第21話 変えねばならない
王都の東にある港から帆船に乗って1週間。そうして到着した港から、さらに馬車で1週間。ロザリーとエメットは林の中に広がる、涼しげな都市に降り立った。
ベルドゥア市。組合によって取り仕切られた、商業自治都市である。古くから木材に名高く、建築材から調度品の材料までを大都市に供給し続けてきたベルドゥアは、夏は涼しく雨が多い事から、貴族の別荘が立ち並ぶ避暑地としても知られている。
「わ、すごい。なんだかもうひんやりとしますね。」
「少し山の方に来ましたしね。」
町の入り口で馬車を降りた2人は、周りの建物をゆっくり眺めながら大通りを歩いた。
「こうしてみると……町並みは王都とそれほど変わりませんね。」
「そうですね。年間を通して都の貴族が訪れますし、その影響なのかもしれません。」
エメットは両手の旅行鞄を一旦脇に置き、上着の内側から小さな地図を取り出した。
「……先生も初めて来たんですっけ。」
「はい。あいにくと西側諸国には来た事がありません。」
エメットは顔を上げ、行手をゆっくり指し示した。
「市庁舎は大通りをまっすぐ、二つ目の十字路を左ですね。我々の宿は途中なので荷物を落としてから向かいましょうか。」
エメットはそう言うと再び両手に鞄を持ち、歩き出した。ロザリーは改めて平穏を絵に描いたような町の様子を一望した。
(……この町で私刑が横行していた。)
ロザリーは王都で聞いた話を1人静かに噛み締めていた。
2人は小さな宿に到着し、宿泊手続きを済ませた。旅の荷物をそれぞれの部屋に下ろし、再び大通りに戻った。そして改めて市庁舎を目指したのだった。
道中、町の両翼には広大な針葉樹の林が広がっていた。林間は日光も届かぬ鬱蒼とした暗がりに染まっており、一方で、木の一本一本は丁寧に枝打ちされている様子だった。
「ベルドゥアは王国の材木庫、とも呼ばれているらしいですよ。」
「……はぁ〜……わかる気がします。どこまでも広がってるんですね、あの林。」
「この町で切り出された木材は川を使って下流の港に運ばれ、そこから帆船に載せ替えられ王都に運ばれているそうです。」
「私たちが訪れた場所や邸宅も、ここの木材だったのでしょうか。」
「あり得るでしょうね。もしかしたら私の邸宅がそうなのかもしれません。」
大通りを進んだところで、天秤の吊り看板が目に入ってきた。大きな建物に掲げられたその看板は、少し離れた場所からも目につく高さにあった。
「……両替商ですね。」
「両替商……ずいぶん大きいですね。」
「建材のほかにも、独特の製法で燻された木材は虫除けの効果があり、調度品に重宝されるそうです。婚礼の際に大変ありがたがられる贈答品なのだとか。」
ロザリーはエメットの顔を覗き込んだ。
「先生! ずいぶんお詳しいじゃないですか! 来た事ありますよね?」
「おかしな事を言わないでください、ミス・エイプリル。」
エメットは上着から、一冊の小本を取り出して見せた。
「すべてここに書いてあった事です。」
そこには、よく見ると王国観光必見ガイド……と題名が打ってあった。
「……あっ、それ……馬車の中でずっと読んでた本じゃないですか!」
「はい。まずは町の事を知っておきませんと、話が動かせませんから。」
そして歩きながら、パラパラとページを捲り始めた。
(……旅行を楽しんでるだけなんじゃ……。)
エメットはぴたりとページを止めた。
「燻製料理が有名なようですよ。もしかしたら、貴女の鋭敏な琴線を震わせる逸品に出会えるのでは。」
「……。」
ロザリーは猫のようにジロリとエメットを睨んだ。その視線を感じ取ったエメットは、ガイドブックをパタンと閉じて上着にしまった。
「どうしましたか?」
「どうもしておりませんわ、ミスター。私の舌は私以上に正直ですから、そんな逸品があれば是非口にしてみたいと思っただけでございます!」
◆
「おーいしー! ヤバうま!!」
ロザリーは落ちそうになった頬を持ち上げながら、名産品の燻製チーズを味わっていた。
「……。」
エメットは、皿に盛られた燻製チーズを小さなフォークで刺して頬張った。
「いかがですか。騎士様がたの舌も唸らす出来ともなれば、我々も胸を張って王都にも送り出せようものですが……。」
ロザリーとエメットは、ベルドゥア市庁舎の客間に座っていた。対面には笑顔の青年が座っていた。商工会で物流の管理や特産品の起案を行なっている者だと、紹介があったばかりである。
「……なるほど。確かにこの香りは独特ですね。」
「男爵様、どうぞ忌憚なくおっしゃっていただければ……。」
「白葡萄酒と合わせるのでしょうから、ペアリングを試してみてはいかがでしょう。最近は北方からも良いものが現れていると聞きますから、王都の上流階級に流れる新風に乗ってみるのも一興かと……。」
「なるほど! さすがは男爵様!」
商工会の青年は、腕を組みながら唸った。
「……もういっこ……もらっていいですか、先生。」
エメットは黙って皿をロザリーに寄せた。
「補佐官の嗅覚と味覚は、猟犬をも凌ぎます。私よりも彼女の直感が良いものだと言っているようですから、自信を持っていただいて良いのだと思いますよ。」
「おお! それは心強い……? ですね!」
ロザリーはツンと目を瞑りながら、チーズを味わった。
「……ところで、商工会の長老衆にお会いしたいのですが、そのような方達は……いらっしゃるのでしょうか。」
「そうですね……私も商工会のリーダーに呼ばれた引き抜き組でして……この町の歴史となると疎いんです。申し訳ない限りで。」
青年は頭を下げた。
「ただ、そのリーダーなら何か知っているかもしれません。彼はここの生まれのはずですから! 自分の事を生粋の山猫だと、そう豪語していました!」
「ご馳走様でした。」
ロザリーが空の皿を置いた音を合図に、会談は結びとなった。
◆
商工会の青年の話では、そのリーダーは製材所にいるはずとの事だった。ロザリーとエメットは市庁舎を出て、大通りから枝道へ。そして山麓へ向かって歩き続けた。
20分くらい進むと、川の音と共に大きな倉庫が現れた。その壁には、フリゲン製材所と刻印されていた。
手近な場所にいた作業員に話を聞くと、目当ての人物はこの大きな倉庫の中にいる事と、マードックという名前なのでそう尋ねて欲しいという事を教えてくれた。2人は軽く礼をすると、倉庫の中に歩みを進めた。
そこは倉庫であり、作業上でもあった。作業服に身を包んだ男たちが、独特の工具で木の皮を剥いだり、槌と楔で器用に木材を寸断しているところで、芳しい森の香りと共に木屑の飛び交うざらつく空気に包まれていた。
エメットは作業を見守っている、ベテランの風貌の男に話しかけた。
「すみません。王都から派遣された騎士で、エメット・ウィンターと言います。マードックさんはどちらにおられるでしょうか。」
「……え? 騎士様……? あ、え、マードックなら……2階の事務所ですが。な、何用で?」
男はこの場に全く似つかわしくない2人に酷く驚いた様子だった。そして慌てふためきながらも、奥の階段を指差した。
「ありがとうございます。お話を聞きにきただけですので。」
エメットとロザリーは、呆気に取られたままの男を置いて足早に奥へ向かった。
階段を上がると、すぐ目の前にドアがあった。エメットはゆっくりとノックをし、声をかけた。
「すみません。王国騎士のエメット・ウィンターと申します。マードックさんはおいででしょうか?」
一瞬の沈黙があり、中からしっかりとした男の声が返ってきた。
「今、参ります。そこでお待ちを。」
微かに足音が近づいてきて、そして程なくしてドアがゆっくり開かれた。
「これは驚いた……本当に騎士様だとは。どうぞ中へ。」
そこにはエメットより少し上背の高い、大柄で筋肉質の男がいた。男は豪快に手招きをし、2人を部屋に招き入れた。
部屋は製図室でもあったようで、大きな木机一面に紙が広げられていた。そしてその他に事務机が6席ほど並んでおり、男はそこから椅子を2脚引き摺り出して並べた。
「あいにくと来客用の椅子がないもんで、すみませんがこれで。」
2人が用意された椅子の横に立つと、男は製図机の背もたれがない椅子をひょいと持ってきて正面に置いた。
「マードック・フリゲンです。この製材所の所長をやっております。」
エメットはマードックが差し出した右手に答えた。
「王立諮問院特任調査官のエメット・ウィンターです。」
続いてロザリーが答える。
「調査官補佐の、ロザリー・エイプリルです。」
マードックは目を丸くした。
「……こちらのお嬢さんも、騎士様ですか。」
「あ、いえ、私は従士です。」
ロザリーは軽くお辞儀をし、3人は同時に椅子に腰掛けた。
「いやあ、話はそう違いませんよ。こう言っては何ですが、王国騎士の世界でも婦女が活躍してるというのは、新しい時代を感じさせますね。」
マードックは嬉しそうに笑った。そこにエメットは、自然な呼吸で話を切り出した。
「本日お邪魔したのは、まさにその新しい時代についての事なのです。」
「ほう? そうなんですか。」
マードックは微かに前のめりになった。
「実はここに来る前、市庁舎で商工会の方にご挨拶させていただきました。なんでも、マードックさんはこの町に新しい波を起こそうとしているように思えまして。」
マードックは膝を打って答えた。
「その通りです! 私はね……この町を変えねばならんのですよ!」
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