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ランプの魔人と世界の果ての地図  作者: 空野 翔


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第4話「願いを持つ者たち」

 次の日も、二人は歩いた。道は砂漠から少しずつ変わっていった。岩が増えて、低い草が出てきて、遠くに小さな町の輪郭が見えてきた。砂漠の旅に慣れていないシェードには、草が生えているだけで別の世界のように見えた。ナディームは黙って歩いていた。シェードも黙って横を並んだ。

二人は不思議と、沈黙が苦にならなくなっていた。最初の頃は、シェードが何か言わなければと思っていた。でも今は、黙って歩いても、それはそれで悪くないと思えた。

町が近づいてきた。


 その町は、さっきまでの集落よりずっと大きかった。市場があって、人が行き交っていた。香辛料の匂いがした。どこかで誰かが言い合いをしている声がした。子どもが走り回って、老人が日陰で眠っていた。ナディームは市場の端に露店を見つけて、水と食料を買った。シェードは人間の目には見えない状態で、ナディームの少し後ろをついて歩いた。市場を抜けた路地に、小さな広場があった。そこに、一人の少年がいた。

 十二か十三くらいだろうか。石の段差に座って、膝を抱えていた。周りの子どもたちが走り回っているのを、ただ見ていた。参加しているわけでも、拒んでいるわけでもなく、ただそこにいた。ナディームは少年の横を通り過ぎようとして、少し足を止めた。

「どうした?」と声をかけた。

 少年は顔を上げた。

「べつに…」と言った。

「一人か」

「みんないるけど」

 たしかに、広場には子どもが何人もいた。でも少年の周りだけ、少し空気が違った。ナディームは段差に腰を下ろした。急ぐ旅でもなかった。

「何か嫌なことがあったか」

 少年はしばらく黙っていた。それから、ぼそりと言った。

「絵が、うまく描けなくて」


 シェードはその瞬間、少年を見た。願いの光を探した。あった。消えていなかった。ただ——ひどく小さくなっていた。まるで、誰かに踏まれてしまったみたいに、端の方でじっとしていた。

 —この子にも、夢があった。—

「絵を描くのが好きなのか」とナディームが聞いた。

「好きだった」と少年は言った。過去形だった。

「今は違うのか?」

「……わからない。描いてもうまくならないし、みんなはすごい絵を描くし。もう向いてないと思って、やめた」

 ナディームは少し黙った。

「やめて、どうだった」

「べつに」と少年はまた言った。

 でもその「べつに」は、最初の「べつに」と少し違った。何かを隠しているような、「べつに」だった。ナディームは立ち上がった。

「向いてるかどうかは、やめた後にわかることじゃないかもな」

 それだけ言って、歩き始めた。少年は何も言わなかった。でもシェードが見ていると、少年の光が——ほんの少しだけ、さっきより明るくなった気がした。


 路地を抜けて、二人は町の外れに出た。シェードは人間の目に見える状態に戻って、ナディームの横に並んだ。

「さっきの少年」とシェードは言った。

「ああ」

「願いの光があった。消えていなかった」

 ナディームは歩きながら聞いた。

「小さかったか」

「小さかった。でもあった」

 ナディームは少しの間、何も言わなかった。それから、ふと言った。

「絵をやめたって言ってたけど、やめた話をするとき、顔が動いた」

「顔が?」

「まだ気にしているんだろう。本当はまだ描きたいのかもしれない」

 シェードは驚いた。自分が願いの光で見えたことを、ナディームは目で見ていた。光も何も関係なく、ただ人間を見ることで、同じことに気づいていた。

 —この人間は、人をよく見る。—

 シェードはそのことを、静かに心に留めた。


 歩き続けて、夕方に別の集落に着いた。宿を探していると、宿の主人がやけに声をひそめて言った。

「あの王様のことは、ご存じですか」

 ナディームが聞き返した。

「王様?」

「この先の砦に住んでいる方です。昔、魔人に何度も願いを叶えてもらったとかで——」

 主人は少し言いにくそうにした。

「今は、何も望めなくなってしまったとか。何を見ても、何を食べても、何も感じないそうで」


 その夜、宿の窓の外で風が鳴っていた。ナディームは食事を終えて、テーブルに肘をついていた。シェードは向かいに座っていた。

「その王様の話」とナディームが言った。

「ああ、聞いた」

「怖いな、と思った」

「怖い?」

「何も望めなくなるのが」

 シェードは少し考えた。

「願いを叶えすぎたから、だろうか」

「それだけじゃないと思う」とナディームは言った。

「どういうことだ?」

 ナディームはテーブルの木目を指でなぞった。

「望むことを、誰かに任せていたんじゃないか。自分で探さずに、ただ叶えてもらうことを続けていたら——何が欲しいのか、自分でわからなくなる」

 シェードは黙った。その言葉が、どこかに刺さった。

 —自分で探さずに。—

 シェードは何も言えなかった。しばらくして、ナディームが聞いた。

「シェード、お前の願いは何だ」

 シェードは止まった。予想していなかった問いだった。

「僕の、願い?」

「魔人にも、願いはあるんじゃないか」

 シェードは考えた。

 —認められたい。—

 それが最初に浮かんだ言葉だった。ジャミールに認められたい。幹部たちに一人前と言われたい。それのために外に出た。それのために人間の願いを探している。でも——それを口にしようとしたとき、なぜか言葉が出てこなかった。さっきナディームが言ったことが、頭の中で鳴っていた。

 —望むことを、誰かに任せていたら——何が欲しいのか、自分でわからなくなる。—

 —認められたい—という気持ちは本当だった。でも、それは本当の願いなのか。それとも——もっと深い場所に、別の何かがあるのか。シェードには、わからなかった。

「……わからない」

 正直にそう言った。ナディームは少し驚いた顔をした。それから、小さく笑った。初めて見る、柔らかい笑い方だった。「そうか」と言った。「僕も、同じだ」


 その夜、シェードはランプの中でずっと考えていた。少年のことを考えた。願いは消えるのではなく、隠れるのだと、あのとき思った。踏まれて小さくなっても、消えてはいなかった。

 王様のことを考えた。願いを自分で探さずにいると、何が欲しいのかわからなくなる。それはとても怖いことだと思った。

 ナディームのことを考えた。夕日の話をするとき、光が動いた。父と見た赤い砂漠の話をするとき、光が大きくなった。

 そして——自分のことを考えた。

 —認められたい。—

 それは本当のことだった。でも、なぜ認められたいのか。認められた先に、何があるのか。シェードにはまだ答えがなかった。でも、問いがあることはわかった。それだけで、今夜は十分だと思った。


—続く—


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