6話 再来
応接室には、心地よい暖気が満ちていた。
壁際の暖炉では薪が静かに爆ぜ、赤い火がゆっくりと揺れている。外はすでに晩秋の気配が濃く、窓の向こうには色褪せ始めた庭木が見えた。
二週間ぶりに会うジェルミは、もう喪服ではなかった。だが、黒と灰を基調とした装いは、哀悼の色をまだ手放していないことを静かに物語っている。
仕立てのよい上着に包まれた身体は以前よりもほっそりと見え、肩口の線がわずかに頼りない。
——痩せた。
そう思った瞬間、クリストファーは視線を逸らした。
目の下にあった濃い隈は消えている。眠れていない様子はない。だが、代わりに彼に残ったのは、疲労を奥に押し込めたような、乾いた静けさだった。
ジェルミが一歩前に進み、背筋を正して礼をする。
「本日はお越しいただき、ありがとうございます。王太子殿下」
声は落ち着いている。言葉遣いも、動作も、寸分の乱れがない。十歳の子どものものとは思えないほど、整えられた所作だった。
胸の奥に、かすかな痛みが走る。以前と同じように見えるが、違う。泣くことすら許されなかった少年が、今は“慣れてしまった”ように見える。
「顔を上げてくれ」
そう言った自分の声が少しだけ柔らかくなっていることに、クリストファーは気づかなかった。
ジェルミは静かに顔を上げる。
薄茶色の瞳が、まっすぐにこちらを見つめてくる。相手の言葉を受け止めようとする、ひどく誠実な眼差しだった。
クリストファーは、言葉を選ぶために一拍置く。
制度の話をする前に。書類を出す前に。
まず、人として向き合わなければならない。
「国では、今回の件について……多くの声が上がっている」
責める調子にならないよう、慎重に言葉を選ぶ。
「怒りも、失望もだ。——君自身は、どう受け止めている?」
ジェルミはすぐには答えなかった。指先が、膝の上でかすかに組み替えられる。それでも、俯くことはせず、やがて静かに口を開いた。
「……父は、領地の行政や管理に携わっていました」
幼い声だが、言葉ははっきりとしている。
「予算や交易への影響を考えれば……すべてを理想通りにはできない、ということも、話してくれていました」
一拍置いて、息を整える。
「だから……今回の事故も、誰か一人の過ちだとは、思っていません」
薄茶色の瞳が、揺れずにクリストファーを見つめる。
「仕方のない事情が重なったのだと……そう理解しています」
胸の奥が、静かに締めつけられる。感情で割り切らず、誰も悪くないという結論にこの幼さで辿り着けてしまう彼に、クリストファーは何も言えなかった。
木枯らしが窓にぶつかり揺れる音が、何度も響く。ジェルミは外の景色に少しだけ目を向けた後、言葉を続けた。
「……迂回路はまだ道も悪いんでしょう?」
亜麻色の髪がさらりと揺れる。
「それなのに、王太子殿下がこうして二度も足を運んでくださったことを……ぼくは、とてもありがたく思っています」
深く頭を下げるその所作は、あまりにも整っていた。
クリストファーは喉の奥に何かが詰まるのを感じながら、言葉を失った。怒りをぶつけられるよりも、責められるよりも、この静かな理解の方がはるかに重い。
彼は理解しているだけで、乗り越えられているわけではない。このまま放って置けば、いずれ壊れてしまうだろう。
「……後見人が、決まらないのは」
長い沈黙に耐えかねたのか、ジェルミが先に口を開いた。その声音はどこか慎重で、それでいて妙に落ち着いている。
「この土地が、もう以前ほどの価値を失っているから、ですよね。……ここを引き受けても、得にならない」
「……確かに、それもある。政治的にも、利害関係でも、後見先の決定は慎重になっている」
もしかすると、このジェルミの聡さもまた、親族たちが後見人になることを躊躇う理由なのかもしれない。操れず、甘くも扱えない子供が相手というのは、大人側からすると手に余るのだろう。
いずれにせよ周囲が判断を保留にしている現状では、王宮での保護が無難とする意見が、高官の間で出始めている。
「君は、ここに残りたいか?」
その問いは、選択肢の形をしていた。だが、今の彼にとっては——答えを預けるための言葉でもあったのかもしれない。
ジェルミは何度か瞬きをした。問いの意味を、逃さず受け止めている証のように。小さく息を吸い、吐いてから、唇を開く。
「……貴方が、そう望まれるなら」




