13.一瞬だけ出てきてすぐに退場する勇者様
「志藤くんっ!」聖女いつきの悲鳴のような声が鳴り響く。
異世界からやってきた勇者はだがしかし、いつきの声に返す言葉もなく、その場で真っ二つになり、左右に分かれて地面へと崩れ落ちた。
聖騎士ゆかり、賢者ねね、王国の姫マリア、姫のお付きの剣士ナターシャも唖然となって立ち尽くす中、聖女いつきは一人声を張り上げて魔術を行使する。
「リザレクション! リザレクション! リザレクション!!」
聖女最強の蘇生魔術はだが、勇者の亡骸を前に何の効果も発揮しなかった。
剣聖タニアは目の前の女の愚かな行動を鼻で笑う。
「バカねぇあなた。私はその男の魂ごと全てを切り裂いたのよ? その男の心は失われてしまったわ。そんなただの死骸の固まりをどう頑張っても復活させることなど出来るわけがないでしょう? 例え女神の奇跡を用いても、その男は決して蘇らないわ。」
いつの間にか集まった野次馬の皆さんからどよめきが湧き起こる。
「剣聖はついに神の領域に片手をつっこんじまったか……。」訳知り顔のおっさんが呟く。
「なにぃっ!? どういうことだ!?」観衆の一人が問い正す。
おっさんが語る。「剣聖は目の前にある事物、事象の裏側の『理』に干渉できるだけの力を手に入れたんだ。魂をきるってのはそういうことだ。歴代剣聖の中でもその領域に達したものは僅か三名! 初代剣聖、ガーダル=マニュペラス! 暁の剣聖と呼ばれた7代剣聖、ウンタラカンタラ! (以下延々と続く)」
そんな野次馬たちの会話はさておき、5人のそれぞれ美しい乙女たちは、凶事を為した剣聖を睨んだり泣き散らかしたりその場で茫然となったり、5者5様でそれぞれの衝撃を表現していた。どの顔もそこはかとなくなんかエロいと洋介は思った。
5人のうちの一人、聖騎士のゆかりが剣聖に詰め寄ってくる。
「あんた! いきなり切りかかってくるなんてどういうつもりよ! 自分が何をしたか分かっているの! 人殺しじゃない!」
だがこの台詞に対し、野次馬含めた一同は「いやいやいやいや」と全員が否定的な顔になった。
「いやあのにーちゃん。よりによって初対面のはずの剣聖の肩にいきなり手を置きやがったぜ。」
「まるで知り合いみたいに『僕の話を聞いてくれ』だとか、馴れ馴れしく話しかけていたぜ。」
「剣聖、めっちゃ嫌がってたよなぁ。」
「最近は剣聖も丸くなって、いきなり切り飛ばすようなことはなくなったっていうのに、剣聖が止めろって言ってもあの兄ちゃん聞く耳持たなかったぜ?」
「ていうか剣聖、割と我慢したほうだよな。3回くらい拒絶の意志を示しているように見えたぜ。」
『どう見ても勇者が悪い』
剣聖のひととなりをよく知る辺境の民草全員の共通見解であった。
「な、なによあんたたちっ! きょーへいが悪いっていうの!? ちょっと話があるから聞いてほしいってお願いしてただけじゃない! そんなのフツーのことじゃないっ!」
聖騎士ゆかりが声を荒げる。
だが観衆の全員が首を横に振った。
「ねーよ。」「ないない。」「無礼にもほどがある。」「剣聖様の嫌がることを強要しちゃダメでしょ」「あいつバカだろ。」「死んで当然。」
「なによーっ!」ゆかりが切れて大声を上げた。
あっマズイっ! さっきからイライラが止まらない剣聖が返す刀でこの女も切り飛ばそうとしているっ!
「駄目だあーっ! タニアーっ!」そんな剣聖を止めたのが洋介であった。洋介は剣聖の背後から手を伸ばし、むんずとそのおっぱいを鷲づかみにしてタニアの凶行を身体を張って止めた。
ついでにもみもみとおっぱいを揉みしだいた。
「駄目だタニアっ。可愛い女の子は例え0.1%でもワンチャンあるかもしれないから、エッチが無理だって確定するまではなるべく殺さないでやってくれ!」恐ろしく身勝手な理屈ではあったが、洋介はどうやらそれを本気で信じているらしく、真剣な顔になってタニアを懸命に押しとどめようとする。ついでにタニアのおっぱいは揉み続ける。
興が削がれたタニアは大太刀を鞘へパチンと納めると、ついでに洋介のウザい両手を無理やり引きはがした。
「まあいいでしょう。そこな女の命はヨースケに免じて今は見逃してあげましょう。」
このやり取りの中で、「あーっ!」と声を上げたのは賢者ねねであった。「あんた! その顔っ! 5年前についでに召喚されたザコモブくん!」
この指摘にハッとなった5人の女たち。
「たしかにザコモブくんの面影があります……!」
「召喚の巻き添えで引っ付いてきた弱っちい人ですよね?」
「あんな顔だったかしら?」
「そういえば……。」
すっかり照れてしまった洋介は「どーもどーも。その節は」などと言いながら、みんなの前に立った。
「いやー皆さんお揃いで。相変わらずお奇麗で何よりです。一体こんな辺境に何のご用で?」洋介はヘラヘラした顔でそう尋ねてみる。
「ご用も何もないわよ!」聖騎士ゆかりが大声を上げた。「あたしたちは辺境に剣聖って強い女がいるって聞いたから、わざわざスカウトに来てあげたんじゃない! それが切りかかってくるだなんてどういうつもりよ!」
「ははあ。」洋介は得心した。どうやら勇者様のお話とやらは魔王退治に参加するよう、要請のお話だったようである。しかしてその勇者様、今はタニアに切られて物言わぬかばねとなって足元に転がっている。これはどうしたものだろう。
「うーむ」と腕を組み悩むそぶりを見せる洋介。いや別に何か考えているわけでもないんだけれど。
そんなやり取りを眺めていたタニアが、妖艶な笑みを浮かべて洋介にしなだれかかってきた。
「あら? お前たち。この私をスカウトですって?」それからふふんと鼻で笑ってみせる。「この私は自分より強いものにしか従わないわ。例えばそう、ここにいるヨースケのような男よ。」
洋介はでへへと下品な笑い声を上げつつも、そんな剣聖の腰に手をまわし抱き寄せた。
「まーオレも辺境で色々あったからね! やればできる男だからね!」
剣聖タニアはそんな洋介の頬っぺたにちゅっとキスをして見せる。
「えええええっ!?」この様子には思わず頭を抱えてしまう5人の女たち。
「あのヨースケって男、そんなに強いのですか? わたくしにはとてもそうは見えないのですけれど……。」
「姫! どう見てもあれはザコモブです! 何故剣聖が付き従ってるのかまるで事情がわかりませんっ!」
「実は秘めたる力があるとか……。」
「ないないっ! さっきっから鑑定してるけど、昔と変わらぬザコモブだよっ。女神の加護も前とおんなじショボいまんまだよぉ!」
「とにかくどーすんのよ! きょーへいあんなんなっちゃって、とにかくなんとしてでも蘇らせないといけないしっ! とにかくどーすんのよっ!」
5人で円陣を組んでごにょごにょと相談を始めた。
タニアはそんな5人に語り掛ける。
「そこな男は残念だったわね。私の一撃にも耐えないようなものに与する予定はありません。どうしても私の力を借りたいのならば強いものを連れてきなさい。それとも……。」
次の瞬間、タニアの身体から、身の毛もよだつような恐ろしい殺気があふれ出る。
5人の乙女は飛び上がってタニアの方へ向き直った。周囲の野次馬の皆さんも真っ青な顔になり固唾をのむ。
洋介一人がいつものことと、のほほんと抱き寄せたタニアの尻をなでなでしていた。
「お前たち、今から私に挑戦する気でもあるのかしら? 最初に死にたいのはどなた?」
5人の乙女は震えあがってお互いに身体を寄せ合い、タニアがずいっと一歩前に踏み出しただけで「ひいーっ!」とみんなで悲鳴を上げて、一目散に逃げ出した。
後に残るは真っ二つになった勇者の骸ばかりである。
殺伐とした辺境では路傍に転がる死体などはありふれたものであったから、僅か数時間のうちには乞食どもが群がって身ぐるみ全て引っぺがされ、夜になる前には町はずれの共同墓地という名のただの大穴の中に、他の死体と一緒になって放り投げられた。
異世界より召喚されし勇者、志藤 恭平。享年21歳。魔王討伐を誓い異世界に降り立って早や5年。天下泰平の志を持った若武者の、あまりにあっけのない幕切れであった。




