第24話 その色は
ローレンは、前世の記憶があること、そして以前の世界に存在したコンビニという店で働いていたときに強盗に逢い、命を落としたこと。
そのあと、森でローレンとして産まれたこと、そしてそのときから小指に実体のない糸が結ばれていて、レイタノとは黒色の糸で繋がっていることを話した。
自分の過去は極力、口にしなかった。
まだ語れるほど、自分の中で昇華しきれていない。
そして、オレンジや青と白の糸についても、言わなかった。言うと、なんだか気恥ずかしい。
難しげな顔で、ブレンダンは目頭を揉みながら解釈した。
「つまり、レイタノにも前世の記憶があって、産まれたときから黒の糸が見えていて、繋がっているのはきっと自分が殺してしまった人だと信じていて、会えたなら一生をかけて償おう、そう考えていて、それがローレンだったってことでいいのか? ふたりは黒の糸で繋がっている? 左手の小指が?」
3人はローレンの左手に注目したが、糸は見えないようだ。ローレンからすればここにいるすべての人と繋がっているのだが。
「俄には信じられない話だが……まあ、そのおかげで処刑が中断されて俺達が間に合ったことは事実だ。そういうものだと受け止めておこう。……糸で繋がってるっていうのが、なんだか癪だが」
と、ブレンダン。
(まあ、あなたも繋がってますけどね)
ローレンは、はは、と空笑いで誤魔化した。
レイタノには黒の糸以外は見えていないらしい。
「そー、そー。オレ達は特別ってこと。それより、ローレンの部屋はどこ? 眠くなっちゃった。一緒に寝よ」
「それは駄目」
3人の声がぴったり揃う。
あわよくばを狙っていたレイタノは皆から否定され、唇をへの字に曲げて拗ねた。
「ちょ、ちょっと待て。まさかレイタノ、ここに住む気か?」
「当たり前じゃん」
ブレンダンの問いに即答するレイタノと絶句するブレンダン。
そこへキースが挙手した。
「あ、じゃあ僕も便乗していいですか?」
「なんで!?」
「さすがにあの家に住み続けるのは辛くて。家は更地にして売るつもりなんです。服屋は開店休業状態でしたし。一緒に住まわせていただけると非常に助かります」
「あ、ああ、そうか、そうだよな」
「次の就職先も目処が立っていますので、お許しいただけないでしょうか」
「ま、まあ、そういう理由があるならな」
「えー!? なんでその人は認めてオレは認められないのさ。おかしい、おかしい!! ねー、おかしい!!」
ブレンダンはレイタノに駄々をこねられて、腕を組んで束の間考えた。ぐぬぬ、と眉間に皺を寄せて考え込み──
「ええい、仕方ない! 5人暮らしのために引っ越しだぁ!!」
ローレンは呆れた。
(ほんと、この人、お人好しすぎるんじゃなかろうか)
◇◆◇◆◇◆
そのあと、ベンの建築仲間から手頃な家の情報を聞き出し、5人暮らしに最適な家を発見、5人でお金を出し合って購入し、引っ越しを終えた。
基本的に家事はローレンとレイタノの仕事になり、他の3人は出勤をする。
「ローレン、俺が重いものを運ぶから休んでて」
と、レイタノはほとんどローレンに仕事をさせない。処刑人だったとはいえ、元は日本人だからなのか家事全般は得意のようだ。
しかし、誰かにやってもらって自分は休んでおくというのが耐えられない性分のローレンは頭をポリポリと掻いてレイタノの背中に声を掛ける。
「ねえ、レイタノ。償いなら、もういいよ。私は前世で生きることに執着してなかったし」
レイタノは振り向かずに洗濯物を干し続けている。大きな庭付きの中古戸建で、庭いっぱいに洗濯紐を張り巡らせているので5人分のシーツもゆうに干せる。シーツくらいローレンだって森でやっていたのだから干せるのに。
「けど、殺したことに変わりはないよ。あれは、オレが弱かったせいだし」
「弱かったって、どういう意味で?」
やはり耐えかねて、レイタノと並んでシーツを留める。
今日は晴れだ。快晴で、風も乾いている。靡くシーツさえ気持ち良さそうに輝いていた。
「イジメられてたんだ」
──どくん。
その単語にローレンは大きく反応した。シーツが風に膨らんで、ローレンの視界を遮る。そのせいでレイタノの顔がよく見えない。
「恐喝ってやつ。明日までにいくら持ってこないと家に押し掛けるぞ、って言われて。何回かはお小遣いで足りる金額だったんだけど、あのときの額はとてもじゃないけど足りなかった」
「お、お小遣いって……あのとき、何歳だったの……」
「中学2年生」
また、ローレンはぎくりとする。中学生はローレンにとってもイジメに染まった毎日だった。思い出したくもない、後悔ばかりの日々。
「でもさ、オレも言えばよかったんだよ。先生に、親に、警察に、弁護士に。いくらでも手段はあったはずなのに、なんでか恥ずかしくて、誰にも言えなくて、結局ああなった」
「違う。そんなことない。絶対に違う。どう考えたってイジメるほうが悪いんだよ」
「うん。それは、そうなんだけど」
レイタノは次のシーツをカゴから取り出して紐に引っ掛けた。ローレンも手伝う。
「けどさ、オレがなにも言わなかったら、イジメって終わらないじゃない? イジメてる側も遊び半分でさ、悪いことしてるつもりなんかなくて、イジメは悪いって気付く機会がなくなっちゃう。
お前達のしてることは、最低だ!
って、誰かに教えてもらわないと、謝るチャンスだって、更生のチャンスだって与えられない」
「更生したって、罪は消えないよ」
「そうかもしれないけど……。なんだろう、難しいな」
それからレイタノはなにも言ってくれなかった。答えがわからないから、ローレンも動けなかった。
罪人は最後まで罪人。
改心したら許されるものでもない。
「ねえ、ローレン。どうして生きることに執着しないの?」
シーツの向こう側でレイタノが問うてくる。白いシーツにレイタノの影が透けて見えた。
「……私もイジメた側だった。人を傷付けて、自分を正当化して、やり過ごして、でも最低だったと気付いて、こんな自分が幸せにしてるのは傷付けた人に対して失礼だと思って、それで──死にたかった」
幸せになりたくなかったわけじゃない。
ただ、やり直したかった。あなたはちゃんと幸せになっていいと神様からお墨付きを貰って、後ろめたさなんて一縷もなくて、ただ、心から幸せになりたかった。
シーツに透ける人影が、あのときのあの子に見える。
「ごめん」
あのとき、あの子に言えなかった言葉。
「ごめんなさい」
それだけ伝えたかった。許してほしいと言えば傲慢にすぎるし、謝る以外に言葉が見つからない。
するとレイタノはシーツをカーテンのように開けて、笑ってみせた。
「許さないよ」
レイタノはさらに続ける。
「傷付けられた側は一生忘れない。だから許さない。でも大丈夫。
オレが幸せにしてあげる。
オレが傍にいればローレンはイジメた相手を思い出してオレを邪険に扱えないし、オレにひどいことはできない。
オレもローレンを傷付けちゃったから、
お互い様ってことかな」
言って、レイタノはローレンの左腕に抱き付いて、絡み付いて、離れなかった。重くて重くて、堪らない。
でもローレンは、猫をそうするようにレイタノの頭を撫でた。
なるほど。
私のこの人生も償いということか。
ならば生きなければならない。
ローレンは、どこかすっきりした。
自分なんて生きていては駄目だとばかり思っていたけれど、償いのためならば生きられるかもしれない。
ごろごろと喉を鳴らす猫のようにレイタノは満面の笑みを浮かべる。
オレンジはさながら太陽。
青はさながら空と海。
白はさながら月と雲。
黒は、さながら痂。
きっと剥がれはしない、痂。




