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第23話 旧時代の再来

 ロザリーとエメットはディズモンドの屋敷を後にした。小雨はいよいよ本降りになってこようかというところで、雨粒も大きく勢いも強くなってきていた。

 「……走れますか、ミス・エイプリル。」

 「はい、先生。大丈夫です。」

 端的な会話を交わした2人は、ベルドゥアの石畳を蹴って走り始めた。

 街中にはほとんど人影がなく、道を行くのはロザリーとエメットだけだった。大通りを走り下っていくと、エメットはロザリーを一瞬振り返り、そして十字路を曲がった。

 (あれ、どこかに寄るのかな。)

 ロザリーは疑問を抱きながら十字路を曲がったが、すぐに見当がついた。

 正面には、市庁舎があった。

 入り口で雨粒を丁寧に払った2人は、入り口のドアを静かに開けた。

 「すみません、王国騎士のエメット・ウィンターですが……。行政文書を拝見したい。王立諮問院(しもんいん)特任調査官としての公的捜査です。」

 エメットは受付に申し出ると、少しのやり取りの後に事務室長なる人物が対応を代わり、そして奥の部屋を案内した。そこは事務机が数点ある小部屋だった。

 「捜査ご苦労様です。このような部屋しかなく、すみません。」

 「いえ、とんでもない。机は向きを変えてしまっても良いですか?」

 「もちろんです。……それで、どんな文書をお持ちしましょうか。」

 エメットは事務机ふたつを向かい合わせになるように動かしながら答えた。

 「裁判記録をお願いします。差し当たり、50年前まで遡りたい。」

 「50年前ですか……そこまで残っていますかどうか。」

 「無ければ、あるだけのところで構いません。」

 「分かりました。少しお時間をください。」

 事務室長はお辞儀をして部屋を出た。そこでロザリーは、ここまで噤んでいた口をやっと開く事ができた。

 「……先生! ディズモンドさんの話……どれくらい本当なのでしょう。」

 「それを確かめるためにここに来たんですよ、ミス・エイプリル。」

 「なるほど……この前みたいに、ディズモンドの名前を探せばいいんですね?」

 「いえ、逆です。」

 ロザリーは椅子に座りながら目を丸くした。

 「公的な裁判記録に残したくないものを私刑と呼ぶはずです。ディズモンドさんの言う事が正しければ、それゆえに当事者同士に手切れ金を用意して口止めした……となると、制裁自体は闇に葬られていると考えるべきでしょうね。」

 「ではここには何を探しに……?」

 「記録がない事を探しに来た、が正しいです。ディズモンドさんは独断の裁判と仰っていましたが、記録がなければそれは裁判ではなく私刑です。私刑は王国法で禁じられています。」

 「……でも、先生。」

 ロザリーは椅子にも座らず、不安げに立ち尽くしていた。

 「記録にないものをどうやって立証するんですか……?」

 エメットは静かに椅子を引き、ロザリーに座るよう促した。

 「我々は過去の"銀貨の制裁"を暴きに来たのではありません。場所を王都に変えた新たな制裁を止めに来ているのです。」

 ロザリーはゆっくり椅子に座った。

 「まずはゆっくりと銀貨の制裁の全貌を調べる他ありません。」

 そこへ、事務室長が山のように積まれた書類を持ってドアを開けた。

 「……ウィンター様! まずはこれを……どうぞ!」

 そしてエメットは天井まで届こうかという書類を受け取った。

 「うわ……これが50年分ですか。」

 事務室長は額を手で拭いながら答えた。

 「ここまでで、5年分です。」


 ◆


 数時間後。市庁舎の職員が退勤するという時間まで、2人は書類に目を通し続けた。窓から見える空はもうすっかり夜の帷が降りていた。

 「書類はそのままで結構ですので。私は他の部屋を閉めて回りますから、エントランスでお待ちいただけますか。」

 仕事を終えた事務室長の声に従い、2人は書類を机の上で整え、小分けにした山へ戻した。

 「……ありませんでしたね。ディズモンドさんの名前。」

 「はい、これで彼の行ったという制裁は違法だったのだろうという仮説が立ちました。」

 エメットは書類を元に戻し終えた。

 「先生、銀貨の制裁とは一体何なのでしょうか。」

 「……言える事は仮定の事ばかりですが、国法や領地法では裁けない。……この場合は、裁いてはいけないものを裁く時に用いられたのではないかと思います。」

 「裁いてはいけないもの……ですか?」

 「例えばの話です。」

 エメットは事務室のドアを開けながら話を続けた。

 「王都で大船団を組織する計画が持ち上がった。そんな時、この町の業者同士が競い合いだしたら、町全体で大きな好機を逃すかもしれません。組合が手を組み、質、量、価格を揃えた方がよっぽど効果的でしょう。」

 「それは……確かに。」

 「こう言った事が繰り返されていくうちに組合としての強制力が高まった。ひとつの可能性としては、あり得る話でしょうね。」

 「でも……それを証明する記録は、無い。」

 エメットは頷いた。

 「では、ここでなぜ"銀貨の制裁"が廃れたのかという疑問が残ります。」

 ロザリーはエメットの横顔を見上げた。

 「……確かに。ジョナシアンさんも、確かお婆ちゃんから聞いたと言っていました。」

 「単純な話をすれば、必要がなくなったという理由が考えられます。」

 ロザリーは一瞬立ち止まり、すぐにエメットを追いかけた。

 「必要が……ですか?」

 「さっきの話を持ってくれば、町の主要産業自体が衰退をしていった場合、その組合は利益を生み出さず、もはやそれに強制力を持たせる意味が無くなります。元々は神から与えられた王権でも何でもない、より儲かるからという実利に基づいた支配力なのですから。」

 エメットは前を向いて歩き続けた。

 「市庁舎で商工会の方々が、名産品の話をしてくれましたね。もしかしたら、私たちの預かり知らないところでベルドゥアの木材は既に斜陽産業であり、新たな活路を模索しているのではないでしょうか。」

 「……燻製チーズ!」

 「王都の木材市場を寡占してきたベルドゥアの繁栄には、そんな影があったのかも……しれないという夢物語です。」

 そうして2人は市庁舎のエントランスに到着した。すると間をおかずに、事務室長が現れた。

 「ちょうどでしたな! では施錠します、念のためですがお忘れ物はありませんかな?」

 「大丈夫です。一つすみません……明日の朝、マードックさんにお会いしたいのですが、いつも朝はどちらにいらっしゃるかご存知ですか。」

 「マードックさんなら、毎朝ここに来ますよ。ただ彼の朝は早いですからね! はっはっは!」

 そんな会話を交わしながら、3人は市庁舎を後にした。

 

 その日、ロザリーは宿の自室に戻るとベッドに倒れ込み、そのまま寝てしまった。


 ◆


 明朝、ロザリーは隣の部屋のドアが開く音で目を覚ました。もしやと思いドアの隙間から様子を窺うと、エメットが出かけようとしている所だった。

 「せ、先生! どこ行くんですか、私も行きます!」

 「おや……起こしてしまいましたか。大砲を鳴らした記憶は無いのですが……。」

 「すぐ行きます! 待っててくださいね!」

 ロザリーは当て付けるように叫び、ドアを気持ち強めに閉めた。


 時刻はまだ町が青く染まっている頃合いだった。

 町の大通りには数人の掃除夫が行き交い、野良猫が箒で追い払われていた。どの家もカーテンに閉ざされて、未だ夜の気配を残していた。

 「……そういえば先生、マードックさんに会いに行くんですよね?」

 「はい。どうしてももう一度彼に会ってからでないと、この町を離れられませんから。」

 「昨日調べた書類が関係しているんですか?」

 「どうでしょう、あまり関係していないでしょうね。」

 ロザリーはすっかり話が分からなくなってしまい、首を傾げながら歩いた。そんな事をしているうちにあっという間に市庁舎に着いた。

 ちょうどエントランスから、マードックが出てくる所だった。彼は2人に気づくと、嬉しそうに走り寄って来た。

 「おお、騎士様がた! どうですか、捜査は順調ですか。」

 「ええ、お陰様で。」

 マードックは嬉しそうに頷いた。

 「……マードックさん。我々は町を離れる前に、どうしても明らかにしないといけない事があります。少し、お時間をいただけますか。」

 マードックはエメットの真剣な眼差しに驚き、辺りをさっと見回して声を落とした。

 「……市庁舎へどうぞ。」


 3人は市庁舎の奥、商工会長の執務室に入った。

 「ここは私が市庁舎からお借りしている部屋です。心置きなく喋れるでしょう。」

 「ありがとうございます。」

 ロザリーとエメットは、案内された椅子に座った。マードックは豪快にも机に腰掛けた。

 「……ポール・ディズモンド氏に話を聞きました。」

 「おお! 彼が面会したのですか……さすがは騎士様。」

 「単刀直入にお聞きします。かつての重鎮達……黒松衆は彼1人ではありませんね?」

 「……!」

 マードックだけでなく、ロザリーも息を呑んだ。

 「……ディズモンドがそう言ったのですか?」

 「いえ、彼は最後まで隠していました。ですが、マードックさん。あなたは製材所で、黒松衆は”今1人だけ”と仰った。そして商工会のメンバーは他の町から引き抜いて集め、この町を変えねばならないとまで豪語した。貴方は、近いうちにもう1人の黒松衆がこの町に現れ、古い体制が復活する事を危惧しているのでは……と、そう思ったのです。」

 マードックは指を組み、床を見つめた。そして顔を上げると、ほんの微かに震える声で答えた。

 「騎士様、その通りです。長年この町を離れていた最後の黒松衆が、近いうちに帰ってくるのです。」


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