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サービス終了したゲーム世界から、元部下たちが現実へ帰ってきた  作者: てへろっぱ


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第7話 狙われていたのは、俺ではなかった

書き直し消去予定



 足元の赤い光が消えた瞬間、空気が変わった。


 会社のエレベーターに漂っていた機械油と芳香剤の匂いが消え、代わりに冷たい石と魔力の気配が鼻をつく。


 旧統治室。


 三百年間閉ざされていた、アステリアの中枢。


 俺は管理用の椅子の前へ立っていた。


「陛下!」


 最初に駆け寄ってきたのはリゼルだった。


 俺の肩や腕を確認し、怪我がないことを確かめるまで止まらない。


「領主転移を使っただけだ。何ともない」


「事前にお知らせください」


「そんな余裕はなかった」


 ノアとセレフィナも、巨大な管理画面の前に立っていた。


 画面の中央では、王都を覆う防衛結界が赤く点滅している。


《王都防衛結界の残存時間――十一時間四十七分》


 数字は減り続けていた。


 画面の右端には、王都上空の映像が映っている。


 空を裂く黒い亀裂。


 そこから伸びた巨大な腕が、結界の表面をなぞるように動いている。


 触れられた場所から黒い筋が広がり、結界の光が弱まっていた。


「地球にいた時より遅くなってないか」


「陛下がこちらへ戻られた直後、侵蝕速度が低下しました」


 ノアが空中に計算式を並べる。


「大裂界は、陛下の位置を感知していると考えられます」


「俺が地球へ行くと、結界を壊そうとする?」


「正確には、こちらの世界から陛下の反応が消失した時です」


 俺は管理画面へ触れた。


 新しい警告が浮かび上がる。


《領主権限信号の消失を検出》


《外部侵蝕体による探索行動を確認》


《領主権限信号の再検出により、探索強度が低下しました》


「領主権限信号」


 俺自身ではない。


 大裂界の向こうにいるものが探しているのは、領主としての俺が発している何かだった。


「つまり、俺の体を狙っているわけじゃない?」


「その可能性が高いかと」


 ノアが頷く。


「陛下がこの世界に存在している間、領主権限は旧統治室と接続されています。地球側へ移動すると接続が弱まり、大裂界は権限を見失います」


「見失ったから、無理に探し始めた」


「はい」


 俺は画面上に表示されている巨大な腕を見る。


 俺を探していたわけではない。


 領主権限。


 ゲーム時代に、国の施設や資源を操作するため使っていた権限。


 大裂界は、それを探している。


「どうして領主権限を?」


 セレフィナが静かに口を開く。


「大裂界が出現した時期と、関係があるかもしれません」


「俺がいなくなって百八十二年後だったな」


「はい」


 セレフィナは管理画面の古い記録を呼び出した。


 日付。


 場所。


 当時の王都人口。


 防衛軍の被害。


 三百年分の報告書が並ぶ。


「大裂界が初めて確認されたのは、旧統治室の封印へ干渉を試みた翌日でございました」


「封印を開けようとした?」


「当時、アステリアは大規模な飢饉に見舞われておりました」


 俺が消えてから百八十二年。


 西部の農業地帯で、魔力を吸い尽くす病が発生した。


 作物は育たず、水源まで枯れ始めた。


 国の備蓄だけでは、全人口を支えられない。


 そこで当時の王と宰相は、旧統治室に残されているかもしれない建国王の力を求めた。


「扉は開かなかったんだろ」


「はい。しかし、封印へ強い魔力を流した直後、内部から反応がございました」


 ノアが当時の記録を拡大する。


《領主不在》


《代行権限申請を拒否》


《外部接続を遮断》


 俺がいない間も、統治システムは動いていた。


 扉の向こうで、誰にも使われないまま。


「翌日、大裂界が現れました」


 偶然とは思えない。


 統治室へ干渉したことで、外部へ何かが漏れた。


 大裂界はその反応を見つけた。


「それからずっと、領主権限を探していたのか」


「可能性はございます」


 俺がいない間は、権限が眠っていた。


 だから大裂界は完全な場所を特定できなかった。


 王都周辺に存在することだけは分かっていた。


 そして昨日。


 俺が指輪を通じて領主権限へ再接続した。


 大裂界は、三百年近く探していたものを見つけた。


「俺が戻ったせいで、活動が強くなった」


「陛下の責任ではございません」


 リゼルがすぐに否定する。


「俺が悪いかどうかの話じゃない。原因を知りたいだけだ」


 俺は管理画面の《領主権限》を開いた。


《主権者――レグナ》


《権限階級――建国領主》


《接続対象――アステリア全域》


《外部アクセス――一件》


「外部アクセス?」


 項目へ触れる。


《接続要求元――解析不能》


《要求内容――領主権限の譲渡》


《拒否回数――四百八十二万一千七百三十九回》


「四百八十二万?」


 俺が再接続してから、まだ一日も経っていない。


 一秒に何十回も、領主権限を奪おうとしている計算になる。


「大裂界は、俺の権限を欲しがっている」


 ノアが表示を見上げる。


 彼女には文字そのものは見えていない。


 俺が内容を伝えると、魔導眼鏡の奥で瞳が細くなった。


「権限を奪うことで、アステリアの防衛設備を停止させる目的でしょうか」


「それだけなら、結界を壊せばいい」


「では、別の目的が」


「この権限で操作できるのは、アステリアだけなのか?」


 管理画面へ問いかけるように意識を向ける。


《建国領主権限の対象範囲を表示》


《主要対象――アステリア統治領域》


《副次対象――同一世界内に存在する旧管理領域》


《緊急対象――世界基盤管理機構》


 最後の項目が赤く点滅していた。


「世界基盤管理機構」


 聞いたことのない名前だった。


 触れようとすると、警告が出る。


《現在、接続できません》


《七施設中、六施設が機能停止》


《残存施設――世界境界管理塔》


「ノア。世界境界管理塔という施設を知っているか」


 三人の表情が変わった。


 セレフィナが一歩近づく。


「古い伝承に、その名がございます」


「どんな施設だ」


「世界の外側から侵入する存在を防ぐため、神代に造られた塔と伝えられております」


 世界の外側。


 大裂界の向こう側にいるもの。


 繋がった。


「その塔は、今どこにある」


「正確な場所は不明でございます」


「残ってるらしい」


 管理画面には、現在も稼働中と表示されている。


 しかも、領主権限の緊急対象に含まれていた。


 俺がゲームをしていた頃には存在しなかった。


 少なくとも、プレイヤーへ公開されていなかった。


「ゲームの管理システムが、この世界そのものを管理していた?」


 自分で口にしても、意味が分からない。


 俺が遊んでいたのはゲームだった。


 画面の中にいるNPCへ命令し、数字を操作していた。


 だが、彼らの世界はサービス終了後も続いた。


 なら、ゲーム側の管理機能は何だったのか。


 実在する世界へ干渉するための窓口だった可能性がある。


「大裂界は、領主権限を奪って世界境界管理塔を操作したい」


 ノアが杖を握り直す。


「塔を停止させれば、世界の境界そのものが失われる可能性がございます」


「だから、アステリアを滅ぼすだけじゃ済まない」


 領主権限を奪われれば、世界の防壁が開く。


 大裂界の向こう側にいるものが、自由に侵入できるようになる。


 三億人どころではない。


 この世界に存在するすべてが対象になる。


 そして、地球へ繋がる門も開いている。


「最悪の場合、地球側まで巻き込まれる」


 部屋が静まり返った。


 セレフィナが管理画面へ視線を向ける。


「世界境界管理塔へ接続できれば、大裂界を閉じられる可能性がございますか」


「あるかもしれない」


 管理画面へ触れる。


《世界境界管理塔への接続経路を検索》


《検索中》


《直接接続――失敗》


《旧中継施設――停止》


《代理接続――可能》


「代理接続?」


《領主権限の一部を外部端末へ複製します》


《複製端末を世界境界管理塔として誤認させることで、接続経路を確立できます》


 つまり、領主権限の偽物を作る。


 それを大裂界か塔へ掴ませ、接続経路を開く。


「危険性は?」


《複製端末が外部侵蝕を受ける可能性があります》


《侵蝕完了後、複製端末を経由して本権限へ到達する可能性があります》


 囮には使える。


 ただし、食いつかれれば俺の権限まで奪われる危険がある。


「複製端末は何に作れる」


《領主が所有権を認めた物品》


 俺が持っているものなら、何でもいいらしい。


 ゲーム時代の装備。


 王冠。


 剣。


 国章。


 そういったものを想像した。


 だが、今持っているのはスマートフォンと財布くらいだった。


「俺のスマートフォンでも?」


《使用可能》


「陛下」


 リゼルが低い声で呼ぶ。


「何をなさるおつもりですか」


「大裂界が探している権限の偽物を作る」


「危険は」


「ある」


 隠しても仕方がない。


「偽物が侵蝕されれば、本物まで辿られる可能性がある」


「許可できません」


「でも、今のままなら十二時間後に結界が壊れる」


「別の方法を探します」


「探す時間がない」


 リゼルが何かを言おうとする。


 俺は先にスマートフォンを管理画面へ置いた。


 黒い画面へ赤い光が走る。


《外部端末を確認》


《所有者――如月蓮》


《領主権限複製対象として登録しますか》


「陛下!」


 実行を選ぶ前に、リゼルが俺の手首を掴んだ。


 強い力だった。


「これは、陛下御自身を囮にするのと同じです」


「俺自身じゃない」


「権限を奪われれば、同じことです」


 リゼルの指が震えている。


 三百年間待ち続け、ようやく再会した。


 その直後に、俺が危険なことをしようとしている。


 止めるのは当然だった。


「すぐには使わない」


「本当でございますか」


「先に安全に切り離せる方法を探す」


 リゼルは手を離さなかった。


「約束してください」


「勝手に実行しない」


「私どもへ知らせず、自らを犠牲になさらないと」


「そこまでするつもりはない」


「陛下は三百年前にも、住民二十人の砦を守るため、一人で敵軍へ向かわれました」


「ゲームだったからだ」


「我々にとっては、現実でございました」


 言葉が止まった。


 彼女にとって、俺がゲームだと思っていた行動は、すべて現実だった。


 何度倒れても復活できた俺と違い、リゼルたちはそのたびに死ぬ恐怖を感じていたのかもしれない。


「分かった」


 俺はスマートフォンから手を離した。


「勝手にはやらない。全員で方法を考える」


 リゼルはしばらく俺を見たあと、ようやく手を離した。


「必ずでございます」


「ああ」


 ノアが複製端末の仕組みを調べ始める。


 セレフィナは世界境界管理塔に関する古文書を集めるよう、門の向こうへ指示を出した。


 リゼルは俺の隣から動かなかった。


 俺は管理画面へ戻る。


 残り時間。


 十一時間三十二分。


 大裂界から伸びた巨大な腕は、今も結界を削っている。


「偽物を作る以外に、時間を稼ぐ方法は」


《領主権限信号を分散させることで、外部侵蝕体の探索精度を低下させられます》


「分散?」


《領主所有物へ微弱な権限信号を付与》


《推奨数――百以上》


 偽物を一つ作るのではない。


 弱い信号を大量に作り、大裂界を惑わせる。


 これなら、個々の物に強い権限を持たせる必要はない。


「危険性は?」


《低》


《本権限への接続能力は付与されません》


「これなら使える」


 俺はすぐに内容を三人へ説明した。


「百個以上、陛下の所有物が必要ということでございますか」


 セレフィナが尋ねる。


「そうらしい」


「陛下の所有物であれば、何でもよろしいのでしょうか」


「たぶん」


 だが、アステリアに俺の私物はほとんどない。


 三百年前にゲーム内で所有していた装備は、国宝として保管されているかもしれない。


 それらを使えるなら、百個くらいは用意できる。


「俺が昔使っていた装備は残っているか」


「すべて保存しております」


 リゼルが即答した。


「武器、衣服、薬瓶、食器に至るまで、一点も失われておりません」


「食器まで?」


「陛下が御使用になられた品でございます」


 国宝扱いされている気がした。


「とにかく百個集めてくれ」


「直ちに」


 セレフィナが指示を出す。


 王城中が動き始めた。


 保管庫から、俺が使っていた品が次々と旧統治室へ運び込まれる。


 初期装備の鉄剣。


 傷だらけの木盾。


 低級回復薬の空瓶。


 国を作り始めた頃に使っていた簡素な机。


 イベントでもらった仮面。


 性能が低く、倉庫の奥へ放り込んだ装備まで残っていた。


「本当に全部保管してたのか」


「当然でございます」


 リゼルの答えに迷いはない。


 俺が捨てたと思っていた物まで、彼らは三百年間守っていた。


 百二十七個。


 旧統治室の床が、古い装備と日用品で埋まる。


 俺は一つずつ所有権を認め、微弱な権限信号を付与していった。


《分散端末――一》


《分散端末――二》


《分散端末――三》


 作業が進むたび、管理画面の地図に小さな赤い点が増える。


「これを王都中へ配置する」


「どのように分散させますか」


「できるだけ離して、守りやすい場所へ」


 リゼルとセレフィナが配置先を決める。


 城壁。


 地下避難所。


 防衛塔。


 空を飛ぶ魔導船。


 王都周辺へ、百を超える微弱な領主権限が広がっていく。


 最後の一つを登録した瞬間。


 管理画面が大きく揺れた。


《領主権限信号の分散を確認》


《外部侵蝕体の探索対象が分裂しました》


 王都上空。


 巨大な腕の動きが止まる。


 黒い亀裂の中にある目が、初めて俺から視線を外した。


 百を超える信号を探すように、瞳が細かく動き始める。


 伸びていた腕も、行き先を見失ったように結界の上を彷徨っている。


《侵蝕出力低下》


《王都防衛結界の残存時間を再計算》


 十一時間三分。


 数字が止まる。


 次の瞬間。


《残存時間――三十六時間十四分》


 旧統治室にいた全員が息を呑んだ。


 二十五時間。


 一日以上の時間を取り戻した。


「成功した」


 思わず声が漏れた。


 リゼルが目を見開いている。


 ノアはすぐに数値を確認し、セレフィナは胸元へ手を当てた。


「陛下」


「まだ解決したわけじゃない」


 大裂界を閉じたわけではない。


 狙いを逸らしただけだ。


 分散信号も、いつまで通用するか分からない。


「この間に、世界境界管理塔を見つける」


「御意」


 三人が同時に頭を下げた。


 その時。


 俺のポケットに入れていたスマートフォンが震えた。


 アステリアで電波が届くはずはない。


 画面を見る。


 着信ではなかった。


 写真が一枚表示されている。


 会社の社長室。


 大崎社長。


 外務省の職員。


 マンションの大家。


 アステリアの使節団。


 全員が、同じテーブルを囲んでいた。


 写真の下には、アルノルトからの短い報告が表示されている。


《陛下御不在のため、現実世界側の協議を一つに統合いたしました》


 嫌な予感がした。


 続けて、二枚目の写真が届く。


 テーブルの中央に置かれた、分厚い契約書。


《会社、住居、外交、電力供給について包括協議を開始しております》


「何で全部まとめたんだ」


 思わず呟く。


 更に新しい文章が届いた。


《なお、陛下がお戻りになるまで、契約の締結は保留いたします》


 少しだけ安心する。


 その下に、小さな追伸があった。


《所有者より、百八十億円では安すぎる可能性を指摘されましたので、提示額を再検討しております》


「そこを検討するな」


 俺の知らないところで。


 アステリアを救うための時間だけではなく。


 現実世界での俺の生活まで、着実に変わり始めていた。


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