異変
広間はすでに空になっていた。残っているのは数人の護衛と、すでに清掃作業を始めている年老いたメイドたちだけだった。
(どうして叔父上は……『兄上、私はあのヴェールが――』)
彼の言葉が頭をよぎった。反応しなかったのはヴェールのほうだった。あんなに厳格な叔父上でさえ、あの反応をどう受け止めるべきか分からなかったようだ。
(確実な方法だと言っていたのに。僕は……)
しばらくの間、立ち上がることができなかった。床を見つめ、そこに両拳を強く押し付けたまま、膝をついていた。
(……僕にはマナがないの?)
その時、足音が近づいてくるのが聞こえた。僕の前に影が伸びた。わずかに視線を上げると、長いスカートと、年季の入った黒い靴が見えた。
「お、お前も……僕を笑いに来たのか!?」
声はかすれ、涙で目は腫れて重く、焼け付くように痛かったが、僕はありったけの力で叫んだ。目の前の人影はゆっくりと身をかがめ、床に膝をついた。
「坊ちゃん、知っておいてくださいませ……」その声には、年老いた者特有の低く、ゆっくりとした響きがあった。
彼女は少し間を置いてから、再び口を開いた。
「時には、暗闇こそがどこを見るべきかを教えてくれるのです。ずっと昔、私を同じような状況から救ってくださったあの方が、そう仰っていました」
「お前に何が分かるっていうんだ!? ただの使用人のくせに……僕の今の気持ちなんて、分かるはずないだろ!」
僕は少しの間、動けなかった。喉の奥の詰まりがわずかに和らぎ、それまで途切れていた呼吸がゆっくりと規則正しさを取り戻していった。深く息を吸い込みながら顔を上げると、指の震えも少しずつ収まっていった。
僕は目を見開いた。
彼女の顔には深い隈が刻まれていたが、それでも僕に微笑みかけていた。疲れてはいるが、安心させるような笑顔だった。突然胸を殴られたような衝撃を感じた。彼女は僕の肩に手を置いた。
彼女は息を詰め、痛む足に力を込めながら、ゆっくりと動いた。彼女の体が震えているのが伝わってきたが、やがてようやく立ち上がった。
「さあ、いらっしゃいませ。床は冷え切っておりますよ」
彼女は僕を立たせようと手を差し伸べた。僕は咄嗟にその手を払い除け、床に縮こまった。しばらくそのままだったが、やがて再びその手を見た。ためらったが、最後にはその手を握った。
一瞬足がふらついたが、なんとか立つことができた。
「ほら、ごらんなさい。……もう良くなりましたよ」
僕は鼻をすすった。メイドはエプロンのポケットに手を入れ、綺麗に折りたたまれたハンカチを取り出した。彼女は僕の手を優しく包み込み、指の間にそれを握らせてくれた。微かに清潔な香りが鼻をくすぐった。
「ああ、いけません……こんな床に置きっぱなしにしては。ヴェールをお返ししなくては」年老いたメイドは声を上げた。
彼女は少し目を見開き、エーテルのヴェールに向かって身をかがめようとしたが、その動きにためらいが見えた。彼女が完全にしゃがみ込む前に、僕が身をかがめてそれを拾い上げ、彼女に差し出した。
(さっきも身をかがめて……あんなに無理をして……僕のために?)
再び涙がこみ上げてくるのを感じた。
「ありがとう」震える細い声が喉から漏れた。
年老いたメイドは微笑み、少しの間動きを止めて僕をじっと見つめた。
「お礼には及びません。それより……こうしてよく拝見すると、あの方を思い出します。同じ目をしておいでだ」
誰のことなのかは分からなかったが、彼女の唇に浮かんだ笑みは、目尻に深いシワを作った。
「これほどの年月が経って……またこのような喜びを感じられるとは思ってもみませんでした。ありがとうございます、坊ちゃん」
ほんの一瞬だけ、心の中の重りが軽くなったような気がした。
「昔のように力があれば……私自身がお供いたしましたのに。せめて……」
「ううん!」
僕は首を横に振った。
「気にしないで。ほら、僕は大丈夫だから!」
もらったハンカチで急いで顔を拭き、背筋を伸ばした。僕にできることは多くなかったが、せめて元気な姿を見せることくらいはできた。もう一度お礼を言おうとしたが、彼女は汚れた雑巾を運ぶよう他のメイドに呼ばれてしまった。
「どうか、お気をつけて……」
最後に彼女が囁いた言葉は聞き取れなかったが、僕は頷いた。両拳を握りしめ、広間の巨大な黒い扉の方へと振り返った。外には僕を待っている者は誰もいなかった。ここまで連れてきてくれたメイドたちがいるものと思っていたのだ。
(マルタと……一緒にいたのは誰だっけ? 思い出せない……。どうして誰も迎えに来てくれないの? 他の子たちは護衛と一緒に帰っていったのに……どうして僕だけ?)
僕は長い間考え込んだ。庭園の角から、今にもヒルダが姿を現すのではないかと、ただそれだけを願っていたのかもしれない。僕を本当に落ち着かせることができるのは、おそらく彼女だけだった。
だが、それは叶わぬ願いだった。永遠とも思える時間が過ぎても、誰も僕を探しには来なかった。最終的に、ほとんど無意識のうちに、僕は庭園へと歩き出していた。
僕の背後を、年老いたメイドたちが血の詰まったバケツと汚れた布の山を乗せた手押し車を揺らしながら通り過ぎていった。あのメイドは角を曲がって中庭の向こうに消える前、最後に一度だけ僕に向かって会釈をした。
以前は貴族や使用人でごった返していた廊下は、今や非現実的な静寂に包まれていた。
戻るのは難しくなかった。結局のところ、兄弟たちとよくそこに行っていたからだ。応接室の正面階段を上り、永遠にも感じられる時間の後、ついに僕の私室と共有広間を隔てる三階の扉にたどり着いた。護衛もメイドも、いつも広間に立っている執事さえいなかった。
自分の区画の扉を開けるなり、すぐにヒルダを呼んだ。返事はない。使用人の部屋、そして客間へと走った。完全な暗闇。僕は一人だった。
自室に入り、ベッドの端に丸まって膝を抱えた。
(どうして?)
胸の奥で息が震えた。指の力が抜け、頭が回り始めた。目を開けていようとしたが、まぶたが落ちていった。
(そんな……はず……)そして、暗闇に落ちた。
息を弾ませながら、自室の天井を見つめていた。やがて、はっきりと目を覚ました。まだ寝ぼけて混乱していたその瞬間、突然の安堵感が体を駆け抜けた。
(ただの悪い夢だったんだ……)
毛布の下でじっとしていたが、勢いよく上体を起こした。少しの間耳を澄ませてから、ゆっくりと毛布を退けて下を見た。
(まだチュニックを着てる? なんで……やけに汗をかいているような気がしたけど……)
お腹が鳴るのを感じた。
「ヒルダァ!」
毎日持ってきてくれる、お湯の入った水差しを置く音と、甘いパンの香りを待ちわびながら、僕は彼女を呼んだ。ほどなくして、鍵の開く音がした。扉が開くのと同時に、僕は勢いよく身を乗り出した。
「ヒルダ! 怖い夢を見たんだ……なんで僕、チュニックを着たま――」
だが、入ってきたのは見たこともないメイドだった。彼女は完全に僕を無視し、視線を床に固定していた。
「ヒルダはいないの?」
彼女は食事をテーブルに置くと、きびすを返して扉を閉めた。
(どうして答えてくれなかったの?)
その時、頭が一気に冴えた。胸に手を当て、服の重い生地に触れた。
チュニック。
記憶がすべて蘇ってきた。テスト、広間、父上、そして貴族たち。頭がズキズキと痛み始めた。
『この瞬間より……あらゆる権利を失う……もはや我が子としては認められぬ』
その言葉が、以前よりも強く頭の中で響き渡った。部屋の静寂は重く、不自然で、やがてそれが決定的な事実へと変わった。
その事実の重さに、足から力が抜けた。シラードや他の教師たちとの授業に費やしたすべての努力を思い返し続けた。
(ほぼ一年……)
(一年間の準備、絶え間ない訓練と勉強)
(じゃあ……あれは全部、何のためだったの?)
目に涙が溢れるのを感じた。
「ぼ、僕は……そうだ。きっと、ただの悪い夢なんだ……」
引きつった笑いが唇から漏れた。 自分の頬を掴み、強く引っ張った。
「痛っ……」
すぐに手を離し、待った。
何も起こらなかった。
(どうして目が覚めないの?)
唾を飲み込み、呼吸を落ち着かせようとしたが、息は途切れ途切れに出続けた。
「きっと……ただ待てばいいんだ……」
辺りを見回した。床も、壁も、すべてが本来あるべき場所にあった。腕をつねった。一度。そしてもう一度。
「嘘だ……」
僕は立ち上がろうとした。
一瞬だけ体を持ち上げようとしたが、足が震え、すぐに力が抜けた。両手をついて倒れ込んだ。
「嫌だ……」
震える指先を見つめた。
(毎日準備してきたのに。言われたことは全部やったのに)
それなのに僕はまだここにいて、立ち上がることすらできなかった。呼吸が速くなり、涙がこぼれ落ち始めた。
「僕は……全部やったのに……」
声が裏返った。
「それなら……どうして全部無駄になっちゃったの!?」
膝を胸に抱え込み、しばらくそのまま動かなかった。どれくらいの時間が経ったのか分からなかった。ただ、涙が止まり、呼吸が少しずつ規則正しくなっていくのを感じるだけだった。
ようやく顔を上げると、再び周囲の様子が目に入った。
右手のサイドテーブルには、陶器の水差しがあった。中に入っている水は前日のもののようで、すでに冷たく、淀んでいた。僕はそのかさばる銀色のチュニックを脱いでベッドの横の椅子に置き、水差しの水をしばらく見つめてから、少しだけ鼻をしかめた。
決してその水を使いたくはなかったが、他に選択肢はなかった。手を浸してすすぎ、しっかりと汚れを落としてから、涙まみれの顔をぬぐった。その氷のような水に触れて身震いしたが、おかげで正気を取り戻すことができた。それから腕を丁寧に洗い、できる限り体を清潔にしようとした。
終わると、椅子に置いてあった薄手のチュニックを手に取り、少し苦労しながら袖を通した。手伝ってくれる人がいないと、ボタンを留めるのが難しく感じられた。
ベッドの端に座って足をぶらつかせながら、閉ざされた扉を見つめ続けた。
(ヒルダ……どこにいるの?)
少しして、僕は立ち上がった。お腹が鳴るのを感じて、テーブルに近づいた。
僕は驚いた。目の前には、鮮やかな緑色の濁ったスープと、一切れの硬いパンがあった。しばらくその器を見つめた。もともと料理人たちは、僕がほとんどの野菜を食べないことを知っていたから、普段は僕の料理に野菜を入れなかった。
(さっきのメイドに……今度は料理人まで)
(もしかして、入れ替えられたのかな?)
その考えが、ヒルダのことを思い出させた。
(嫌だ……嘘だ、もし彼女まで入れ替えられていたら?)
胸が締め付けられるのを感じた。
(テストのせいじゃないはず……僕にマナがないから?)
(何が起きてるの、どうして僕にこんなことをするの?)
僕は再び崩れ落ち、汚れた床に手をついた。手のひらに埃がこびりついたが、動くことができなかった。腕が震え、足はまるでゼリーのように、力が入らなかった。体を起こそうとしたが、手に力を入れた途端、体から力が抜け、再び床に倒れ込んだ。呼吸は浅く不規則になり、奇妙な虚無感が全身を包み込んでいった。もう一度動こうとしたが、指が震えるだけだった。もはや、自分の体を思い通りに動かすことはできなかった。
最初の数日間は、声なき絶望の底なし沼だった。僕は一人、いつもベッドの端に丸まり、目と喉が焼けるように痛くなるまで泣き続けていた。
ヒルダは二日間姿を見せなかった。最初は考えないようにしていたが、時間が経つにつれ、同じ考えが僕の中に広がっていった。彼女も入れ替えられたのではないか、と。物心ついた時から、僕の食事はずっとヒルダが世話をしてくれていた。でも今は、食事を運んでくるのは彼女ではなかった。
数日後、何人かのメイドが僕の食事の世話をするようになった。その中に一人、他の者よりさらに冷たい態度をとるメイドがいた。テストの翌朝に見かけ、一瞬ヒルダと見間違えたあのメイドだ。彼女たちは僕に視線すら向けずにトレイをテーブルに置き、僕が話しかけようとしても、聞いていないふりをして自分たちの仕事を続けるだけだった。せいぜい、部屋を出る前に冷たく頭を下げる程度だった。
その日々をやり過ごすために、僕にできる唯一のことは、部屋に残された数冊の挿絵入りの本を読むことだけだった。何をしていいのか分からない時、僕はそれを手に取り、ベッドに座ってページをめくった。最初は本当に絵を見ているわけではなく、ただ手に何かを持ち、起きたことを考えないようにするためにページをめくっていた。指の下の紙の擦れる音、その匂い、そして本を閉じる時の乾いた音が、部屋の静寂を埋めてくれた。
そして少しずつ、それが習慣になった。それらの本が、僕に付き添ってくれる唯一のものになった。時折、ドア越しに廊下を歩く足音、使用人たちの声、皿の鳴る音、そして人々が部屋を出入りする気配が聞こえた。
時には、宮殿のどこかで兄弟たちが笑っている声すら聞こえる気がした。それなのに僕は、誰の顔も見たくなくて自らこの部屋に閉じこもり、宮殿の他の人々は僕が存在しないかのように生活を続けていた。
時間が経つにつれ、誰かが僕を探しに来てくれることすら期待しなくなった。
ドアが開いても、もう顔を上げることすらなくなった。約一週間後のある朝、僕は目を開けた。
テーブルに頭を乗せ、目の前に本を開いたまま眠り込んでいた。それは山積みの本の最後の一冊で、ちょうど読み終えたところだった。頭を上げず、反対側を向いてベッドの横に積まれた本の山を見つめた。
挿絵入りの本はすでに三冊読んでいた。僕が理解できた範囲では、基礎植物学や、ガルガルドの峰の動植物に関するものなどだった。残りの二冊は、テスト前の最後の授業でシラード叔父上が置いていったものだった。一冊は算術の基礎、もう一冊は貴族の礼儀作法に関するものだった。貴族が何に関心を持つべきか、どの話題を避けるべきか、そして様々な状況でどう振る舞うべきか。
時間の感覚がなくなっていた。これから先、僕に何が待ち受けているのか分からなかった。兄弟たちはもう姿を見せなかった。普段ならテストの数日前にはよく僕を呼びに来ていたのに、今ではドアの外で彼らの声を想像することすらできなくなっていた。
僕は立ち上がり、ベッドの横にある水差しを持って部屋を出た。裸足の下の冷たい床に身震いしたが、もはや何も気にならなかった。廊下にはほとんど何も聞こえず、僕の足音が壁の間にこだまするだけだった。
廊下を見ると、反対側にある古いメイドたちの三つの部屋が開いていた。そこにはもう誰もいないことは容易に想像がついた。
「あなたたちも、見捨てられたんだね? ごめんなさい、全部僕のせいだ」
言葉が静かに漏れた。僕は苦く、ほとんど皮肉な笑みを唇に浮かべた。頭を下げ、ヒルダがいつも清潔な服を置いてくれていた家具を指でなぞった。指先に灰色の膜が残った。少しの間それを見つめた。もはや自分の抱いている嫌悪感すらほとんど感じられなかった。そして、それをチュニックでこすり落とした。
首元に手をやり、少し持ち上げて匂いを嗅いだ。汗の匂いがすぐに鼻を突いた。チュニックは暖かく、特に背中や脇の下が肌にへばりついていた。
胃が締め付けられた。
(……僕、本当にひどい有様だ)
手で首筋に触れた。肌は脂ぎって汗ばんでいた。無意識に指の匂いを嗅ぐと、その匂いに思わず顔をしかめた。
襟を下げ、息を止めた。
(洗わなきゃ……)
浴室へ向かい、水樽に近づいた。蓋を開け、波一つない水面を少しの間見つめた。水差しを手に取り、水を入れ始めた。水が落ちる音が、その静寂の中ではあまりにも大きく聞こえた。
現実を直視し、どうにかして行動を起こさなければならない。それはよく分かっていた。それなのに、できなかった。
部屋に戻り、服を脱いで、そこに残っていた小さな石鹸の欠片を使い、丁寧に体を洗った。おそらく、昔のメイドが洗濯をした後に置いていった残り物だろう。
身支度を終えた後、部屋を出て何か、何でもいいから行動しようと決めた。あてもなく廊下を歩いた。
まず気づいたのは、共有広間の横にある大きな扉だった。閉まっていた。普段ならいつも開けっ放しにされているのに。
歩き続け、単なる好奇心から、メイドたちの部屋を覗き込み始めた。それらの部屋に入ったことは一度もなかった。どれも非常に質素で、ベッド、小さなテーブル、そして小さなクローゼットがあるだけだった。
自分の部屋に閉じこもっている以外のことであれば、何でもよかった。廊下を端まで進んだ。目の前にはヒルダの部屋があったが、そのドアは奇妙にも閉まっていた。
(もしかして……)
心臓の鼓動が早くなった。少しずつ近づいていった。足音が大きすぎて、その期待を壊してしまうのを恐れるかのように。取っ手に向かって手を伸ばしたが、数センチのところで一瞬手を止めた。
(本当にそこにいたら?)
唾を飲み込んだ。目が熱くなるのを感じた。
取っ手を握り、ゆっくりと下げた。ドアが少しだけ開いた。立ち止まり、耳を澄ませたが、何も聞こえなかった。
少しして、うなじを撫でるそよ風を感じ、続いて背後で微かな音がした。体が急にこわばり、目を見開くと同時に、背筋に悪寒が走った。
(この風……)
知っていた。
息を止めた。偶然のはずがない。
(この感覚……どこにいても分かる)
勢いよく振り返ると、彼女がいた。ついに戻ってきたのだ。
胸が熱くなり、目に涙が溢れた。彼女に向かって走り、抱きついた。彼女が目の前にいるのに、僕はまだ信じられなかった。彼女はいつものあの笑顔で微笑んでくれた。
「ヒルダ!」
彼女は僕を腕の中に抱きしめ、まっすぐ立ったまま僕を見下ろしていた。
「ずっと、待ってたんだよ」
「ええ」
彼女は微笑みながら、小さく頷いた。
「君だけは、僕を見捨てないって分かってた!」
「ええ」
今度は頷くだけだった。彼女の目がゆっくりと赤くなっていくのに気づいた。僕は彼女をさらに強く抱きしめた。顔が彼女のエプロンに沈み込み、涙がそれを濡らし始めた。しゃくりあげながら息を吸い込んだ。
彼女の匂い。いつもまとっている、あの清潔な香りが、恋しかった。
「よしよし……」彼女は静かに言った。「そんなに泣いたら、エプロンがびしょ濡れになってしまいますよ。さあ、顔を洗いに行きましょう。お話ししたいことがたくさんありますから」
そうして数日が過ぎ、僕は同じ本を何度も読み返した。ページに戻るたびに、以前は混乱していたことがより明確になり始めた。言葉は徐々に意味を持ち、様々な概念を丸ごと記憶し、それらを結びつけることができるようになった。十分に読み返した後には、もう一行一行を読み直す必要はなくなった。自分が学んだことを、頭の中ではっきりと見ることができるようになっていた。
僕はもう、一人でやっていくことに慣れていた。しかし、食事は再びヒルダが運んできてくれるようになった。彼女は、テストの後、この区画に割り当てられた使用人が最小限に減らされたと説明してくれた。驚きはしなかった。あんなことがあったのだから、何かが変わるのは避けられないことだった。
彼女は毎日の午後に出かけ、夕方になってようやく戻ってきた。最初はあまり気にしていなかったが、日が経つにつれて、彼女が戻ってくるたびにその視線が少し遠くなっていることに気づき始めた。どこへ行っているのか分からず、尋ねてみても、使用人の配置を決める会議に出ていると答えるだけだった。
「心配なさらないで。すべて元通りになりますから」
僕はそれ以上何も言わずに頷いた。彼女を信じようとしたが、心の中には奇妙な違和感が残り続けていた。それは些細なことで、説明するのはほとんど不可能だった。彼女は冷たくなったわけではなく、僕に微笑み続けてくれたが、何かを抑え込んでいるように見えた。もはやかつての厳格な乳母ではなかった。彼女の僕への接し方には、以前とは違う何かがあった。その距離感は日が経つにつれてますます明らかになっていった。
特に一つのことでそれが分かった。彼女はもう僕を叱らなくなった。
以前なら叱られていたようなことをしても、彼女は何も言わずにただ片付けるだけだった。彼女を困らせるようなことをしても、見過ごしてくれた。
そして奇妙なことに、僕は彼女にまた叱ってほしいと思うようになっていた。僕たちの間にできたその沈黙を破るために、僕はすでに読んだ本よりもさらに難しい本を頼んだ。アルファベットと基本的な文の構造は、アルファベットと基本的な文の構造は、以前にシラード叔父上から教わっていた。それでも僕はヒルダに、時々本を読むのを手伝ってほしいと頼んだ。
こうして、彼女は毎日違う本を持ってきてくれるようになった。最初は、僕が最初に頼んだ『中級植物学』だった。次に北方王国の地理についての本が続き、その少し後には、僕たちの地域であるウィストリアの歴史の入門書がきた。
理解しやすいものもあれば、時間のかかるものもあった。しかし、何度も読み返し、ヒルダの助けも借りることで、自分が学んだことをゆっくりと思い出すことができた。
そうして読書に没頭する日々の中で、僕は奇妙なことを感じ始めた。本を読み終えるたびに、鋭い痛みがこめかみを襲うのだ。それは鋭く、瞬間的な痛みで、悲鳴を上げる間もなく息を詰まらせた。
最初はヒルダに何も言わなかった。必要以上に彼女を心配させたくなかった。しかし、最後の読書の後、何かが変わった。




