第19話 誰のため
王都の朝。そこにはいつものウィンター邸があった。マーガレットが合鍵を開けて、エメットと挨拶を交わす。そして朝食の用意を済ませたマーガレットが、決まってロザリーを起こしに行く。それをエメットが諌める。
それが、この日だけはエメットの様子が少し違った。マーガレットにかけた言葉は、むしろお願いであった。
「……マーガレット、今日はミス・エイプリルを少し寝かせてあげてくれませんか。私も少しばかり情報を整理する時間が欲しいです。」
「……かしこまりました。」
マーガレットはエメットの口ぶりと表情を察知し、小さくため息をついた。
「お褒めになる時は、はっきりと言葉にしたほうがよろしいと思いますよ、ご主人様!」
「……?」
エメットは植木の手入れに向かうマーガレットの後ろ姿を、少しの間見つめていた。
しばらく経った後、ロザリーは普段より一層の眠気を纏ってふらふらと階段を降りてきた。熱い紅茶だけを少しずつ飲みながら、こめかみをしきりにおさえていた。
「……まさか3本も開けるとは。私は貴女を過小評価していたようです。」
「……覚えてないです。」
「局長も、驚愕を隠せないご様子でしたよ。」
「乾杯のあとしばらくは記憶があるんですけど……。」
エメットは客間のテーブルに地図や書類を散らして置き、俯瞰して眺めていた。
「ミス・エイプリル。貴女の準備ができたら、あの酒場へ向かいましょう。今日はそこで聞き込みです。」
「はい……なんとかします……。」
ロザリーはよろよろと立ち上がり、顔を洗うために客間を後にした。
◆
昼時が近づき始めたあたりで、2人はベヌッチォが勤めていた酒場に到着した。ロザリーは少し持ち直し、何とかしっかりと歩けるくらいまでには回復していた。
「今日も一日長くなりそうですから、無理そうな時は申し出てくださいね。」
「……大丈夫です。」
ロザリーは自分の頬を挟むようにパチンと叩き、力強く一歩を踏み出した。
エメットは手始めに、ちょうど店先の掃除を始め出した掃除夫に声をかけた。掃除夫は中年の男と、青年の二人組であった。
「……お仕事中、すみません。少しよろしいですか。」
「……へぇ? ……お、俺らですかい?」
中年の掃除夫はひどく驚いて後ずさった。
「……騎士様。俺ら何にもしちゃいないですよ。」
青年の方は、エメットをじろりと睨みつけて水の入った木桶を足元にどすんと置いた。
「"銀貨事件"の捜査を行なっています。普段いつぐらいに、どこで何をなさっているか……そんな事を教えていただけませんか。」
「はぁ……。」
「……。」
中年の掃除夫はよく分からないといった様子で曖昧に頷き、青年はポケットに手を突っ込みながら憮然と立ちすくんだ。
しばらくの間は正に世間話といった話題で話が進んだ。取り留めのない事を答えているうちに、2人も少し警戒感をほぐしたようだった。
「いやしかしね、騎士様……。俺らのような下働き者も……震え上がってるんですよ。何しろ狙われているのは平民や下民なんですからね。」
「……まあ俺が狙われたら、返り討ちにしてやりますけどね。」
「なぁにを一端の台詞を吐いてんだ青二才が! お前なんか、目の前に銀貨でも転がされたら、あっという間にブスリといかれちまうだろうが!」
「んな訳あるかよ!」
中年と青年が小競り合いを始めてしまいそうだったので、エメットは話を切り上げる事にした。
「ご協力ありがとうございました。捜査が難航したら、また話を聞かせていただくかもしれません。」
「わかりました、騎士様。その……こう言っては何ですが……我々協力をさせていただいたので……。」
中年の掃除夫が手を擦りながら、恐る恐る尋ねてきた。
「……そうですね。情報の重さにより、心付けを渡す事は自然な事です。ここまでの話では、まだなかなか……私も王国の命令で動いておりますから。」
そう言ってエメットは、銅銭を2枚掃除夫に投げてよこした。
「あっ、これは失礼しました! 次は銀貨をもらえるよう、街のあちこちに目を光らせておくとしましょう!」
「……やめなよ、オジキ。銀貨なんて縁起が悪いぜ。」
そういって青年の方は、銅銭を懐にしまった。
「なんだよおめぇは! 俺らも刺し殺されたあいつらみたいになるってのか?」
「……はぁ? いやだから、銀貨なんて縁起が悪いだろ。葬式の時に使うやつだろ?」
そこで青年以外の全員が、視線を自然に一致させた。
「……? な、なんだよ。」
青年は状況が飲み込めないようで、ポケットから手を出して酒場の手すりを触った。
「……葬式に使うとは、どういう事ですか?」
エメットの温度がぐぐっと低くなり、氷のような鋭さで問いかけた。
「え、違うのか? いや、ほら、葬式では火葬した後……棺に入れるだろ、銀貨。」
「……そんなの聞いた事ねぇぞ。」
「へっ? そ、そうなんすか?」
エメットとロザリーは顔を見合わせた。ロザリーはすっかり酔いを覚まし、青年に答えた。
「……私も王都の出身ではないですが、聞いた事ないですね。そういった風習。」
「あ、そ、そうなんだ……。」
青年は少し恥ずかしくなってしまったようだった。そこにエメットが一歩踏み出して、詰め寄る。
「貴方の田舎では、餞別に銀貨を送る事はしないのですね?」
「うわっ……あ、そ、そうです……ね。銀貨なんて送ったら、長老どもからこっぴどく怒られますよ。まあ、もともと銀貨なんて村にあったのかどうかすら分かんないすけど。」
「失礼ですが……貴方のお生まれは?」
「け……ケルホ村です。南西部の。」
ロザリーは、思わずエメットの腕を取って声をかけた。
「……先生! これ、すごい進展じゃないですか!?」
エメットはロザリーの手を取り、まるで舞踏会の終わりのように優雅に上げ、そして静かにその手を戻させた。
「進展ではありますが、ほんの一歩程度ですね。聞き込みはこれからですよ。」
ロザリーはため息混じりに答えた。
「……はぁーい……。」
◆
夕方の鐘が鳴った。ロザリーとエメットははるばる王都の大門近くまで来ていた。
いよいよ一日が終わったと肩の力を抜いて道端にかがみ込んだロザリーをよそに、エメットは門衛となにやら話し込んでいた。
「お待たせしました、ミス・エイプリル。今日はもう引き上げましょう。」
「はーい……長かったぁ……!」
ロザリーは何とか自力で立ち上がり、スタスタ歩くエメットを追いかけた。
「……先生。結局、今日の1番の収穫は掃除夫さんの話だったのでしょうか。」
「そうですね。私も銀貨を葬送の餞別にするというのは……不勉強でした。」
エメットがあまりにも淡々と話すので、ロザリーは気になって問いかけた。
「これって、ほんの一歩程度の進展なんですか?」
「……先ほど、門衛に伝言を依頼しました。」
ロザリーは歩みを早め、少し前からエメットの顔を覗き込んだ。
「伝言って……何を言ったんですか?」
「兵卒の中に銀貨を死者に使う風習に心当たりのある者はいないか……騎士団長へそう依頼して捜査を手伝って欲しい、と。」
ロザリーはそこで頭がこんがらがってしまった。
「やっぱりすごい進展じゃないですか! 銀貨は葬送の証……3人の犠牲者は何らかの理由で犯人から葬られたっていう事ですよね?」
エメットはまあまあ、と手で示しながらロザリーをなだめた。
「そこまでは話を進めすぎですよ。貴女の長所の一つは、目の前の人参に追いついてしまうほどの健脚ですが、今この瞬間ではやや勇み足です。」
「……貶してますよね。」
エメットはまた前を向き直し、帰路を急ぎ始めた。
「ミス・エイプリル。では、あの銀貨が葬送の証だったとしましょう。犯人の胸にあったであろう、何らかの理由とは何が考えられるでしょう。」
ロザリーは腕を組みながら、目を落とした。
「うーん……。」
エメットは歩きながら、何も言わずにロザリーの言葉を待った。
「……被害者たちを可哀想に思ったから……?」
「……自分で殺しておきながら、でしょうか。」
「やっぱそうなりますよね……。」
ロザリーは肩をガクンと落とした。
「……ですが、大事な点が一点あります。銀貨を葬送の証と見た場合、銀貨の行き先は犠牲者に向くという事です。」
「……行き先が向く?」
エメットは歩きながら軽く頷いた。
「さっきご自身で仰ったように、犠牲者がかわいそう、弔ってあげたい、そんな思いと理由から銀貨を握らせたという事になり、犯人のした事と相反します。成り立たないわけではありませんが、やや不自然になるという事です。」
ロザリーはまた腕を組み、うーんと唸り始めてしまった。
「……私はこの銀貨の行き先は……別の誰かなんじゃないか。そう思い始めています。」
「え……? どういう事ですか?」
エメットは立ち止まり、そして間を持って答えた。
「銀貨は、犠牲者をわざと目立たせるように仕組まれたのではないかという事です。」
☆「第1回アース・スター文庫キャラクター小説大賞」応募連載中!
募集サイトで1話分先行公開中! 作者マイページ→プロフィール→X(Twitter)から飛べますので、応援いただけると嬉しいです。
★他の作品もぜひご覧ください!
<連載中長編・ハイファンタジー・内政・領地経営>
「魔王は紅茶を愛した」
<中編・ダークハイファンタジー>
「魔女の処刑人」
※魔王は紅茶を愛した、の補足作品です。単独作品としても読めるものになっていると嬉しいです。
<短編・ハイファンタジー・ラブコメ・おねショタ>
「僕の女神は窓の向こうに」
<全5話中編・漫画脚本・バトル・冒険者>
「離界の悪魔」
<短編?・現代・ローファンタジー・コメディ・ミステリ>
「封魔堂〜激レア怪異入荷しました!」




