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第17話 銀貨の推論

 ロストフェル邸を出た馬車は、ロザリーとエメットを乗せて小気味よく貴族街を走り出した。車内でロザリーは気が抜け、車内の壁にしなだれかかった。

 「はぁー……。」

 「どうしましたか、ミス・エイプリル。もう空腹になりましたか。」

 「ちっ、違います! 気疲れしたんですよ……!」

 ロザリーは壁から身を離し、背筋を伸ばして座り直した。

 「昼食に帰るのも良い時間ですが、せっかくの馬車を用意してもらったのですから、もう一箇所寄らせてください。」

 「……それはもう先生の決めるままだと思いますが、どこへ向かうんですか?」

 「第2教区神殿です。ミッシェル様に、魔法鑑定をお願いしに伺います。」

 エメットはそう言いながら、上着の内側から白布を取り出した。そして慎重に布を捲ると、中から銀貨が1枚姿を現した。

 「……。」

 「……。」

 「……え!!! 先生、まさか! パスカルさんから盗んだんですか!!?」

 「失礼な事を言わないでください、ミス・エイプリル。」

 エメットはそう言うと、銀貨を再び白布に恐る恐る包んだ。

 「私はうっかり自分の銀貨と誤って取り違えたようです。パスカルさんには、大変申し訳ない事をしてしまいました。」

 わざとらしく澄まし顔をするエメットを、ロザリーはじとっと見つめた。

 「……先生って、昔詐欺でもやってたんですか。」

 「奇術が好きなんですよ。家族の前で披露するため、よく鏡の前で練習したものです。」

 ロザリーは目をより一層細めたが、エメットは視線を合わせる事なく足を組んで目を瞑った。


 馬車は程なくして第2教区の神殿に到着した。エメットとロザリーはさっと下車すると、開かれたままの大扉を通り過ぎて近くの神官に話を通した。

 神官は奥に小走りで駆け込み、そして数分も経たないうちに入り口までデイビッドを連れて戻ってきた。デイビッドに招かれ、2人は神殿の奥へ歩みを進めた。

 書斎に入ると、ミッシェルは変わらぬ寛大さでロザリーとエメットを迎えた。

 「おお、男爵。いかがされましたか、何やら私の出番だとは聞いておるのですが。」

 「はい、猊下(げいか)。こちらを調べていただきたく参りました。」

 エメットは懐から、恭しく銀貨を取り出した。

 「銀貨……ですか。」

 ミッシェルの視線に、真剣さが宿った。


 ◆


 ロザリーとエメット、ミッシェルは様々な器具の並んだ小部屋に詰めていた。

 老眼鏡をかけたミッシェルは椅子に座り、手袋をはめ銀貨を手に取り、紙を一枚挟んで銀の皿に乗せた。そして小さな刷毛を取り出すと、銀貨に魔力の光を塗りつけた。その上で、紙ごと銀貨を持ち上げて別の銀盤に乗せた。慎重に紙を抜き取り、銀盤を手に持つ。

 次の瞬間、銀盤に嵌められていた数々の宝石が淡く輝き出した。その輝きは銀盤に満遍なく広がる訳ではなく、ある程度の方向に偏ったように見られた。

 「……ふむ。」

 ミッシェルは手袋をしたままペンを取り、銀盤の輝きと書類を交互に見て情報を書き落とした。

 「男爵。これがひとまずの所見です。」

 「ありがとうございます、拝見します。」

 エメットは書類にゆっくり目を通し始めた。ミッシェルは補足するかのように、言葉を付け加えた。

 「……3枚のどれとも反応は一致しませんですな。」

 「……やはり、そうでしたか。」

 エメットは目を通しながらつぶやくように答えた。そして書類を丁寧にミッシェルに返却した。

 「この銀貨は、どちらから持ってきた物で?」

 ミッシェルは老眼鏡をケースにしまいながら、エメットに尋ねた。

 「さる高貴なお方が肌身離さず身につけていた物です。お借り受けして来ました。」

 ロザリーは心の中で、やっぱり詐欺師じゃないかと自分の考えを咀嚼した。

 「いや、それを聞いて少し安心しました。私は……四人目の被害者が出たものかと。」

 ミッシェルは胸を撫で下ろした。そして椅子に立てかけていた杖を持ち、手すりを巧みに使ってゆっくり立ち上がった。

 「ご多忙のところ申し訳ありません、猊下(げいか)。」

 「いや、なに。こんな年寄り幾らでも使ってくれて構わん。休暇ならこれからたっぷり取れるしな。」

 ミッシェルはエメットの謝意を笑い飛ばすと、よろよろと歩き出した。エメットは小部屋のドアを先回りして開け、ミッシェルを気遣った。

 「猊下(げいか)、ご無理をさせてしまい申し訳ありません。」

 「いやいや、ご心配をおかけしてしまって。歳はとりたくないものですな……こう見えて、昔は山を1日中飛び回っていたのですが。」

 3人は廊下をゆっくり歩き続けた。歩みはミッシェルに合わせてゆっくりとである。

 「お体のご加減はいかがですか。」

 「冷えてくると足が軋みますな……故郷の旧友から色々誘われているのですが、これでは碌に山歩きもできません。こってり馬鹿にされてしまうでしょうな、はっはっは!」

 エメットは書斎のドアを開けた。そこにはデイビッドが椅子に座り、読書をして待っていた。彼は一行に気づくと本を無造作に閉じ、ミッシェルの傍まで走り寄った。

 「あ……男爵、申し訳ありません。私がお部屋までお迎えに上がるべきでしたのに……。」

 「いえ、私が勝手にしでかしたのです。お気になさらず。」

 デイビッドに支えられながらミッシェルは椅子に腰掛けた。

 「男爵。また何かあれば、すぐに頼ってください。」

 「ありがとうございます、猊下(げいか)。また近いうちに。」

 エメットは丁寧に一礼をし、書斎の扉を閉めた。

 ロザリーとエメットは廊下を淡々と歩いた。神殿の大扉を出てすぐに馬車が停まっていたので、2人は軽い足取りで飛び乗った。

 馬車の扉を閉めて御者が馬に鞭を入れる。神殿が少し離れかけたところで、ロザリーは満を持して口を開いた。

 「……あの銀貨、先生は何を調べたかったんですか?」

 「そうでした、貴女は話に聞いていただけで魔法を使った精密検査は初めてでしたね。」

 エメットは懐から再度、銀貨を取り出して話を続けた。

 「まずこの銀貨。パスカルさんの言う事を信じるならば、ロストフェル子爵が肌身離さず持ち歩いているもののはずです。」

 ロザリーはこくりと頷く。

 「という事は、この銀貨と同じ反応。または、似たような反応を示す銀貨は少なくともロストフェルが日常的に持っていたものである確率が……少し高くなります。」

 「……なんかあやふやな言い方するんですね。」

 「そんなものですよ。そんなもの程度にしておかないと、思い込みはすぐさま目を曇らせますからね。」

 そして銀貨をじっくり眺めながら、また懐に戻した。

 「ですが3枚の銀貨も、この銀貨も、それぞれ全く別々の反応を示しました。それぞれ、数日間に渡って日常的に同一の所持者が所持していたものではなさそう、という事が分かったわけです。」

 ロザリーはため息をついた。

 「……まだまだ分からない事だらけですね。」

 「捜査とはこういうものですよ、ミス・エイプリル。」

 エメットの表情は曇らず動かず、平然としたものであった。

 「こうではない、ああではない、そういった情報を集めていく事で、やがて最後に残った真実がくっきりと浮かび上がるのです。」


 ◆


 馬車は第2教区を後にし、のどかな蹄の音をたてて走り続けた。窓から気持ちの良い風が吹き込んでくる。そんな静けさを楽しんでいるうちに、馬車はウィンター邸の前に停まった。

 そこで、急にエメットが声を上げた。

 「あ……そうでした。ミス・エイプリル。先に家で休んでいてもらえますか。」

 「はい? あ、もちろんそれは構いませんけども……。」

 その言い出しがあまりにも急すぎたので、ロザリーはうまく言葉が出なかった。

 「私は西部大神殿に書類を用意してもらっているのでした。取りに行ってきます。」

 「わかりました。私はついていかなくて……良いのですか?」

 エメットは馬車のドアを閉めながら答えた。

 「書類を取って戻ってくるだけですからね。ここまでの話を1人頭の中で整理するのも、大変良い訓練になるでしょうからやってみてください。」

 それだけ伝えると、エメットは馬車に揺られてあっという間にいなくなってしまった。

 ロザリーはウィンター邸の玄関を鍵で開け、中に入った。

 そして奥へ奥へ進むと、炊事場ではマーガレットが昼食の用意をしているところだった。

 「ただいま、マーガレット。一足早く戻りました。」

 「あらお嬢様、お帰りなさいませ! ……ご主人様どちらに?」

 「何か西部大神殿に頼んでいたものがあったとの事で……1人取りにいきました。」

 ロザリーは少し拗ねながらマーガレットに答えた。

 どうやらその気配がマーガレットにも伝わったらしく、彼女は優しい声でロザリーに答えた。

 「ご主人様はロザリー様に、何か仰っておられましたか?」

 ロザリーは”何も"と皮肉を込めて言ってやろうかとおもったが、ふとエメットの直前の言葉を思い出した。

 「”ここまでの話を1人頭の中で整理しなさい”と、言われているんです。」

 「まあ、そんな難しい事を! ……お嬢様に期待を寄せておいでなのでしょうね!」

 マーガレットは柔らかく微笑むと、炊事場に引っ込んでいった。

 ロザリーは自室に駆け上がり、部屋のドアを開けるとベッドに腰掛けた。そして手帳をパラパラとめくり出して、現場の事、ホフシェダットの事、ロストフェル家での事を記録した部分をもう一度読み直した。

 「……。」

 頭の中には、次いでエメットの言葉がふわふわと思い出されていた。色々な情報が行き交い、浮かび、消え、くっついては離れた。自分の中である程度の考えがまとまるたび、頭の中のエメットが皮肉を込めながらそれを否定して回っていた。

 そしてその果てで、ロザリーはぽつんと自然に呟いた。


 「……犠牲者は本当に3人だけなのかな……。」


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