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僕には見えなかったもの

僕たちはそれぞれ、選んだばかりの武器を握りしめていた。その重さを確かめたり、振り回したりする姿から、彼らの興奮がひしひしと伝わってきた。ヴィラは、石畳の広場の横にある、踏み固められた土の空き地へ僕たちを集めた。


「武器を手にしたからといって、戦士になれるわけではないわ。外の世界では、一つのミスが命取りになる。だからこそ、各グループには明確な役割が必要なの。スラリス式は、ある単純なルールに基づいているわ。『誰も一人では戦わない』ということよ」


彼女はソランの前で立ち止まった。


「あなたたちから見て、グループの要(かなめ)は何だと思う?」


ソランはためらった。


「前衛……か?」


ヴィラは首を振ると、巨大な外套の後ろからまだ鞘に収まったままの剣を取り出し、僕たちの方へ歩み寄ってきた。


「グループを守る者がいなければ、攻撃役(アタッカー)なんてただの走る死体よ」


僕たちの数歩手前で立ち止まると、彼女は鞘の先端で地面に何かを描き始めた。


「魔物の強さは『等級(グレード)』によって分類されるわ。例えば、中級(ちゅうきゅう)の魔物を考えてみましょう。 理論上、あなたたちはこれを一人で相手にするべきではないわ」


ヴィラは僕たちの横を通り過ぎながら、説明を続けた。


「中級の魔物の強さは、およそ二、三人の二級(にきゅう)戦闘員に匹敵する。私たちが役割を分担してグループで戦う理由は、まさにこれよ」


(階級(クラス)と等級(グレード)……)


階級については何も知らなかった。ずっと前、個人の能力に応じて強さを分類するための特別な試験がある、という記述を読んだことがあるだけだ。だが、等級……中級…… その言葉を聞いたのはこれが初めてだった。 僕は手を挙げた。


「話しなさい」


「師範、階級と等級について少し教えていただけますか?」


「少なくとも質問する者がいて安心したわ……」


「チッ!」ミラが顔をしかめた。


ヴィラが少し彼女の方を振り向くと、ミラはビクッと肩を震わせ、さらに苛立ちを募らせた。彼女はさっきから僕を睨みつけ、何か言いたげに顔をしかめている。ギルドとソランは僕を見て微笑んだ。


「そうね……簡単に言えば、階級(クラス)は個人の強さを測るものよ。戦闘員であろうと魔術師であろうと、原則は同じ」


ヴィラは剣の先で地面に三本の線を引いた。


「三級、二級、そして一級。三級が最も低く、一級が最も高い。階級が上がるほど、その個人の力は強くなる」


次に、彼女は二本目の線を指し示した。


「一方、等級(グレード)は魔物と、それがもたらす脅威のレベルを分類するために使われるわ」


「初級(しょきゅう)、中級(ちゅうきゅう)、上級(じょうきゅう)、そして……特級(とっきゅう)」


僕は情報を整理しようと、黙って聞いていた。


「つまり……中級の魔物は初級の魔物よりも強いということですか?」


「その通りよ」ヴィラは頷いた。


「でも、魔物の等級を知るだけでは不十分。何人で、どれほどの力を持って立ち向かうべきかも理解しなければならない。だからグループで戦うの」


彼女は先ほど印をつけた地面を指差した。


「例えば、中級の魔物は、およそ二、三人の二級戦闘員に相当する。一人で立ち向かうなんて狂気の沙汰よ」


今度は僕が頷いた。 ヴィラがなぜこれほどまでに役割と陣形にこだわるのか、ようやく分かり始めていた。 ソランが一歩前に出た。


「せ、師範! じゃあラプランはどうなんだ!?」


「ラプランは……実際のところ、初級の魔物よ。単体であれば、三級戦闘員一人で対処できる。でも、数が増えれば脅威も増し、三級以上の戦闘員グループが必要になることもあるわ」


僕は眉を寄せ、引きつった笑みを浮かべた。


(初級に過ぎない、か。それなら僕の評価は三級あたり……いや、最近少し強くなったことを考えれば、二級かもしれないな)


「とにかく、話を戻すわ。初級の魔物は単体で対処可能だけれど、『リーダー(群れの主)』と呼ばれる統率者が共に動いている場合は別よ」


その情報は聞き覚えがあった。カエルの本の一つに言及されていたのだ。 そこに書かれていた言葉を今でも覚えている。 『魔力経路を通じて、魔物の群れ全体や小グループを指揮することができる知能の高い魔物』


「あ! ターパンだ!」テオが叫んだ。


「良い勘をしているわね、テオ」


「だから、グループの要は ……」ヴィラは剣を手に取り、地面に円を描きながら言った。「『防衛役(タンク)』よ 」


防御がすべての鍵だとは思いもしなかった。 僕はギルドを見た。 彼は重い盾を高く掲げ、微笑んでいた。 ミラが突然腕を組み、苛立たしげに声を荒げた。


「師範! どうしてわたくしたちが、こんな奴と一緒にいなければならないんですの!?」


彼女は突然、僕を指差した。


「わたくしは認めませんわ! これでどうやって訓練しろと言うんですの!? わたくしたちはもう三週間もここにいるのに、なぜ今になってこいつが選ばれたんですか! しかも何も知らない、ただの落ちこぼ――」


「妹よ!」


ギルドが彼女をなだめようとしたが、彼女はただ喧嘩の口実を探しているだけのようだった。兄の拘束から逃れ、背中に背負っていた双剣を抜き放ち、僕に向かって歩み寄ってきた。 僕は驚いて後ずさりし、土の上に尻餅をついた。


「わたくしと決闘しなさい、落ちこぼれ!」


「え!?」


(どうしてこんな状況になったんだ?)


僕は唾を飲み込んだ。 ヴィラは鞘に収まったままの剣を下ろし、自分の前に突き立てた。


「いいわ! 実践で理解する以上に良い方法があるかしら?」


冷たい悪寒が背筋を走った。


「でも、あなたたち同士で戦うわけではないわ! 私を相手にしなさい」


彼女は軽く跳躍し、僕たちから数メートル離れた広場の中央に降り立った。 一瞬の沈黙があった。僕たちは全員、信じられない思いでヴィラを見つめた。


「そこのシルブ家の二人。そして他の者たち。私に攻撃を仕掛けてきなさい。あなたたちの実力を見せてもらうわ」


一同の間にためらいが広がった。 純粋な狂気だ。 作戦なんて何もないし、彼らと実際に戦ったこともない。


(師範は一体何を考えているんだ?)


だが、ミラに容赦はなかった。


「待ちきれませんでしたわ!」彼女は叫んだ。


ミラの足元から、鞭を打つような鋭い音が聞こえた。 同時に、彼女の周囲に土埃が舞い上がった。


(ヴァジュラ!?)


彼女は声を張り上げながら、恐ろしい速度で前方に飛び出し、二振りの刃を突き出しながら背後に赤みがかった軌跡を残した。


ヴィラは一ミリたりとも動揺しなかった。


ミラは多方向から攻撃を繰り出した。実際、彼女はあの双剣の扱いにかなり長けているように見えた。


二人の間で短い言葉のやり取りがあった後、カチンという金属音が響いた。


次の瞬間、ミラが横方向に激しく弾き飛ばされ、地面を数メートル転がってダミー人形に激突するのを見た。


僕は目を見開いた。


動けない。脚を震わせながら、僕はまだ地面に座り込んでいた。 わずかに右を向くと、ソランもギルドも文字通り固まっているのが見えた。


(どうすればいい?)


クロスボウを探したが、見当たらなかった。


(クロスボウはどこだ!? くそっ!)


ミラに押し倒された拍子に落としたのだろう。広場の中央、僕とギルドの間に落ちているのが見えた。 ヴィラが他の連中の方へ歩いていくのを見た。


「隙だらけよ」ヴィラは冷たく言い放った。


「援護のない攻撃役(アタッカー)なんて、ただの走る死体。あなた、守りはどうしたの? それに、攻撃するときにわざわざ叫ぶ者なんていないわ 」


それから彼女はテオに視線を定めた。


「で、あなたは? 観客のつもりかしら?」


ヴィラは彼に向かって前進した。 テオは震える手で剣の柄を握りしめていた。


(あいつは魔術師じゃないのか? 何をしてるんだ? 魔法剣士にでもなりたいのか?)


突如、ギルドが自分の顔を殴りつけ、頭を下げてヴィラに向かって突進し、テオを完全に無防備な状態にしてしまった。


「あ、姉さん!」


(あいつら、この三週間こんな風に訓練してきたのか!? これが強くなりたい奴の訓練なのか?)


僕は拳を握りしめた。立ち上がることすらできないというのに。なぜか、まぶたが重くなるのを感じた。 息を吸い込んでも、空気が十分に肺の奥まで届かないような気がした。体のすべての筋肉が、地面に伏せたままでいろと叫んでいる。僕は土に指を食い込ませた。


(立て……)


体が反応しない。


(立てよ、くそっ!)


歯を食いしばる。


(こんなところで立ち止まりたくない。僕は……僕は……)


ヴィラを見た。だが、彼女の様子にはどこか妙なところがあった。彼女はギルドを見ていない。僕はその視線を追った。


(テオ!? ギルドの攻撃を躱して、彼を狙うつもりか?)


立ち上がろうとしたが、腕が震え、すぐに崩れ落ちてしまった。 口を開いたが、声は出なかった。不条理だ。何が起ころうとしているのか理解できているのに、立つことすらできないなんて。


(目が……)


視界が暗くなり始めた。最後にもう一度テオに焦点を合わせようとしたが、彼の姿はどんどんぼやけていった。


(なぜ? なに――)


僕は完全な暗闇に飲み込まれた。


『Ira vel... na khar.』


(どこだ!? 何も見えない! 何が起きている!? 体の感覚がない……)


『Uth... sa'ren.』


(誰だ? この声……聞き覚えが――)


『Nae... vel shaar.』


(あのラプランの時、僕を助けてくれたのは君だね?)


返事はなかった。ただ、聞いたこともない言語で何かを囁く声だけが聞こえた。理解不能だ……だが間違いない。あの時の声だ。


(君が……君が何を言っているのか分からない)


そして、沈黙。 直後、遠くから金属的な音が聞こえた。鎖の鳴る音のようだった。 それからゆっくりと、体の感覚が戻ってきた。まず指先、次に腕、脚……全身の感覚が、一つずつ順番に戻ってくる。まだ暗闇の中にいたが、何かが変わっていた。 閉じたまぶたの隙間から、微かな光が漏れ入ってきている。


(光……?)


一瞬、何が起きているのか理解しようとじっとしていた。そして、目を大きく見開いた。 僕はまだ地面にいたが、筋肉一つ動かせなかった。今何が起きたのかすら理解できなかった。すると、もはや僕自身が制御しているのではないかのように、視線が勝手に持ち上がり、目が見開かれた。


(なんだ!?)


ヴィラが僕の目の前で静止していた。ギルドも同様で、まるで動きの途中で空中に固定されたかのようだった。何が起きているのか理解できなかった。


(なぜ動かない? ギルドは走っていたはずだ! じゃあどうして……)


(いや、待て……動いている。でも、こんなにゆっくり? あり得ない。何が起きているんだ?)


顔の右側から突如として熱が広がり、内側から焼き尽くされそうなほど強烈になった。 自分で気づくよりも早く、右目が勝手に動いた。視線は一点から別の一点へと素早く移動し、ヴィラに固定された。 彼女の右足。 そして左足。 脚の位置。 自分が見ているものを理解できなかった。視線はヴィラを通り越し、すぐにギルドへと移り、同じように彼を分析し始めた。 熱はさらに増した。狂ってしまいそうなほどの強烈な熱だ。


不意に、再び体の制御が戻るのを感じた。僕は素早く地面から立ち上がった。


「どうなっている? 体が……軽い」


両手を何度も開閉し、脚を動かして、本当に自分の意思で動くかを確認した。


「感覚が違う……何が起きている? 喋り方まで――」


右目の視界がゆっくりとぼやけ始めた。


『そんな時間はない』


「お前もここにいたのか……」


目の前のすべてが、突如として通常の速度に戻った。 考えるよりも先に体が動き、凄まじい速度でギルドに接近すると、彼の肩当てを掴んで後ろに引き戻した。


「止まれ!」


ギルドは勢いよく振り返り、完全に虚を突かれた顔をした。


「そこに行けば負ける! お前は防衛役(タンク)だろうが! テオを守れ、さもないと全員が代償を払うことになるぞ! 行け!」


数秒間、彼は俺を見つめた。


「ありがと……うっ!」


彼は目を見開き、俺の顔を凝視した。


「お前の目……」


俺は彼をテオの方へ力強く押しやり、後退させた。ギルドはテオの前に立ち塞がり、盾を構えた。


俺の視界を何かが横切った。ぼやけたシルエットと空気の動きしか見えなかった。 振り返る暇すらなかった。


ギルドは足で土を削りながら、一メートル以上も後方へ滑り下がった。


ヴィラはすでにギルドの目の前にいた。 俺は目を見開いた。


(なんて速さだ……!)


ゾルタンがヴァジュラを使った時よりもさらに速く見えた。 彼女がゆっくりとこちらを振り向くのが見えた。 顔はまだ巨大なフードに隠されていたが、次に狙われるのは俺だと、直感した。俺は素早くテオの方へ振り返った。


「テオ! その馬鹿げた剣は捨てろ! 今すぐ呪文の詠唱に入れ!」


彼は一瞬驚いたように俺を見たが、頷いてすぐに何かの詠唱を始めた。


「ソラン! 時間稼ぎに徹しろ!」


彼も一瞬戸惑ったように俺を見つめたが、すぐにヴィラの前に立ち塞がり、ギルドが態勢を立て直す隙を作った。


(どうなっている? これが本当に俺なのか?)


(この明晰さ……言葉が、考えるより先に口から出ている)


一瞬、自分の体が自分のものではないような錯覚すら覚えた。 だが突然、息が詰まった。


脚が再び重くなり、あの奇妙な明晰さが薄れていくのを感じた。右目の視界がさらに急速にぼやけていく。


俺は勢いよく振り返り、ミラを探した。


彼女はまだ地面にいて、ようやく立ち上がろうとしているところだった。


彼女は蔑むような目で俺を睨んだ。 次に、少し離れた場所に投げ出されたソランに視線が引き寄せられた。 次の瞬間、何かが俺の腹部を強烈に打ち据えた。


「なっ――ガハッ!」


肺から空気が絞り出され、引きつったような声が漏れた。俺は後方へ吹き飛ばされ、鉄のフェンスに激突して血を吐いた。 ヴィラはまだ俺の前方にいた。


(じゃあ、どうして俺は攻撃されたんだ!?)


彼女が動くのすら見ていなかった。


「黙りなさい!」ミラが金切り声を上げた。


顔を上げた。ミラが俺の目の前、ほんの一瞬前まで俺がいた場所に立っていた。


(俺を攻撃したのはこいつか?)


「黙れ! 黙れ! 黙れ! あんたはただの無能な落ちこぼれですわ! ソラン、ギルド、わたくしに続きなさい!」


(正気か……? どうしてここまで馬鹿なんだ?)


ソランが立ち上がり、その後ろでギルドも再び突撃の態勢に入っていた。


(どうして分からないんだ……? ヴィラはまさにこれを待っていたんだぞ。この馬鹿どもが!)


ヴィラは失望したように首を振り、瞬く間に彼らを制圧した。


ソランの突撃を躱して足を引っ掛け、ミラの首の神経を正確な一撃で打ち据え、最後にギルドの腹部に拳を叩き込んで数メートル先へ吹き飛ばした。


その時になって初めて、俺はあることに気がついた。あの奇妙な感覚はもう感じ取れないのに、今は、本来なら追えるはずのない彼女の動きを、はっきりと追えている。


痺れはゆっくりと消え去り、右目の視界が戻り始めていた。


三人全員が地面に倒れ伏し、おそらく気絶していた。後方で立っているのはテオだけだった。


「……打ち倒す力を、僕に――」


ヴィラが前方に飛び出し、瞬きする間にテオの目の前に到達した。


「ファ、ファイアボール!」


テオは肺にあるすべての空気を絞り出してその言葉を叫んだ。 目の前で目も眩むような閃光が弾け、地面を揺るがす轟音がそれに続いた。空気の波が俺の顔面を直撃し、直後、土埃と煙の雲がテオとヴィラを完全に飲み込んだ。


(テオ!?)


俺は目を見開き、煙の幕の向こうに何かを見分けようとした。 彼もヴィラも見えない。


(テオ……)


やがて、煙の中からゆっくりと一つの影が現れた。 ヴィラだった。 完全に無傷だ。


(嘘だろ……)


彼女を覆っていた巨大な外套の半分以上が爆発で焼け焦げ、衣服の一部も焼失していた。


俺は息を呑んで彼女を観察した。


頭の頂上には、黒い毛に覆われた二つの猫耳がピクピクと動いていた。


(獣人(じゅうじん)……?)


生で見たことは一度もなかった。ついさっきまで、本で見つけたわずかな記述は単なる伝説に過ぎないと思っていたほどだ。


ヴィラは目を細めて俺を睨みつけた。 彼女の褐色の肌には複雑な部族のタトゥーが際立っており、その顔立ちをさらに強調していた。


「どうした、猫に舌でも食われたか?」


彼女の顔にゆっくりと笑みが浮かんだ。


新たな煙と土埃の雲が、俺たちの間の広場を横切った。 瞬きをする暇すらなかった。 土埃の雲が再び俺を包み込み、一瞬、何も見えなくなった。そして、そのベール越しに、一つの影と、俺の目の前で静止する細く縦長の金色の瞳孔が二つ、微かに浮かんでいた。


(くそっ……)


胸のど真ん中に何かを叩き込まれる直前に見えたのは、それだけだった。痛みは一瞬遅れてやって来た。 そして、無。


「起きなさい、眠り姫たち!」


ドロリとした苦い液体が喉に流し込まれ、舌を焼いた。


僕は激しく咳き込み、目を開けた。


ふらつきながら立ち上がり、端の方へ移動した。この奇妙な液体は以前にも味わったことがある。その吐き気を催すような悪臭は今でも覚えていた。 ミラが殺意のこもった目で僕を睨みつけていた。


「安心して、特製の回復薬よ。それにしても……」ヴィラは一瞬、僕たち全員に視線を落とした。


「お互いの背中を守ることを学ばず、味方同士で足を引っ張り合うようなら、外の世界では死ぬわ。全員ね」


最後に厳しい眼差しを向け、彼女は不自然な金色の瞳で僕たちを見渡した。それから彼女は背を向け、本館の方へ歩き去っていった。 僕は信じられない思いで、彼女の背後で揺れる黒い尻尾を見つめていた。


ソランが痛む首をさすりながら僕に近づいてきた。


「信じられねぇぜ……」重い扉の向こうに消えていくヴィラの姿を見つめながら、彼は呟いた。


「彼女はデンリ族だ」


テオはまだ青ざめて震えながら、混乱した様子で彼を見た。


「デンリ族?」


「亜人(あじん)の遊牧部族だ」ソランは声を潜めて説明した。


「パハナ王国では、彼らは尊敬されると同時に恐れられている存在だぜ。なんで俺たちが彼女に指一本触れられなかったのか、今なら分かるぞ」


「おい、従弟(いとこ)殿!」少し足を引きずりながら、ギルドが僕の横に並んだ。


「い、従弟――」


「さっき、俺に怒鳴ってくれた時……その、ありがとな」


(さっき……僕の目が!)


僕は頬に指を這わせた。乾いた血が付いていた。僕は眉をひそめた。


(なぜ目から血を流していたんだ?)


ソランが肘でテオを僕の方へ押しやった。


「ほらテオ、こいつに何か言ってやれよ!」


「ルティ……アン、あの……さっき話しかけてくれて嬉しかったよ。あの時のことは、僕は……」


胸が締め付けられたが、僕は顔を背けた。 ドアの枠に寄りかかっていたミラが、唐突に割って入ってきた。彼女は僕の顔のすぐそばまで近づき、僕を地面に突き飛ばした。またしても。


「惨めなお喋りは終わりましたの? 明日もまたわたくしたちの足を引っ張るようなら、『従弟殿』、わたくしのこの手で殺してやりますわ」


彼女は立ち去ろうと背を向けたが、立ち止まり、最後にもう一度僕を鋭く睨みつけた。


「自分に価値があるなんて思わないことね。さっきはあんたのせいで時間を無駄にしましたわ。次は、こういう状況をうまく処理できる者に指揮を任せなさい」


そう言い残し、長い紫色の髪を揺らしながら彼女はホールへ出て行った。


(僕のせいで時間を無駄にしたって、どういう意味だ? 僕は……)


僕は長くため息をついた。他の連中も自分の荷物を回収し、僕たちに別れを告げた後、ギルドはミラと共に門から出て行った。 ソランとテオは、僕を待ってそこに残っていた。


「おい、ルティアン。何してんだ? 一緒に来いよ。どうせ同じ宿舎なんだから、一緒に帰ろうぜ」


僕は少し躊躇いながら立ち上がり、彼らに合流した。帰り道はほとんど無言だった。テオとソランは僕の前を歩きながら、他愛もない話をしていた。


「ルティアン、さっきの君はすごかったよ!」


(さっき……? 僕が……?)


「そうだな! マジで指揮官みたいだったぜ!」とテオが笑いながら付け加えた。


僕は立ち止まった。


(僕が……)


改めて思い返してみたが、実のところ何も覚えていなかった。覚えているのは、ギルドがヴィラに向かって突進していった瞬間までだった。


彼が走っていくのは覚えている。自分が立ち上がれなかったことも。 その後は……何もない。 次の記憶は、ヴィラにあの奇妙な回復薬を飲まされているところだ。


僕は眉をひそめた。


(じゃあ、その間に何が起きたんだ?)


先を歩く二人を見つめながら、僕は立ち止まった。


「あっ、武器庫に忘れ物しちゃった! 二人は先に行ってて。宿舎で会おう」


なぜか分からないが、僕はそう口にしていた。


「マジか? 戻ろうか――」


「すぐ追いつくから大丈夫だよ。ちょっと散歩も兼ねてね 」僕はソランの言葉を遮って言った。


「ルティ……」テオが僕を見つめながら呟いた。


「また後で!」


僕は振り返って走り出し、彼らに手を振った。まずは何が起きたのかを理解しなければならなかった。おそらく、少し歩けば頭を整理できるだろう。


僕は厩舎へ続く道を選んだ。一番よく知っている道だ。馴染みのある場所を歩けば、思考を整理する助けになるかもしれない。


(どうして思い出せないんだ? どうしてテオは、僕が指揮官みたいだったなんて言ったんだ?)


息を整えようと、ゆっくりと歩き続けた。だが、一歩進むごとに脚は重くなり、体に疲労が蓄積していくのを感じた。


数分後、僕はスピードを落とし、ついに立ち止まった。すぐそばにあった古い柱に手をついた。


顔を上げた。小道は建物と建物の間を縫うように伸びており、突き当たりの厩舎までは約二百メートルある。


「あと少しだ……おじいさんのところまで行けば、少し休めるかも」


額に手を当て、目を閉じた。脚が今にも崩れ落ちそうだった。 ほんの一瞬のことだ。 再び目を開けると、何かがおかしい。太陽が沈みかけ、空を赤と紫に染め上げていた。


(夕暮れ?)


僕は立ち尽くし、目の前の光景を理解できずにいた。


(まだ真昼間だったはずじゃ……何が――)


まともな思考をまとめる間もなく、誰かが僕にぶつかってきた。 使用人の制服を着た少女が、僕の目の前で転んだ。運んでいた白いシーツが地面に散乱し、彼女は荒い息をつきながら慌ててそれを拾い集め始めた。


「ああ、もう! やらかしちゃった!」


(なぜこんなところに使用人が?)


右を見て、左を見た。僕たち以外には誰もいない。


「ごめんなさい! どうかお許しください!」


その声は穏やかで、彼女の慌てふためく様子とはどこか不釣り合いだった。 僕は目を見開いた。


(この声……聞いたことがある。でも、どこで?)


「手伝うよ、待って」


シーツを拾うのを手伝おうと身をかがめたが、彼女は僕が拾ったものを素早く奪い取った。


「大丈夫です、もう終わりましたから。ほらね?」彼女は一瞬だけ僕に微笑んだ。


その時、夕暮れの光が彼女の顔をかすめた。長いまつ毛の下で、銀色の瞳が一瞬だけ煌めいた。


「ダメだ、ダメダメダメ……遅刻しちゃう! ありがとうございます、それでは!」


僕が状況を理解する間もなく、彼女は背を向けて走り去った。


「あ、おい! 待っ――」


彼女を追いかけたいという、訳の分からない衝動に駆られた。自分に何が起きているのか分からなかった。 心臓が狂ったように激しく打つのを感じながら、胸に手を当てた。


(彼女は……誰だ?)


自分が今どこにいるのか確認しようと、振り返った。 ここはキャンプの西側、カシアン教官の訓練場の近くだ。


(どうしてこんなことに? 少し前まで、キャンプの反対側にいたのに……)


目の前には宿舎があった。遠くには、正規訓練生たちの宿舎へ向かうあの少女の姿がまだ見えた。


数秒間彼女を見つめた後、僕は自分の宿舎へと歩き出した。 もう何かをする気力も、考える余裕も残っていなかった。


誰にも注意を払うことなく中に入り、自分の小さなベッドに倒れ込んだ。


たった一日の間に、あまりにも多くのことが起きた。そして、あの少女のことも。 もう何も理解できなかった。


ゆっくりとシーツの上で体勢を整え、頬に手を当てた。血はすでに完全に乾いていた。


(僕は、狂ってしまったのだろうか?)


僕は目を閉じ、シーツの中で拳を強く握りしめた。


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!


今回のお話をもって、**第二章「鍛錬編」**が無事に完結しました。


第一章とはまた違った形で、ルティアンの成長や仲間たちとの関係、そして彼自身もまだ知らない「何か」を描くことができました。


ここまで物語を追いかけてくださった皆さま、評価や応援、そして読んでくださったことに、心から感謝しています。


ここから物語は、また新たな段階へと進んでいきます。

ルティアンがこれから何を見て、何を知り、どんな道を選んでいくのか。


次の章も楽しんでいただけるよう、これからも一話一話、大切に書いていきます。


これからも『追放された次男、這い上がる。運命なんて知るか!』をよろしくお願いいたします!

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