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第20話 天才騎士

 丸一日も経つと、さすがにロザリーも調子を取り戻した。この日ばかりは起こされるより前に階段を元気よく駆け降り、エメットとマーガレットの目を丸くさせた。その様子をみたエメットはぼそりと呟いた。

 「近いうちに大嵐が来そうですね。」

 そして、紅茶をゆっくりと口に含んだ。


 ロザリーが朝の支度を終え、玄関で姿見を見ているところにエメットが合流した。ロザリーはにっこりと微笑みかけると、エメットも軽い微笑みで返した。

 2人はそのままジャン=ジャック通りに出た。いつもの朝の事だ。ただし、今日は歩みを王都の外に向けていた。伝言を頼んだはずの騎士団長は、兵舎にいるからだった。

 王都の兵舎は、南北に二つある大門のそばに密集している。王城には近衛兵の詰め所が用意されているが、基本的に兵舎といえばこの二か所であった。そのため、2人は北に向かって貴族街を横切るように歩き出した。

 「……銀貨の謎、解けるのでしょうか。」

 「解かなければなりませんね。もしかしたら、そこに謎なんてないのかもしれませんが。」

 2人は心なしか、力の入った足取りになっていた。ロザリーはもとより、口ではそう言ったもののエメットの胸にもわずかばかりの進展が実感できていたようで、表情にも勢いが滲み出ていた。

 10分ほど歩くと、そこにはロストフェル邸の敷地が広がっていた。外から様子は窺い知れなかったが、やはり木々は伸び放題になっている事だけは遠目に判別できた。

 「……パスカルさんは、この広い庭園を1人で手入れなさっているんですよね。」

 「そうでしょうね。主君のために働く……その使命が彼を動かしているのでしょう。」

 ロザリー達が通り過ぎるまで、大邸宅は不気味なほどに沈黙を守っていた。


 ◆


 貴族街を通り過ぎると、そこは北の平民街だった。と言っても、様子に特段変わりはなく、2人がいつも捜査で行き交う風景と大差のない平穏さが感じられた。買い物をしている者、元気な露店の店主、道端で遊ぶ子供達。街角の端で、石垣に座りながら会話を楽しむ老人。陽光の下、朗らかな時間が流れていた。

 そして平民街を抜けると、そこには大きな兵舎が建っていた。隣には厩舎もあり、鍛冶場まで併設されている場所だった。

 エメットが兵舎の門衛に話を通すと、門衛はきびきびと敬礼をして2人を敷地内へ案内した。すぐそこは訓練場になっており、何人もの兵士がすでに汗を流していた。彼らはエメットに気づくとすぐに練習を止め、わらわらと走り寄って敬礼した。

 「ウィンター男爵でありますか!」

 「はい。エメット・ウィンターに間違いありません。騎士団長殿はいらっしゃいますか。」

 「は! こちらにてお待ちください!」

 そう言うと、他の兵卒たちはいそいそと木造の椅子を2脚用意した。そのまま2人は腰を下ろしたが、眼前には野外の訓練場が広がっていたので何だか不思議な光景でもあった。

 兵卒達は自然と陣形を組みながら兵舎へ走り戻って、あっという間に姿が見えなくなってしまった。

 「……どういう事ですか、先生。なんか流れがよく分かんないんですけど。」

 「実は練習試合に付き合ってほしいと言われてるんです。」

 「えっ!!!」

 エメットは驚いた表情をしたが、すぐに理解してロザリーを宥めた。

 「安心してください。試合をするのは私です。」

 「……なぁんだ……よかった。」

 ロザリーはほっと安心したが、同時にホフシェダットでの一言が脳裏に浮かび上がった。


『月とすっぽんですから。』


 そしてロザリーは急にむすっとして、エメットを睨んだ。エメットも、この瞬間ばかりは全く状況が飲み込めず、困惑した。


 そして数分も経たないうちに、何十人という兵卒が兵舎から走り出てきた。皆が皆、顔に緊張と期待を浮かべているように見受けられた。

 壮年の男性が1人歩み出て、エメットに握手を求めた。

 「王国警備隊を務めます第6騎士団団長。百人長のダニエル・ミドルコーヴです。爵位は男爵を拝しております。」

 「王立諮問院(しもんいん)特任調査官のエメット・ウィンターです。爵位は男爵を拝しております。」

 そして2人は固い握手を交わした。

 「……この度の練習試合をお受けいただきありがとうございます。ウィンター殿のお噂はかねがね……。ずっとお手合わせいただきたいと願っておりました。」

 「ご期待に添えるよう、頑張ります。」

 そう言うと2人は訓練場の真ん中、開けた場所へ移動した。兵卒達は自然とそれを取り囲むように円陣を組む。全員が固唾を飲んでいるようだった。

 「……。」

 その緊迫感に、ロザリーも息を止めた。エメットとダニエルは、お互い火花を散らすほどの真剣な視線を送り合っていた。

 そしてその2人に、兵卒がそれぞれ木剣を手渡した。すると何の号令もかける事なく、2人の騎士は剣を構え始めた。

 「……すげぇ。夢の対決だ。」

 「ああ。団長と……あの天才騎士様の戦いが見れるなんてな。」

 ロザリーがその話に興味を惹かれたその一瞬だった。甲高く木の打ち合う音が鳴り響いた。

 「……!」

 「……くっ!」

 すでにそこでは一合目打ち合わされていた。鍔迫り合いが続くたびに、騎士団長の剣は徐々に押し込まれ劣勢になっていく。

 「ハッ!」

 そこで団長は剣をねじり上げ、強引に体勢を戻した。そして再び間合いを図りながらお互いが呼吸を計り合う。

 「……え、す、すご……。」

 ロザリーはその剣撃を目の当たりにし、圧倒されていた。

 その間も、エメットは団長の呼吸を縫って鋭い剣を浴びせ続ける。

 近づいたと思えば、絶妙な間合いに戻る。間合いの外と思えば、いつのまにか懐にいる。その独特な歩法に騎士団長は防御がやっとという有様だった。

 「……ぬっ……この! ……がっ!」

 そして剣に苛立ちが現れた瞬間、騎士団長の手から木剣が弾き飛ばされた。

 「……ま、参りました。」

 騎士団長は膝から崩れ落ちた。その瞬間、兵卒達からワッと歓声が湧き上がった。

 兵卒達の拍手を潜り抜け、エメットは座るロザリーの元へ戻ってきた。そして椅子にかけていた上着から布を取り出し、汗をとり始めた。

 「……先生って有名な騎士なんですか?」

 「……大したものではありません。王国は広い。私など、まだひよっこもいいところでしょう。」

 「なんか有名な大会とか優勝したんですか?」

 「……まあ有名な大会といえばそうかもしれませんが、15の時に御前試合に出た事はありますね。運良く勝ちましたが。」

 ロザリーは空中を見上げて、そして確認した。

 「御前試合って、国王様が見るやつですよね?」

 「昔はそうだったようです。今は、王国騎士の王者を決める戦いの事です。」

 「……少年部門でですか?」

 エメットは汗を一通り拭き取り、手布を上着にしまって答えた。

 「いえ、大人の王国騎士達が参加した一般部門ですね。」


 ◆


 エメットはそのまま兵卒達の稽古に巻き込まれ、延々と打ち合いを続けた。そうしてしばらく経つと兵卒は軒並み訓練場に転がされ、立っているのはエメット1人だけになってしまった。

 立ち上がれるものがいなくなると、騎士団長のダニエルは再びエメットに近づき握手を交わした。

 「……エメット殿。本日は稽古をつけていただき、誠にありがとうございました。」

 「いえ、私も久しぶりに初心を思い出しました。夢中で木剣を奮った頃の記憶を。」

 ロザリーも椅子から立ち上がると、エメットの上着を持って訓練場の中央へ向かった。

 そしてダニエルは、振り返って1人の兵卒を呼び出した。

 「ジョナシアン!」

 「……は、はい!」

 砂だらけになった兵卒が、立ち上がってよろよろと走り寄った。

 「エメット殿。この男はジョナシアンと言います。南西の林間都市、ベルドゥアの生まれです。」

 「ジョナシアンと申します! 本日は稽古をありがとうございました!」

 エメットは軽く礼を交わした。

 「ジョナシアン……例の話をエメット殿に。」

 「はっ!」

 ジョナシアンは少し息を整え、そして話を改めた。

 「自分の生まれのベルドゥアでは……たちの悪い噂と思って笑い飛ばしていただければよいのですが、”銀貨の制裁”という風習があったと聞いております。自分たちの意に反した裏切り者に死を与え、その手に銀貨を握らせるという因習が……。」

 エメットの目の色が深く沈んだ。ロザリーもエメットの上着を持ったまま、言葉を失った。

 「今では! 今ではベルドゥアはそんな町では決してないのですが……かつて厄介な権力者達が幅を効かせていたとかで、私刑が横行していたと……祖母が密かに私に教えてくれました。私自身も最近まですっかり忘れていたのですが……。」

 「……今回、兵卒全員に大号令をかけたところ勇敢にも申し出てくれたというわけです。」

 エメットは目をゆっくりと瞑り、そしてゆっくりと開いた。

 「ジョナシアン殿。貴方の勇気に敬意を表します。この件でベルドゥアにいらぬ汚名がかけられる事のないよう、私からも諮問院(しもんいん)に固く申し入れましょう。」

 「ほ、本当ですか……ありがとうございます!」

 「こちらこそお礼を言わなければなりません。ありがとうございます、ジョナシアン殿。」

 エメットはロザリーの方を振り返った。ロザリーの目には、ルビーの様な炎の輝きが煌々と燃え盛っていた。

 「……ベルドゥアですね、先生。」

 「はい、長旅になります。貴女にはしっかり働いてもらいますよ、ミス・エイプリル。」


 ロザリーは凛とした佇まいで、エメットに上着を返した。


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