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第22話 ディズモンド氏

 事務所での話は弾みに弾んで、あっという間に30分程が経とうとしていた。マードックは、今後の名産品の充実化、町の若年化、経済の立て直しから慈善事業の充実まで、楽しそうに熱弁を奮った。

 「……あ、すみません。また私ばかり話してしまいましたね。」

 「いえいえ、気にされる事はありません。マードックさんの熱量というものが、ひしひしと伝わって来ますから。」

 マードックは一通り話し終わったのか、ふと冷静に言葉を返した。

 「騎士様……本当に申し訳ない。ご用件をまだ伺っていないような……。」

 エメットはそこで、微笑みながら答えた。

 「ちょうど今言おうとしていた所です。私の要件は一瞬ですから、お気になさらず。」

 「いやぁすみません! つい勝手に話を進めてしまうのは、私の悪い癖で……。」

 マードックは手のひらを見せて、エメットに話を促した。

 「実は商工会の先代方にお話を聞きに来たのです。とある港に、不可思議な貨物船が見られたので……何かご存知ではないものかと。」

 「不可思議な貨物船ですか……詳しくお聞きしてもよろしいですか。」

 ロザリーの脳裏には、一流の詐欺師は真実だけを並べて相手に誤解をさせるものだという言葉が、ふっと浮かんでいた。

 「はい。一見すると日用品ばかり積まれていたのですが、中には建築材や乾物なども見られ……船長を問いただしても言葉を濁すばかり。どうやら西から来た船だという事が分かり、この町には私が調査に参った次第です。」

 「なるほど……それは怪しいですな。」

 マードックの心には正義感の炎が燃えている様だった。

 「……王国は、それに商工会の隠居どもが関わっているのではないかと……そう見ているわけですね?」

 「……申し訳ありませんが、一兵卒の私にはそこまでは……。」

 ロザリーは木彫りの人形のように、綺麗に椅子に座ったまま動かずにいた。

 「……よし! わかりました! もう隠居どもには好きにさせません! 私は私で動く事にしますが、差し当たって騎士様にはひとりご紹介しましょう。」

 エメットはわざとらしく胸に手をあてた。

 「ありがとうございます、マードックさん。」

 「実は商工会のお偉方はすっかり歳で……昔の呼び名では黒松衆とか言ったらしいですがね。去年皆に見送られた者を除いて、黒松衆は今この町には1人しかおらんのです。だが、顔の効く男ですから……おっしゃる件に関わっていてもおかしくはないでしょう。」

 エメットは自然にすっと立ち上がった。

 「……どこの、どなたをお尋ねすればよいでしょうか。」

 「ええ、北町のポール・ディズモンドという老人をお尋ねになってください。大屋敷ですから、近くに行けばきっとすぐ分かると思いますよ。」


 ◆


 2人が製材所から市街地に戻ってくると、既に日は山に隠れようとしている所だった。街からも人が消え始めていたので、エメットの足は宿へと向かっていた。

 「……先生。」

 「どうしました? ミス・エイプリル。」

 「この町って、商工会がそんなに力を持っているんですか?」

 「そうですね……。」

 エメットは歩きながら顎に手を当てた。

 「まず、王国の都市は三つに分かれます。直轄都市、封建都市、自治都市です。」

 「……あー、なんか教えられた事ある気が……します。」

 ロザリーは歩きながら頭に手を当てた。

 「直轄都市は、中央政府が行政を担当している都市です。つまり、王国が直々に人々の生活を支えているわけですね。」

 2人とすれ違った火付け役が、道のランプ灯に明かりを入れ出した。

 「封建都市は伯爵以上の貴族が、その者の裁量で政治を行う都市です。領主の采配次第ですから、都市ごとの差が激しい事が多いですね。」

 「……そして自治都市ですね。」

 「はい。自治都市はより個性的です。ホフシェダットのように聖職者が事実上の行政官である町もありますし、ベルドゥアのように商人が行政を行う都市もあります。中には、鍛冶ギルドが治めている町もあるそうです。」

 そして、エメットは少し言葉を整えてから続けた。

 「……お察しの通り、封建都市や自治都市には”独自の掟”が生まれやすい土壌があります。」

 「……。」

 ロザリーはエメットの影のある言い方を聞いて、ゴクリと唾を飲んだ。

 「商工会がどれだけ力を持っているか、という話でしたね。ベルドゥアでは伝統的に複数の商家や業者、工房長などが合議制で町を動かしていたそうです。」

 ちょうど通りがかった広場に、大きな掲示板が見掛けられた。

 「見てください、あの大きな掲示板。合議で決まった”決まりごと"はああして貼り出されて、市井の人々に知らしめられるそうです。」

 「……町の名士によって政策が作られているんですね。」

 話し込んでいるうちに、2人は宿屋に戻って来ていた。エメットはロザリーの方を振り返り、話を締め括った。

 「なんにせよ、大事なのは明日です。話が大詰めに近い時ほど、慎重にいくべきです。」

 ロザリーは少し浮ついた気持ちを抑えながら、しっかりと頷いた。

 ◆


 翌朝は小雨だった。ロザリーとエメットは早歩きで町の北を目指した。30分ほどそうして雨を避けながら歩くと、確かに一際大きな屋敷がいやでも視界に入って来た。

 小高い丘の上に白い壁の大邸宅が鎮座していた。これが話に聞く、ポール・ディズモンドの屋敷であるのだろうと2人は直感した。

 試しに近くの店に入り主人に尋ねてみると、その直感は正しかった事が証明された。

 「なんだい、ディズモンド様に用事かい。あの方がお会いになってくれればいいけどな。なんてったって、この町いちの気難し屋だ!」


 2人は丘を登り、大屋敷の門に立った。物々しい事に門衛の小屋が隣接して建っていたので、エメットはそこを訪ねる事にした。そこでは初老の門衛が、こくりこくりと頭をもたげながら椅子に座っていた。

 「あの……すみません。」

 「……ほあ!? ……あ! ど、どちら様で?」

 門衛は寝ぼけながらびくんと飛び跳ね、呆けながら立ち上がって答えた。

 「ポール・ディズモンド様に面会をいただけませんか。フリゲン製材所のマードック様のご紹介で参った、王国騎士のエメット・ウィンターと申しますが……。」

 「マ、マードック様のですね? 少々お待ちを!」

 門衛は急いで屋敷に走り込んで行った。

 門の鉄柵越しに、ロザリーは邸宅の様子を覗き見た。小さな庭園は隅々まで手入れがなされているようで、小さな薔薇が点々と咲き誇っていた。

 そしてすぐに門衛が走り戻って来ると、息を切らしながら膝に手を置いて声を振り絞った。

 「おま……お待たせしました。お会いになれるそうで……ど……どうぞ。」

 門衛の手が示すまま、ロザリーとエメットは邸宅の入り口へ向かって歩き出した。

 入り口は上質な木材から切り出したもののようで、口を開けた獅子の彫刻が施されていた。ノックをしようとした瞬間に中から扉が開き、若い女性の使用人が姿を現した。

 「……マードック様ご紹介のお客様ですね。私は使用人のジャネットと申します。」

 そしてちょこんと膝を折った。

 「大変失礼ですが、お名前をもう一度お聞きできますでしょうか。」

 「はい、私は王立諮問院(しもんいん)特任調査官、エメット・ウィンターと申します。」

 「補佐官のロザリー・エイプリルです。」

 使用人は軽くお辞儀をしなおした。

 「ウィンター様、エイプリル様、どうぞこちらへ。ご案内をいたします。」

 使用人は扉の影に隠れながらノブを弾き、入り口を広げた。ロザリーとエメットは吸い込まれるように屋敷の中へ入った。


 ◆


 エントランスホールのすぐ横は客間になっていた。ロザリーとエメットは、使用人に導かれるままふかふかのソファ椅子に座り込んだ。

 「うわ……この椅子ふかふかですよ。」

 「吸い込まれる座り心地ですね。」

 「お気に召していただけたようで、何よりです。ただいまご主人様を呼んで参ります。」

 使用人は軽く礼をして、客間を後にした。

 残された2人が調度品や窓から見える庭園の事を話し合っていると、客間に屋敷の持ち主が現れた。

 「……どうも。儂がポール・ディズモンドです。」

 明らかに不機嫌そうな老人は、渋々エメットに右手を差し出した。エメットはそれを握り返し、ロザリーに空間を開けようと一歩退いた。すると、ディズモンドはそのままぷいと背を向けて、一際大きなソファ椅子にどかっと座り込んだ。

 「それで……何用ですかな。こう見えても忙しい身でね。端的に済ませてくれるとありがたいのだがな。」

 「……ええ、申し訳ありませんディズモンド様。本題に入らせていただきます。」

 エメットは手早くイスに腰掛け、話を続けた。ロザリーも慌ててイスに腰掛ける。

 「端的に申し上げます。”銀貨の制裁”を行っている者が現れました。あなたの手勢ですか? 率直に申し上げて、我々はあなたを疑っています。」

 「……!」

 「……!」

 ディズモンドだけでなく、ロザリーも心臓を跳ねさせた。

 「ご存知かと思いますが、諮問院(しもんいん)からは捜査のため数々の越権が認められています。お話をいただけないのであれば、正当なる権限をもって強制捜査を行います。ですが、私としては今この場でディズモンド様の口からご説明をいただきたい。こう思っております。」

 ディズモンドは深くため息をつき、諦めたように話し始めた。

 「……貴殿らの調査の通り、我々はかつて独断で裁判を行なっておりました。ですがそれは、どんな大都市でも往復で2週間かかる立地によるものです。ここは酌量をいただきたい。」

 エメットはじっとディズモンドの目を見続けていた。

 「我々は確かに裁きの専門家ではない。それゆえに、裁判を行なった際には当事者たちの遺族や家族に金銭的な補助を行いました。それが歪んだ話となり、”銀貨の制裁”などと呼ばれる事になった……これが真実です。」

 エメットの瞳の奥がぎらりと光った。

 「あなたはその裁判員の最後の1人……という事でしょうか。」

 ディズモンドは表情を曇らせ、ぎこちなく答えた。


 「……その……通りです。」


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