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第9話 サンドイッチの作法

 エメットはゆっくりとロザリーに近づき、手紙を慎重に手渡した。ロザリーは両手で恐る恐るそれを受け取った。

 「……親愛なるベヌッチォへ。」

 ロザリーは噛み締めるように手紙を読み上げ出した。

 「小麦もすっかりと色づいてきましたが、王都は収穫祭の準備で慌ただしいでしょうか。貴方がロストフェル卿から暇を出された件について、神殿仲裁所がやっと動いてくれる事になりました。貴方が子爵の元へ戻る事はないでしょうが、彼が貴方を不当に解雇した事は正当な対価を持って償われるべきです。王国も少しずつ変わってきています。どうか希望を捨てないでください。……ドゥイシェルより。」

 ロザリーはエメットを見て、そして毅然と頷いた。

 「先生、何の事か全く分かりません。」

 「でしょうね。」

 エメットはロザリーから手紙を回収し、封筒に戻し入れた。そのまま上着の内側にしまうと、部屋の探索に戻った。

 ひとしきり部屋の中を探したものの、結局手紙以上のさしたる手がかりは見つからなかった。そこで二人は部屋の調査を切り上げ、広場に出る事にした。

 「……ふぅ。」

 「……疲れたのなら一旦、家に戻っていても構いませんよ、ミス・エイプリル。」

 ロザリーは息を落ち着かせながら答えた。

 「いえ、大丈夫です。その……ここに確かに人が生きていたと思うと……やるせない気持ちになってくるんです。どんな気持ちで朝目覚め、どんな気持ちで眠りについたんだろうと思うと……。」

 エメットはロザリーをじっと見つめ、頷くように瞬きをした。

 「……歩きながら話をしましょうか。」

 二人は広場を後にし、王都の大通りへ戻っていった。

 

 ◆


 店が立ち並ぶ賑やかな通りまで戻ってくると、エメットは軽食の露店で足を止め、サンドイッチを注文し出した。

 「ミス・エイプリル。鯖かチキンが選べるようですが。あと辛味も。」

 「……あ、じゃあチキンでお願いします。辛い方で。」

 ロザリーは人気(ひとけ)にあてられて、少し元気を取り戻しているようだった。軽食屋は慣れた手つきでパンに切り込みを入れ、瓶詰めのソースをたっぷり塗り付け、数種類のピクルスと玉ねぎを挟みながらあっという間に2本のサンドイッチを仕上げ、紙に包んでエメットに渡した。

 そしてエメットは真面目な顔で、ロザリーに紙包みのままのサンドイッチを渡して歩き出した。

 「ミス・エイプリル。貴女に、サンドイッチの作法をお教えしましょう。」

 「え? あ、は、はい……!」

 エメットは歩きながら紙包みの片方をちぎって開き、頭を出したサンドイッチにかぶりついた。ロザリーは見よう見まねでなんとか包装紙を破り、両手でサンドイッチを持ちながら口に運んだ。

 「多忙極まる市民達にとっては、こうして歩きながら食事をするのが作法です。」

 「……ほ……ほうなんですか。」

 ロザリーは慣れない手つきで食べながらエメットの後を追った。

 「……ベヌッチォの手紙に出てきたドゥイシェルですが。港湾都市ホフシェダットにある……施薬院の院長の名前です。」

 ロザリーはごくりと大きなパンの塊を飲み込んで、質問した。

 「有名人なんですか?」

 「……有名人です。施薬院自体は貧民救済を目的とした施設ですから珍しいものではありませんが……ドゥイシェル氏は名うての職業斡旋屋でもあります。」

 エメットはいつの間にかサンドイッチを平らげており、包装紙を手の中でわしゃわしゃとまとめ始めた。

 「聖職者ではありますが、どちらかというと実業家として彼を見ている者も少なくないでしょう。小規模な金融業も行なっていると言われています。」

 「……それっていいんですか?」

 ロザリーはなんだか心のモヤモヤを抱えていた。

 「……表向きはだめですね。ですが教会施設は長年に渡って……巡礼者から路銀を預かり証文を立て、旅を助けてきた経緯があります。その慣習を拡大解釈する者たちも少なからず存在しているという事なのでしょう。」

 ロザリーは急いでサンドイッチを食べ切って、包装紙を丸め始めた。

 「急がなくてよかったのですけどね。」

 エメットは足を止めてロザリーに右手を差し出した。それがゴミを受け取ろうとしている事なのだと、一瞬してから気づいた。

 「あ、ありがとうございます。」

 「本来ならばここで路傍か茂みにこの紙屑を投げ入れるのが作法なのですが……。」

 エメットは新しい紙を取り出し、紙ごみを一つにまとめた。

 「今日は無作法にも、私が持ち帰ります。」


 エメットが再び淡々と歩き出すと、ロザリーはくすりと微笑んで背中を追いかけた。


 ◆


 ロザリーは今までよりも不気味さと恐ろしさを感じていた。

 エメットの後をついていくのは良いが、そこが貧民街だったからである。さすがのエメットも、この区画を歩くのには2人もの衛兵に協力してもらい、一団は身を寄せ合って薄暗い路地を歩いていた。

 今までとは違い、片側は王都の石壁である。冷たく、無情な大石が空の半分を埋め尽くしていた。衛兵の1人は、はばかるような静かな声でエメットに話しかけた。

 「……男爵。御自らこのようなところに来ずとも……エイプリル嬢までいらっしゃるのですから。」

 「特任調査官は、時に命を懸けねばならない責務を負っていますから。ミス・エイプリルも覚悟の上です。」

 ロザリーはエメットのマントに隠れながら、辺りを気にしておずおずと歩いていた。

 「……もっ……もちろんです……。」

 それを見て、もう1人の衛兵も声を上げた。

 「……男爵、早めに切り上げてあげましょうよ……。」

 エメットたち4人は貧民街をどんどん進み、大きなゴミ捨て場のような場所に行き着いた。そこには数人の髭面の貧民がたむろしており、一行に気づいたようだった。

 「……おい、このあたりを根城にしているゲラルドはいるか!」

 衛兵が大声で呼びかけると、貧民たちが道を開けるように数歩動き、その奥に座り込んでいる老人が現れた。

 「……。」

 その眼光は鋭く、いかにも「俺だ」と言わんばかりの視線を送り返した。衛兵が一歩進み出て、話を続ける。

 「お前がゲラルドか?」

 すると、老人のそばにいる貧民の1人が答えた。

 「そうだよ! だからどうした!」

 「王国軍から貴様に特別命令が出ている! 一人でこちらへ参上せよ!」

 「オヤジは足が悪くて動けねぇんだよ! お前らが来やがれ!」

 「……なんだその態度は……!」

 そこで、エメットが兵たちの前に進み出た。

 「……ゲラルド殿。では今から我々がそちらへ向かう。そちらもあなたを含めて4人にしてもらえるだろうか。我々は協力がほしいだけなのだ。」

 老人ゲラルドは周りの貧民たちになにかを囁いた。そしてエメットの提案通り4人になるよう、他の貧民たちは訝しげな視線を送りつつこの場を後にした。

 エメットたち一行は、ゆっくりと歩いてゲラルドに近づいた。

 「……悪いな。最近一段と足が悪くて、思うように立てねぇんだ。」

 「顔役のゲラルド殿ですね。私はエメット・ウィンターと申します。」

 エメットは胸に手をあてるだけの略式で礼を済ませた。

 「……先日、殺害された者についてお話を聞きたい。」

 「……ティコか。」

 ロザリーも衛兵も、その言葉に気持ち前のめりになった。

 「ティコは器用な男だった。酒に酔うと……見境なく鍵を開けちまう癖をもっててな。みんな、アイツはいつか痛い目に遭うぞと言ってたんだがな……まさかこうなるとは。」

 「彼のねぐらから、倒れていた場所は遠いように思えますが。」

 「ああ、俺もそう思うな。兄ちゃんはこういうのにも詳しそうだが、俺たちにも自分らの縄張りがある。それを飛び越えてよそに行くってのは、あんまり考えられねぇよ。」

 ロザリーは自然と手帳を取り出し、メモを取っていた。

 「ティコさんに、最近何か変わったところはありませんでしたか。例えば、急に羽振りが良くなったとか、見かけなくなる事が増えたとか。」

 「羽振りは変わってなかったと聞いてるがな……正直、あいつはウチの縄張りにいるが、あんまり近所付き合いをする方じゃなかったんで……よくわかんねぇのが正直なところだ。」

 エメットは少し考え、質問を続けた。

 「ティコさんが”仕事”をする時は、だいたいどの辺りだったんですか?」

 ゲラルドは衛兵二人を一瞬だけ見て、すぐに目線を外した。

 「貴族街のはずれだな。アイツはだいたいそのあたりで……フラついている事が多かったと思うぜ。」

 エメットはゲラルドに再び礼をした。

 「調査のご協力ありがとうございます、ゲラルド殿。」

 「なに……今度は差し入れを持ってきてくれねぇかな。そうすればもっとひょいひょい記憶が蘇るかもしれねぇぜ?」

 「検討しておきます。」

 エメットはゲラルドに背を向けようとした瞬間、ゲラルドは何かを思い出したようだった。

 「……ああ、そうだ騎士様よ。大事な事を思い出したぜ。」

 一行がゲラルドに視線を向けた。

 「アイツはちょっと前に……教会のだれかから声が掛かってたって話を耳にしたな。なんかやばい仕事でも頼まれてるんじゃねぇかなってよ。」

 「……教会のどなたでしょう。」

 ゲラルドは唸りながら思い出し、そしてはっきり答えた。


 「どっか別の町にいる、ドゥイシェルって奴だって聞いたぜ。」


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