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第12話 ドゥイシェル院長

 ホフシェダットの港には十何隻になるであろう帆船が所狭しと停泊していた。港は湾になっており、市街部から大きく突き出した腕のような埠頭は力強く船と海とを抱いていた。

 ロザリーとエメットは港に着くと、ひとしきり停泊船を眺めた。その中からエメットは慌ただしくなさそうな帆船を見つけて歩き寄り、船員に話しかけた。

 「すみません、ちょっと良いですか。」

 「……ああ? 何だ。」

 石畳の上で、金槌を振るって木箱を修理している船員だった。船員はやや不機嫌そうに返事をした。

 「王国の調査官です。この帆船の輸送地と主な品目を教えてもらえますか。」

 「……。」

 船員は心底面倒臭そうな視線を2人に送り、ため息を吐きながら答えた。

 「……ガルホアとの定期船だよ。積荷は……その時の色々だと聞いてる。乾物とか、布とか、雑貨だな。」

 「ありがとうございます。最近どうですか、港に変わりなど無いですか。」

 船員は金槌を木箱の横に置いた。

 「……帆船が増えたな。少し前は、こんなに埠頭がぎっしりって事は珍しかった気がするが……今じゃ日常茶飯事だ。」

 船員は木箱の四隅を見つめて、軽く頷いた。

 「だからよ、この船も準備ができたらすぐ出航なんだ。そんな時に小物の修理が終わってねぇなんて、船長に小言を言われちまう。そろそろ勘弁してくれるか。」

 「失礼しました。ご協力、感謝します。」

 エメットは足早にその場を離れた。ロザリーは慌てて後を追いかける。

 何隻かの船を通り過ぎたあたりで、木箱に腰掛けながら談笑をしている3人の船員たちが目に入った。互いの肩を叩きながら、日中にも関わらず酒瓶を手にしているようだった。

 「……。」

 エメットは黙したまま歩く。ロザリーは少し恐怖を感じ、船員との間にエメットの影に隠れるよう小走りで近づいた。エメットは少し歩みを遅くし、荒くれ船員たちから視線を切った。

 「……へへ、おい見ろよ。ずいぶんとかわいらしい貴族様がこんなところを歩いてらぁ。」

 一際酔っ払った船員が2人を品定めし始めた。それを大柄な船員がたしなめる。

 「はは、やめとけよ。まだ俺ァ、首切り台に行きたくないぜ。」

 ロザリーも視線を背け、必死で耳を傾けないよう努めた。泥酔した船員は乱暴に声を大きくした。

 「なぁに、気にするこたねぇよ! 直に、綺麗な屋敷の中でふんぞり返ってる連中も慌てて船に乗り込んでくるようになるぜ。その時、俺らはでっかい屋敷からよう……見下してやりゃあいいんだ!」

 「まーた始まった、んな与太話……馬鹿もほどほどにしとけぇ?」

 髪の薄い船員が笑い飛ばす。その間も、ロザリーとエメットはずっと前を向きながら歩き続けた。

 「あいつらもどうせ下級貴族だ、俺らと大して変わんねぇよ! 来年には女の方も色町で売りでも始めてんだろうさ!」

 泥酔した船員はいよいよ気をよくした。大柄な船員も思わず笑い出す。

 「おお! その時はみんなで買いに行こうぜ! コインで順番決めてよ!」

 すっかり出来上がった船員たちの、下卑た笑い声が埠頭に響き渡った。ロザリーは怒りに拳を握りしめ、ひたすらに自分の足先を見つめて歩き続けた。

 そしてふと、自分の横を歩いているであろうエメットがいない事に気づいた。

 「……その話、詳しく聞かせてもらいましょうか。」

 エメットは剣の柄に手をかけながら、酔っ払いの3人にずかずかと近づいていた。その目には、明らかに激しい怒りが込められていた。

 「あぁ? な、なんだよおめぇ……。」

 泥酔した船員は、その剣幕に酒瓶を置いた。

 「すみませんが私の話を先にしていただきましょうか。さっき、船に乗り込んで……大きな屋敷がどうとか。」

 エメットの瞳孔の奥がギラリと光る。泥酔した船員は強がりの言葉をすっかり飲み込んでしまった。髪の薄い船員は2人に小さな声で伝えた。

 「お、おい……早いとこ答えるだけ答えちまおうぜ。」

 大柄な船員は頷き、早口で答えた。

 「近いうちに東方大陸への開拓船が出るんだよ……なんでも、新しい集落を建てるから人手がいるんだってよ! それだけの話だ! さ、さあ、もういってくれよ!」

 エメットは視線を鋭くして、大仰に一礼した。

 「ご協力感謝します。では。」

 エメットが背中を向けると、泥酔した船員が悔し紛れに呟いた。

 「……チッ……落ちぶれ貴族と妾(めかけ)が偉そうによ……。」

 そしておもむろに立ち上がると、エメットがさっきまでいた場所に唾を吐きかけた。

 「……。」

 エメットはゆっくり振り返り、泥酔した船員に近づいた。

 「……なんだよ、やろうってのかぁ?」

 そしてエメットは、剣に手をかけた。髪の薄い船員がたじろぐ。

 「ひっ!」

 次の瞬間、白銀の剣閃が瞬いた。

 「……!?」

 そして、泥酔した船員のズボンがストンと落ちた。見事に服だけが切られていた。

 「ひ……ひいやぁ……あっ!!」

 船員はみっともなくズボンを上げようとするが、足がもつれてそのまま背後の海へ滑落した。

 「あっ! お、おい、大丈夫かぁ!」

 仲間の船員たちは急いで水面を探し回り始めた。

 「……特任調査官の調査が妨害され、または威力によってその遂行に支障がきたされた場合……調査官あるいは補佐官は実力による事態の改善を図る事ができる。覚えておいてくださいね。」

 エメットはそう言いながらロザリーの元へ戻ってきて、そして追い抜いた。

 ロザリーは唖然としていたが、首を少し振って邪念を振り払い、エメットの後を歩き始めた。


 ◆


 一路物流事務所に帰還した二人は、夕食の時間までそれぞれ部屋で休憩をとる事にした。ロザリーは肩の力を完全に抜き、ホフシェダットに到着して初めて背中をベッドにつける事ができた。

 (……。)

 ロザリーは港で酔っ払いが騒ぎ立てていた声を反芻(はんすう)していた。下級貴族……落ちぶれ貴族……そういった単語が、頭の中でぐるぐる巡っていた。そして無意識に上着の内側から羽箒を取り出した。エメットからもらったものだ。

 しばらく羽箒を手の中でくるくる回したり、なんとなくその匂いを嗅いでいる間に……ロザリーの瞼は少しずつ重なり始め……そして彼女は眠りの底に落ちた。


 そしてしばらく経った夕暮れ時。


 彼女は自分の部屋をノックする音で目を覚ました。

 「……ミス・エイプリル。大丈夫ですか。」

 その声はどこか心配の色も込められていた。ロザリーはがばっと飛び起きて、そして慌てて答えた。

 「……あっ! すみません、気づいたら寝ていました! なんでしょう、先生!」

 「……良かったです。かれこれ10分程はこうして話しかけていたので。」

 エメットは扉の向こう側でため息をついたであろう事が、感じ取れた。

 「馬車が表で待っています。従士服で構いませんから、すぐに支度を整えてください。これから夕の会食があります。」

 ロザリーは服もそのままベッドに転がっていたので、立ち上がり、少し服の皺やヨレを手で伸ばすだけで支度を済ませた。

 「いえ、支度はできてます! いま行きます、先生!」

 そして部屋を勢いよく飛び出すと、怪訝そうな顔をしたエメットを通り過ぎるように小走りで出入り口へと向かった。

 「……部屋の鍵は施錠してもらえませんかね。」

 エメットはやれやれと頭を抱えると、ゆっくりロザリーの後を追った。

 二人は事務所のすぐ前に停まっていた馬車に乗り込んだ。馬車は街中の大通りを走り、登り道をゆっくりゆっくりと進んでいた。

 15分ほど経ったあたりで馬車はだんだんゆっくりになり、そしてそのうち停車した。そこは大邸宅と呼べる建物の門前であった。大邸宅は、綺麗に積まれた石壁と堅牢たる門がどっしりと構える、他の民家や建物とは明らかに造形美が施された場所であった。

 「……すごい大豪邸ですね。」

 エメットは馬車を降りると、門兵に事情を話した。3、4回の応酬の後、二人のために門扉が開かれた。エメットは門を通り過ぎ、一際大きい建物をまっすぐ目指した。

 そしてその建物に入ると、すぐそばに待ち構えていた使用人と挨拶を交わすと何かを丁寧に伝えた。使用人は深々とお辞儀をしたうえで、手で奥を示した。

 「ご主人様は奥の間でお待ちでございます。大変申し上げにくいのですが……男爵。腰に佩(は)いてらっしゃる剣は私どもでお預かりいたします。」

 「もちろんです。どうぞよろしくお願いいたします。」

 エメットは武器をあっさりと手放した。ロザリーは既に、これがただの夕食会ではなさそうと直感した。

 「恐れ入ります。男爵の愛刀、我々が責任を持ってお預かりします。では、会食の用意を確かめてまいりますので、お二方はどうぞ椅子にお座りになってください。」

 使用人はそれだけ言い残し、二人を小部屋に通した。

 そこでロザリーは辺りをきょろきょろ眺めながら、少し声を抑えて質問した。

 「先生。これ……どこの誰と会食をするつもりなんですか。」

 「初回は本当に顔合わせで終わるでしょうから、あまり気張る必要はないですよ。どのみち今後何回もこうして卓を囲んだり、手紙をやり取りする事になるんでしょうから。」

 「……なる……ほど。」

 ロザリーは頭を抱えて唸り始めた。

 「どこのどなたとの会食か……という質問でしたね。あと1分もかからないうちにそれは瞭然とするでしょう。」

 エメットがそう言うと、先ほどの使用人が戻ってきた。

 「お待たせしました。こちらへ。」

 そしてその案内に従って、二人は立ち上がった。そして部屋を出て廊下を進み、大きな客間に通された。そこには既にいくつかの料理が並んでおり、向かって正面に一際大きな椅子に白髪の目立つ初老の男性が座っていた。

 初老の男性は立ち上がり、エメットの方へしっかりとした足取りで近づいた。そして右手を差し出しながら迫力のある声で告げた。

 「ようこそ、男爵。私はこの町の施薬院で院長をしております、シモン・ドゥイシェルと申します。」


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