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山縣有朋は愛されたい  作者: 親交の日


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黄海海戦

 






 ――――――




 五月半ば、第三軍による旅順要塞への攻撃が始まった。本格的な攻撃はまだ先だが、足場を固めるための攻撃だ。第三軍は要塞外縁にある陣地を攻撃する。主目標は大孤山。当面の観測所として運用される予定の場所だ。


「撃てーッ!」


 開戦の号砲は砲兵隊による砲撃。軽量な七五ミリ砲がメインで、わずかに一五五ミリ砲が混ざっている(残念ながら二〇三ミリや三八〇ミリ砲は展開できていない)。一撃の威力は低いものの滅多打ちにすることで補う。貧乏所帯の日本軍らしからぬ一門あたり一〇〇発という贅沢な使い様であった。


 要塞への攻撃に備えた予行練習のような側面があり、本番さながらの正攻法を採用している。塹壕を掘り進め敵陣間近まで接近。兵士たちは着剣した状態で待機している。突撃の合図は噴進弾の斉射だ。


 敵も応射してくる。その多くは後ろの砲兵陣地を狙っていたが、一部は歩兵が潜む塹壕にも飛んできた。もっとも中にいればそうそう被害は受けない。


「凄まじい砲撃ですな……」


「砲兵がこれだけやってくれてるんだ。俺たちもやってやるぞ」


 敵陣へ突撃する歩兵たちは味方の猛烈な援護に勇気づけられる。隊長の鼓舞に兵士たちは頷く。


「これから噴進弾も撃ち込まれるが、その後に頼りになるのは機関銃だ。援護を頼むぞ」


「任せてください」


 機関銃手は笑顔を見せる。するととある兵士が、


「緊張して俺たちに当てるなよ?」


 と茶化した。


「馬鹿野郎。お前こそ、下手して射線に入るなよ?」


 機関銃手も負けじと応じる。そのやり取りに兵士たちは笑いに包まれた。……味方から撃たれたくはないので射線には気をつけようと思いながら。


 そうこうしているうちに特徴的な音を立てながら噴進弾が飛んでいく。ズドドド……と、敵陣のあちこちに着弾した。


「行くぞ。突撃にー、かかれッ!」


「「「うおおおーッ!」」」


 隊長の号令一下、喊声を上げながら塹壕を飛び出す兵士たち。中にはタイミング悪く敵弾が着弾して斃れる者もいたが、構わず前進する。


 戦場の喧騒のなかで喊声を聞いたロシア軍は突撃を察知。銃撃を始めた。小銃と機関銃の弾が日本兵を襲う。それを見た日本軍の機関銃手も援護射撃を開始した。敵に弾を当てるのではなく、ひたすら弾をばら撒いて敵の頭を押さえる。訓練で教わった通りに。


 機関銃による制圧射撃により、豪胆にも身を乗り出して射撃していたロシア兵が斃れる。咄嗟に身を隠すロシア兵。ほぼ一方的に撃っていたのに、今となっては迂闊に顔を出せばやられかねない。それでも物陰からどうにか射撃を続けるも手数は減り、やがて日本兵が陣地に踊り込んだ。


 壮絶な白兵戦が展開されるも終始ロシア側が押され気味だった。陣地は陥落したもののロシア軍も三日ほど粘る。最終的に日本側は二〇〇〇、ロシア側は一五〇〇ほどの死傷者を出す。日本の方が死傷者は多いが、攻撃側であることを考えれば上出来といえるだろう。


 第三軍は早速、占領した大孤山に観測所を設ける。これに前後して第三軍に新戦力が加わった。それは海軍陸戦隊だ。といっても彼らは要塞に突撃するために来たわけではない。彼らの目的は旅順艦隊への砲撃である。そのために艦載砲(六インチと五インチ砲)を陸上げして持ってきていた。


「観測射撃ですか」


 隊長の黒井悌次郎は困惑する。観測射撃――見えない敵に対して砲撃をする間接射撃――は当時の海軍にとってあまり馴染みがない。まだ艦砲の射程距離がそれほど長くなく、水平線上に標的を目視して射撃するのが常だったからだ。そのノウハウもほぼない。


 ならばなぜ来たという話だが、これには様々な事情が絡んでいた。陸軍としては装甲目標を撃破できるような弾を持っていない。沿岸砲を除けばせいぜい榴弾くらいのもので、上部構造物を破壊できても装甲を貫徹してダメージを与えることはできなかった。その沿岸砲にしても史実の二八サンチ榴弾砲は型式が古く、砲弾が鋳鉄製であるため鋼鉄を貫けなかったことが知られている。なので陸軍としては敵艦にダメージを与えられる海軍砲に期待していた(まあいいとこ六インチなので本音では成果を見込んでいない)。


 海軍としては要塞攻略を陸軍に任せっきりというわけにはいかない。史実のように連合艦隊からは閉塞作戦や開戦劈頭でやったような夜襲の提案がなされたが、大本営はこれらを許可しなかった。夜襲は奇襲だったからこそ成功したもので、戦時となり警戒心マックスのところへのこのこ突っ込んだら手痛い反撃を受ける。閉塞作戦も秋山真之が言ったように、大型の装甲艦でも持っていかなければ成功は見込めない。そして戦力外かつ多少の被弾に耐え得るような船は日本海軍にはなかった。そんなわけで点数稼ぎとして送り込まれたのである。


「自分に任せてください」


 どうする? と陸戦隊で相談しているとひとりの士官が手を挙げる。陸軍の軍服に海軍中尉の階級章をつけているアンバランスな見た目をしている彼の名前は永野修身。陸戦隊の中隊長として従軍していた。


 なお、陸軍の軍服に海軍の階級章がついているのは海軍が陸戦専門の部隊を持たないからだ。陸戦隊は乗組員と同じ服装だったが戦場ではとにかく目立つ。そのため陸軍の軍服を支給し、識別のために海軍の階級章をつけさせるように軍令が出されている。


 永野は陸軍砲兵隊のところへ行って間接射撃の方法を学んだ。そして自ら大孤山の観測所に行って弾着観測を行い、修正諸元を陸戦隊に送り続けた。その甲斐あってか旅順艦隊に対する命中弾が多数確認される。もちろん海軍砲だけでなく、陸軍の一五五ミリや二〇三ミリ砲も射撃した。


「永野くんと言ったか。彼はなかなかじゃないか」


 永野の存在は砲兵隊を介して私のところにも届いた。こんなところに大物がいたことに驚きつつ、ほうほうと感心する。ただ、報告では命中弾こそあるものの撃破には至っていないとも報告されている。そりゃそうだろうなと思いつつ、とある計画を思いついた。そこで件の永野を呼ぶ。


「話は聞いている。そこで君にひとつ骨を折ってもらいたい」


「はあ」


 何で呼び出されたんだろうとでも思ってそうな顔をする永野。ただ、私の計画を聞くと面白そうだと目を輝かせる。


「確かに技術的には可能でしょうが……」


「やってみる価値はあるだろう。話はこちらでつけておく。君はその研究に努めてくれ」


「わ、わかりました」


 計画は海軍にも協力してもらわなければならない。私から大本営に、川上から連合艦隊にそれぞれ伺いを立てる。説得を頑張らなければならないかなと思っていたが、意外にも双方から好意的な返事が返ってきた。ひとまず実験してみよう、と。


 私の計画とは、大孤山からの観測射撃を連合艦隊にやってもらおうというものだった。沖合に敵艦の装甲をぶち抜く十二インチ砲がうようよしているのだ。これを使わない手はない。海軍は無線に力を入れており、陸上から指示を飛ばすこともできる。早速、観測射撃が実施された。もちろん観測手は永野だ。


 面白そうなので私も「視察」という建前で大孤山の観測所に足を運ぶ。最前線なので危険ですと言われたが押し切った。私に見られているためか、はたまた自分が連合艦隊の砲術長になったことへの緊張か、最初はガチガチになっていた永野。しかし試射が観測されるとスイッチがオンになったらしい。陸軍砲兵隊の協力も得つつ、的確に修正諸元を出して伝えていく。


「おっ、当たったぞ」


 何度目かの射撃で命中弾が出る。敵艦の周囲に水柱が上がるのを双眼鏡で観察していると爆炎が見られた。兵士たちが歓声を上げる。そこから何度か爆炎が上がり、やがて火災も見られるように。炎上した敵艦はゆっくりと傾斜していき横倒しになる。撃破といっていいだろう。観測所はお祭り騒ぎだ。


 横倒しになった艦以外にも命中弾が出ていたが致命傷にはならず、排煙を上げてこちらから見えないような港の奥に引き籠る。これを見た永野は連合艦隊に射撃を中止するよう伝えた。


「上出来だな」


 私は大成功だと労うが、永野は首を振る。


「いえ、旅順艦隊を完全に無力化したとは言い難いです」


 成果はあったがまだ道半ばだと言う。確かに取り逃しはしたものの、それも第三軍が二〇三高地を攻略するまでの命だ。さらに言えば陸上からの観測しての艦砲射撃なんてぶっつけ本番。それでありながらきっちり敵艦一隻に止めを刺したのだから上出来だろう。


「いい心がけだが、あまりに完璧を求めすぎるのもよくないぞ」


 時には妥協も必要だ、と言いつつ永野の肩をポンと叩いた。


 翌日。港の奥へと退避した旅順艦隊の損害を調査するため大連の飛行場から日野大尉操縦の偵察機が飛び立つ。だがほぼ最速で戻ってきた。荒っぽく着陸した日野機。何だ何だと駆け寄ってくる整備兵たちをかき分けて指揮所に駆け込むと、


「連合艦隊に連絡を! 旅順艦隊が出港準備をしつつありッ!」


 と告げた。総司令部に報告が入りまさか!? と騒然となる。私はすぐさま連合艦隊に連絡するよう命じる。ただ部内では早計ではないかという意見もあったが、判断の正しさを証明するかのように大孤山の観測所からも報告が入った。


 港内から煙が立ち上っている、と。








 ――――――







 旅順艦隊が出港準備中という知らせを受けた連合艦隊は大騒ぎとなった。


「急げ急げ!」


「そこ、もたもたするな!」


 怒号が飛び交う。旅順に対して砲撃した連合艦隊は補給のため一旦、港へ帰ろうとしていた。そこに飛び込んできた急報に、連合艦隊司令長官の東郷平八郎はただちに艦隊を反転させ海戦することを決意。来た道を戻りながらその準備をしていた。


「熊が穴倉から出てくるか」


 旗艦尾張の艦橋に立つ東郷はそう溢す。開戦から旅順の封鎖を続けてきた連合艦隊。司令部では閉塞作戦が提案されるも大本営に却下され、やむなく機雷の敷設と艦艇による監視を行っていた。


 その間にも何度か旅順艦隊と砲火を交えている。きっかけはロシア艦隊の指揮官交代。前任のスタルク中将は奇襲を受けた責任を問われて更迭される。代わって司令官に就任したのはマカロフ中将。ロシア海軍では名将との評判が高い人物だ。彼の着任を聞いた日本の海軍参謀はこんなことになるなら奇襲しない方がよかった、と言ったとか。


 マカロフの着任は旅順艦隊の士気を上げた。将兵にも親しく接し、彼らから「マカロフ爺さん」と慕われる。積極策を好むマカロフは港外に艦隊を出すこともしばしば。機雷を敷設していたり哨戒にあたっていた日本艦と遭遇戦が起きることもあった。


 遭遇戦の多くは駆逐艦以下の小競り合い。そしてその知らせを聞いたマカロフは巡洋艦や戦艦に乗って出撃する。率先垂範の姿勢はますます部下の心を掴んだ。


 なかでも哨戒中の駆逐艦が日本の駆逐隊に遭遇して撃沈されたことを知るや、複数の戦艦と巡洋艦を率いて救助と復讐に向かう。しかし、その積極的な姿勢が命とりとなった。日本艦隊も応援に来たため反転したのだが、その先は日本が機雷を撒いた海域であった。不幸にもマカロフが座乗する戦艦ペトロパヴロフスクが触雷。大爆発を起こして沈没した。生存者は艦長以下百名にも満たず、またその中にマカロフの名はなかった。


 マカロフの戦死により指揮官不在となった旅順艦隊は後任にスクルイドルフ中将があてられる。彼の着任まで極東総督のアレクセーエフが指揮を代行することになるが、日本軍が遼東半島に上陸したことを知ると孤立を恐れて大陸側へ脱出。腹心のヴィトゲフト少将が残り艦隊を指揮するようになる。以来、旅順艦隊はほとんど動かず、連合艦隊は彼らを「亀」や「穴熊」と呼んだ。


「我らの観測射撃によって一隻が横倒しになったことが相当堪えたのでしょう」


 参謀の秋山真之はそういう推測を述べた。危機感に駆られた破れかぶれの出撃だろう、と。同意するかのように東郷も頷くが、この手の敵は怖いから油断するなと注意を促す。


「急なことで万全とはいきませんが、準備はできております」


 大丈夫ですと言わんばかりに声をかけたのは参謀長の島村速雄。連合艦隊は旅順砲撃を行ったものの、まだ弾薬は十分残っていた。


 大急ぎで行われた海戦準備もどうにか終わったところで、タイミングよく見張り員が声を上げる。


「水平線上に排煙!」


 左舷方向だということで、士官たちが一斉に双眼鏡を左へ向ける。すると、空色を黒く染める排煙を微かに視認することができた。


「見つけたぞ……」


 ある士官は舌舐めずりする。海戦の日を一日千秋の思いで待っていたのだ。滾るのも仕方がない。


「距離一万!」


 測距儀を覗き込んでいた兵士が報告する。


「敵艦隊、射程距離に入ります」


「しかし妙ですな。何の反応もしない」


 普通は砲撃戦のため体勢を整えるところだが、旅順艦隊は何もないかのごとく航行を続けている。彼らからも連合艦隊は見えているはずなのに。


「いえ、敵が変針しました」


 旅順艦隊は連合艦隊の進路とは逆に変針する。この動きを見た東郷たちは旅順艦隊の狙いを理解した。


「敵は逃げる気だな。だがそうはさせん。左十六点一斉回頭。然る後に砲撃開始」


 連合艦隊はその場で一斉回頭。殿艦の伊勢を先頭に、先頭艦の尾張を殿にすると旅順艦隊への砲撃を開始した。時に五月二十六日、午後一時過ぎのことである。


 旅順艦隊は反撃こそすれど本格的な砲戦には及ばず、ひたすら逃げに徹した。連合艦隊が右に行けば左に、左に行けば右に。このため連合艦隊は捉えきれず、理想とした丁字戦に持ち込むことができない。命中弾も散発的で、大したダメージも与えられなかった。


 そして致命的だったのが、丁字戦に持ち込むことに固執した結果として変針が遅れたことだった。どうにか追い縋っていたが、ここで距離が離され主砲の射程外に逃げられてしまう。


「こうも逃げられては上手くいかんな」


 これには東郷も苦笑するしかなかった。しかし短気な秋山は我慢ならず、このままでは敵を取り逃してしまうと焦燥感を露わにする。周りも同じで大なり小なり焦りを見せる。そんなときだった。参謀長の島村が、


「長官。駆逐隊および(水雷)艇隊による水雷攻撃を行いましょう」


 なんてことを言い出した。戦艦よりも駆逐艦の方が足が速い。彼らなら容易に追いつけるはずだと。


「雷撃を受け速力が低下すれば我々で再び捕捉することが可能です」


「しかし参謀長。もうじき夕刻とはいえ彼らに雷撃をやらせるのは危険ではありませんか?」


 装甲ゼロな上、艦上には爆発物を満載している。被弾すればただでは済まない。だからこそ夜戦で運用されているわけで。夕方が近いからじきに暗くなるにしてもかなり危険度が高い。秋山は反対する。だが島村は取り合わず、


「長官、いかがでしょうか?」


 と、東郷の判断を仰ぐ。秋山もまた東郷に訴えた。果たして――









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また、下の☆☆☆☆☆から、作品への評価もお願いいたします。面白ければ☆5つ、面白くなければ☆1つ。正直な感想で構いません。


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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です 旅順攻略も早まったから黄海海戦も前倒しですね。そういえば前倒ししたから、ちょうど日本海海戦と同じくらいの季節なのは水雷攻撃(の提案)にどう影響するんだろ(海域は違うけど) 大孤山攻…
更新お疲れ様です。 個人的に意外だなと思ったのが、閉塞作戦をこの世界の大本営が許可しなかったことです。現代の我々からしたらハイリスクノーリターンの作戦ですが、当時の視点から見れば戦術・戦略的にも有効な…
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