君の番だ・後編
答えられなかった。反応することもできなかった。彼に近づくことすら不可能だった。
(本だ、そうだ。目の前の相手を注意深く観察するんだ。それが急所を見つけるために、あの黒い本に書かれていた最初の指示だった)
だから、僕にできることは一つしかなかった。彼を観察することだ。
間もなく、彼は見せつけるように指先で木刀を回し、再び動き始めた。 僕は彼のあらゆる動きを目で追おうとした。
(足。脚。肩。体重を左右に移動させるその動き) 何を探しているのか、自分でも分からなかった。 でも、見つめれば見つめるほど、その感覚は強くなっていった。
(この動きを見たことがある。どこでかは分からない。でも、確かに見たことがあるんだ)
一瞬、脇腹が隙だらけになった。
(そこだ……)
それから方向を変え、今度は一瞬だけ腕が無防備になった。
(あそこも?)
目で追い続ける。木刀を振り上げた時、胸元が完全に開いた。
(待てよ……)
(どうしてこんなに隙だらけなんだ?)
(もしあそこから攻撃すれば……当てられるかもしれない)
僕は素早く横に飛び退き、砂利の上を滑るようにして自分の木刀を掴み取った。ただそれだけの動きで、これまでに受けた打撃のダメージが全身にのしかかってきた。 肋骨に鋭い痛みが走った。だが、立ち止まるわけにはいかなかった。 ほとんど運任せで、僕は五撃目を防いだ。
「あああっ……!」
手の中で木刀が激しく振動した。両肘が燃え上がるように熱い。一瞬、骨が砕けたのではないかと思った。
(このまま受け続けるのは自殺行為だ。次の一撃も受け止めたら、きっと両腕がもたなくなる)
六回目の打撃が僕の脚を捉えた。 僕は歯を食いしばった。 七撃目が迫ってきた時、なぜか、あの本の一ページが頭に蘇った。
(急所……)
木刀が容赦なく迫ってくる。 一瞬、目の前の相手の体に、あの本に描かれていた図解が重なって見えた気がした。
(……あそこだ) はっきりと見えた。
僕は最後のギリギリの瞬間まで待ち、横へ身をかわした。 木刀が顔の数ミリ横を通り過ぎていく。 空いている方の手を伸ばし、本の指示通りに、相手の両肩の間にある急所を二本の指で突いた。
一瞬、何も起こらなかった。僕は荒い息を吐いた。
(効かなかったのか?)
次の瞬間、少年は目を見開いて硬直した。彼の指から力が抜け、木刀が手から滑り落ち、 地面に転がった。彼はギリギリと音を立てるほど強く歯を食いしばっていた。
(効いた……本当に)
一気に息を整え、僕はかすかに微笑んだ。
(やったんだ)
「てめぇ! このクソ野郎! よくもこんな真似を!」
(あっ、しまった。僕はなんてバカ……)
彼が姿勢を低くしたのが見えた。次の瞬間、足首に強い衝撃を感じた。
(え?)
完全にバランスを崩し、僕は砂利の上に背中から激しく倒れ込み、空を仰いだ。
僕は試合に負けた。ついに戦う方法を見つけたというのに。それでも僕は、こうして地面に倒れ伏している。 教官は満足げな笑みを浮かべ、自分の訓練生たちを呼び戻した。 数秒間空を見つめ、それから目を閉じて息を整えた。 間もなく、誰かが近づいてくる足音が聞こえ、僕は目を開けた。
僕を倒したあの少年だった。彼は僕の前に立ち止まり、手を差し伸べてきた。
(僕を……助けてくれるのか?)
僕は驚きながらも、その手を取った。もしかしたら、彼に対する印象が間違っていたのかもしれない。
「大丈夫か?」彼は笑顔で尋ねてきた。
だが、僕が身を起こそうとした瞬間、彼は手を離した。僕は再び重い音を立てて倒れ込んだ。
「おっと!」 他の訓練生たちの笑い声が聞こえた。
「俺がお前みたいな貧乏人を本当に助けると思ったか?」彼はしゃがみ込んだ。
「てめぇはただの新入りだ。いや、ただのゴミだな」
正規の訓練生たちの笑い声が一段と大きくなった。
(こうなることくらい、予想できたはずなのに)
僕は歯を食いしばり、自力で立ち上がると、服の汚れを払った。
(でも、負けた。それが現実だ)
(あの動き……あれは技だったのか? どうしてあんな短時間で、使い方が分かったんだ?)
背筋に震えが走った。
(もしかしたら……僕なりのやり方で、強くなれるかもしれない)
「さっさと動け、『姫』!」ゾルタンが僕を怒鳴った。
よろめきながら列に戻る途中、隊長と視線が交差した。彼はいつものように嘲笑っていなかった。何を考えているのか全く読めない表情で、無精髭の生えた顎を撫でながら、僕をじっと見つめていた。 僕は目を伏せた。
「全員、位置につけ!」
合同演習が再開された。それから一時間、休むことは許されなかった。終わる頃には、僕たちは皆、血と泥にまみれていた。
「演習場を走って三周だ! 今すぐ行け!」 僕は足を引きずりながら走り始めた。
「おーい! ルス!」 横からテオの声が飛んできた。
息を切らし、顔をしかめながら振り向いた。
さっき兄さんたちの前で庇ってくれたことへの礼もまだ言えていなかったし、何より、どうやってあの相手を倒したのか聞き出したかった。だが、僕はぐっと堪えた。 少しでも話に乗れば、この走っている最中におしゃべりの洪水を浴びせられ、頭がパンクするまで話し続けられるだろう。彼の性格はもう十分に分かっていた。
「ルス?」
「前から気になってたんだけど、君、僕のことをよく『ルス』って呼ぶよね。フルネームで呼ぶ時もあるけど」
「気に入らない? ルティアンって名前は長すぎるし、なんだか貴族っぽすぎるよ。ルスの方が完璧じゃないか!」疲労困憊のはずなのに、彼はどうにか笑顔を作って叫んだ。
「ルス、か。……悪くない響きだね」肺の焼け付くような痛みに意識を集中させながら、僕は答えた。
「好きに呼べばいいよ。ただ、今は静かに走らせてくれ」
「それにしても、君の試合は惜しかったね、ルス。あいつ、木刀を滑らせて落としたみたいだったのに、そのあとすぐに君を倒しちゃってさ……」
「滑った? 僕が――」言葉を最後まで言い切る前に、僕は舌を噛んで口をつぐんだ。
(本当に何も気づいていないのか? 僕は確かにあいつを……)
僕はため息をついた。
(木刀を落とさせたところで、負けたことに変わりはない) 震える息を吐き出した。
あの本についての突拍子もない話を説明するには、僕はあまりにも疲れ切っていた。それに、これ以上余計な質問をされたくなかった。
「ああ」歯を食いしばり、苦しげに喘ぎながら僕は言った。
「全く役に立たない運だったよ」
「石ころみたいな反射神経じゃ、せっかくのチャンスも宝の持ち腐れみたいだね」
一周目を走り終えようとした時、僕は広場の後方へと振り返った。 年上の訓練生たちが散っていく中、ロワンが一人立ち止まり、自分の木刀の汚れを拭き取っていた。 列に戻る直前の、ほんの一瞬だけ。彼は顔を上げ、僕を見た。
それはほんの一瞥だった。だが、何かが違っていた。僕がよく知っている何かが、そこにあった。 それから彼はダリアンを呼び寄せ、人混みの中へと消えていった。




