嘘・後編
だが、厩舎へ向かう小道は、決して楽な道のりではなかった。 巡回する警備兵をやり過ごすため、何度も柵の間に身を潜め、暗がりで待機しなければならなかった。 こうした状況の切り抜け方を学んでおいて本当に良かったと思う。 冷たい風に背筋がゾクッとした。
少し遅れはしたものの、ついに厩舎にたどり着いた。どうにか五体満足で。まあ、ほぼ五体満足で。 雨はようやく上がり、後には泥まみれの小道と無数の水たまり……そして、全身ずぶ濡れの僕が残された。 目の前には、いつものように黒い糖蜜の袋が山のように積まれている。 カエルが、いつものような不機嫌な態度で鼻を鳴らしながら出てきた。
「外で随分と楽しんできたようだな。アハハッ!」彼は皺だらけの顔に手を当てた。
「どういう意——」
ああ、そうか。唇と頬だ。 僕はその両方に触れた。少しヒリヒリした。
「せめて、てめぇも相手をボコボコにしてやったと思いたいもんだな!」
僕は、レイナルドとの間に起きたすべてを思い返していた。
「あいつの方が……僕よりも苦しんでいると思う」
突然、カエルが僕に歩み寄り、顔から数センチのところで立ち止まった。
「思う……だと? 坊主、今夜のてめぇは少しおかしいな」
彼は数秒間、僕の周りを回りながらじっと観察し続けた。
「ヘッ……いや、そんなことはねぇか」
僕は微かに笑みを浮かべた。
「お前より苦しんでるってのはどういう意味だ? てめぇは今、唇を割られたばかりじゃねぇか」
(彼に何て言えばいい? 殴られたのは僕だけだって?)
(でも結局のところ、今この瞬間、僕よりも彼の方が苦しんでいるはずだ。少なくとも……僕はそう信じている)
僕はため息をついた。
「それは……そうだな、こう考えてみてよ。あいつの首には鎖が繋がれてるけど、僕にはない」
カエルは片眉を吊り上げた。少し気恥ずかしい状況だったが、彼になら打ち明けられる気がした。
「今日、分かったんだ……シュタール家の落ちこぼれでいることが、実は僕の救いだったんだって」
カエルは長い間、僕の目をじっと見つめた。彼は深く息を吸い込み、無精髭をボリボリと掻いた。
「ようやく、自分の惨めさを嘆くのをやめたようだな」
「うん」
「それに、他人の持っているものばかり気にするのもやめたか」
僕はゆっくりと頷いた。
「でも、だからって現実が変わるわけじゃない」僕は自分の両手を見つめながら言った。
(闘気も、魔纏も……そしてあのヴァジュ——)
「やっと気づきやがったか」カエルがボソリと呟いた。
「ど、どういう意味?」
彼は答えずに僕から離れ、傾いたスツールに腰を下ろすと、籠からリンゴを一つ掴み取った。 これ以上何も言わず、僕はいつもの作業に取り掛かった。 一番手前にある袋の粗い布地を掴み、厩舎の奥へと引きずり始める。 数分間、布が床を擦る音と、馬房の馬たちの足音だけが響いていた。 カエルが何も言わないことが、僕には少し不気味に思えた。僕たちの会話は明確な終わりのないまま途切れてしまったが、僕はそれを受け入れた。
二つ目の袋を手に取り、それを見つめた。実のところ、彼は最近僕のために多くのことをしてくれていた。だが、たぶん僕は彼から別の言葉を聞きたかったのだ。何を言えばいいか分からず、ここに来るたび、彼に叱られてばかりいた頃のことを思い返した。
「奇妙な態度は伝染するのかな? 今夜はお説教はなし?」僕は薄く笑いながら呟いた。
古いスツールに座ったカエルは、リンゴをかじった。
「何に対してだ?」
「僕の働きが悪いこと。遅いこと。あるいは馬鹿みたいだとか。好きなのを選んでよ」
彼はもぐもぐと咀嚼しながら、数秒間僕を見た。
「今夜のてめぇは、何も間違ったことをしてねぇよ」
「じゃあ、お祝いしてもいい?」
「調子に乗るな」
僕は微かに微笑んだ。 そして袋を持ち上げた。重かった。だが、記憶していたよりも軽く感じた。それを厩舎の反対側まで運び、ドサリと落とす。 振り返ると、カエルが僕をじっと見つめているのに気づいた。
「何?」
「別に」
「見つめてるじゃないか」
「それで?」
「それでって?」
「今日、何かを理解したと言ったな」
僕はうつむいた。 カエルはリンゴをかじるのをやめた。
「それが幸運だったとでも言うのか?」
僕は一瞬、信じられない思いで彼を見た。彼が何を言おうとしているのか分からなかった。
「う、うん?」
僕は再び袋を一つずつ整理し始めた。
「あのさ、もし運命のいたずらで、僕があそこに残っていたとしたら、僕はあいつらと同じようになっていたはずだ。誰かの期待に応えようと必死になって、一生を費やしただろう。家名、血筋、他人が自分をどう思っているか、そんなことばかり気にして」
僕は最後の袋の前で立ち止まった。
「でもここなら、自分がなりたい自分になれる」
カエルはゆっくりとリンゴを下ろし、首を振った。
「そう単純な話じゃねぇ。てめぇはまだ、この場所を分かっちゃいねぇんだよ」
その言葉に、僕は一瞬言葉を失った。
(もちろん、明日からいきなり自分の好きなように生きられるわけじゃない。僕が理解した自由はそういう意味じゃないし、歯止めのない独立なんて幻想を抱いているわけでもない。ここではそんなこと不可能だ)
僕が心に描いた本当の自由とは、ルールなしで生きることではない。他人に決められるのではなく、自分でどの『重荷』を背負うかを選べることだった。
頭を掻きながら彼を見た。彼の目つきも表情も、ますます険しくなっていく。
(怒らせてしまったのか……? いや……そんなはずはない)
僕たちが話したことの中に、彼が怒るような要素は何もなかったはずだ。
(あの目……広場でのレイナルドを思い出させる)
(僕に向けられたものじゃない。だとしたら、どうして……?)
(一体何が、あんな目をさせるほどお前を苦しめたんだ?)
カエルはゆっくりとスツールから立ち上がり、木の壁を見つめながら何かを囁いた。 声は小さかったが、その一部だけが聞き取れた。
「……シエネ……許してくれ、またやってしまった」
彼は微笑んだ。まだこちらに背を向けたままだったが、完全にこちらを向いていないわけではなかった。それでも、その微笑みは見て取れた。
(シエネ? 誰だ? 一体何に対して今、謝ったんだ?)
「おじいさん……もしかして、ただ頭がおかしいだけじゃないの?」
彼は傍らにあった杖を手に取り、空中で軽く振り回した。あっという間にいつもの彼に戻っていた。
「誰が頭がおかしいだと? このクソガキが」
次の瞬間、彼の顔から緊張が消え去った。彼は無造作に杖を持ち直し、ゆっくりと僕の方へ数歩近づいてきた。
「坊主、自由であるってことは、鎖がないってことじゃねぇ」
「どういう意味?」
「他人がてめぇに巻きつけた鎖を外し、自分で新しい鎖を作り出せるってことだ」
彼は僕の目の前にある袋を指差した。
「一つ持ち上げてみろ」
「それがどう関係あるの?」
「いいから持ち上げろ」
僕はため息をつき、粗い布を掴んだ。
「約二年前……いや、数ヶ月前まで、てめぇは袋を一つ、二つ引きずっては、息を切らして地面に倒れ込んでいたな」
僕は手の中にある袋を見た。
「普通のことじゃない? 僕だって成長してるんだから」
カエルはすぐには答えなかった。
「もし一生かかって、この重さを十回持ち上げられるようになったとする。いつか二十回持ち上げられるようになったら……てめぇは何を見る? 」
(何が言いたいんだ?)
「……まだ持ち上げられない重さだ」
カエルは僕を見据えた。
「じゃあ、三十回なら?」
僕はためらった。
「……四十回だ」
「その通りだ」
彼は僕の目の前にある袋を指差した。
「てめぇがどれだけ成長しようが関係ねぇ。てめぇの限界を超える重さは、常に存在し続ける」
僕は黙っていた。
「だが、もし持ち上げられないものばかりに集中し続けるなら……」
カエルは突然杖を振り上げ、厩舎の静寂を破った。
「てめぇがテオを見る時だ。あるいは、家族に奪われたものについて考える時だ」
彼は杖を振り下ろし、袋に強烈な一撃を見舞った。
「そして、誰かに殴られた時……」
二発目は凄まじい一撃だった。布が真っ二つに引き裂かれ、黒い糖蜜が溢れ出し、ゆっくりと地面に広がっていく。 カエルは開いた袋を数秒間見つめ、それから杖の先を僕に向けた。
「てめぇは自分が受けるダメージばかりを見ている。自分に足りねぇものばかりを見て、目の前にあるものを忘れてやがる」
彼は一歩近づいてきた。
「そうやって……一体どうやって、自分のその手がどれほど強くなったかに気づくつもりだ?」
僕はその場に立ち尽くし、その言葉に完全に圧倒されていた。
「馬鹿なガキだ。てめぇはもう、重さと戦ってなんかいねぇんだよ」
カエルは一歩下がり、武器を下ろした。
「重さの方が、てめぇに慣れたんだ」
僕はゆっくりと自分の手に視線を落とした。 タコだらけで、油と泥で汚れていた。だが、もう震えてはいなかった。 深く息を吸い込み、目を閉じる。空気がゆっくりと肺を満たしていく。体がその呼吸に反応し、筋肉が一つずつ連動していくのを感じた。全身を震えが駆け抜けた。それは言葉で説明するのは難しい感覚だった。岩に打ち寄せる波のように、僕の体のあらゆる部分を駆け抜け、その動きを全身へと伝えていくような感覚だった。
(なるほど……つまり、結局はこういうことだったのか)
鋭い杖の一撃が僕の腹を捉えた。だが、痛くはなかった。むしろ、その逆だった。
「見たか?」
その感覚に同調するように、僕の筋肉が本能的に収縮したのだ。 一撃は僕の腹に弾き返された。 カエルは、唸り声とむせるような咳が混じった、面白がるような声を漏らした。
「ようやく気づいたか?」
僕は信じられない思いで自分のお腹をさすった。
「どうして……」
「無意識のうちに、てめぇは腹式呼吸を覚えた。脚を通して地面に体重を逃がすことを学んだ。骨盤を、肩を、体の中心を使うことをな」
カエルは袋を指差し、次に僕を指差した。
「この二年間、てめぇはクソの掃除をして重いものを持ち上げることしか考えていなかった。疲労の先にあるものを、一度も見ようとしなかった」
彼はそこで言葉を切った。それ以上は何も言わず、干し草と馬糞の匂いが立ち込める空気の中に、自分の言葉を漂わせたままにした。
僕は開いた口が塞がらなかった。 思考が突然、過去へと遡っていく。 脚を真っ直ぐにしすぎた時に、ふくらはぎへ飛んできた突然の蹴り。 背中への膝蹴り。袋を持ち上げる時に息を吐くことを強制され、息を止めれば罵倒されたこと。数週間ごとに、気づかないほどわずかに増やされていた糖蜜の重さ。
「どうして……そんなことをしてくれたの?」
その質問は喉の奥で消え去り、ほとんど聞き取れないような、かすれた囁き声に変わった。 カエルはリンゴの種を地面に吐き捨て、背を向けた。
「てめぇを利用しただけだ。これで二倍働けるし、俺の馬のクソをもっと早く片付けられるからな」
彼は片方の口角を上げた。
「だが、調子に乗るんじゃねぇぞ、『お姫様』」
古いスツールに戻っていく彼の丸まった背中と、足を引きずる歩き方を見つめた。 父上は、一度たりとも僕の顔を見ようとせず、僕をただのゴミだとみなした。
(どうして?)
(これはただの同情じゃない)
(彼が僕を観察するその目には、もっとずっと深い何かがある)
(どうして、このおじいさんはここまで僕の面倒を見てくれるんだ?)
もしそんなことを尋ねれば、リンゴの芯を投げつけられるだけだと分かっていた。
「ぼ、僕は――」
「魔纏や闘気は他の奴らに任せておけ」背を向けたまま、僕の言葉を無視してカエルは続けた。
二年間、腕を折った後でさえ、僕は自分が成長していないと思い込んでいた。
(自分の体のことを、もっとよく知るべき時が来たのかもしれない)
僕は黙っていた。 彼の言葉が頭をよぐった。 『自分に足りねぇものばかりを見てる』 たぶん、彼の言う通りだ。 僕には何が足りないのかと、ずっと自問し続けていた。 魔力。テオの才能。シュタール家の名前。 それなのに、持っていないものばかりに執着している間も、僕にはずっと何かがあったはずだ。ずっとそこにあった何かが。
正規訓練生たちとのあの授業を思い出した。あの本を見た時、どうやってか自分でも分からないまま、他の連中が理解できない『何か』を認識していたあの瞬間のことを。 そして、ラプランのことを考えた。 奴の動きのすべてに、僕がどう対応したかを。 もう一度、僕の体が思考よりも先に反応していたことを。 僕はゆっくりと手を握りしめた。
そして、あの感覚が戻ってきた。 あの虚無感。 ついさっき、レイナルドが立ち去った時に感じたのと同じものだ。 理由は分からないが、その感覚がすべての出来事を一つに結びつけているように思えた。 あの瞬間を。 あの反応を。 自分で理解したと自覚する前に、すでに何かを理解しているという、あの奇妙な能力を。
初めて、それらを結ぶ『糸』が本当に存在するのではないかと僕は疑問に思った。それが何なのかは分からない。どこから来るのかも分からない。だが、あの虚無の底には……何かが存在している。
僕は再びカエルの方を見た。
「じゃあ……どうすれば、こういう力を伸ばせるの?」
カエルは大きなため息をつき、目を剥いた。
「また始まりやがった」
「冗談で言ってるんじゃない。二年前、ゾルタンのことについて話してくれたよね」
カエルの笑顔がゆっくりと消えた。
「彼の力は与えられたものじゃないって言っていた。途方もない代償を払って築き上げたものだって」
カエルは黙ったままだった。
「彼がどうやったのか教えてよ」
「なぜだ?」
僕は拳を握りしめた。
「こういうことを知ってしまった今、僕だけが立ち止まったまま、他の連中が強くなっていくのをただ見て過ごすような人生は嫌だからだ」
彼はゆっくりと首を振った。 そして、数秒間黙って僕を観察した。
「それで、強くなれば十分だとでも思っているのか?」
僕は眉をひそめた。
「どういう意味?」
「この世界は、強くなる奴と弱いままでいる奴に分かれてるわけじゃねぇ」彼は少し間を置いた。
「生き残る奴か、そうでないかだ」
彼は僕の手に視線を落とした。
「毎日鍛錬を積み、限界を超え、自分が想像する以上に強くなることはできるだろう。だがな、外の世界には常に、てめぇより強い奴がいるもんだ」
「じゃあ、諦めろってこと?」
「いや」彼はゆっくりと首を振った。
「強くなるってことが、二度と負けなくなることだと思い込むのをやめるべきだと言ってるんだ」
僕は黙っていた。
「もし本当に、てめぇが取り残されたまま他人が前へ進んでいくのを見たくねぇんなら、そいつらより強くなろうとするな」
彼は僕を見上げた。
「他人のルールの下で生きることを強いられないくらいに、十分に強くなろうとしろ」
一瞬の沈黙があり、彼は続けた。
「ゾルタンについて何か知りたいのか? いいか、てめぇが彼に向かって、自分がどんな人間かを震えずに見せる度胸を持たない限り、彼の目にはてめぇはただのクソガキにしか映らねぇよ」
「じゃあ、どうやって彼に近づけばいいか教えて」
カエルはしばらくの間無言で、無精髭を掻いていた。 やがて、彼は顎で出口の方をしゃくった。
「夜明けだ」
「夜明け?」
「最近、夜明け前に中央の広場で、誰かが一人で鍛錬しているのを見たって噂がある」
僕は彼に歩み寄った。
「ありがとう、カエル」
「俺は何も知らねぇよ」
彼は僕を乱暴にドアの方へ押しやった。
「いいか、絶対に『お願いします』なんて言うなよ。ゾルタンは、震えずに自分の前に立つ度胸のある奴を評価するんだ」
僕は微かに微笑んだ。
「も、もちろん! やってみるよ」
「さっさと寝ろ」
僕は厩舎を後にした。春の夜は冷え込んでいたが、寒さは感じなかった。 ただ自分の呼吸だけを感じていた。 家から追い出されて以来初めて、自分がついに一つの道を歩み始めているという感覚があった。 それがどこへ続くのか、自分がどうやって強くなるのかは分からない。でももう、誰かに助けてもらうのはご免だった。 暗闇に沈む訓練場へと視線を投げ、僕はゆっくりと拳を握りしめた。
数時間後、夜明けの少し前に僕は目を覚ました。正直に言えば、まともに眠れていなかった。右隣で眠っているテオの方を向いた。
(仲直りする時は、もっとマシな自分になっていなきゃな)
角笛が一日を告げるよりずっと早く、僕は静かに宿舎を出た。空はまだ深い闇に包まれ、鋭い寒さが肌を刺した。遠くの外壁の方では、警備兵たちのランタンの光が、ガルガルドの峰に向かう薄闇の中でまだ輝いていた。
僕は東翼のメイン訓練場へと向かって歩き出した。 兵舎の砂利道には人っ子一人おらず、空気中には小鳥の微かなさえずりが響いていた。 そして、宿舎の建物を通り過ぎたところで、東翼の訓練エリアに入った。
鋭い破裂音が空気に響き渡った。 訓練場からだ。 そして、もう一回。 僕は前進を続けた。 一振りごとに、風圧が僕の体に届く。近づくにつれて、それはどんどん強くなっていった。
汗をかき始めた。 乾燥した冷たい朝の空気にもかかわらず、肌が湿り、心拍数が上がるのを感じた。 誰なのかはすでに分かっていた。
(彼だ)
僕は歩みを緩めた。 彼の邪魔をしたくなかった。まだだ。 広場の端に沿って、音を立てないように近づいた。カエルの言葉を頭にしっかりと刻み込みながら、まずはどうやって彼に立ち向かうべきかを見極めたかった。
(頼み事をしてはダメだ。「お願いします」もダメだ)
さらに数歩進んだ。
「ウサギってのは普通、逃げるもんだ。隠れて覗き見したりはしねぇ」
僕はビクッと肩を震わせ、血の気が引くのを感じた。
(一体どうやって僕に気づいたんだ?)
彼からはまだ何十メートルも離れていて、僕たちの間には少なくとも二つの木の柵があったのに。 唾を飲み込み、僕は隠れ場所から姿を現した。
ゾルタンは広場の中央に立ち、巨大な大剣を手にしていた。 広く、分厚いその刃は、一・五メートルを超えていた。使い込まれ、あちこち刃こぼれし、片側は欠け落ちていた。まるで、研ぎ澄まされるよりも何かを叩き潰すことに多くの時間を費やしてきたかのようだ。 それなのに、彼はそれを片手で握っていた。
上半身裸の彼は、朝の寒さなど微塵も感じていないようだった。全身汗まみれで、揺らめくランタンの光に照らされ、筋肉の上に張った肌がテカテカと光っていた。 風に揺れる長い髪と無精髭が、彼に野蛮人のような風貌を与えていた。 彼がこちらを振り返った時、左目を縦に走る恐ろしい傷跡が、冷たい夜明けの光の中でさらに際立って見えた。 彼は少しだけ視線を上げた。
「早いな、クソガキ」
彼が剣を下ろすと、汗の匂いが染み付いた熱い空気の波が、僕を真正面から打ち据えた。
「訓練はまだ始まっちゃいねぇぞ」
僕は深く息を吸い込んだ。恐怖でどうにかなりそうだった。 授業中、ゾルタンは全員に向かって怒鳴っていた。その方が楽だった。他の連中に混ざっていれば、彼の命令が僕一人だけに向けられているわけではないと、いつもごまかすことができたからだ。 だが今は、僕たち二人だけだ。
(カエルは頼み事をするなと言った)
僕は両足を地面にしっかりと踏ん張った。
「隊長、朝の訓練に来たわけじゃありません」
ゾルタンは片眉を吊り上げた。
「あなたに聞きたいことがあって来たんです」
彼の表情は変わらなかった。
「頼み事か?」
彼の声は穏やかだった。 あまりにも穏やかすぎた。
「俺の前に立って何かを要求するような度胸のある虫ケラは、ここ十数年でてめぇが初めてだ」
僕は拳を握りしめた。
(一か八かだ)
「強くなりたいんです」
僕の声は、自分でも驚くほどしっかりとしていた。
「みんなが僕を追い抜いていく中で、ただ泥の中を走っているだけなのはもう嫌なんです。本当の戦い方を学びたいんです」
ゾルタンは僕をじっと見つめた。 そして、僕の方へ一歩踏み出した。
「戦うだと?」
彼の影が、僕をほぼ完全に覆い隠した。
「てめぇが?」
僕はビクッと身をすくめた。答えることができなかった。
(分かっていたことだ)
「他にも道はあるはずです。僕はラプランに立ち向かうことができました。それは何の価値もないんですか?」
ゾルタンは動かなかった。
「あれが本物の戦いだったなら、てめぇは死んでたな」
「……」
彼は鼻で笑った。 僕は拳を強く握りしめた。僕は腹に短剣を突き立てて、あの怪物と力の限り戦ったのだ。だが、あの時実際に何が起きたのかを知っているのは、僕だけだった。 認めたくなかったが、彼の言う通りだった。 もしあれが本物の戦いだったなら、僕は死んでいた。疑いの余地はない。
実のところ、自分でもどうやってあのラプランを殺したのか、本当のところは分かっていなかったのだ。 すべて覚えている。あんなに時間が経っても、あの動き、あの反射神経。 だが、あれは僕のものではなかった。 いや、もしかしたら僕のものだったのかもしれない。おそらく、ずっと僕の中で眠っていて、僕には理解できなかった何かが目覚めるのを待っていたのだ。そしてあの声を聞くたびに、それと一緒に何かが目覚めるような気がした。 しかし、そんなことを彼に言うわけにはいかなかった。
「てめぇには才能が足りねぇ」
冷たい風の音だけが、僕たちの間に重くのしかかる沈黙を破っていた。 だが、カエルの声が頭の中で響いた。『自分に足りねぇものばかりを見てる』
僕は唇を噛んだが、今度は彼から目を逸らさなかった。拳を握りしめ、一歩も後ろへ下がらないと心に決め、その場に立ち尽くした。 ゾルタンは果てしなく長い一瞬、僕を見定めていた。やがて彼は身をかがめ、突然僕の顔に自分の顔を近づけた。 空気が変わった。 重く。息苦しく。あのヴァジュラの授業の時のように。 耳の奥で心臓の鼓動が鳴り響き、喉の奥で呼吸が止まった。
(何だこの威圧感は……?)
息を吸おうとしたが、肺は空気を満たすことができないようだった。 頭の中で、数年前のヴェールの儀式の光景がフラッシュバックした。
(父上とあの威圧感……よく似ている)
冷や汗をかきながら、辛うじて息を止めて、僕はそこに立ち尽くした。
(僕は……できない……)
ふらつきながらも、僕は決意を込めて彼を見上げた。足が崩れそうだったが、なんとか持ちこたえた。
「教えろ、ルティアン」
僕は目を見開いた。
「なぜ強くなりたい?」
(なぜ? もうビリになりたくないから? 他の連中が僕を見る目が憎いから? また誰かに助けてもらわなきゃならないという現実が耐えられないから?)
答えは多すぎたが、目の前にいる野獣に対して、どれも正しい答えには思えなかった。 僕は必死に言葉を絞り出し、その瞬間に僕が知っている唯一の真実を吐き出した。
「僕が……いつもすべてのことでビリでいることなんて、できないからです」
ゾルタンは沈黙した。 そして、ゆっくりと首を振った。
「不正解だ、クソガキ」
その言葉に、僕は凍りついた。
「ビリになる恐怖なんてものは、死の淵に立った時には何の役にも立たん」
彼は背を向けた。
「本当の答えを見つけたら、また来い」
再び大剣を持ち上げた。
「それまでは、泥の中を走り続けろ」
僕は立ち尽くした。 彼は僕に「諦めろ」とは言わなかった。だが、僕を受け入れたわけでもなかった。彼は僕に一つの問いだけを残していった。
(どうして僕は、本当に強くなりたいんだ?)




