第3話 エイプリル伯爵令嬢
エメットはマーガレットに昼食を少し遅めに準備するよう申しつけると、騎士の略装と見まごうばかりの格好に着替え、邸宅の玄関に降りてきた。ロザリーは貴族が郊外へ散歩に行くかのようなドレスと日傘を持って、エメットと合流した。
「……ミス・エイプリル。」
「はい、先生。」
エメットは微かなため息をついて、ロザリーを諭し始めた。
「他の服はお持ちでないのですか? 市内とはいえ、外出と申し上げたはずですが。」
「はい、もちろん覚えています! 今まで散歩や馬はこの格好で平気でしたから!」
エメットは眉を寄せて困った。そして、無言でマーガレットのいるキッチンを目指してロザリーの横を抜けて行った。
「……何かダメだったのかな。」
ロザリーは自分の格好を玄関の姿見で一瞥したが、そこに解は得られなかった。
少しすると、エメットがずんずんと歩いて戻ってきた。そして姿見の前でクルクル回るロザリーを見て、一瞬言葉を溜めてから切り出した。
「円舞の練習はそこまでにしていただけますか、ミス・エイプリル。」
ロザリーは顔を少し赤らめて、スカートの裾を払いながら答えた。
「……申し訳ございませんね、ミスター!」
「マーガレットに平服の調達を頼みました。調査が終わったら昼食の前に採寸をさせて欲しい、との事です。」
ロザリーはツン、と踵を返して答えた。
「かしこまりました!」
ロザリーはそのまま玄関のドアを開け、エメットはその後に続いた。
◆
二人はジャン=ジャック通りに出た。ロザリーが一旦立ち止まり、何かを探すかのように辺りを見渡した。だがロザリーの意中のものは見当たらなかったらしく、彼女は日傘を開いてその場に佇んだ。一方のエメットはその横を無言で通り抜け、平民街に向けて歩き出した。
「……先生! ちょっと待ってください、先生!」
ロザリーは日傘を開いたまま、ぱたぱたと小走りでエメットを追いかけて声をかけた。
「何でしょうミス・エイプリル。警備兵と待ち合わせているんです、手短に。」
エメットは一目も振り返らず、少し早歩きでどんどん先を行っている。
「先生! 馬車はどちらに? 近くに停まっているんですか?」
エメットはぴたりと足を止めて、ロザリーの目を見つめた。
「……特任調査官には馬車は与えられておりません。下っ端は足を使うと、相場が決まっています。」
そして、エメットは前を向き直して歩き直す。
ロザリーはその場に数秒立ち尽くし、不服そうな顔をしながら日傘を閉じてエメットを追いかけた。
「……先を急いでいますので、状況は手短に伝えます。しっかりと頭に入れておいてください。」
「……はい!」
エメットは長身なだけあって、その歩幅もかなりのものだった。それに加えて早足で歩いていたため、ロザリーはもはや彼と並走していた。
「今から2週間ほど前です。平民街の裏路地で、郵便屋が物言わぬ姿となって発見されました。その手の中に銀貨を握って。」
「……銀貨!」
「そう。それが最初の犠牲者でした。彼のカバンの中にはこれから配るはずだった手紙や書簡がぎっしりと詰め込まれていました。」
二人は会話をしながら商店の並ぶ通りを歩き、買い出しに来ていた市民たちの間を歩き抜けていった。
「そしてその後、今から1週間前です。今度は酒場の給仕係が……無惨な姿で発見されました。街路に伏せ、銀貨を握って。」
エメットの足音が、少し強くなった事をロザリーは聞き逃さなかった。
「……今朝で三人目です。」
そして甲高い靴音を立てて止まった。
「警備兵とはここで落ち合う事になっています。彼が着いたら、"三人目"の状況を整理しましょう。」
ロザリーは下を向いた。そこには、街路を歩くにふさわしい服も靴も映っていなかった。彼女は、日傘を握る手に力を込めた。
「……先生、私は軽率でした。この事件、絶対解決しましょう! 私、何でもやります!」
エメットは意外そうな顔をして、そして微笑んだ。
「どちらかというと"軽薄"ですが。気にしないでください。」
護衛兵の到着が遅ければ、四人目の犠牲者が出ているところであった。
◆
護衛兵達から事の次第を聞き取った二人は、いよいよシンと張り詰めた裏路地に立った。すでに今朝の騒ぎが落ち着き、実際に命が奪われたのだという実感が重くのしかかっているようで、見物の人だかりはなく、そればかりか野良猫も寄り付いていないほどの静けさだった。
ロザリーは、日中だというのに寒気を感じた。この時ばかりは、いけ好かないとはいえ体格のいい男がそばにいてくれて頼もしいとすら思えた。
「……。」
ロザリーがエメットを見ると、彼は指を組んで祈りを捧げていた。ロザリーはハッと気づいて、慌てて日傘を脇に挟み、同じように祈りを捧げた。
「……気分が優れないなら、帰ったほうが良いですよ。」
「……大丈夫ですよ!」
今ばかりはこの怒りの火花が、冷たい不安を明るく照らしてくれたようで、ロザリーは少し調子を取り戻した。
エメットは祈り終えると、下民が倒れていたであろう場所にしゃがみ込んだ。そこには、すでに拭き取られているとはいえ、黒ずんだ血溜まりの跡が残っていた。エメットは鼻先が地面に触れるのではと思うほど顔を近づけ、少しすると今度は周りの建物をくまなく見上げ始めた。
「……おさらいです、ミス・エイプリル。被害者の下民は、鈍器による致命傷を頭に受け死亡していました。発見は早朝、まさに我々の足元の地面の上。素足のまま靴は発見されず、手には銀貨を握りしめていました。」
ロザリーは、息を呑みながら頷いた。
「そして肝心なところですが、十人長はこの事件に魔法の関与が疑われるとして話をお持ちになりました。そして、実際に被害者からは"風魔法の影響を受けた"形跡があったそうです。」
エメットは立ち上がり、ロザリーの瞳を見つめた。
「あなたはこの事件、どう思いますか。」
ロザリーは、自分の事を試されているのだと思い、唇を引き締めた。
「……先生、お恥ずかしい事に私は魔法の知識がありません。お答えするため、まずは質問をよろしいでしょうか。」
エメットは小さく頷き、端的に答えた。
「もちろんです。」
ロザリーは少し呼吸を整え、エメットの瞳を見つめ返した。
「……風魔法を使う事で、どんな事ができるのでしょうか。」
「風魔法の特徴は、もちろん風を生み出したり操る事です。ものの加減速、衝撃波による攻撃、砂を巻き上げての妨害や、果ては音楽を魔法で操る事もできるそうです。」
ロザリーは少し唸ってから、口火を切った。
「被害者は風魔法で目潰しをされ、殺害されたのでは?」
「なくもないですが、わざわざ魔法をそこに使う必要性は薄いでしょうね。」
「……風魔法で石を発射して殺害した!」
「力技すぎます。妥当性は低いでしょうね。」
「……風魔法で足元を……。」
「いかがなものでしょうか。」
「先生! まだ全部言ってません!」
「……そうでしたか? 失礼しました。」
ロザリーは頬を真っ赤にしながら聞き返した。
「では、被害者は風魔法で吹き飛ばされてここに落下したのでは!」
エメットは、ロザリーに鋭い目を向けた。
「……理由を伺えますか。」
ロザリーはその眼光に少し後ずさった。だが、意を決して口を動かした。
「ひ、被害者は靴を履いていなかったのですよね。辺りには靴もない。盗まれたにしても相手が下民ですし……そう考えると、そもそも犯人から襲撃されたのは建物の中なのかと……。」
エメットは路地に背を向け、ロザリーに近づきながら答えた。
「まず、風魔法で吹き飛ばすくだりは不可能でしょうね。大の男を浮かすには、竜巻に等しい風を起こさねばなりません。荒唐無稽な話です。」
ロザリーはすれ違いざまに、エメットを問い正した。
「せっ、先生! では先生のお考えは!」
「私にもまだ分からない事だらけです。ただ、貴女と同じ考えを一つ持っています。それは、被害者はここで襲われたわけではない……かもしれないという事です。」
ロザリーは憮然としたまま、足早に現場を後にしようとするエメットを追いかけた。
「ミス・エイプリル。一つだけ明確に分かる事があります。」
ロザリーはまっすぐな瞳を見開き、耳を傾けた。
「犯人はただの通り魔などではありません。ここまでの騒ぎを起こせば、間違いなく死刑でしょう。相手は捕まらないために……死に物狂いで抵抗するはずです。」
エメットの左手は、腰に差した剣の柄を触っていた。
☆「第1回アース・スター文庫キャラクター小説大賞」応募連載中!
募集サイトで1話分先行公開中! 作者マイページ→プロフィール→X(Twitter)から飛べますので、応援いただけると嬉しいです。
★他の作品もぜひご覧ください!
<連載中長編・ハイファンタジー・内政・領地経営>
「魔王は紅茶を愛した」
<中編・ダークハイファンタジー>
「魔女の処刑人」
※魔王は紅茶を愛した、の補足作品です。単独作品としても読めるものになっていると嬉しいです。
<短編・ハイファンタジー・ラブコメ・おねショタ>
「僕の女神は窓の向こうに」
<全5話中編・漫画脚本・バトル・冒険者>
「離界の悪魔」
<短編?・現代・ローファンタジー・コメディ・ミステリ>
「封魔堂〜激レア怪異入荷しました!」




