第13話 本命
ドゥイシェルとの晩餐は、意外にも質素なものだった。魚のスープにパンとチーズ、ローストポークに少々の白葡萄酒が添えられていた。
エメットとドゥイシェルは世間話に花を咲かせた。王都の事、港町の事、果ては王国各地の情勢だとか、国政の行先などが話された。
ロザリーはほとんど話についていく事ができず、料理も全て平らげてしまったので部屋の装飾や何点か飾ってあった絵画を眺めていた。
「……では、男爵。そろそろ本題がお聞きになりたいだろう。私に出来る限りのお話をしようと思うが……いかがか。」
ひとしきり場が温まったと見たのか、ドゥイシェルはそう切り出した。
「はい。我々調査官は、現在王都で発生した"銀貨事件"の捜査を行っております。それについて、ドゥイシェル様にも是非ご協力をいただきたい。」
ドゥイシェルは、白の葡萄酒の残ったグラスを見つめ、ゆっくりと口をつけた。
「……"銀貨事件"か。さすがに私の耳にもその噂は届いておる。平民や貧民、併せて3人……だったかな? 犠牲者は皆、銀貨を握りしめ絶命していたとか。」
「その通りでございます。さすがはドゥイシェル様。」
ドゥイシェルは空になったワイングラスをテーブルに置いた。
「そこで、男爵。私は何を手伝えば良いのだろうか?」
エメットは座りながら前のめりに、手を組んだ。
「……ドゥイシェル様は王都の教会事業にも顔が効くお方……被害者の1人に貧民がおりまして、貧民街にも動揺が広がっております。そこで、ドゥイシェル様がお関わりになった催し物を通してで構いません。彼らの最近の動勢をお聞きしたいのです。例えば、王都を離れたがってる者が多いとか、貴族にある種の恨みを持っているとか……そのような事です。」
「……なるほど。」
ドゥイシェルは少しテーブルの上の空の食器を見つめた。そして思い立ったように静かに喋り始めた。
「……男爵には気を悪くしないでいただきたいのだが、貧民たちは貴族に反感を持つものが多いのは確かですな。貧民たちの中には、元々貴族家に仕えていた者もいます。炊き出しの際に寄せられる相談は、職を得たいが貴族には関わりたくない……そんな声も多いと聞きます。」
「……。」
ロザリーは慌てて上着から手帳を取り出し、話を書き留め始めた。
「ベヌッチォもその1人と言えますかな、男爵。」
そこで、ロザリーはびくっと体を跳ねさせた。エメットは身動きも視線も変えず、座ったままだった。
「男爵、本命はその件ではありませんか? 私は確かに彼と連絡を取り合っていました。彼はこの港町の貧民でしたからな。母親を幼い頃に亡くし、船員だった父が事故で帰らぬ人となった……そんな彼を施薬院に迎えたのは、彼が10にも満たない頃でした。」
エメットは淡々とその話を聞き込んでいる。ロザリーはエメットとドゥイシェルを交互に見ながら、再び手帳に目を落とした。
「……彼は飲み込みの早い男でした。ちょうどロストフェル子爵から使用人を紹介してくれないかと声があり、私が間を取り持ったという縁です。」
「ベヌッチォがロストフェル様から暇を出されたのは、どのような事情からなのでしょうか。」
ドゥイシェルは腕を組んで唸った。
「……いきなりの事だったそうです。もうお前を雇う必要が無くなった。月給は支払うから、1週間で身辺を整えてくれ……と。ベヌッチォから怒りの手紙が届いたのは、事が起きてからだいたい1ヶ月後の事でした。」
「ドゥイシェル様から子爵には何かご連絡を取られましたか?」
「ええ、もちろん。清き労働者に対してあるまじき仕打ちであると、抗議の手紙を私の署名で送りました。酷い事に、未だに一通たりとも返信がなく……私は神殿仲裁所に直訴する事にしたのです。つい先月の事です。」
エメットは一瞬目を瞑った。それは頭の中を整理しているかのようだった。
「……貴族の一員として耳が痛い話です。ドゥイシェル様は、各地の施薬院と連絡をよくお取りになるのですか?」
「はい。こう見えて私は筆まめでしてな。さすがに西の町までともなると勝手が違いますが、このあたりの都市であればネズミの数くらいならお答えできるかもしれません。」
ドゥイシェルはそう言うと軽く笑った。
「ドゥイシェル様、実は王都に"東方大陸の新開拓"という噂が聞こえてきております。あの噂は……本当なのでしょうか。」
ロザリーは内心ぎくりとした。それは明らかに、さっき港で聞いたばかりの話だったからだ。ここでエメットの方を見てしまうとドゥイシェルに何かを悟られかねないと思い、ロザリーは手帳から目を逸らさない事にした。
ドゥイシェルは、少し重く冷たく答えた。
「……はて、私は聞いた事がありませんな。その噂話、どちらで?」
「いえ、悪い噂だったのでしょう。と、言いますのも、酔っ払いが喋っていたのを、盗み聞きした程度の話です。」
ドゥイシェルはエメットを直視しながら、冷涼な声で付け加えた。
「……その噂話。どこかでまた耳にしたら、ぜひ私にも教えてください。東方大陸の開拓など、貧民にはさぞ夢のある話でしょうからね……。」
◆
ドゥイシェルの晩餐会もお開きとなり、2人は足早に屋敷を後にした。用意された馬車に乗り込むと、揺れる車内でロザリーは思い切って話を切り出した。
「……ドゥイシェル様、どうでしたか?」
「……どう、とは?」
ロザリーの期待とは裏腹に、エメットがきょとんとした声で答えた。
「いえ、だから……怪しかったかどうかって事ですよ!」
「……そうですね。ドゥイシェル様は少なくとも、地毛だと思いますよ。近頃はかつらの質も良くなっていますが……。」
ロザリーは馬車から転げ落ちそうになったが、なんとか体勢を立て直した。エメットにくってかかろうとした瞬間に、彼が死角を作りながら御者を指差している事に気づいた。
「……!」
ロザリーはそこでやっと気づいた。この馬車がドゥイシェルの用意した物である事。それは、御者も例外ではないという事に。
「あ、あーっと……あっ、そっ、そうですよねー! かつらって……最近ねー!」
エメットはそのロザリーの様子を見て、片手で顔を隠しながら頭を抱えた。
「……ミス・エイプリル。ところで、魔法の練習は弛まず続けておられますか。」
「え! あ、は、はい!」
ロザリーは上着から白い羽箒を取り出した。
「えいっ!」
そして、羽箒を柔らかく振り抜いた。
「……。」
瞬間、エメットの全身を光の粒が覆い尽くした。
「あっ! ご、ごめんなさい、先生!」
エメットは両手でそれらを振り払うと、一息ついて淡々と論じた。
「勇者と命知らずは紙一重と言いますからね。貴女がその乱暴さに深慮を得る時を、楽しみにしています。」
「ご、ごめんなさいって……言いましたからねっ!」
ロザリーは羽箒をそそくさとしまうと、ツンと窓に顔を向けた。
◆
事務所に到着する頃には、あたりはすっかり夜更けになってしまっていた。
馬車を降りて御者に礼を言い、その後ろ姿を見送りながらエメットが声をかけた。
「ミス・エイプリル。色々と聞きたい事はあると思いますが、今日は休みましょう。人の考えというのは、寝ている間に整理されるものですから。」
出鼻をくじかれたロザリーはエメットと別れて自室に戻り、椅子に座ると手帳を開き始めた。
(ドゥイシェル様は……各地の貧民と繋がっている事を隠すそぶりも見せなかった。でも、開拓の話だけは……様子が明らかに違った。)
ロザリーは上着を取ってコート掛けに吊るした。その間も、晩餐会での話が頭の中をぐるぐると回っていた。
(……先生にはどう映ったんだろう。酔っ払いたちの話は、あくまで噂なんだろうか。)
そんな事を考えながら寝支度を進めていると、ベッドに身を投げた次の瞬間には、ロザリーの視界は暗闇の中にストンと落ちていった。
明けた朝。
ロザリーが目を覚まし、自室のドアを開けると事務所はすっかり静かだった。記憶の片隅を辿ると、確か今日は休日だった事が思い出された。
ロザリーは隣の部屋、エメットを訪ねてドアをノックするが返答はなかった。強めに2回目。大声で呼びかけながら3回目とノックするが、全く返事がない。
不思議に思って事務所の中を歩き回るも、その姿はどこにもない。炊事場に入ると、そこには用意しかけの朝食……フライパンやポットが並んでいた。手をかざしてみると、それらは熱気を保っていた。つまり、ついさっきまで使われていたままだったのだ。
(先生が……消えた?)
ロザリーはその瞬間に不安に駆られた。自室に戻ってさまざまな考えを巡らせた。そして、ふと従士服に目を留めた。
ロザリーは急いで服を着替えた。すると、エメットが隣にいるような錯覚を覚える事ができ、心なしか気持ちが落ち着いて冷静になれた。
「……。」
そしてロザリーは、上着の内側に手を入れた。
☆「第1回アース・スター文庫キャラクター小説大賞」応募連載中!
募集サイトで1話分先行公開中! 作者マイページ→プロフィール→X(Twitter)から飛べますので、応援いただけると嬉しいです。
★他の作品もぜひご覧ください!
<連載中長編・ハイファンタジー・内政・領地経営>
「魔王は紅茶を愛した」
<中編・ダークハイファンタジー>
「魔女の処刑人」
※魔王は紅茶を愛した、の補足作品です。単独作品としても読めるものになっていると嬉しいです。
<短編・ハイファンタジー・ラブコメ・おねショタ>
「僕の女神は窓の向こうに」
<全5話中編・漫画脚本・バトル・冒険者>
「離界の悪魔」
<短編?・現代・ローファンタジー・コメディ・ミステリ>
「封魔堂〜激レア怪異入荷しました!」




