第18話 橙の気持ち
ミルクティーを飲んだあと、3人はそのままカウチで眠ってしまったらしかった。
(……重い)
ブレンダンはそう感じて目を覚ました。
ローレンを真ん中にして、左右にベンと自分。ベンはローレンの肩に、ローレンはブレンダンに肩を乗せて、ブレンダンはローレンの頭に凭れるという器用な眠り方をしている。
身動きしようにも、ふたりの支柱となっている今は叶いそうにもない。
諦めて、ぼんやりと天井を見上げて物思いに耽った。
なんだか、毎日が以前と違う。
(なんだろう。この感じ)
ほんの少し前まではこの家と、職場を行き来するだけの毎日だった。朝食が済んだら出勤して、昼と夜は食堂で済ませ、誰もいないこの家に夜中に帰ってくる。誰とも話さず、体を洗い、誰もいない階段を上って無言でベッドに潜り込んで眠る。窓からの街灯の光に照らされながら。
職場に泊まることだって何度もあった。
仕事が単純に多かった日。
夜勤当番の日。
トラブルが発生した日。
だから、ブレンダンが声を出して誰かと話すときはいつだって仕事絡みだったように思う。
けれど今は、今日の分の仕事が終わりそうにないとわかると、急ぐようになった。
ローレンがいるから。
早く家に帰らないと、と心が急く。そして帰ってくれば、会話は──なにを話していたっけ。
確か、他愛もないこと。
ふたり分の食事を作るようになって、ふたりで家を出る。帰ってくると、ローレンがいる。
ミルクティー、作ろうか?
言うたびにローレンが反応する。白兎がひくりと鼻を動かすような、ぴくんと耳をこちらに向けるような、そんな小さな反応がブレンダンは好きだった。
可愛いと感じるのだろう。
だからローレンのために淹れるミルクティーは、楽しい。
(まぁ、こいつは邪魔だが)
ローレンを追いかけてきたみたいに現れたベンは少々うるさすぎる。
「王子として、窮屈だったんだろうけど」
と、ひとりごつ。
その気持ちはわからないでもない。
この国は区分によって身の振り方が決まっている。
男なら。
女なら。
父なら。
母なら。
子なら。
夫なら。
妻なら。
軍人なら。
隊長なら。
そのカテゴリーに合った行動をしなければ爪弾きにされるし、非難される。
ブレンダンは自分が結婚しないことを隊員に馬鹿にされていると知っている。子どもがいないことも。そして馬鹿にするのは隊員だけでなく、街の人間もだ。表面では笑っておいて、心では蔑んでいると感じるときが多々ある。
ローレンといて心地よいのは、ローレンの心にその侮蔑がないからだ。
結婚しなくてはならない。結婚したら子どもを産まなければならない。
なぜ、しないのだ。
そんな、反逆者に対する探りを入れてくるような目を、ローレンは向けたりしない。思いもしないし、考えもしない。
癒やしだった。
そんな、視線を向けられないことが。当たり前に接してくれることが、ブレンダンの緊張を簡単に解いてしまった。
一緒にいるだけで、癒やされる。
ブレンダンはこてんと首を傾げて、再びローレンの頭に頭を乗せた。
(本当に小さい頭だなあ)
なぜ、こんなに華奢なローレンを男と思ったのか、ブレンダンは今更になってよくわからなくなっている。
同じ石鹸を使っているはずなのに妙にいい香りがするし、妙に肌が滑らかで、妙に髪が柔らかいし。
髪の感触を味わいたくて、ほんの少しだけ髪に頬擦りをする。
香りが強くなって、頬を髪が撫でる。
それは、色に似ていた。
部下との職場と、ひとりの家の2色しかなかった自分の日常に差し込まれた幾多もの色。
銀色、茶色、肌色。
1日がこんなに鮮やかだとは、知らなかった。
「ローレン、ミルクティー飲むか」
小声で問う。
聞こえないとわかっているのに、あの反応が見たくて、問う。
案の定、ローレンは眠ったまま呼吸を繰り返しているだけ。寂しい。
恋人って、こんな感じなのだろうか。
髪の長いローレンを思い出す。
仕事から帰るとローレンがいて『おかえり』と言って腕を引いてくれる夕暮れのオレンジ。
きっと自分には眩しすぎて、笑って目を細めないと直視なんてできないだろう。──いや笑おうとせずとも、綻んでしまうのだろうけれど。
(駄目だ、駄目だ。そんなことは考えちゃいけない)
ローレンは、調査の顧問だ。
仕事上のパートナーに、そんな邪な考えを持ってはいけない。
隊長たるもの、仕事が第一優先だ。
ふと、寝言が聞こえる。
ベンだ。ベンが言葉にならないなにごとかを呻いて、ローレンの肩にも擦り寄っているのだ。
イラッ。
どことなく不快。
ブレンダンはなんとか腕を伸ばして、ベンの頭をカウチの肘掛け方向へ押し戻した。
むにゃむにゃと言いながら肘掛けを枕代わりにする王子。これでよし。
さ、もうひと眠りするか。
瞼を閉じかけて、ふと気になるローレンの太ももとベンの太ももの密着。
いやいや、そんなことまで。
無理矢理に眠ろうとする。
けれどどうにも気になって、舌打ち混じりで目を開けた。
「こんな器の小さい男だったか?」
自分で自分に問い掛けながら、クッションを件のふたりの間に捩込む。
今度こそ、これでよし。
ブレンダンは満足げに微笑み、頷いてから瞼を閉じた。
ローレンの香りの中に落ちていくような睡魔だった。




