第14話 え、ここ?
「今日から世話になる!」
水曜日。
朝のベンの来訪は突然だった。ブレンダンが出勤をしようと、ローレンが変装道具を持ってフタサに行こうと玄関を開けたところに、ベンがいた。
なんと両手いっぱいに荷物を抱えたベンは満面の笑顔を浮かべているではないか。ブレンダンは訳がわからないといったように玄関口で声を張った。
「は!? なに!? なんで!?」
「いやぁ、王子なんか辞めたらどうだってローレンが言ってくれて、それもそうだな! と思ったんだ!」
「それでなんで家なんだよ!?」
「王子は自分から辞められないと言ったら、家出したら王子なんてクビになるんじゃないかってローレンが言ってくれて、それもそうだな! と思ったんだ!」
ぐりん! と、首だけで振り返ってくるブレンダン。責めるような目をしている。
言ったわ。
確かに言いました。
ローレンは自分の失言を思い出して、瞑目しながら口を手で塞いだ。
(いや、しかし本気で行動に移すとは思わなかったし、ひとつの提案として言っただけだし)
と言い訳を並べたくなる。
しかしそうとは知らないブレンダンが詰め寄ってくる。
「ローレンんんん……!!」
掌でブレンダンの胸を押し返した。
背が高いから圧がすごいのよ、圧が。
「ちょ、ちょっと待ってください。確かにそんなことを口走った気はするんですけど、我が家に来たらどうです、とは言ってないんですよ。招いたわけではないです」
弁解しているその隙にベンは家に入ってくる。
「邪魔するぞ。なんだ、ローレン、今日は男の格好なんだな。女性の姿が見たいから着替えてくれないか」
なんだか吹っ切れたように明るい。一昨日までは、もっと厳格そうな男だったではないか。哀愁が漂うというか、暗い過去がありそうなあの意味深な雰囲気はどこへ消えたのだ。
「別にこれは男性の格好をしているわけではなくて──いや、なに言ってるんですか。フタサに行かないなら着替えないですよ。めんどい」
ブレンダンがベンの通せんぼをしようとするけれど、ベンは巧みにすり抜けていく。
「お、おい! 勝手に入るな! 我が家は部屋が2つしかない! 俺とローレンでいっぱいだ!」
「おお、リビングにいいカウチがあるじゃないか。俺はここで充分だ」
(これは本気だな)
ブレンダンもそれを察したのか、呆然と立ち尽くしてしまっている。
これは私のせいか?
私のせいなのか?
ベンは早速カウチに腰を沈め、ばふん、ばふん、と弾んでみたりして寝心地を確かめている。そして急に立ち上がってローレンに謝った。
「──ということで、すまないが、しばらくここに住まわせてくれ。弓の指導はいらない。だから給料は1日分しか払えないんだが、許してくれるか」
封筒を差し出される。おそらくはお金が入っているのだろうそれは、1日分の給料にしては厚すぎる気がした。
貰えるものは貰ってくが、と受け取る。
「まあ、給料なんか別にいいんですけど」
ぱあっとベンの笑顔が輝く。すごい勢いで握手を求められ、むしろ強引に握られた。
「ローレンの寛大さに感謝する! ──で、仕事を探したいんだが、どうすればいい?」
「え、いや、私はよくわからない──」
ブレンダンが割って入ってくる。
「簡単に働けるわけないだろ! 他国民なんだから、こっちに亡命してきた扱いにするか、正規の手続きを踏んで移住するか、特別申請をして出稼ぎ扱いにするかだ!」
ベンが悩ましげに顎を摘んだ。
朝の優雅な時間はどこへやら、なんだか騒がしくなってしまった。
「亡命はさすがに難しいか……。なら特別申請をしよう!」
「できるか! 特別申請は、少なくとも5年以上ヒビナに居住してる国民ひとりの推薦と、国王陛下の承認が必要なんだ! ていうか、その手を離せ!」
と、無理矢理引き剥がされるベンとローレンの握手。ブレンダンはいつになく感情的だ。
「ならローレンの推薦を貰えばいいか」
「あ、いえ私は5年以上住んではいないので」
すぐにブレンダンへ矛先が変わる。
「なら、ブレンダン隊長、頼むよ!」
「無理だ! 一国の王子の家出に加担するわけにはいかない!」
「そうかあ。でも、そうなると日中は毎日ローレンと家でふたりきりか。まあ、それものんびりして楽しいかもしれない──」
「推薦してやるから付いてこい! クソッ!! あくまでも国家間交流の機会を設ける名目だからな! 忘れるなよ!」
そうして怒涛のように去っていくふたりを見送る。
ようやく静かになった家にぽつんと取り残されたローレン。どっと息を吐いた。
がらりと生活が変わって戸惑ってしまう。森からの生活様式の変化もそうなのだけれど、それよりも人だ。人との関わりが多すぎて疲れてしまう。
(東京では、誰とも関わりたくなかったのに)
なのにローレンは今日も出掛けようとしている。貰ったばかりの封筒の中から紙幣を2枚取り出してポケットに捩じ込む。上着を羽織って、外に出た。
「ツケ、払いに行くかぁ」
助けてはやれないが、支払いは済ませておかないといけない。
助けては、やれないが。
──たすけてください
13ブロックを目指して歩く中で、思い出すのはキースのあの悲痛な声だけだった。




