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第8話 騎士と従士

 ウィンター邸にマーガレットが出勤した。炊事場に火が入り、掃除を終えた頃にエメットが降りてきて挨拶を交わす。補佐官を起こしに行くマーガレットを、エメットが諌める。2階の私室で幸せそうにふにゃふにゃと寝ているロザリーが、ノックの音で目を覚ます。

 それらはもはや、ウィンター邸の日常風景になりつつあった。

 朝食を済ませたロザリーとエメットは、それぞれが従士服と騎士服を姿見で確認して袖や襟を直す。

 「……まあ……もうすっかりお二人の並んだ姿が画になっておりますね。」

 玄関へ見送りに来たマーガレットが、感慨深そうに呟いた。

 「ありがとう、マーガレット! 今日も行って参ります!」

 「今日も昼の用意は要りません。花と植物の手入れを中心に頼みます。」

 それぞれがそれぞれの挨拶を残し、2人はウィンター邸を後にした。

 王都レオニアは、小高い丘にそびえる王城を中心とし外へ外へ町が繋がっていく構造になっており、平民街には雑多な建物が並んでいる。

 ロザリーとエメットは少し大きめの広場に足を踏み入れた。そこは教区の教会からも少し離れた、歓楽的な店が立ち並ぶ広場である。昼前だというのに、そこかしこで大道芸人やら吟遊詩人らが通行人相手に日銭を稼いでいた。

 「なんか……今までとは違って賑やかな場所ですね。」

 「私もあまり立ち入った事のない区画ですね。新鮮さと、自分の不勉強さを感じます。」

 エメットは広場を少し眺め、そして一軒の店に目を止めた。

 「行きましょう。2人目の犠牲者が勤めていたアサガオ亭です。」

 そしてエメットは率先して、アサガオの釣り看板の下がっている酒場へ歩みを進めた。

 酒場はまだ開店していないようで、入り口の扉は施錠されていた。何回か扉を叩くと、そのうち扉の向こうに人気が感じられた。鍵がガチャガチャと音を立て始め、扉が開く。

 そして中から、熊のような大男が現れた。あごは髭で覆われ、丸太のような腕と樽のような腹の持ち主だった。背丈はエメットよりもさらに頭一つ高いくらいであった。

 「……話に聞いてた騎士様か。入んな。」

 ロザリーはその低く粗野な声に圧倒されながらも、エメットの後ろに隠れるように酒場に入った。エメットは意にも介さずどんどんと歩き進んでいく。

 店内は日光があまり入らず、天井から柱、床に至るまで年季の入った木目が筋走っていた。全てのテーブルの上には椅子が上げ乗せられていて、バケツと雑巾が部屋の隅にぽつんと置かれていた。

 「俺に手伝える事なんか、ありゃいいけどな。」

 大男は奥のカウンターに乗せてあった水を一杯、飲み干した。

 「ご協力感謝します。先日殺害された……ベヌッチォさんの近況をお聞きできますか。」

 「ベヌッチォな……正直、知らねぇ事の方が多いんだろうよ。アイツを雇ったのは、2年……いや3年前だったかな。ちょうどこうやって店の掃除をしている時に、訪ねてきたんだ。元いた屋敷を追い出されたから、ここで雇ってくれってな。」

 大男はカウンターに入り、コップを2つ用意しながら話を続けた。

 「正直、最近年がたたってな。体もガタが来始めてるから……さっそく掃除を代わってもらったら、意外にもテキパキと片付けてくれてな。そっからの付き合いだ。」

 大男は、コップにアイスティーを入れた。

 「俺も口数が多い方じゃねぇからな。仕事以外であんまりアイツと話した事はねぇんだ。真面目な働きぶりだったよ。遅刻した事なんかねぇし、何より店の後始末も時間通りにいつも片付けてくれてな。」

 カウンターには2杯のアイスティーが差し出された。

 「日曜の営業が終わったら、りんご酒(シードル)を一本渡してやるのがお決まりになってたな。……なんだかこうしてみると、もっとアイツとくだらねぇ話をしときゃよかったって思えてきちまうよ。……まあ、飲んでくれ。犯人を早ぇとこ捕まえてくれよ?」

 ロザリーとエメットは、コップに並々と注がれたアイスティーをキュッと飲み干した。

 「ご馳走様でした。すみませんが、最後に一つお聞きしても?」

 「おう、なんだ。」

 大男は空になったコップをカウンター越しに回収しながら答えた。

 「……ベヌッチォさんの元いた屋敷、どこと仰ってましたか。」

 「……分からねぇな。聞いた記憶もないぜ。」

 ロザリーは手元の小さいメモにペンを走らせた。エメットは少し考える素振りをして、すぐに店主に言葉をかけた。

 「ありがとうございました。また何か進展があったら、ご協力をお願いするかもしれません。本日はお邪魔しました。」


 ◆


 酒場を出た二人は、再び広場に立った。エメットがズボンの裾を少し揃え出すと、ロザリーは身構えた。

 「……!」

 ベンの時と同じくエメットが突然走り出すと思ったのだ。

 「……どうしましたか。」

 その様子を見て、エメットが怪訝そうな目でロザリーを見下ろした。

 「……どうって。先生がまた走り出すと思って。」

 「ああ、なるほど。裾を気にしたのは、バケツの水で汚れていないかと確認しただけですよ。」

 「なんだ、じゃあ走らないんですね。」

 「いえ、走ります。しっかりついてきてくださいね、ミス・エイプリル。」

 エメットは次の瞬間、疾風のように広場を横切り始めた。

 「……先生ぇぇぇ!!」

 そしてロザリーは叫びながら彼を追った。

 広場を抜け、通りを曲がり、細い路地に走り込む。道が細くなるに従って日の光が遮られ、日中にも関わらずひんやりとした空気が漂ってきていた。

 エメットは道の途中、さらに細い横道の入り口で立ち止まった。酒場からここまでは、それほどの距離は離れていなかった。

 「はぁ……はぁ……きょ、今日はもう到着ですか。」

 「ええ。この横道の先が、ベヌッチォさんの家です。」

 エメットはそう言って、横道へ無造作に入って行った。ロザリーは息を落ち着かせる間もなく、彼の後を追った。

 横道はより一層暗く涼しい場所だった。道が緩やかな下り坂になっていたようで、建物の背はだんだん高くなっていく。歩いたその先に、井戸を真ん中にした小さな広場があった。そしてその広場に面して、住宅が何軒も建ち並んでいた。

 「……静かな場所ですね。」

 横道には2人の足音だけが響いていた。

 「ベヌッチォさんも、走っていたところを襲われたんでしょうか?」

 「いいえ。彼は自宅の前で殺害されていました。」

 ロザリーは訝しげに聞いた。

 「……あれ、先生? ここまで走ったのは、ベヌッチォさんの移動時間を計りたかったんですよね?」

 「いいえ? 彼は普通に歩いて帰った確率が高いですし、特に測る必要は無いかと。」

 「……。」

 じゃあなんで走らせたんだよ、とロザリーは言いたかったが、どうせ偏屈な物言いで返される事が容易に頭に浮かび、ぐっと言葉を堪えた。

 エメットは手帳をパラパラと開いて、そしてロザリーを尻目に話を続けた。

 「……ベヌッチォ・デントーリオ。27歳。この広場の東に面している長屋の一部屋住まい。明け方に長屋の住民が家を出た時に、刺殺された状態で発見。先の調査で、ベヌッチォは日曜の勤務を終えて3〜4時ごろに帰宅したものと見られる。」

 エメットは、ベヌッチォの長屋の前に置いてある木箱に近づき、何本も収められた空瓶を見つめた。

 「傍には飲みかけの……りんご酒(シードル)の瓶が転がっていた。」

 「……。」

 ロザリーはもはやそこにいないベヌッチォの映像が浮かび上がるような気持ちに覆われた。彼は忙しい日曜勤務を終えて、ここまで戻ってきた。店主から差し入れられたりんご酒(シードル)を手に持って。そして、自宅の前で1週間の労働をひとり労ったのだろう。そこで、彼の人生は突然終わらせられた。

 「……1件目と、綺麗に正反対なんですね。」

 「何を持って反対とするかは難しいですが……感覚的には理解できます。ベンさんは、始業の際に走りながら。ベヌッチォさんの場合は、終業後に立ち止まっているところ。ここだけ見れば、まったく共通点はありませんね。」

 ロザリーは自然と拳を握っていた。

 「……ベヌッチォさんの部屋は、調査しますか。」

 「はい。鍵は大家様から預かってます。行きましょう。」

 「思ったんですけど、鍵を預かれるって凄いですよね……。」

 「それは……確かにそうですね。特任調査官扱いとなった事件は、すぐさま立ち入り禁止に指定され、環境が保全される事になっています。」

 二人は東に面した長屋の一部屋に入った。部屋は一部屋だけの間取りで、まだ昼前だというのに薄暗い部屋だった。どことなく、雑多な物が置かれている印象を与えた。

 「……。」

 エメットは入り口に立ち止まったまま、上着の内側から羽箒を取り出し、魔力をこめると優しく振りかざした。

 「あれ? 今日は使うんですね!」

 「……。」

 少し経つと、床にぼんやりとした光の筋が浮かび始めた。

 「うわ……足跡、ですかこれ?」

 「そうです。」

 そこには玄関が1番力強く、次いでベッドと炊事場を繋ぐ線が輝き出した。

 「見てください。足跡の残り香が、くっきりと浮かんできました。光が強い部分は、毎日のように訪れている場所という事です。」

 ロザリーは玄関やベッドが強く発光している事に気づいた。

 「人が歩く場所には、魔力の轍が出来ます。それが毎日の事となると、本物の轍のように色濃く強く残るものなのです。」

 「……だから、玄関やベッドはより強く発光してるんですね。」

 「そしてここまで規則的だという事は、この部屋には来客はほとんど無かったであろう事が考えられます。」

 「……えー。」

 エメットは羽箒の魔力をぱたぱたと払って、上着の内側にしまった。

 「乱雑な仮定をしましょうか。貴女がベヌッチォさんになんらかの殺意を持って殺害した。そして彼の家から何かを盗もうとしたと考えます。ミス・エイプリル、貴女ならこの部屋に入った後どうしますか。」

 「えっ! 私が犯人だったら……?」

 ロザリーはキョロキョロと部屋の中を見渡した。

 「……家具とか探す……気がします。探し物にもよると思いますけど。」

 「そういう事です。少なくとも、ベッドと玄関を往復して終わり……なんて事はまずあり得ないでしょうね。」

 ロザリーはそこではっと気づいた。

 「……もっと魔力の足跡があっちこっちに散らばるはず……!」

 エメットは静かに頷き、いよいよ部屋の中に歩みを進めた。

 そして、ぐるりと一瞥したあたりでベッドのサイドテーブルの上に手紙が一枚、開封された状態で置いてある事に気づいた。手袋をはめたままその手紙をとって、エメットは文面に目を通した。


 「ミス・エイプリル。……この手紙を見てください。」


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