おまけ 「特技」(第14話の裏側で)
エメットは物流事務所の自室で、静かに目を覚ました。ゆっくり起き上がると、コート掛けの上着から懐中時計を出して目を落とした。時刻は朝の6時を少し回ったところだった。
「……。」
エメットは日頃より、何時に起きたかで心身を占う事にしていた。6時より早ければ気が急いている、心配事があるという証拠。6時を大幅に上回れば気が緩んでいる、あるいは体に異変が起きている証拠といった具合である。
本日は、まずまずの調子といったところであった。
エメットは騎士服に袖を通すと、窓を開けて外を一瞥した。空の雲の移ろい、波の立ち具合、風の湿り気や気温。そういったものを直接身体中で確認し、味わい終えると窓を閉じた。
自室を出て、鍵をかける。そして朝食の用意をと思い炊事場に移動した。
上着を椅子の背もたれにかけると、エメットはコンロに火を入れてフライパンと水を入れたポットを置いた。そして食料棚を開いて、ベーコンを取り出した。だが、ふとそこでロザリーの顔が思い出された。
ロザリーは上流階級の暮らしが長かったと見えてかなり舌が肥えているように見受けられた。エメットは、果たして彼女の好みを聞かずに朝食を用意して、あれが食べたかった、これじゃ無かったと言われる可能性に思いを馳せた。だが、ここでこうして悶々と1人考える時間が惜しくなり、いっその事本人に聞いた方が早いし、あとで文句を言われても言質をとっておけば安心という考えに思い至り、一旦コンロの火を落とした。
エメットはロザリーの部屋をノックした。
「……。」
返事もなければ物音もない。
「ミス・エイプリル。」
無音である。
そこで、エメットは微かに強くドアをノックしなおした。
「ミス・エイプリル?」
廊下にはエメットの声だけが響いた。
三度、エメットはドアをノックした。右手には気持ち力が入った。
「……ミス・エイプリル!」
変わらぬ音沙汰のなさだった。エメットは諦観の念を込めて、深呼吸した。
そして強めにノックをして、大きな声で聞いた。
「ミス・エイプリル!! 朝ですよ!!」
そうすると、そこでようやく部屋の中から布が擦れるような小さな音が返ってきた。ロザリーがベッドの上で寝返りを打ったのかもしれない。
「……ふぁ……ふあーい。」
そしてロザリーの気の抜けた声が返ってきた。
「……これから朝食を用意するのですが、ご所望の献立はありますか。手の込んだものになると調達はできないと思いますが。」
そしてロザリーが一呼吸おいて答えた。
「……ベーコン……ベーコンエッグ作ってぇ……。あと……チーズも食べたい……パンは白パンで……バターはねぇ…………たっぷりぬってほしい。」
エメットは眉間を指で押さえて、目を瞑った。
「……分かりました。確か卵も白パンも無かったと思うので、私は買い出しに行ってこようと思います。貴女は支度だけ整えておいてくださいね。」
「……紅茶はミルク多めでぇ……。」
「はい、他に何かありますか。」
「……。」
そこで部屋からの物音は途絶えてしまった。正直なところ、ロザリーを1人事務所に置いたまま外出する事は避けたかった。今日は事務所も休暇の日で、事務所は完全な無人になってしまうからだ。ただ、早足か小走りで行けば往復10分もかからないだろう。何より主君に献立を依頼されたのだから、仕えるものとしてそれらを用意する事は至極当然の事だ。もしもの事を考えてロザリーには窓のついていない部屋を用意しているのだから、大丈夫だろうと考えを固めた。
そうしてエメットは空の買い物かごを小脇に抱えて、事務所を後にしたのだった。
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