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14.帝国の戦略、辺境伯の苦悩、マリーの提案

「全く面倒な事になったものよ。」帝国第14代皇帝、ピョートル大帝は蓄えたアゴヒゲを撫でながら、静かに目を閉じ、唸るようにしてそう呟いた。

「おかげでいろいろと予定が狂ってしまったではないか。」


「そうおっしゃってくださいますな、陛下よ。私共としても些か驚きの連続なのです。まさか対魔王最強と名高いはずの勇者が、こうもあっさりと命を散らすとは。いくら何でも想定外でありましょう。」脇に控えた宰相ガルバスは目を伏せ、そう皇帝をたしなめる。


「ふむ。」ピョートル大帝は確かにそうだと大きく頷く。

「確かに世界の安寧を願えばこそ、我もあのものらに帝国内の通行権を発行した。しかして何故奴ら、辺境などに赴いて剣聖などという人物に会いに行こうなどとしたのだ。奴らの使命は魔王討伐であろう? 素直に魔王領を目指せばよいではないか? 訳の分からぬことをするから、余計な面倒に巻き込まれて無駄に命を落とすのだ。

奴らは本当に世界を救うつもりがあったのか?」


道化のエッタルトが飛び跳ねるような奇妙な動きをしながら、歌うように喚き散らす。

「勇者様は女好きぃ~♪ 剣聖タニアの美貌に惚れたぁ~♪ 手籠めにしようとして返り討ち~♪」


「それが本当なら勇者はクズだな。まあ起きてしまったことは仕方がない。出来得る限りの次善の手を考えるしかあるまい。諸君!」

大帝は居並ぶものに向かって声を張り上げた。

「次の会合までに各々策を用意し献ぜよ! 次は3日後とする。諸君らの叡智に期待する!」


居並ぶ臣下のものどもは揃って敬礼し、「御意に!」と声を上げた。


ピョートル大帝は立ち上がり「ではこれまで!」と宣言すると、脇に控えた愛妾シャーレを抱き寄せつつもそのまま颯爽と広間を後にする。

ついでにその後を、道化のエッタルトがひょこひょこと珍妙な動きで追いかけてゆく。


その様子を敬礼しながら見送りつつも、皇帝陛下が柱の向こうに消えた瞬間、軍務尚書は隣に立つ内務大臣に声を掛けた。

「面倒な事になり申したな。大臣殿には何かよい腹案はおありか?」

「さて、わたくしの口からはなんとも。けれどもこれは、良いきっかけになるやもしれませぬな。」

「ほほう! きっかけ! これは面白い事をおっしゃいますな。詳しくお聞かせいただいても?」

「いやなに。大した話ではないのです。どうにも近頃、辺境に怪しい動きがございましてな。伝え聞く話では、そもそもその中心に件の剣聖がいるというのです。

そんな中で今回の一件でしょう? これはもしや、辺境に良からぬ企みありと誹られても仕方のない事ではないかと、そうわたくしの目には映るのです。」

「なんと! これは是非詳しくお聞かせいただきたい話だ!」興奮した様子の軍務尚書。

内務大臣があたりを見渡すと、この話に興味を持ったであろう閣僚たちが興味の目をもって二人の様子を伺っている。

「ようござんしょう。では良ければ続きの話は椿の宮ででも……。」

椿の宮とは閣僚たちなどが普段から懇意にしている高級サロンの隠語であった。当然ただのサロンではなく、酒やいかがわしい薬や奇麗なおねーちゃんなんかも用意される、紳士たちの夜の社交場である。

男達はぞろぞろと内務大臣の後を追いかけ、サロンへと足を運ぶ。

同じようにしていくつかのグループが塊となってそれぞれの穴倉へと分かれてゆく。

密談、密会、談合、口裏合わせ。無数の蛇が蠢く帝都ならではのいつもの光景であった。

帝国宰相ガルバスは、そんな閣僚たちの後ろ姿をため息とともに見送った。



さて、ここで魔王討伐における帝国の立ち位置というものについて説明を加えねばなるまい。


そもそも帝国としては、魔王討伐にはあまり乗り気ではなかった。

ただこれまでの歴史的経緯から、魔王は必ず討つべしという国際的コンセンサスが醸造されてしまっているため、仕方なく消極的にこれに賛同しているに過ぎないのだ。


まずなにより現在の帝国は、バケモノの王が立った今の魔王領を相手でも実はそれほど困っているわけでもない。

そりゃあ魔族と人族は不倶戴天の天敵であるからして、お互いに相手がそばにいるだけで訳もなくイライラして、あーもうこいつ殺してぇってなるのは神によって定められた運命ではある。

けれどもそんな魔族相手だって、金のやり取りだけなら何の恨みもなくフツーに出来る。

お互いの領土の特産品を交換するのだって、お互いに対して中立な第三種族を立てて交流を求めれば、割とスムーズに取引できるものなのだ。

そう、世はダイバーシティの時代なのだ。魔族と人族だって、お互いに棲み分けをして最低限の関わり合いをする努力がすれば、別に無理して絶滅させようだなんて不毛な戦争をする必要はないのだ。


むろん魔王なんてものが生まれてしまえば世の魔物が暴走して色々治安が悪くなるというデメリットもある。確かに帝国でもここ数年は魔物が強くなったり迷宮が暴走したりと色々面倒が増えてきている。

こんな不安定な情勢で、一部の勢力が独断専行でついつい異世界から勇者を召喚して対抗しようとしてしまうことも仕方がない。

これらは全て、異世界を彩る様式美なのだから。


だがだからといって、毎回毎回100年に一度だかの頻度で無駄に争い互いに国力を損ない続けるのは、いい歳こいた大人としてどうだろう?

もう何回魔王と勇者は戦っていますか? 魔族と人族が戦争するのは何回目ですか? いい加減に歴史に学びませんか? うまい事適当に流して、次の繁栄までのリスクを減らす努力をしませんか?


そう、人文主義が起こり商工会が台頭しつつある帝国においては、貨幣経済を如何に回すかが国家の主眼となりつつあり、勇者と魔王の世界大戦なんて二の次なのである。太古より繰り返される女神と邪神の代理戦争などはどこかで適当に三味線引いて、うまい事プロレスっぽく勝ち負けつけて手打ちにしてもらいたいのである。


他方で世界的に見れば、魔王死すべし勇者バンザイな中世然とした古臭い国々は世界にたくさんある。勇者召喚を行った王国や、女神に全てを捧ぐ聖国を中心として、王と教会を頂点とした封建社会を固持しつつ、国内外の不満を全て魔王に擦り付けて民衆をだまくらかしての国家運営をしている泥臭い国々の方が、まだまだ圧倒的に数が上である。


帝国としてはこういった国々ともある程度協調を見せねば国際社会の中で孤立する恐れがあるから、仕方なく魔王退治に最低限の協力しているのが実情であった。

あとはこの大禍に際して他国に恩や様々なものを売ることで国際的な政治力を高めていく、これがつい先日までの帝国の対外戦略であったのだ。


そこへ来て今回の惨劇である。

おいっ! 何やってる勇者のバカ!

これが話を耳にした帝国民全ての偽らざる本音である。


だが他国のものはそうは捉えない。勇者を殺した帝国が悪いと、当然そのように考える。

そして各国一斉に帝国へのシュプレヒコールである。


「勇者を殺した帝国忌むべし!」

「帝国は責任を取るべき!」

「魔王討伐の資金を全額負担すべき!」

「ていうか帝国が魔王を滅ぼすべき!」


帝国外務省は矢のごとく次々と届く各国からの抗議に連日頭を悩ませていた。

当たり障りのない返事でその場をやり過ごすことだけなら現場でもできる。けれども具体的にどう対応していくかについては、帝国自身の方針が決まらない事にはどうにもならない。

毅然とした態度で各国を突っぱね、場合によって人族同士の戦いもよしとするか。

ある程度迎合して、出来得る範囲で各国の要求に応じるか。

どこに線引きをするか。


気をもむ外務省官僚たちが胃の痛い毎日を過ごす中、事件から2週間たった時点で皇帝からの勅命が発せられた。



――剣聖タニアを魔王討伐に加えるべし。全ての由は辺境伯マルダーの手によりいっさいを差配すべし。



皇帝直々のサインのある勅書を前に、マルダー辺境伯はぐぬぬと唸り声を上げた。

「どうしてこんなものが突如我が領に回ってくるのだ。」困惑しきりの辺境伯に対し、カロット伯爵が肩をすくめる。

「さっぱり分かりませんな。」


そう、辺境領の面々には、先日の勇者惨殺事件ははっきりとはまだ伝わっていなかったのだ。なにせ辺境領の人々にとって勇者などというものは遠い国の知らない人たちだし、あの場にいた5人の乙女たちは転移魔法を使って即座に王国に帰ってしまっていたから、辺境の人々の噂だけが残り、真偽すらはっきりしない情報だったのだ。

当然そんな与太話のようなものを現場の領兵などがいちいち領主へ報告する理由もなく、事ここに至っても、マルダー辺境伯もカロット伯爵も、皇帝の勅命の経緯をまるで理解していない状況であった。

対する5人の乙女たちは王国に戻るやいなや即座に各所に事情を説明し、対魔王連合国は一斉に帝国に非難の声を上げたから、事件現場である辺境以外にばかり情報が拡散しているのであった。


そんな中で困り顔のオッサン二人が、帝都から来た謎の勅書を前に二人してうんうん唸っているのが現状であった。

「なんだろー? なんでだろー?」と二人して声を上げてもさっぱり理由が見えてこない。


「いったい帝都のやつらはどういうつもりなのか、事情も分からなければどうにも動けん。」辺境伯は両手を上に掲げ、降参のポーズをとってみせる。

カロット伯爵は「ふうむ」と思案顔になった。

「さて、今回の勅命、いくつか考えられます点がありますな。まず一番に、かの剣聖が辺境の兵力の一つとして数えられている点がきな臭いですな。」

「ほう? どういう話だ?」辺境伯が身を乗り出してくる。

「そもそもあの剣聖、元は狂犬などと言われていた経緯もあり、とても首輪をつけられるようなものでもありませぬ。以前の暴竜の件などはギルド受付嬢の献身あってたまたまうまくいったようですが、基本的には誰のものにもならぬ、剣聖とはそういう手合いでありましょう。」

「まあ、そうだな。」頷くマルダー辺境伯。

「ところが昨今、剣聖はどういう訳だかこの辺境領内の脅威を矢継ぎ早に打ち倒し、結果として辺境は極めて安定している。これは我らにしてみれば剣聖の気まぐれにしか過ぎないのですが、外から見れば違いますな。」

「ううむ。まあそうかもしれん。つまりは何か。帝都のやつらは我らが剣聖をうまく使いこなしていると勘違いしているわけだな。」ふむふむと感心した様子の辺境伯。

「いやいや、そうではないかもしれませんな。」ここでニヤリと笑うカロット伯爵。

「なに? それはどういうことだ。」マルダー辺境伯は眉間に皺をよせ、じろりと伯爵を睨みつける。

「帝都のものどもも、本当は剣聖など自由には出来ぬことを知っているのかもしれませんな。けれども建前としては辺境が剣聖を配下に従えていることにしておきたい。それで無理難題を吹っ掛けてきているのかもしれませんな。」

「なんだそれは……。」むすっとなった辺境伯が目を宙に泳がせる。

「何せ今、辺境は空前絶後の好景気ですからな。剣聖が粗方危険を平らげてくれたおかげで、領民はいつも通りの生産活動をしているだけでいくらでも余剰が生まれる状況ですからな。

対する他領は魔王の影響でどこもガタガタですな!

バケモノは凶暴になりダンジョンは活性化、森や海は危険な場所に成り果て、食えない人々が流民や盗賊へと成り代わる。


結果として辺境一帯は左うちわですな!

なにせ少しでも余剰の穀物や材木や鉱物などが生まれると、驚くほどの高値で周りのものが買い取ってくれるのですからな!


さぞかし他領からすれば羨ましい事でしょうな!」

「まあ確かに少々儲けすぎているきらいはあるが、今までさんざん搾取されてきたんだ。少しくらい稼いでもいいじゃないかと思わぬでもないのだがな。

帝都から見ればそうは問屋が卸さぬということか……。」悔し気に顔をゆがめる辺境伯。

「まあ、そういうことでしょうな。

結局奴らにとってはどちらでもいいのだ。剣聖が使い物になるのなら魔王討伐に使えばよい。もし使えぬのなら……。」ここでカロット伯爵はとっても悪い顔になった。

思わずゴクリと辺境伯が唾をのむ。

「帝国は辺境に攻めてくるでしょうな。」

「……酷い話だな。」辺境伯はがっくりと項垂れた。そしてそのまま何度か首をぶるぶると横に振って、それからゆっくりと顔を上げる。

「わが友ローリーよ(ローリィはカロット伯爵のファーストネームをもじったあだ名となる)。何か良い妙案はないか?」

伯爵は「ふむ。」と思案顔になる。「それなのだがね、ジョン(ジョンはマルダー辺境伯のファーストネームだ)。今の我らにはともかく情報が足りなすぎる。そこで君の権限を用いて、一人召喚してほしい女性がいるのだが、頼めるかね?」


マルダー辺境伯は『なんだそれは』と心のうちに疑問を浮かべつつも、ともかくカロット伯爵の依頼の通りに手はずを整えた。



――剣聖タニアを魔王討伐に加えるべし。全ての由は辺境伯マルダーの手によりいっさいを差配すべし。



皇帝直々のサインのある勅書を前に、マリーはどうしていいかも分からずにそのままフリーズした。

だいたいマリーはただの一般市民である。そりゃあ自分の美しさにはちょっとばかり自信はあるけれど、せいぜい騎士団員の恋人あたりが精一杯のそこらの庶民である。

それがご領主様直々にお呼びだて頂くことですら特別な事なのに、モノホンの皇帝陛下の勅書までナマで見せられちゃあ、完全に別世界の話に意識が飛んでしまうのも仕方がないのである。


「お顔の色が優れぬようだが、いかがされましたかな? マリー嬢。」伯爵様の声掛けにも気付けずぼおっとしてしてしまい、異様な状況に控えていた女性の騎士様が慌てて駆け寄って肩をゆするなどしてようやっと我に返ることとなった。


苦笑いの辺境伯様の好意により、特別に長椅子が用意されこれに腰かけての会談が続けられる。


「さて、マリー嬢。突然の呼びたてに快く応じてくれて嬉しく思う。また、この場は非公式の集まりであるからして、特に礼儀作法は一切気にせぬでよい。

共に辺境の未来を憂う同胞として、皇帝陛下の勅命について率直な意見を聞かせてほしいのだ。お願いできるかな?」

「は、はひ! だいじょうぶれす!」呂律の回らない口でどうにか返事をするマリー。

「まあ待てジョン。」と間に割って入ったのは伯爵様であった。「マリー嬢。いきなり大変な話を持ち掛けてもすぐには考えがまとまらぬだろう。そこでまずは一つ、聞いてほしい事があるのだ。」

「は、はひ!」上ずった声で返事をするマリー。

「実は、マリー嬢。私は何とかあの剣聖をこちらで動かせないかと、試しに何人かヨースケという男に女性を近づけさせてみた事があるのだ。

マリー嬢は知っていたかね?」

「い、いえ。」このカロット伯爵様の話はマリーには初耳だった。だがしかし女の一人二人であの剣聖が自由に動かせるのならば、為政者ならばまず試すであろうことは納得のいく話だとマリーも思った。

「ちょっと待て! その話はオレも聞いていないぞ!」とこれはマルダー辺境伯様。どうやら辺境伯も知らぬ話だったらしい。カロット伯爵様は辺境伯様を適当に窘めつつも、マリーに向き直って言葉を続ける。

「まあ、マリー嬢が知らないのも無理はないですな。というのもこれは最初から失敗したのだ。女はヨースケとやらに近づく前に剣聖に切られてしまったのだ。

あの剣聖は恐ろしい女ですな。恐らく二心ある人物がそばに来るだけで、動物的嗅覚でこれに気付いて排除する能力を有しているようなのだ。

おかげで貴重な諜報部員を二人も失ってしまったのだ。」


ほへーっ……。


マリーは思わず感心してしまう。そんなスパイ小説みたいな話が実際にあるだなんて。


「ところでマリー嬢? あなたがどのようにてヨースケなる男と交渉し、いかに剣聖を動かしたかを我々は知っている。女性の名誉のために具体的には言及せぬが、我らはあなたが何をしたかは調べをつけているのだ。


そこで今回の一件だが、我々としては剣聖を動かすのであれば、もちろん女性はこちらで用意する心積もりがある。あなたに何か強要して無理をさせるつもりは一切ない。


だがマリー嬢。私には分からないのだ。剣聖の警戒網をかいくぐったうえであのヨースケなる人物をそそのかすに足る女性というものは、どういったものを用意すればよいかが。

どうかマリー嬢の意見を聞かせてくれませんかな?」


ははあ。あのヨースケをうまい事転がすための女の子ねぇ。


「……誰でもいいんじゃないですか? 可愛ければ。」マリーはつい気安い感じでお貴族様に返事をしてしまった。しまったとすぐに気付いて青くなるマリー。


だがそんなマリーの様子を気にするでもなく、カロット伯爵様が首を横に振る。

「それだけでよいのなら私が手配した諜報員は死ぬこともなかったでしょうな。ああ見えて剣聖の警戒網は恐ろしく高いのですぞ。そこを潜り抜けてヨースケとやらに近づける女がどういうものか、思い至らぬのだ。」

「うーん。」そうなのかとマリーは困ってしまう。それからとりあえず思いついた事を言ってみる。「ヘンに利用しようとか考えない人ならいいんじゃないでしょうか。純粋に何かと引き換えに身体を差し出しますって思える人なら誰でもよいと思います。」


いや、正直マリーはヨースケを利用する気まんまんである。ていうか未だに利用しまくっている。とはいえあの剣聖の忌諱に触れないようにするには、上から目線で偉そうにしてはいけない。なにせあの剣聖は負けた相手以外には絶対マウント取られたくないウーマンなのである。

偉そうに利用してやろうなどと近づいたらそりゃあ剣聖に切られて当然であろう。


マリーはそんな事をせっせこお貴族様に説明した。


「ふうむ。だいたい事情は分かりましたが、思いのほか難題となりそうですな……。

自らの意志でへりくだって自らを差し出せる度量のある女性というものは存外少ないものです。さて、どうしたものか……。」何やらぶつぶつと考え事を始めるカロット伯爵様。


カロット伯爵様が置物のようになってしまったので、代わりにご領主様が前に出て、ずいっと再び勅書をマリーの前に見せてきた。

「せっかくだからどうかな? マリー嬢。この勅書についても何か意見があれば聞かせてもらいたい。」

「ははーっ!」とかしこまりつつも、改めてしげしげと文書を眺めてみる。


そうかー。こういう紙切れのやり取りで世界は動いているのか―。


不思議な感慨を覚えつつもよくよくこの勅命を読み返すうちに、どうにもおかしな点に気付いてしまった。


「あのお……。」とマリーは手を上げた。「文書の出だしに『剣聖を討伐に加える』って書いてありますけど、これ多分無理ですよね?」

「は?」素っ頓狂な声を上げる辺境伯様。

「だって剣聖、勇者様を思いっきりぶち殺しましたよね? 勇者パーティの女の子たちにめっちゃ恨まれてますよね? そんな人たちと剣聖を一緒にしてもうまくいきませんよね? どういうつもりなんでしょうか?」

「待て待て待て待て!」真っ青な顔になって声を張り上げる辺境伯様。


部屋に詰めていた騎士の皆さまもお互いに顔を見合わせる。

何やら空気の変わった様子を察したカロット伯爵もみんなの様子を気にしてきょろきょろしている。


マルダー辺境伯の「すまぬがマリー嬢。もう少し詳しく話を聞かせてもらえないだろうか?」とのご質問あり、マリーは経緯を改めて説明した。


かくかくしかじか。


そう、この時初めてお城の皆さんは勇者様ご逝去の一件を把握したのであった。

騒然とする皆さま方。


「ともかくすぐに事情聴取を!」

「だれか帝都に早馬を出せ! 情報の真偽を確かめねばならん!」

「これほどの大事! 何故だれも報告に上げてこなかった!」

蜂の子をつついたような大騒ぎになる。


そんな中にあって、カロット伯爵様が怒声を上げた。

「くそうっ! これでようやっと帝都の意図が見えたぞ! 奴ら最初から失敗前提であったのだ! 言われた通り剣聖を勇者パーティに送り込んでも諍いが生まれるのは必至! それも含めて辺境に詰め腹を切らせるつもりなのだ! どのみち何を選んでも我々の不利は変わらぬ! 狡い手を取りやがって!」

そんな伯爵様を辺境伯様が懸命に宥める。「落ち着け、ローリー! 落ち着くのだ!」

「これが落ち着いていられるか! ハメられたのだ我らは! さしもの私でもこれでは打つ手など一つも思いつかん!」

怒り心頭の伯爵様は、そんなマルダー辺境伯様の心遣いを振り払い更に怒気を強める。


うわーどうしよう。マリーは蚊帳の外に立たされてしまい、一人困ってしまった。

というのもマリーは、文面を見て一つ思いついてしまったことがあるのだ。


しばらく一人でうんうん悩んでから、「あのお……。」とマリーは再び手を上げた。「そしたらこういうのはどうですか?」



それは剣聖タニア単独での魔王討伐計画。勅令には「討伐に加えよ」とは書いてあっても、どのようにとはいっさい指示がない。それどころか、「差配はすべて辺境伯に任せる」といった旨の記載もある。


ならばこの私が倒してしまっても構わぬのだろう? By剣聖。


これがマリーの思いついた裏技的アイディアであった。



最後まで緊張した面持ちであったマリーに菓子折り持たせて丁重に送り返しつつ、執務室に残ったマルダー辺境伯とカロット伯爵の二人は改めて二人で話し合っていた。


「うまくいくと思うか? ローリーよ。」

「というか現状、他に選べる手段が思いつかん。」

「剣聖が逃げたらどうする?」

「それならそれで、全て剣聖に押し付ければよろしかろう。それよりも見たか? 最後のマリー嬢のあの表情。」

「ああ、なにやらすごい顔をしていたな。」


別れ際の最後、ふと気になったカロット伯爵がマリー嬢へ訪ねたのだ。

「剣聖タニアは、果たして魔王を討ち滅ぼせるのか?」と。

対するマリー嬢の返答は辛辣であった。

「倒せずともそれはよいのです。むしろ剣聖などは魔王に殺されてしまった方が却って辺境には良い事だとは思いいませんか?

ああいう制御不能の暴力装置が一つあるだけで、迷惑してる人、いっぱいいると思うんです。」

この時のマリーは笑顔であったが、どう見てもその目は笑っていなかった。

辺境伯と伯爵の男二人は「あ、これあかん奴や」と二人して察し、あとは挨拶もそこそこにそそくさと逃げ出したのであった。


「恐らくマリー嬢には剣聖に対し思うところがあるのだろうな。」

「まあ、げに恐ろしきは女の恨みという事だし、あまり深くつっこまぬ方がよろしかろう。それにしても……」カロット伯爵は、一呼吸おいてから、「マリー嬢とは噂以上の才媛であったな。知っていたか? ジョン。かの娘は冒険者ギルドでは『女帝』と呼びならわされているそうだぞ。」

「さもありなん。」男二人はお互いに顔を見合わせ、しばしの間笑い合った。


「ところでローリーよ。」ひとしきりの間を空けて辺境伯が真面目な顔になって伯爵に声を掛ける。「肝心の女はどうするのだ? 剣聖を動かすにはヨースケとかいう男に女を貢ぐ必要があるのだろ? これが通らねば話が進まんぞ。何か考えはあるのか?」

対する伯爵は「ふむ」と一つ合いの手を入れてから「それについては考えがある。決して悪いようにはせぬから、このカロットにすべて任せると今この場でそう命じてくれないか。」

「あー。うん。」マルダー辺境伯は頷いた。「分かった。お前にすべて任せよう、頼む。」

辺境伯はこの時の軽い返事を後に一生後悔する事になる。



後日、カロット伯爵特別の引き合わせでヨースケ、剣聖タニア、マリー、カガリちゃんの4人の前に姿を見せた女性は、とても可愛らしい女の子であった。


抜けるような白い肌、大きくまん丸なブルーサファイアの瞳、真っすぐに通った形の良い鼻梁、桜色の唇、桃色の頬、ゆったりとたなびく亜麻色の髪。


「始めまして、皆々様方。辺境伯マルダーが息女、アンリエッタにございます。辺境の未来のため、この身も心も捧ぐ所存にございます。どうぞよしなに。」


絵画から飛び出した可憐な妖精もかくやといった美しい貴族の少女は、鈴の音のような可愛らしい声でそう宣わると、ちょこんと華麗にカーテシーをして見せた。


ガチもんのお姫様やないかぁーっ!


マリーは一人、白目を剥いた。



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