちらも第三軍に割り当てられるものも使って大量輸送を実現する。
果たして日露両軍は五月中旬に得利寺近郊で会敵した。ただ、当初の目論見とは異なりロシア軍は進撃を停止。そこで陣地構築を始めた。
「如何しましょうか?」
「敵が陣地を築くのを眺めている必要はない。攻撃せよ」
第二軍からの問い合わせに対し、私はそう言って攻撃を命じた。かくして想定に反し日本を攻撃側として戦いが始まった。
「撃てーッ!」
砲兵陣地に据えられた各種の火砲が火を噴く。既に粗方の照準は済んでおり、極めて正確な砲撃がロシア軍を襲った。ロシア軍も果敢に反撃を行う。日本軍が三万弱なのに対して、ロシア軍は四万。数の上ではロシア側に分があったが、火砲の数が違った。日本が重砲も含め二百以上の火砲を有したのに対して、ロシアのそれは半数以下の百門程度。ロシア側は火力で圧倒された。その上で、
「突撃ッ!」
銃剣を携えた日本兵が塹壕から躍り出る。喊声を聞いたロシア軍も迎撃しようと銃を構えて顔を出す。そんな彼らを迎えたのは不気味な音を立てながら飛翔する謎の物体だった。ゲリラ豪雨のように降り注ぎ爆発。至近距離なら吹き飛ばされ、離れていても弾片で負傷した。
「なんだこれは!?」
ロシア兵を混乱させた謎の物体は噴進弾こと日本版カチューシャである。それを本場のロシア軍に浴びせるのだから皮肉が利いていた。
砲弾と違って狙いは大まか。ばらつきが酷いのだが、広範囲の制圧射撃には向いていた。噴進弾が雨あられと降り注いだためにロシア軍は身を隠すしかない。それが晴れたとき、彼らが目にしたのは至近距離まで迫った日本兵だった。
それでも咄嗟に小銃や機関銃で応戦するロシア兵。ただ、弾を撃ち尽くす暇もなく日本兵が飛び込んできて白兵戦に突入した。各所で両軍の兵士が取っ組み合う。体格ではロシア兵が圧倒的優位だったが、メンタルと武術では日本兵に軍配が上がる。
初期に動員された一部の師団を除く兵士の多くは古参兵だ。冬に入営した初年兵の比率をなるべく下げている。なので練度は高い。これは開戦が冬場で、肝心の初動で大きな効果を上げるための措置だった。
初年兵はその多くが後方勤務に回され、戦地にいる者も雑用をやらされていることが多い。もちろん彼らの仕事はそれだけでなく、課業を終えたら古参兵からみっちり訓練を施される。半年ほどの速成訓練を受けて前線へ送られる仕組みだ。なお、内地に残された初年兵や補充兵も同様のことをしている。太平洋戦争のときのように教育が間に合わず突きしか教えない白兵戦教育はやらない。
白兵戦は日本軍が優勢だった。噴進弾攻撃でロシア側は混乱していた上に、白兵戦では日本兵が巧みに一対多数で挑み体格の不利を補っていた。ロシア軍も粘りを見せるがやがて完全に押し負ける。
「て、撤退だ! 後退して戦線を立て直す!」
指揮官のスタケリベルク中将は後退を決断した。体勢を整えてから再度、旅順要塞の救援に向かおうとしたのである。
「逃すな!」
この動きを見た第二軍の奥保鞏大将は追撃を命じた。弾薬や食糧は自動貨車を全力投入して十分に供給している。さらに割とあっさり決着がついたため各部隊とも余力があった。不幸にもロシア軍は散々に追い回される羽目になる。
三日三晩の追撃戦の末、ロシア軍は五十キロほど後退を強いられた。その頃になるとさすがの日本軍も疲れが見え、また手持ちの物資も枯渇してきたため追撃を中止している。
得利寺の戦いは日本側の死傷者が千に満たないのに対して、ロシア側は死傷者が一万を超えた。完全勝利であり、国債の販促のため世界へ向けて発信される。また、軍事的にも自動貨車による輸送が効果的であることが証明された意義深い戦いだった。
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