第22話 反逆者
キースの両親の葬儀は昔ながらの店ということもあって多くの住民達が参列した。案内状にはローレンの名前も連なっており、ブレンダンに誘われたけれどローレンは行かなかった。
彼らを弔う資格がなさすぎる。
ローレンは一瞬たりとも、彼らに慈愛を抱いてもいなかった。
「最悪な人間だ……」
我ながら、どうしてこんなに悪人なのかと思う。
漫画の主人公みたいに正義を貫く意思の一欠片さえない。
「あー……」
項垂れてしまう。
「大丈夫か? あいつみたいにうまくはないけど、ミルクティー作ろうか?」
と、ダイニングテーブルに突っ伏したローレンの頭を撫でてくれるベン。気を使って、わざわざブレンダンが葬儀に参列する日に休みを取ってくれたようだ。あるいは、ブレンダンが気を使ったのか。
「大丈夫……。これはもうどうしようもない」
何百年経とうが、自分の悪心は治らなそうだ。救いようのない人間だ。
「優しいんだな、ローレンは。優しくないと人の死にそんなに落ち込めない」
「優しくなんかない。絶対に違う」
保身に走っただけ。
ただ、それだけ。
ベンは傍を離れなかった。ただ向かいに座って、ローレンをひとりにさせまいと気遣ってくれている。
それからしばらくして、玄関がノックされた。
ブレンダンだろうか?
のそのそと起き上がったローレンとベンはふたりで玄関を開けた。
誰だ?
そこには口髭を生やした痩身の男を筆頭に、3人の男達が並んでいる。
隣に立つベンが、は、と息を呑んだ。
「ヒビナ国、元ゴクラク国のローレン。貴様をフタサ国への反逆者とみなし、フタサ国王の権限において移送かつ処刑する!」
口髭に人差し指さされてそう宣言される。
「……はい?」
ローレンは首を傾げた。
意味がわからない。
その間に男達はローレンを羽交い締めにして連行するし、ベンは男達をローレンから引き剥がそうと必死になるし、5人は揉みくちゃになった。
◇◆
どうやら話はこうだ。
ベンがヒビナに行ってしまったのはローレンによる教唆があったから。そしていつまでも帰ってこないのはローレンによる洗脳があったから。
どうしてすべてがローレンの発言が原因であると知っているかというと、弓の訓練時にいた執事がそう証言したらしかった。
さらに、王子が他国に居続けるのはあまりにも体裁が悪く、他人に引きずり出されたのだとしたほうが世間体がいいというのがフタサの言い分だ。なるほど、納得。
ローレンはどこかの知らない地下室で、後ろ手に縛られて正座をしている。
(まあ、確かに家出しちゃえばって言ったのは私だしなあ)
あながち間違いではないので否定も弁解もできない。しかもベンは王子。反逆と言われても致し方なし。
「だから! フタサを出たのは俺の意思だと言っているだろう!!」
「殿下は騙されておいでです。目をお覚ましください」
「騙されてなんかない! そもそも、文字の読めない俺を淘汰しようとしていたのはフタサだぞ! そんな国を出て、なにが悪い!?」
「国を出るというお考えこそ、この女の洗脳の証拠であります。お可哀想に……唆されておいでです」
「だから違うって!! ヒビナはなんと言っている!? ローレンはヒビナ国民だぞ! こんなことをしたら、ヒビナとの抗争に発展しかねない!」
「なにをおっしゃいますか。コレは所詮ゴクラクからの移民ですぞ」
「ローレンは弓の名手だ!」
「そんなこと……」
「そんなこと!?」
見えないところでベンが誰かと口論している。
松明でも燃えているのか、ゆらめく炎の灯りがぼんやりとローレンを浮かび上がらせていた。
「ベン、もういいよ」
そこにいるであろうベンに呼び掛ける。足が痺れてきたので伸ばそうとすると、体勢が崩れてその場に倒れ込んだ。腕が使えないのは不便だ。バランスが取れない。起き上がろうとくねくねするけれど、体を起こせるコツを見付けられなかった。
(ああ、うつ伏せのほうが楽だわ)
と、新発見をし、そのまま蛆虫みたいに寝転んで、真横になった視界を見上げる。
牢の向こうにベンが立っていた。
なんて顔。
苦痛に歪んだその顔で、鉄柵をがっしりと握るベンは泣いているみたいに見えた。炎の光で頬が輝いている。
「ローレン、すぐにブレンダンを呼ぶから、待っててくれ! ヒビナなら──」
「いや、もういい」
ベンの目が吊り上がる。かっと憤怒に染まった。
「なぜ!? なんで諦めるんだ!」
「私には生きてる資格がないから」
「またそれか!! なんでそんな──」
「まもなく執行です。殿下、お引き取りを」
誰かの腕がベンの肩に掛かる。下から見上げているローレンには相手の顔すら隠れて見えなかった。
「待て! 待ってくれ! ローレンはなにも悪くない!」
ベンが誰かに連れ去られていくのを見届けたのは、あのときあの場にいた執事だろうか。よく、覚えていない。その場に残った執事は品の良さそうな笑顔でこちらを向き、恭しく礼を執る。
「いくらなんでも王子の脱国は許されません。たとえ『能無し王子』であっても。ご理解頂ければと存じます」
「……彼は能無しなんかじゃないです。優しいし、明るいし、力持ちで、この前は家一軒を新築するメンバーに加わっていました」
言うと、執事は馬鹿にしたように口元を歪めた。
「王子は、並の人間の能力では無能なんですよ」
これはベンが家を出たくなるのも無理はないな、と思った。執事でこれなら、家族はもっとだろう。
「いえね、判断は迷ったのですよ。このまま亡命させたほうが文字の読めないことを知られずに済むのではないか、と。けれどやはり国民からの目が怖くて、半年という区切りをつけてこのようにしました。
ご安心ください。あなたには、フタサで最高の処刑人を就けております。『護るべきひとり以外は即死させる』と豪語する生ける死神です。せめて苦しまずに、と処刑人には強く言い添えてございます。どうか、お許しを」
はいはい。
消えていく執事を見送って、深く嘆息ついた。
こんな悪人など生きていたって悪影響しか生み出さない。
けれど自殺する勇気はないし、瞬殺してくれるなら、楽だ。
それでいい。




