第7話 殺すだけの何か
カフェの店員がロザリーとエメットそれぞれにサンドイッチと紅茶を配膳する。ロザリーは元気よくサンドイッチにかぶりつき、エメットはまず紅茶を味わった。そうして街に行き交う人々を眺めながらそれらを味わい終えると、二人は足早にカフェを後にした。
そして歩き出しながら、ロザリーはエメットに食い下がった。
「ねえねえ! どういう事ですか先生? 銀貨は犯人が持たせたに違いないって! なんでわかったんですか?」
「……ミス・エイプリル。言葉は正確に使ってください。おそらく銀貨は犯人が持たせたものだろう、ですよ。」
「まあもう……すみません! で、なんでそう思ったんですか?」
エメットは足を止めた。そこはベンの勤めていた郵便局だった。戻ってきたのだ。
「あれ? どうしたんですか先生、戻ってきちゃいましたよ。」
「ここから第1事件現場に向かいましょう。」
そういうと、エメットは人目も憚らず走り出し始めた。ロザリーが呆気に取られていると、エメットは彼女をおいてぐんぐん走り去っていってしまった。
「せっ先生! ちょっと!」
ロザリーは必死に全速力でエメットを追いかけた。
エメットは郵便局のある大通りを横断し、狭い街路を走り抜ける。裏路地をするすると縫うように進み、小さな広場に出てはまた裏路地へ。地図に載っていない建物の間を潜り抜け、崩れた壁を飛び越える。
(ちょ……ちょっと……先生速い……!)
高い上背にも関わらず、エメットは軽い身のこなしで障害物を容易くかわし続ける。そして駿馬とも見まごう健脚で風を切り続けた。
そして、とある建物に挟まれたL字路の角でエメットは急停止した。
「……。」
そしてエメットも流石に呼吸を落ち着け、髪を掻き上げて風を受けた。
「はひ……は……ひぇ……。」
そしてしばらく遅れて、ロザリーが追いついた。
「へ……へんへぇ……。ここが……第一現場ですか……。」
エメットは軽く当たりを見回しながら、ロザリーの息が落ち着くのを待った。
「……はい。ベンはこの曲がり角で凶刃に倒れ……帰らぬ人となりました。」
ロザリーはなんとか平静を取り戻すと、上着から羽箒を取り出した。
「では先生! さっそく調査を始めましょう!」
「まず第一の事件なのですから、物的調査は全て終わっています。それにミス・エイプリル、貴女はまだ鑑識魔法を使えないのですから羽箒はしまっておいてください。」
「……気分ってものがあるじゃないですか。」
ロザリーは残念そうに羽箒を上着の内側に戻した。
「でも先生? 調査がもう終わっているなら、なんでここまで走ってきたんですか。」
エメットは懐中時計を取り出し、盤面を見た。そして、ロザリーの方を振り向いて切り出した。
「ここまでで、5分でした。ベンはもっと慣れていたでしょうから、4分くらいで到達していたかもしれません。」
「……足が速かったんですね、ベンさん。」
ロザリーの眉に力が入る。
「彼の死体からは様々な情報が得られます。ですが、彼の生き様からもたくさんの情報が得られるはずです。」
エメットはしゃがみ、彼が倒れていたであろう石床をほんの少しだけ触った。
「彼は郵便屋ではなく将来は官吏や魔術師などを考えていたのかもしれない。とにかく、初心者用の魔導書を独学でこなそうとし、そしてあまりの難しさに断念した。だが彼は建設的にも、魔法大学で有名な北方へ留学する事を決意し貯金を続けた。」
そしてエメットは立ち上がり、今度はロザリーに背を向けたまま話を続けた。
「そんな計画性があり、展望もある程度描いていた人間が銀貨を盗むとは考えにくい。ですので、私は”おそらく銀貨は犯人が持たせたもの"と申し上げたのです。」
「な、なるほど……だからあの魔導書は最初の方のページはよく開かれていたけど、書き込みは一切なかったんですね。」
エメットはL字路の角を曲がり、そこで改めて周囲を見渡した。
「不気味なほど人気がないですね。周りの家々も、窓が潰されています。」
ロザリーが上を見上げると、窓という窓が板で打ち付けられていた。
「うわ……本当ですね、気味が悪い。」
「これは王都で外出禁止令が出された際に潰され、その後の復旧がされないままになっている窓です。まあ、もともと開く事が無かったので放置されているのでしょうね。」
「……犯行現場にはもってこいという事ですね。」
エメットはL字路の出口から現場を見直したり、壁に体をぴたりと寄せたり、何かをしきりに確認していた。
「……先生、何してるんですか。」
「ミス・エイプリル。ちょっと向こうから走ってきてくださいますか。」
エメットは元来た方を指差した。
「……えぇ……。」
「そんな大仰な距離じゃなくていいですよ。」
ロザリーは道を戻り、10メートルほど離れたところから走り出した。そしてL字角を颯爽と走り抜けようとした瞬間、目の前にエメットが急に飛び出してきた。
「うわっ! ちょっ! せんっ!」
そしてロザリーは、そのままエメットの胸に飛び込んだ。ちょうどロザリーの手が、エメットの背中に回り込み、二人は抱き合う形に収まった。
「あっ……せ、先生!」
ロザリーは慌てて体を離し、従士服をはたいた。
「……ミス・エイプリルのおっしゃる通り、犯行現場には非常に適した場所である事は間違いないでしょう。ですが……。」
エメットは真剣な眼差しで、もう一度ベンが倒れていたであろう場所を見つめた。
「ベンが……彼が被害者に適していたとは考えにくいですね。」
◆
ウィンター邸に二人が引き揚げた時には、すでに夕方に差し掛かる頃合いだった。エメットがドアを開けると、家の奥から芳しいスープの香りが漂ってきていた。
「うわ、いい匂いですね。先生!」
「……貴女は理性や知性に縛られない、純粋な本能を尊ぶ人間ですね。」
「気取っていてもお腹は空くものですよ、ミスター!」
ロザリーは舌を出し、エメットを置いてけぼりにしながら炊事場へ駆け寄った。直後に、マーガレットの大きな笑い声と、ロザリーの明るい声が響き始めた。
エメットは上着を玄関のコート掛けに吊るすと、客間にそのまま入り椅子に座り込んだ。そして手帳を改めて開き、記録と自分の頭の中を整理した。
「……。」
エメットは目を瞑った。彼の脳裏には郵便局での話、走り抜けた街路、L字路の角……今日見た景色がありありと思い出されていた。
「……先生。今日はポトフだそうです、楽しみですね!」
「……ええ。それは朗報です。」
そしてロザリーはどすっ、と音を立てて椅子に座った。
「ベンさん程の俊足の持ち主を待ち構えて殺害する……。普通に考えて、もっと条件のいい被害者がいたのではないか。という事でしょうか。」
エメットは少し驚いて目を開いた。
「……その通りです、ミス・エイプリル。」
「私も先生を追いかけながら、不思議に思いました。こんな素早く動いている人が、どうやって襲われたんだろうって。」
エメットは手帳をサイドテーブルに置いた。
「……あの現場は、裏路地です。家の裏口に手紙を届ける郵便屋はいませんから、配達する瞬間を狙われたわけでもない……。そうすると、移動中に襲われたと見るのが自然でしょうね。」
「……なんだか、不可解な事ばかりですね。いっこ謎が解けると、ふたつに謎が増えるようです……。」
「そういうものですよ、ミス・エイプリル。私の経験から言って、それは調査が順調に進んでいるという証拠です。」
ロザリーはそこで、素朴な疑問を口に出した。
「そういえば先生、今日って鑑識魔法全く使ってないですよね。」
「はい。鑑識魔法にも適所があります。今日の調査のように、そもそも特定の人しか入れない場所や、逆に不特定多数の往来が激しいところではあまり効果を得られません。」
ロザリーはエメットの「万能じゃないですよ」という話を思い出していた。
「明日は第二の事件の元に向かいましょう。第二の被害者が給仕として働いていた酒場に聞き込みをします。明日は走る事がないはずですから、少しは安心できるのかと。」
「……先生が速すぎるだけですって。」
ロザリーはゆっくり立ち上がったが、少し息を飲み、そして意を決して切り出した。
「……ベンさんは被害者としてふさわしくなかったとは確かに思いますが……犯人にとっては相応しい何かを持っていたという事になるのでしょうか。」
エメットも椅子から立ち上がり、窓から外を眺めた。
「そうなるでしょうね。」
そしてロザリーの方を振り返り、しっかりとした声で告げた。
「彼の俊足を差し引いても、殺すだけの何かを持っていたという事に……なるのかもしれません。」
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