第4話 補佐の何たるか
ロザリーとエメットは、格式高い神殿の入り口に立っていた。今この瞬間ばかりは、ロザリーの外行きドレスも正に意味があったと言わんばかりの場所である。大理石によって建てられた教会は何本も立ち並んだ石柱に支えられ、それらには人物を中心とした彫刻が丹念に施されていた。
入り口の大扉が開き、中から小間使いの神官が顔を出した。
「……あ、男爵様。お待たせしました、ご案内いたします。」
神官に導かれるまま、二人は神殿に入った。そこは大礼拝堂で、正面には豪華絢爛な祭壇が設けられていた。内部は石造ならではの冷気に満たされており、靴音だけが部屋に響き渡っていた。
礼拝堂の側面にある扉を抜けると、そこは狭い廊下になっていた。ほのかに灯るランプをくぐるように奥へ奥へ進んでいくと、扉が開かれた部屋があった。神官はそこへ二人を案内し、開いたままの扉をノックした。
「猊下、男爵様です。」
猊下と呼ばれた白髪の男は恰幅良く、整えられた髭を持つ老年の男性だった。どっしりと椅子に座ったまま、両手で来客を迎えた。
「男爵、よくぞ参られた。座ったままの挨拶ですまんが、まずはかけてくれ。」
エメットは騎士風の敬礼をし、横に外してロザリーを示した。
「お久しぶりでございます、猊下。こちらは、補佐を務めてくださっているミス・エイプリルです。」
ロザリーは一瞬沈黙したが、直ぐに状況を理解して膝を折った。
「特任調査官補佐のロザリー・エイプリルでございます。」
白髪の男は、少しこの風景を咀嚼し、そして明るい声で答えた。
「おお、おお! 貴女がエイプリル嬢でしたか! いやこれは丁寧なご挨拶を!」
白髪の男はそばにいた執事に手で合図をし、杖を受け取るとゆっくり立ち上がった。執事に支えられながら、一歩一歩踏み進め、改めて二人の前に堂々と構えた。
「王都第2教区、司祭長のミッシェル=ラ・メスヴェルです。」
ミッシェルは小さく礼をし、挨拶を続けた。
「司祭職、司祭取りまとめの他……犯罪の可能性が疑われた死体の検分を担当しております。」
そう言うと、改めて二人を椅子へ案内した。
◆
ミッシェルの執務室には会談用のテーブルと椅子も用意されており、それらはがっしりとした年代物のようだった。ロザリーとエメットがそれぞれ座ると、執事に支えられながらミッシェルはゆっくり一際大きな椅子に腰掛ける。
「いや、ああ……すまんな。」
「とんでもない事です、猊下。……これは、今お出しすべきでしょうか。」
執事はそう言うと木箱を2つ丁重に取り出した。手袋をはめて、何やら物々しい様子である。
「……おお! そうだ、こんな大事な物をすっかり忘れておった!」
ミッシェルは恥ずかしそうに笑いながら、執事を手で示した。
「この男はデイビッドと言いましてな、わしには勿体無いくらいのよく出来た執事です。わし以上にわしを知っておる。今後、足のままならんわしに代わって、色々動いてもらうつもりです。」
「デイビッド・サウザンストンです。猊下の元で、聖務の補佐をしております。」
デイビッドは機敏な動きで腰を折り、綺麗な一礼を披露した。
「よろしくお願いします、デイビッド。猊下の伝令という事であれば、我々としても心強い。」
エメットはデイビッドに軽く礼を返し、そして振り返ってロザリーを真剣に見つめた。
「……ミス・エイプリル。彼に補佐の何たるかをご教示いただくのはどうですか。」
「ありがとうございます。ですが、私には高慢で鼻持ちならない教育係がすでにおりますので!」
「……あ、あの。」
デイビッドは妙な空気を感じつつ、テーブルの上に出した木箱の所在に困りはじめていた。
「男爵、こちらを。」
ミッシェルはそう言うとデイビッドから手袋をもらって指を通し、木箱を改めてエメットのそばに寄せた。エメットは呼吸を改めて、上着から手袋を出してはめた。そして、箱のうち1つをゆっくりと開いた。
「……これは。」
箱の中には布と綿によって作られたごく小さな枕のような物が敷き詰められ、その上に銀貨が1枚、乗せられていた。エメットはそれを手に取り、丹念に吟味した。
「……被害者が持っていた銀貨、ですね。」
「いかにも。」
そしてミッシェルはもう一つの木箱を取り、今度は蓋を取ってからエメットの前に差し出した。
「そしてこちらが、二人目の銀貨です。」
「……拝見します。」
エメットは木箱に銀貨を戻すと、もう一箱を手繰り寄せた。そうして二人目の被害者が握りしめていた銀貨も確認すると、神妙な面持ちでそれを戻した。
「猊下のご所感によると、三人目には風魔法の残滓が見られたと。」
「ええ。属性儀盤と採取器を用いて慎重に調べましたが、間違いなく風魔法を受けた反応がありました。どのような風魔法だったかは、無論分かりませんが。」
執事のデイビッドが、阿吽の呼吸で大量の書類をテーブルへ持ち出した。
「三人の詳細な検死書類です。持ち出しはできませんが、目を通して要点を書き抜く事は許可できますので。」
「ありがとうございます。」
ロザリーは書類の厚みを見て、少し気の遠くなる思いをした。エメットの「調査官は下っ端」と評した言葉が、強く思い出されていた。
◆
エメットは最後の1枚を山に戻した。そして手帳にペンを走らせ終わると、ロザリーを横目に見た。彼女が途中からほとんど無言になってしまっていたからだ。
ロザリーは、必死に目を開けて何とか踏みとどまっていた。視線の先から書類が無くなっても、彼女はテーブルの上をずっと見つめていた。
「……ミス・エイプリル。」
「はい……何でしょう……。」
「それはテーブルの木目であって、文字ではありません。ご自身の筆跡に近しいものでもあるのですか?」
ロザリーは首をぶんぶんと左右に振りながら、気合いを入れ直した。
「……頭の中を整理していたんです!」
「そうですか、それなら良いのですが。」
エメットは改めて手帳に目を落とす。
「状況を整理しましょう。まずは一人目からです。」
エメットは手元のメモを読み上げた。
「一人目。発見時刻は日の出前。現場は街路同士を繋ぐ細い裏路地。被害者は郵便配達を生業とする市内の若者。男性。致命傷は胸への刺し傷。手には銀貨を一枚握っており、他、荷物などに異常は見られなかった。関係者、友人からは怨恨など確認できず。」
ロザリーは真剣な表情を持ち直していた。
「二人目。発見時刻は日の出前。現場は街路同士を繋ぐ細い裏路地。被害者は第8地区の酒場『アサガオ亭』の給仕係の若者。男性。致命傷は胸への刺し傷。手には銀貨を一枚握っており、他、荷物などに異常は見られなかった。関係者、友人からは怨恨など確認できず。」
ミッシェルとデイビッドも、軽く頷きながらそれを聞いていた。
「三人目。発見時刻は日の出前。現場は街路同士を繋ぐ細い裏路地。被害者は南西部にある貧民街を塒とする下民。男性。致命傷は頭への打撲。手には銀貨を一枚握っており、靴を履いていなかった。専門家の指摘で、風魔法を受けたとの報告あり。靴は現時点で発見されていない。関係者、友人からは怨恨など確認できず。」
ロザリーは率直な感想を口にした。
「……こうしてみると、三人目だけ全然違いますね。」
「私もそう思います。」
エメットは手帳をゆっくり閉じた。そこで、ミッシェルが申し訳なさそうに切り出した。
「男爵。実はわしは3ヶ月後に帰郷する事にさせてもらっていてな……。流石に寄る年波には勝てん。後任の検分官は決まっておるのだが、2〜3人に引き継ぐ事になるので、これからしばらくはここまで書類を簡単にお見せできんかもしれん。申し訳ない。」
「いえ、お体の方が大事です。猊下が謝られる事では……。」
「デイブにも世話になりっぱなしだった。彼はここに残るゆえ、捜査はまだまだ手伝ってくれるはずだ。今のうちに彼の使い方をよく覚えておいてほしい。」
デイビッドは感慨深げな目でミッシェルを見つめ、改めて綺麗に深く一礼した。
そして、簡単に別れの挨拶を済ませて神殿を立ち去る際に、入り口の扉が閉まる事を確認したエメットは静かに重々しくロザリーに呟いた。
「……情報の鮮度も考慮すると、調査の期限は3ヶ月後です。こうなっては背に腹は変えられません。動いていただきますよ、ミス・エイプリル。」
ロザリーは前髪を掻き分けて答えた。
「余計な言葉が聞こえた気がしますが……もちろんです!」
そして、ロザリーはふと呟き返した。
「そういえば先生。」
エメットは淡々と答えた。
「何でしょう。」
ロザリーは視線を空に向け、意を決して視線をエメットに合わせた。そして率直に言葉をぶつけた。
「被害者たちは、全員うつ伏せだったのでしょうか。」
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