第25話 短剣と騎士剣
ロザリーとエメットが王都へ戻った時には、既に秋も終わりに近づいていた。
馬車はジャン=ジャック通りのウィンター邸を通りすぎ、第2教区の神殿へと向かった。到着するや否やエメットは馬車を飛び降り、一目散に裏手の通用口へ向かう。エメットは鉄門をひらりと飛び越え、その先にある鋲が打ち込まれた頑丈な扉を力任せに叩いた。
「……!」
「せ、先生! こんな勝手に敷地に!」
後ろから、鉄門を律儀に開けたロザリーが追いつく。
その間もずっとエメットは通用口の扉を叩き続けていた。
やがて、通用口の鍵が音を立てて、慎重に扉が開いた。中から神殿の使用人が顔を覗かせていた。
「すみません! 王立諮問院特任調査官のエメットです! 猊下は……ミッシェル様はおいでですか!」
「だ、男爵でしたか! ……ミッシェル様は……こちらにはもういらっしゃいません。身辺の整理がついたとの事で、2日ほど前にお発ちになられました……。」
「……!」
エメットは目を地面に落とした。
「……ミス・エイプリル。我々は王都の港から直行してきました……。ミッシェル様らしき馬車を見かけましたか?」
「え? いや……農作業の荷車や……旅商の馬車ならよく見かけましたが……。」
通用口の扉が開き、使用人が言葉を付け加えた。
「ミッシェル様は……今回だけは陸路で戻ると仰っておられました。もうこんな大旅行は楽しめないだろうから、山道も味わいたいと……。」
エメットは視線を一瞬だけ下げ、そして再び使用人を見た。
「……執事のデイビッドさん……彼はどこにいますか? 話では神殿に残ると聞きましたが!」
「デ……デイビッドさんは、猊下に随行されました。山行きとなるとお体が心配なので、ちょうど良いし休暇をとってお伴すると……。」
その言葉を聞いた瞬間に、エメットはまた体を翻し、全速力で走り始めた。
「ちょっ! 先生! 馬車はどうするんですか! あ、ありがとうございました!」
ロザリーは慌てて礼を言いながら、エメットを追いかけた。
通用口を開けた使用人は、しばらくの間呆然と立ち尽くしていた。
エメットは王都の大門に走り着いた。すぐさまそばの兵舎に立ち寄り、そこにいた衛兵に駆け寄った。
「急ですまない。私は王立諮問院特任調査官のウィンター男爵だ。至急、早馬を用立てて欲しい!」
「ウィンター男爵……あっ! し、失礼しました! は……早馬ですか!?」
ロザリーがよろよろと兵舎にたどり着くと、エメットがちょうど早馬に跨ったところだった。
「ミス・エイプリル! あなたはマーガレットのところへ! 私は猊下を追いかけます!」
「待って! 待ってください先生!」
ロザリーは輝いた目でエメットを見据えた。
「私も連れてってください! 私にもしっかり働いてもらうと言ったじゃないですか!!」
エメットは一瞬だけ逡巡し、馬を丁寧に操ってロザリーに寄せた。そして、馬上から右手を差し出した。
「……分かりました。お願いします、ミス・エイプリル。」
ロザリーは勇ましく微笑んで、エメットに握手を返した。しかしそれは、握手ではなかった。
「……えっ!?」
エメットはロザリーの体をぐっと引き寄せ、抱き上げる様に鞍上に乗せた。ロザリーを自分の前に座らせ、その背中から手を回して手綱を握る。
「あっ、あのっ! ちょっ! せっ、先生っ?」
騎士服越しにエメットの力強い腕が感じられて、ロザリーは急に恥ずかしさが込み上げてきた。
「早馬は一頭しかいないそうです。飛ばしますよ。」
エメットが馬に足で合図をすると、高らかな嘶きと共に馬が駆け出した。
「う、うわああああ!」
「喋っていると舌を噛みますからね……!」
早馬は2人を乗せて、王都の大橋を駆け抜けていった。
◆
王都から西へ、宿場を2つ過ぎたあたりで街道は大きな川を避け山林部へ入る。山を少し登らざるを得ず、また、見通しの悪い……いわば交通の泣き所であった。
「猊下。馬は順調なようです。今日は早めに山道を抜けられそうです、しばらく景色をお楽しみになってください。」
「うむ……。」
ミッシェルは、馬車の窓から景色を眺めていた。秘書のデイビッドは微笑みながら、ミッシェルに尋ねた。
「……王都が恋しいですか、猊下。」
「いや、まあそれもあるが……久しぶりの帰郷だからな。最後に戻ったのはいつだっただろうか……町がどう変わっているのかが楽しみでもあり、怖くもあってな。」
「……分かります。私も故郷を離れて……久しいので。」
「デイブ。お前には随分と世話になった……こんなわしに長年仕えてくれた事には、感謝しかない。改めて、ありがとう。お前のおかげで晩年をゆっくり送る事ができた。」
「やめてください……。これからベルドゥアにお戻りになって、町のためにお仕事をなさるのでしょう?」
「いやまあそうなのだがな……。そうだ。そういえば、デイブ……お前の故郷を聞いていなかった気がするが……無頓着ですまんな。お前はどこの出なのだ?」
デイビッドは馬車の窓から景色を見て、答えた。
「それはもう少し馬車が走ってからお答えしましょう。猊下にぜひ見ていただきたい景色がありまして……。」
「おお、なんだデイブ。またわしに隠し事か、はっはっは!」
「はい。天国と見まごう程の……景色でございます。」
デイビッドの目が黒く燻んでいる事に気づかず、ミッシェルは朗らかに笑い声を上げた。
だが、次の瞬間、急に馬車が停車した。
「ん? なんだ?」
「……。」
デイビッドはもう一度、馬車の窓から景色を見た。そして御者を問いただすため、扉を開いた。
その刹那。デイビッドは胸ぐらを何者かに掴まれ、馬車から引き摺り下ろされた。
「うわっ……!」
デイビッドはそのまま、峠道に転がされた。
「な……何者だ!」
馬車の中から、杖をついたミッシェルが顔を出した。そこには、威圧感を纏ったエメット・ウィンターと、ロザリー・エイプリルが立っていた。
「だ……男爵! これは一体……何事ですか!?」
エメットは静かにミッシェルに話しかけた。
「……ミッシェル=ラ・メスヴェル猊下。いえ、ここではベルドゥアの黒松衆ミッシェル様とお呼びしたほうがよろしいでしょうか。」
「なっ! な……何を……。」
ミッシェルは体を震わせ、大きく動揺した。
「貴方は長い間王都に潜伏し、密偵を操って木材の需給や流通に関わる諜報に携わってきた。そして黒松衆としてベルドゥアの繁栄を下支えした。そうですね?」
「……!」
ミッシェルは目を泳がせ、馬車の椅子に倒れる様に腰掛けた。
「……そして、貴方たち黒松衆は組織の裏切り者へ死の制裁を与え続けてきた。"銀貨の制裁"です、覚えがありますね?」
ミッシェルは目を固く瞑り、脂汗を浮かべていた。
エメットはデイビッドを振り返り、剣を抜き放った。
「デイビッドさん。貴方は”銀貨の制裁”を受けて家族を失った1人。そしてベルドゥアのマードックさんに告発の手紙を送りつけた張本人。何より……”銀貨事件”の犯人ですね?」
ミッシェルは馬車の中で、杖を倒した。乾いた木の音が山道に響いた。
「なっ……デ……デイブ……お前が……。」
デイビッドは地面の砂を固く握りしめ、視線を下げたまま体を震わせていた。
「……詳しい経緯や順番は分かりませんが、家族を失った貴方はミッシェル様が黒松衆ではないかという事を何らかのきっかけで知った。そして近づき……少しずつ信頼を得ると共に、証拠をかき集めていった。」
デイビッドはゆっくりと立ち上がって懐に手を入れた。
「しかしミッシェル様が黒松衆だという確証はどうしても見つからなかった。そんな折、あなたはミッシェル様がベルドゥアに戻り隠居する事を知った。焦った貴方は、必死に考えを巡らせ……悪魔の方法を思いついてしまった。」
デイビッドは短剣を取り出し、鞘から抜いた。ロザリーはエメットを見た。
「……先生!」
「……貴方は、平民街の酒場で情報を集めた。規則正しい生活をしている平民を探し、殺害計画を立てた。そして銀貨を犠牲者の手に押し込み、様子を窺った。怪事件担当の死体検分係であるミッシェル様は、必ずその死体を見る事になる。そしてそこに、秘書の貴方が同席していても何らおかしくはありませんからね。」
デイビッドは少しずつエメットに歩き寄った。
「……どこで気づかれたのですか。」
「決定的だったのは、あなたがベルドゥアに送った告発文です。あれには書いた人間の指紋がついていませんでした。つまり、わざわざ手袋をして慎重に書かなければならないはずです。そんな事普通はあり得ません。手紙には指紋が残りやすく鑑識魔法で個人を特定されやすい、という特性を熟知している人間でなければあり得ないんです!」
「……それは……慎重を期しすぎましたね。確かに……逆に不自然だ。」
デイビッドは短剣を強く握り直した。
「……そこをどいてください、男爵。」
「……デイビッドさん、思い留まってください。短剣と騎士剣では勝負になりません。」
「……そういう訳にはいきません。父が殺された直後に母は病に倒れ、兄は犯罪に手を染めて監獄へ行きました。」
デイビッドは短剣をエメットに向けて、言い放った。目からは涙が溢れている。
「そして妹は! 妹は売られていきました! あの子が……あの子が何をしたというんですかミッシェル様!」
「……。」
ミッシェルは馬車の中で、目を強く瞑りながら座したままだった。
「……うわあああああ!」
そしてデイビッドは馬車に向かって、立ちはだかるエメットに向かって走り出した。
「……デイビッドさん。」
エメットは静かに呟き、剣を持っていない左手をデイビッドに向けた。
「手荒にいきます。覚悟してくださいね。」
そして左手が光ると、大きな音と共に爆風が生まれ、真正面に走り込んできたデイビッドに強烈にぶつかった。デイビッドの体は微かに浮き、反対方向に勢いよく吹き飛んだ。そのまま地面を勢いよく転がったデイビッドは、木の幹に頭を強打し気絶した。
ロザリーは気絶したデイビッドに目を丸くしながら、エメットを問いただした。
「…………先生。大の大人が魔法で吹き飛んだんですが。」
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