↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/27

第23話 そして現る


 王子を誑かしたというのを公表したいのか、ローレンが処刑される広場は外にあって、フタサの思惑通り聴衆が大勢集まっていた。


 こんなに注目される死を味わうとは、不思議な感覚だ。


 東京や森での死は、日常だった。東京は人が多くて他者との繋がりが希薄で、隣人が死んでもなんとも思わないし、森での死は当たり前。

 人ひとりのためにここまで人が集まるだなんて。


 ローレンは後ろ手に縛られたまま、正座をさせられた。

 この体勢で首を跳ねられるらしい。


 麻袋を頭にすっぽりと被せられる。

 くさい。

 なんの匂いだろう。麻本来の匂いを嗅いだことがないから、この独特な香りの正体がなにであるのかわからない。


 視界を遮られると、どうしてか聴覚が鋭敏になる。


 ぎしぎしと処刑台が揺れた。

 周りを誰かが歩いている。それから誰かが階段を降りていく音がした。

 沈黙。


 指先が痺れる。

 これは、怖いのだろうか。

 望んだ死なのに、もしかして恐怖しているのか?


 いや──。


 悪人がすべていなくなって、善良な市民だけが残ればそこは天国になる。

 ()()にいられる資格のない自分が残念でならないのだ。


 そして願う。

 次こそは、どうか記憶がありませんように。

 そして次こそは、人のために笑ってミルクティーを淹れてくれるブレンダンのように、人のために働く喜びを噛み締めるベンのように、親のために耐え抜けるキースのように善良な心の持ち主であれ。

 自分もその天国に残れるように、どうか善人であれ。



 ふと、空気が変わった。


 静かな場に、緊張感が走る。

 ローレンの左側にある階段から、冷気のようなものが漂ってきた。いや、近付いてくる。


 これが、気迫か。


 人を何人も処刑してきた死神の迫力が、この空気なのだろう。


 冷気が首筋を這っていく。


 ぐるりとローレンの周りを一周して、背後に立ったのがわかった。

 処刑台が軋まなかったのを見ると、意外と華奢なのかもしれない。

 もしかして手練を連れてくるというのは嘘で、実習生でも連れてきたんじゃないだろうな、と疑ったけれど、素人ではこの畏怖を作り出すのは難しいだろうとも思う。



「……ちょっと待った」



 そう言ったのは、誰だ。

 背後から聞こえてくるけれど、処刑人か? それとも助手がいて、その人?

 とにかく男の声で、処刑はストップされた。


 なんだ?


 と、訝しんでいると、麻袋が取り外される。

 眩しさに顔を歪めている間に、縛られていたロープが切断される。

 はらりと落ちたロープの痛みがまだ手首に残っていて、ローレンは優しく擦る。


「……無理だ。オレにはこの人を処刑できない」


 そう言いながら、ローレンの正面に座って膝をつく男。

 黒髪で、黒の瞳。肌は白いが、顔の鼻から下を仮面で隠してしまっていて表情はわからない。

 男はまじまじとローレンの目を覗き込んでくる。

 右目。左目。また右目と男にじっくり観察されて、男の眉がくにゃりと歪んだ。


「……やっぱり。あんた、俺が殺したコンビニの店員だろ」

「……えっ?」


 男は手の甲をローレンに見せるように、自分の顔の横に左手を上げてみせた。

 その小指に黒の糸が巻き付いている。


 その糸の先に繋がるのは、ローレンの左手の小指だ。

 ローレンは糸と男とを見比べる。


「やっと会えた……」


 確かに、その目に見覚えがある。あの目出し帽を被った男の瞳が記憶の奥のほうでチラついた。


(まさか本当に?)


 これで4本の糸で繋がる人が出揃った。



◇◆◇◆◇◆



 あの直後、ベンとブレンダンが引き連れてきたヒビナ国の猛烈な抗議により処刑は中止。申請による正式な就労許可でベンが働いていたこと、自らの意思で出入国していたことが証拠として提示され、フタサ国王による謝罪がなければ戦争も辞さないというヒビナ国王の考えを示した。


 それを聞いた国民からの批判は爆発。

 元より平等を重んじてきたフタサ国である。出入国に関しては王子も平等にすべきであるし、なにより労働者として税金を納めているのであればなにも問題はないではないか、その権利を奪うのはおかしいという意見。


 ましてや権利があると教えたローレンに罪をなすりつけるのは王家がやることではないという批難。


 結局、国は勘違いであったと正式に謝罪。

 ベンは無期限ヒビナでの就労を認められ、ローレンの罪もなかったことになった。


 そしてローレンは無事にブレンダンの家に帰宅したのだが──。



「えっと……なんでフタサの処刑人まで来るんだ?」



 と、呆れ顔のブレンダン。

 家にはベンと、騒ぎを聞いて駆け付けてくれたキースと、そしてなぜか処刑人がいる。ブレンダンとキースは喪服姿のままだ。

 しかも処刑人はローレンの左腕に抱きついたまま離れない。背は高くなく、華奢で背中が丸まっていて、さながら黒猫だ。


「なぜか、付いてきて……」

「オレはローレンに会うために30年も待ってたんだ。離れない。仕事も辞めてきた。処刑人は仕事柄、退職金いっぱい。オレ超金持ち。住む国も自由に選べる。


 あ、ローレン、オレはレイタノ。よろしくね」


 と、3人には冷たい声で、ローレンに対しては猫撫で声で言う処刑人レイタノ。仮面を外した彼は一重瞼に吊り目気味で、黒髪ということも相まって東洋人に見える。この世界では東洋、西洋の概念がないので珍しい顔立ちといえた。

 ブレンダンを頬を引つらせている。


「30歳って……。ベン、何歳だ?」

「24」

「キースは?」

「20歳です」

「やっぱり……。この中で年長者かよ。見た目は18くらいだぞ。ていうか、ローレンに会うために30年も待ってたってどういうことだ? ローレンは10代だろ?」


 ブレンダンが問う。

 そのことに関しては前世の記憶がある始まりから話さなくてはならないから──。



「オレがローレンを殺したから。ずっと償いたかった。糸で繋がってるのはきっとローレンだと思ってたんだけど、物心ついたときからこの仕事してて探しに行けなかった。やっと会えた。絶対に離れない」


 ぎゅうぎゅうと腕にしがみついてくるレイタノ。加えて頬ずりまでしてくる。本当に黒猫だ。


「ちょ、ちょっと待った。殺した? 糸? なんの話だ? 誰か理解できたか?」


 ブレンダンが問い掛けるとベンもキースも首を振る。ローレンは待ったをかけた。


「後日にしようよ。今は、キースのご両親の葬儀が終わって間もないし、落ち着いてからでもいいんじゃない?」


 喪服姿ということは、葬儀を終えて着の身着のままで駆けつけてくれたとわかる。悲しみにくれる時間もなく自分の話ばかりするのは気が引ける。


「いいんですよ。考えていないほうが落ち着きます。今はローレンさんの話が気になりますし」


 それはどうやら世辞ではないらしい。仕方ないかと諦めたローレンは嘆息ついて、話す順序を頭でまとめた。


「じゃあ、話すけど──」


 ローレンは語り始める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。