エピローグ 身勝手な罪滅ぼし
山道を王都側へ戻った宿場で、馬車は2台になった。1台にはロザリー、エメット、手を縛られたデイビッドが。もう1台にはミッシェルが乗った。
デイビッドはそこで、全てを洗いざらい話した。
ベルドゥアを出てから、一旦は施薬院に身を寄せていた事。そこで、上流階級向けの事務技術や教養などを学んだ事。ドゥイシェルの紹介で、王都の神殿へ職を斡旋してもらった事を話した。
「……あの人、色んなところに絡んでますね。」
「素晴らしい実業家、という事ですよ。」
「……ミッシェル様の元で働き出したのは、確か8年ほど前です。神殿で働き、祈り、一日に感謝してベッドに入る。このままこうして、一生が終わっていくのだと思うと……捨てたもんじゃないなと思えました。」
エメットは手帳をめくりながら、質問した。
「ミッシェル様が黒松衆なんじゃないかと思ったのは、どんなきっかけだったのですか。」
「……手紙です。それはディズモンドからのものでした。触った瞬間に、ベルドゥアの便箋だという事が分かりましたよ。故郷の便箋は、木の繊維を漉いて作った特注品ですからね。」
デイビッドは馬車の景色を眺めながら話を続けた。
「やめておけばよかったんです。私はその便箋を受け取ってから、1日手元に置きました。見てはいけないという思いと、見なければならない使命感が同居していたように思えます。」
そして一筋の涙を流した。
「そこには……そこには、見たくない事が書いてありました。ベルドゥアを立て直すため、貴殿の帰りを心待ちにしていると。」
「……貴方は、ミッシェル様を尊敬していた。」
「その通りです。私はあの方に出会えて良かったと、今でも思っています。ですがそれ故に認めたくなかった。私の家族を壊した犯人の1人だなどと……信じたくなかった。」
デイビッドが目を瞑ると、大粒の涙がこぼれた。
「後は男爵の仰った通りです。気晴らしに行った酒場で、ベンやベヌッチォと知り合いました。下民は……私の短剣を盗もうとしたところに出くわし、揉み合いになって殺めました。」
「貴方が使った風魔法は、音消しの魔法だったんですね? 遺体を運ぶときに、念入りに魔法をかけたせいでその残滓が付着したまま残ってしまった。」
デイビッドは少し晴れやかな表情でエメットを見た。
「……そうです、流石はミッシェル様でした。見事にその形跡をお見逃しにならなかった。」
「そして、貴方はあの下民が音を立てない様に裸足で歩いていた事までは……犯行時には気づけなかった。」
「はい……市道に遺体を置いた瞬間に、裸足だった事に気づきました。天は私に、捕まって罰を受けろと……そう言っているのだと思いました。」
「あなたは弾みで殺めた下民にも銀貨を持たせる事にした。3番目の事件だけは、慎重で計画的な貴方に似つかわしくない……犯行でしたね。」
デイビッドは頷いた。
「ところで、死体が銀貨を持っていた事を知った時のミッシェル様は……貴方の望む反応をしてらっしゃったのですか?」
エメットがそう聞くと、デイビッドは首をもたげて床を見つめた。
「はい。3人目で……決定的なほど、狼狽してらっしゃいました。帰郷の日取りを早めた程でしたから。」
「……そうでしたか。」
「……。」
ロザリーは、デイビッドの横顔をずっと見つめていた。
◆
1日後、ロザリー達は王都に舞い戻った。馬車はそのまま兵舎に横付けされ、そこでエメットによって兵長へ事の次第が伝えられた。
馬車はそのまま護送車両となって、監獄へ向かった。ロザリーとエメットは、少しの間、その馬車を無言で見送った。
そこからは、王都に静かな日常が戻った。
『銀貨事件解決』の布告が出され、平民達は胸を撫で下ろした。
ロザリーは日々、魔法の訓練を続けていた。それだけでなく、簡単な剣の稽古の時間が設けられるようになった。
エメットの元には細かな依頼がちらほらやってきた。その度に鮮やかに解決する手腕をもって、依頼人は皆感銘を受け唸ったのだった。
ミッシェルは王都に戻ったのち、改めてベルドゥアに帰郷した。私費で施薬院を開き、座学と魔法を教える院長として余生を送り始めたと、ウィンター邸に届いた手紙に記されていた。
『……私は残りの人生を、身勝手な罪滅ぼしをしながら送るつもりです。その中で、施薬院を数多く手がけておられるドゥイシェル様にご協力をいただけた事は、心強いものでした。』
ロザリーは手紙を客間のテーブルに置いた。
「……素晴らしい実業家ですね、先生。」
エメットは微笑んで、紅茶の香りを楽しんだ。
しばらくして、ロストフェル子爵が他界したとの一報が貴族街を走った。何でも子爵家の会計は負債だらけであったらしく、その債務者が実在しない人間だったという事が明らかになり、借金取り達は血眼になって王都を走り回っているらしい……という尾ヒレがついて。
そして、唯一の使用人であるパスカルはいつの間にか王都から忽然と姿を消していたのだった。
◆
エメットは2階の自室に戻ると、上着を壁掛けにして埃を払った。窓際に置かれたベッドのサイドテーブルの上で、水差しからコップに水を注いだ。
そしてゆっくり喉を潤すと、一つ大きくため息をついた。
「……。」
エメットは素朴な机に歩み寄って、鍵付きの引き出しを開けた。そこには木箱と、小さな肖像画が入っていた。それらを取り出すと、エメットは机の上に並べた。
肖像画には、上級貴族たちなのだろう一家の姿が描かれていた。威厳をもって堂々と立つ父、優しく美しく椅子に座る母、そして母に抱かれた柔和な笑顔の赤子の3人である。
エメットが木箱を開けると、そこには3枚の銀貨が入っていた。エメットはそのうちの1枚を取り出して、指でそれを回しながらじっと見つめていた。だが、銀貨を少し乱雑に箱に戻すと、木箱を横にどけた。
そして、肖像画を両手で大事そうに持ち上げると、エメットは慈愛と哀愁を帯びた目で見つめ始めた。数分の間、無言で何かを噛み締める様に、見つめ続けた。
「……エイプリル伯爵。奥様。」
エメットは、肖像画を優しく指でなぞる様に撫でた。
「ロザリー様は、必ず私が命に換えてお守りいたします。」
=次巻「探偵騎士エメット・ウィンターと狼峠の幽霊馬車」 執筆時期未定=
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