11話 答え
11話
ジェルミはしばらく言葉を失ったまま、卓上のティーカップを見つめていた。白い磁器の縁に、暖炉の火が揺れて映っている。
王宮。
その二文字が、胸の奥で静かに重みを増していく。ここを離れることを思うと、喉の奥がひりついた。
窓の外に広がる庭園。両親と歩いた回廊。何気なく過ごしてきた屋敷の空気。すべてが、今も変わらずそこにあるのに、自分だけが置いていかれるような気がした。
残ればいい。そう思おうとした瞬間、別の考えが冷静にそれを打ち消す。
残ったところで、自分にできることは何もない。
この屋敷を守る力も、領地を導く知識も、まだ持っていない。
ただ『ここにいる』という事実だけでは両親の不在は埋められないのだと、もう分かっていた。
ジェルミはゆっくりと顔を上げた。視線の先で、クリストファーが何も言わず、ただ待っている。
王太子自らが、三度目も訪れた。代理も立てず、形式でもなく。
立場ある人がここまで繰り返し足を運ぶ理由が、どれほどの覚悟を伴うことなのか。その事実だけが、静かに胸に沈んでいく。
この感情を、どう言葉にすればいいのだろう。
ジェルミは握りしめていた指先を、そっと開いて膝に添えた。
まだ迷いはある。それでも、この感情から目を逸らしてはいけない気がした。答えを先延ばしにすることは、誠実ではない。
「……ぼくは」
声に出した瞬間、胸の奥で何かが定まった。
「殿下のもとへ行きます。側近見習いとして……王宮へ」
小さく息を吸い、言葉を続ける。
「ここを離れるのは、正直、怖いです。でも……」
クリストファーの瞳をまっすぐに見据えながら、ジェルミははっきりと結んだ。彼が示した覚悟と、同じ重さで応えるために。
「殿下がそこまでして選んだ道なら、その理由ごと、受け取りたい」
置き時計が、規則正しく刻みを打った。一拍遅れて、その音がやけに大きく耳に届く。
ジェルミの返答を受けて、クリストファーはわずかに一瞬だけ、呼吸が止まったように見えた。そして深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。その仕草ひとつで、彼がどれほどの重さを受け取ったのかが伝わる。
「……必ず、後悔させない」
それは約束というより、誓いだった。




