↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
24/27

第24話 無い

 「最後の……黒松衆。」

 ロザリーは思わず声を漏らしていた。マードックは力強く頷き、言葉を続けた。

 「ディズモンドはこの町の陰の支配者でした。水運を仕切っていた奴の家は、文字通りこの町の大動脈を握っていたのです。」

 マードックは机から腰を離し、椅子にきちんと座り直した。

 「ですがそれだけでは金を産みません。そこで黒松衆の1人を東の大都市に潜伏させ、そこで木材の値動きや需給を逐一報告させる事で、この町に繁栄をもたらしたという訳です。」

 「……そこだけ見れば、まだ商才溢れる話ですね。」

 「仰る通り。それはやがて暴走し、さまざまな港町。大都市。王都にまで、密偵を放つようになったと聞きます。」

 「……そして、万が一裏切り者が出た場合は”銀貨の制裁”を行うようになった。潜伏している密偵達同士にだけ、その死の意味が分かるように。」

 マードックは目を瞑った。

 「……私もその世代ではないので、噂程度でしか知りません。ただあなた方も町の中でご覧になったランプ灯の火付け役や掃除夫たちは、”銀貨の制裁"を受け没落させられた家の者どもです。」

 「……。」

 「……!」

 ロザリーとエメットは言葉を失った。

 「私は職業に貴賤を感じているわけじゃありません。でもね、こんな事をしては……彼らは裏切り者の烙印を押され監視されているのと同じです。この町の負の柵(しがらみ)は、私が断ち切らねばならんのです。」

 エメットはそこで、一歩話を踏み込んだ。

 「……マードックさん。あなたにもいるんでしょう、密偵が。」

 「……。」

 「……え!」

 ロザリーは驚いてエメットを見た。

 「あなたの準備や話しぶりには、どこか”正確な時間"を感じます。貴方は漠然と最後の黒松衆が帰ってくると思っているわけではない。という事は、その黒松衆の近くに密偵がいて、その者から新鮮な情報をもらっているのではないですか?」

 「……騎士様、私はあなたが怖いですよ。」

 マードックは首をもたげて、大きく息を吐いた。

 「ただ、密偵ってわけではありません。匿名の手紙が届いただけです。自分は”銀貨の制裁”に家族を奪われた者だ。ふとした事から最後の黒松衆の尻尾を掴んだが、彼はこの冬にベルドゥアに戻って支配体制を戻そうとしている。貴方はディズモンドの動きに注意していてほしい、とだけ書かれた手紙です。」

 マードックは机の引き出しの鍵をあけ、手紙を一通取り出した。

 「手紙はこの1通だけです。差出人不明。これが私の知っている全てです。」

 エメットは上着から手袋を取り出し、手紙を受け取って眺めた。

 「……。」

 「これで私の知っているすべてを話しました、騎士様。」

 「……お忙しい所ありがとうございました、マードックさん。」

 ロザリーはそこで、マードックの手にある手紙を見つめて言った。

 「先生……。その手紙、ちょっといいですか?」

 エメットは意外そうにロザリーを見た。

 「……マードックさん、よろしいですか?」

 「……どうぞ、従士様。」

 「ミス・エイプリル。念の為、手袋を。」

 「あっ……そうでした。」

 急いで手袋をはめたロザリーは、マードックから手紙をもらい文面をじっと見つめた。

 「……この人、何を思って、何を感じてこの手紙を書いたのか……なんだかよく分からないんです。すごく気持ち悪くて。制裁を受けた家族なら……もっと恨むんじゃないですか? でも、ディズモンドさんに気をつけろしか書いてないし……何が言いたいんだろう?」

 「……。」

 エメットは腕を組んだ。

 そこでロザリーは、ハッと思いついて上着から白い羽箒を出した。

 「えいっ!」

 ロザリーは手紙に魔法の粒子をかけた。途端に手紙から、指紋が浮き上がった。

 「えーっと……これからどうするんでしょう、先生。」

 エメットは目を片手で覆いながら諦めたように答えた。

 「……マードックさんの手をお借りして、模様を見比べてみてください。」

 「……だそうです。マードックさん、ご協力を!」

 「はあ……。」

 マードックは事情を飲み込めないまま両手を差し出した。

 「……あっ本当だ……模様が同じだ。」

 「……もう少し慎重に見た方がいいですよ、ミス・エイプリル。模様がいくつもついているでしょう。」

 エメットは目を瞑りながら言葉を付け加えた。

 「え? ……いえ、先生。1種類だけじゃないです……かね。」

 「……。」

 エメットはそこで目を見開いて立ち上がると、ロザリーとマードックの側に詰め寄った。

 「……マードックさんの模様のみですね。」

 「でしょう! 私ちゃんと見れましたよね!」

 「マードックさん。この手紙を受け取った時の事、詳しくお聞きしても良いですか。誰が届けに来たかですとか、そういう事です。」

 鼻息を荒くするロザリーを意にも介さず、エメットは驚きの滲んだ声で尋ねた。

 「え? あ、いや……商工会の取締役宛てに、小包が届いたんですよ。懇意にしている商会の名前で、お礼の品だって。なかなかの赤葡萄酒だったんで、嬉しくて手に取ったら……その下にこれが敷いてありました。」

 「……この手紙は、他に誰かに見せましたか。」

 「え? ……い、いいえ。気味が悪くて……ほとんどこの鍵付きの引き出しに入れっぱなしでした。」

 そこでエメットは急に立ち上がった。ガタンと椅子が傾いて床に倒れた。

 「うわっ!」

 「おわっ、ど、どうしました騎士様!」

 エメットは踵を返し、マードックに告げた。

 「ありがとうございました! お礼は後日、良いものをお送りします!」

 そして市庁舎の廊下を全速力で走り抜けていった。

 「……えっ! ちょ、ちょっと待ってくださいよ先生!!?」

 ロザリーも全速力でエメットを追いかけた。

 執務室はあっという間にマードック1人になってしまった。

 「……騎士様ってのは忙しいもんなんだな……。」


 ◆


 「先生! 先生! 説明してください!」

 エメットは宿に走り戻り、部屋に駆け上がると荷物を急にまとめ始めた。

 「ミス・エイプリル。直ちに王都へ戻ります。10秒で支度してください。」

 「じゅ……す、すぐ支度します!」

 ロザリーは急いで私物をかき集め、旅行鞄に乱暴に詰め込んだ。

 2人はそれぞれ自分の大鞄を抱えながら、町の入り口に向かって走った。息もきれ、エメットが少しずつ遠くなるあたりで、厩舎に到着した。

 「ハァ……ハァ……すみません。今すぐ馬車を出していただきたい……用立てられますか。」

 エメットは珍しく肩で息をしていた。その並々ならぬ雰囲気を感じ取った馬番は、すぐさま馬と御者を見繕って馬車を用意した。


 ロザリーとエメットは、揃って馬車の中で天井を仰いで息を落ち着かせた。呼吸が落ち着くまでに数分を要した。

 「……先生。説明してください。」

 「ミス・エイプリル。あなたは手紙を書く時、手袋をしますか?」

 「え? 手袋ですか? ……しませんね。した事ないです。」

 「そうでしょうね。私もです。」

 エメットは少しまた息を整えながらゆっくり話を改めた。

 「ありえないんですよ。書(・)い(・)た(・)人(・)の(・)指(・)紋(・)がついていない手紙なんてものは。」

 「……あっ! そっか! あの手紙は、手袋をしてわざわざ書かれたものって事ですか!」

 「そういう事になりますね。」

 エメットは足を組んで、冷静さを取り戻した声で続けた。

 「……私はずっと引っかかっていた事があります。それは犠牲者が手に持っていた”銀貨の向けられた先”です。」

 「向けられた先……ですか?」

 エメットは頷き、話を続けた。

 「例えば”銀貨の制裁”は黒松衆から密偵へ向けた警告でした。」

 「裏切ったらどうなるか分かるな? ……って事ですよね。」

 「そうです。ところが、黒松衆が弱体化した今では、銀貨は密偵に向けられたものではないと見るべきでしょう。」

 エメットは上着の皺を伸ばした。

 「では銀貨はなぜ使われたのか? これは銀貨を握った死体を”誰か"に見せたかったからです。"銀貨の制裁"を模倣する事でメッセージを伝えたかったのだと考えられます。」

 「誰に……どんなメッセージなのでしょうか。」

 「……逆方向です。黒松衆に向けて、自分は”銀貨の制裁”を覚えているぞ……というメッセージです。」

 ロザリーの背筋が、ぞわっと冷たくなった。

 「そして真犯人の狙いはそこではありません。そのニュースが王都に広まる事で、掴んだ尻尾の真偽を確かめていたのです。」

 「確かめていた……どういう事ですか、先生!」

 「真犯人は黒松衆の正体を後一歩のところまで追い詰めていた。だが、最後の確証が得られない。そんな中で、黒松衆がベルドゥアに戻る事を知った。焦った犯人は、”銀貨の制裁”を模倣する事で彼の反応を見る事にしたのです。」

 「……そのために、3人も。」

 「正確には最初の2人でしょうね。3人目の犠牲者は、少し事情が違います。」

 ロザリーはゆっくり頭の中を整理しながら、エメットの話を噛み締めた。

 「ベンさんとベヌッチォさんはなぜ殺されたのですか?」

 「彼らの強力な共通点は”ルーティーンがあった”という点です。ベンさんは朝の配達路が決まっていた。ベヌッチォさんは週末に人気のない場所でりんご酒(シードル)を飲むのを楽しみにしていた。」

 「そ……そんな事だけで2人は殺されたんですか!?」

 「そこが大事なところなのです。ここで浮かび上がる推測は、真犯人は多忙な人物だったのではないかという事です。」

 「多忙?」

 「はい。日々時間に追われていて、自由に活動できる時間が限られていた。だから生(・)贄(・)を選ぶにあたって、時間が不規則な人間は選びづらかったのです。」

 馬車の車輪がからからと音をたてていた。

 「……ティコさんは。3人目の犠牲者は……なぜ殺されたのでしょうか。」

 「彼についてはまだまだ分からない事がありますが、彼の悪癖に盗みがありましたね。」

 「えっと……ゴミ山のゲラルドさんがそう言ってましたね。」

 「おそらくですが……ティコさんは真犯人の家に盗みに入ったのではないでしょうか。そこで重要な証拠を見つけたか、盗むかしてしまった。だが不幸にも真犯人とでくわし、そこで殺害された。彼の死因が1人だけ撲殺だったのは、予定にない殺人だったから。靴を履いていなかったのは、屋内で殺され運ばれたからでしょう。」

 ロザリーは馬車の床を見つめて、両手をぎゅっと握りしめた。

 「そして、真犯人は黒松衆の間近でその反応を見たのです。銀貨事件を見てどのように動揺するのかじっくりと……真贋を見極めるように。」

 「……でも、先生。」

 ロザリーは真っ直ぐな瞳で顔を上げた。

 「そんな危険を背負って……犠牲者を出したとして、うまく黒松衆の反応を見れるものでしょうか。例えば、黒松衆が都合よく死体を見にいくのかなとか思っちゃって。あっ……先生の話を疑うわけじゃないんですが!」

 エメットは足を組んで冷静に答えた。


 「……真犯人は確実にその反応を見る事ができたはずです。」


☆「第1回アース・スター文庫キャラクター小説大賞」応募連載中!


募集サイトで1話分先行公開中! 作者マイページ→プロフィール→X(Twitter)から飛べますので、応援いただけると嬉しいです。


★他の作品もぜひご覧ください!


<連載中長編・ハイファンタジー・内政・領地経営>

「魔王は紅茶を愛した」


<中編・ダークハイファンタジー>

「魔女の処刑人」

※魔王は紅茶を愛した、の補足作品です。単独作品としても読めるものになっていると嬉しいです。


<短編・ハイファンタジー・ラブコメ・おねショタ>

「僕の女神は窓の向こうに」


<全5話中編・漫画脚本・バトル・冒険者>

「離界(イグザル)の悪魔」


<短編?・現代・ローファンタジー・コメディ・ミステリ>

「封魔堂〜激レア怪異入荷しました!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。