第17話 夜の太陽
ローレンがかつて東京に住んでいたとき、中学生に上がった途端、周囲の友人は女の子になった。
髪型。
化粧。
スカートの丈。
爪。
ムダ毛。
ピアス。
恋人。
そしていかに、自分を優位に魅せるか。
校庭を駆け回った子ども同士から、いつの間にか女に変わる関係性にローレンは付いて行けなかった。
けれどひとりになるのは嫌だから、適当に話を合わせて、適当に服装や髪を真似て、適当に仲良くしていた。
だから、イジメにもどちらかというと加担していた。
イジメる側にいないと、イジメられる側に回されるから、ローレンは手を出さなくとも、イジメられている女子のひとりを助けようとはしなかった。
笑って、適当にやり過ごした。
遊びのひとつでしょう。そんなふうに適当に思い込ませて、いや、思い込んで、適当にその場に馴染むように気配を消した。
つまり、なにもしなかった。
なにもしないことも悪なのだとは思っていなかった。
そしてイジメというのは不思議なもので、なぜかターゲットを変え続ける習性がある。
ローレンは人の顔色を気にして、この人に嫌われたらまずい、この人を怒らせたらよくないと、毎日奔走してひとりでないことを死守していたのに、いつの間にか、ローレンが標的になっていた。
誰でもよかったのだろう。
彼女達にとって、標的は誰でもよかった。
たとえ昨日までの友人だったとしても。
ローレンは疲れてしまった。
人の顔色を窺うことも。取り繕って笑うことも。
ひとりにならないように努力することも。
全部。
すると、やはり努力をしないからローレンは孤独になって、ひとりならば無いのと同じだと生きることにも無頓着になる。
なにより、イジメに加担した自分も彼女達と同じだと知っていた。
自分は汚い。
どんなに改心しても、自分は汚い人間だ。
忘れかけていたのに、キースの登場によってローレンはあの日のローレンを思い出してしまった。
ローレンは夜の部屋でひとり佇み、静かに泣く。
初めからひとりでいればよかった。
そうすれば、人に対して疲れることもなかった。
そうすれば、人を傷付けることもなかった。
そうすれば、こんなに自分を嫌いになることもなかった。
私は、なんてことを──。
傷付けられた側はずっと痛いというのに、痛みなんて知らずに傷付けてばかりだった。結局、謝ることさえしていない。
ああ、死にたい。
やっぱり死にたい。
死んでしまいたい。
死ぬのがふさわしいのだ、こんな汚れきったローレンなど。お礼なんて言われる資格はない。
「……ローレン?」
声に、はっとした。
ドアの向こうにブレンダンがいる。
気遣うような小声でノックがなされて、ローレンは慌てて涙を拭いて窓を閉めた。
「なんでもないです」
その声が震えていると、自分でもわかった。
だからブレンダンは帰ってくれずにドアを開けてきた。
背を向けて、ナイフを隠す。
「……どうした?」
ブレンダンはなにに気付いているのだろう。まるでローレンが泣いていたのを知っていたのように背中のすぐ後ろまで歩み寄ってきて、ローレンの頭を撫でた。
キースとは違う、ほんの少しの躊躇が孕んだ掌だった。
「なんでもないんです、本当に。大丈夫ですから」
「嘘つけ」
「嘘じゃな──」
「じゃあなんで俺を見ないんだ。ローレンは、目を背けることはあっても、背を向けることなんてなかったぞ」
そんなの、詭弁だ。
ローレンはいつだって背を向け続けてきた。
東京でも、森でも、いつでも。
助けようと思えばイジメられていたあの子達を助けて、違うグループを作れただろうし、弟を助けてくれと掛け合うことだって出来ただろうし、立てと父を鼓舞することだって出来たはずだった。
いつもローレンはなにもしない。
「ローレン」
そう名を呼んで肩に手をかけてくるブレンダンを振り払う。
今は誰にも関わりたくなかった。
なのに、ブレンダンは諦めてくれない。
「ローレン、話を聞くよ。どうした?」
「いらない。今はそういうの、いりません」
「……いいから」
そして、今度は太陽の腕に包まれた。
熱くて、力強い腕に。
どうしてなのか。
どうしてこの人達は容易く人を抱き締められるのか。
「やめてください。私、こういうことをされる資格なんてないんです」
「……なんだよ、資格って」
ブレンダンの声に怒気が孕む。資格という単語に反応したのか、あるいは拒絶し続けるローレンに苛立ったのかはわからない。
「私、汚い人間なんです。他人よりも自分がいつも大事で、自分を守るために人を簡単に傷付けたことだってあります。
謝らなかった。
悪いとさえ思わなかった。
私は自分が悪人だと思いたくなかった。
でも、悪人だと知ってしまった。
私には人に優しくしてもらう資格はありません。
離してください」
「離さないよ」
「離してください……!」
腕の中で身を捩っても、太陽の光からは逃げられない。
「待ってくれたじゃないか」
なにを?
「『いただきます』を一緒にしようって、俺を待ってくれたじゃないか。俺は嬉しかった。人を待ってくれるローレンは、優しいはずだ」
「違う」
「違わない。ローレンはちゃんと優しい」
そういうことじゃない。
行動と思考がまったく違うし、損得勘定をするし、人を傷付けたし。
「少なくとも俺は傷なんて付けられてない。だから──」
彼はその先の言葉を見付けられなかった。
言いたいことはわかる。
ある人にとってローレンが悪人でも、自分にとっては悪人なんかじゃない。
そうだろうか。
そう思っていいのだろうか。
いや、すべての人に善良であることこそ良い人なのだ。
良い人だけが生きる資格がある。
でないと、世界は悪くなるだけだ。
「ミルクティー、飲む?」
言葉を探し出せなかったブレンダンは、苦笑混じりに言った。彼のそんな心境が伝わったからローレンも苦笑した。頷く。
「きっとアイツも起きるだろうけど」
そう言ったブレンダンは心底辟易していた。




