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サービス終了したゲーム世界から、元部下たちが現実へ帰ってきた  作者: てへろっぱ


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第65話 二日しかないので七年前の俺へ答えを返したら、向こうのセレフィナはもう『サービス終了』を知っていた

「約二日」


 ノアが出した換算結果を見ても、最初は数字の意味がうまく頭へ入ってこなかった。


 EARTH/Bの《如月蓮》にとっては、サービス終了まで三十日ある。けれど二つの地球の現在の時間差がそのまま続くなら、こちら側で使える時間は約二日しかない。


 しかも「二日以内に返事を出せばいい」という単純な話でもなかった。


「こっちの一時間で、向こうはどのくらい進む?」


 俺が尋ねると、ノアは計算結果を確認してから答えた。


「今の比率なら、だいたい十五時間」


「……一時間で?」


「うん。正確には少し揺れてるけど、そのくらい」


 急に胃の辺りが重くなった。


 こちらで一晩寝て、明日の朝に考えようとしたら、向こうでは半月近く経ってしまう。いつものように関係部署へ持ち帰り、翌日の会議で結論を出すという進め方では遅すぎる。


 かといって、急いで間違ったことを教えていい理由にもならない。


「向こうの蓮さんは、三十日あると思っているのですね」


 ミーナが静かに言った。


「うん。たぶん普通に、まだ考える時間があると思ってる」


 七年前の俺もそうだった。


 サービス終了の告知を見た時、残された時間を数えた。何を片付けるか、誰に会うか、最後の日をどう過ごすか。ゲームが終われば全部なくなると思っていたから、その範囲でしか考えなかった。


 もし当時の俺へ、突然未来の自分から手紙が届いたら。


 しかも、


《お前がNPCだと思っている相手は、本当に生きているかもしれない》


 なんて書かれていたら。


 信じただろうか。


 俺が黙っていると、リゼルがこちらへ顔を向けた。


「蓮さん。急ぐ必要はあると思います。ですが、私たちが経験した未来を、そのままあちらの未来として教えることには反対です」


「俺もそこが気になってる」


 こちらのアステリアは消えなかった。


 それは事実だ。


 サービス終了後、世界は三百年以上存続した。留守番は一時世界管理者権限を引き受け、WORLD COREは世界を守ろうとし、やがてアステリアは管理者なしでも存在できる世界になった。


 でも。


 EARTH/Bでも同じことが起こる保証はない。


「《大丈夫、サービスが終わっても世界は残る》とは書けないな」


「はい」


 リゼルは迷わなかった。


「あちらの方々が生きておられる可能性を伝えることと、未来を保証することは別だと思います」


 セレフィナも同意する。


「さらに申し上げれば、こちらで世界が存続した方法を詳細に教えることにも慎重であるべきでしょう。特に《一時世界管理者権限》やREGNA様――こちらでいう《留守番》の行動については、現段階では伏せることを提案します」


「理由は?」


「向こうの蓮様が、再現しようとする可能性があるからです」


 すぐ理解できた。


 こちらでは、留守番が自分が消える可能性を承知で管理者権限を引き受けた。


 もしEARTH/Bの俺に、


《世界を救うために、もう一人のお前が管理者になった》


 とだけ伝えれば。


 向こうにも似た存在が形成されていた場合、それを「正解」だと思ってしまうかもしれない。


 俺自身ですら、方法があると知ったら無茶をする可能性がある。


「それは教えない方がいい」


「私もそう思う」


 ノアが端末から顔を上げた。


「結果だけ。こっちでは世界は残った。でも方法は再現しない。向こうの状態を調べる方が先」


「WORLD COREのことは?」


「まだ言わない」


 ノアの答えは早かった。


「向こうにも同じものがいるか分からない。名前を教えたせいで探し始めたら危ない」


「分かった」


 これで一つ決まった。


 未来の攻略情報を渡すわけではない。


 向こうの世界を救う方法を、こちらが勝手に決めるわけでもない。


 俺たちが伝えられるのは、こちらで実際に起きた事実と、七年前の俺たちが知らなかったことだけだ。


 そこまで考えたところで、水城さんが時計を見た。


「申し訳ありません。時間について、もう一つ確認しておく必要があります」


「何です?」


「こちらで既に二十二分経過しています」


 俺は時計を見る。


 たった二十二分。


「向こうでは?」


 ノアが換算する。


「五時間半くらい」


「もう?」


 一気に現実味が出た。


 向こうの蓮は、手紙を送ってから半日近く返事を待っていることになる。


 こちら側で、


《一度持ち帰って検討します》


 などと言っている場合ではない。


 セレフィナも同じ結論へ達したらしく、すぐ地球側の担当者へ向き直った。


「通常の審査手順を省略するという意味ではありません。必要な担当者を、この場へ集められますか?」


「可能です。既に連絡を始めています」


「アステリア側も同様にします」


 俺が何か言う前に、二人は動き始めた。


 安全担当。


 技術担当。


 行政担当。


 地球側は元運営関係者も残っている。


 アステリア側では王城側にいる担当者が遠隔で会議へ入る。


 七系統のロックを壊すのではなく、七系統全部を同時にここへ持ってくる。


「……国家って、急ぐ時はこんなことできるんだ」


「緊急時に手順をなくすのではなく、手順を並列化するのが基本です」


 セレフィナが当然のように答えた。


「勉強になります」


「ただし、これを毎回行うと担当者が疲弊しますので常用はできません」


「そこまでちゃんとしてるんだ」


「国ですので」


 どこかで聞いた答えだった。


     ◇


 返信文を考えることになった。


 これが一番難しかった。


 俺は最初、自分で書こうとした。


 けれど数行入力したところで止まった。


《こちらのアステリアは、サービス終了後も消えなかった》


 そこまではいい。


 続けて、


《リゼルたちは生きている》


 と書こうとして。


 指が止まった。


「違うな」


 俺が呟くと、隣にいたミーナが画面を見る。


「何がでしょうか」


「これだと、向こうの四人も同じだって決めつけてる」


「そうですね」


「でも、何も言わなかったら意味ないしな」


 七年前の自分へ伝えるなら。


 何を一番知ってほしいだろう。


 考えて。


 俺は四人を見る。


「みんななら、向こうの俺に何を伝える?」


 リゼルが最初に答えた。


「私から、ですか?」


「うん。ただし向こうのリゼル本人にじゃない。向こうの俺に」


 少し考えたあと、リゼルは静かに言った。


「でしたら、《自分で聞いてください》と」


「何を?」


「すべてです」


 リゼルは画面に残されたEARTH/Bからの手紙を見る。


「サービスが終了した後、どうしたいのか。恐れていることはあるのか。今まで蓮さんへ言えなかったことはあるのか。あちらの私が、こちらの私と同じように答える保証はありません。ですから、こちらから答えを教えるより、本人に聞いてほしいと思います」


 それは。


 俺には思いつかなかった答えだった。


「セレフィナは?」


「私もリゼルと近い意見ですが、一つ加えるなら、会話の内容を記録してほしいですね」


「記録?」


「はい。ログアウト中の自律行動についてもです。運営へ問い合わせた記録、ゲーム内で発生した仕様外行動、彼女たち自身が語った内容。後から『気のせいだった』と処理されないように、可能な範囲で保存しておくべきです」


 さすが宰相。


 現実的だった。


「ノアは?」


「勝手に管理者機能探さない」


「そこ?」


「重要」


 ノアは真顔だ。


「こっちで起きたことを知ったら、蓮なら絶対探す」


「否定しにくい」


「だから書く。《知らないシステムが出ても一人で触らない》。運営と、できれば技術分かる人を巻き込む」


「それも入れよう」


「あと、自分の代わりを作ろうとしない」


 俺はノアを見る。


「留守番のこと?」


「うん」


 短い返事だった。


 でも、そこに込められたものは分かる。


 留守番は世界を救った。


 それでも。


 同じ犠牲を、正解として渡してはいけない。


「ミーナは?」


 最後に尋ねる。


 ミーナは少し考えたあと、他の三人よりずっと日常的なことを言った。


「サービス終了の日まで、普通に過ごす時間も残してあげてください、とお伝えしたいです」


「普通に?」


「はい。世界を救わなければならない、何かを残さなければならない、と考えるだけでは、三十日が全部そのための時間になってしまいます」


 ミーナは穏やかに続ける。


「食事をして、お話をして、いつもの場所を歩いて。もし本当に最後の日になるのなら、なおさら、その方々が自分で過ごしたい時間を選べた方がよいと思います」


 俺は。


 何も言えなかった。


 七年前。


 最後の日。


 俺は国を回り。


 画面越しに知っている場所を眺め。


 四人へ最後の言葉を残した。


 あれは俺が選んだ最後だった。


 でも。


 四人が何をしたかったかは。


 聞かなかった。


「……それも入れよう」


 俺は言った。


「全部入れる」


「二千四十八文字に?」


 ノアが聞く。


「そこは何とかする」


「もう少し増やせる」


「安全性は?」


「文字だけなら四千九十六までなら同じ」


「最初からそれにしてくれればよかったのに」


「前は一通受信するだけだったから」


 合理的だった。


     ◇


 それから二十三分。


 こちらの時間で。


 向こうでは、さらに六時間近くが過ぎている。


 七系統の承認が揃った。


 ただし今回も、リアルタイム通信は開かない。


 返信を一通だけ送り、その後は自動閉鎖。


 向こうが返したければ、改めて一通受信用の要求を出してもらう。


 会話を便利にしない。


 不便なままにしておく。


 今は、それが安全だった。


「文面、最終確認します」


 セレフィナが読み上げる。


《EARTH/Bの如月蓮さんへ。》


《こちらにも、ゲーム内でREGNAを名乗っていた如月蓮がいます。あなたと同じ人物だとは考えていません。この返信は、こちら側の如月蓮と、アステリアの四人、地球・アステリア双方の関係者で確認して送っています。》


《最初に、あなたが一番知りたかったことへ答えます。》


《こちらのアステリアは、サービス終了後も消えませんでした。》


 そこで一度。


 誰も口を挟まなかった。


 俺は続けた。


《私たちの世界では、ゲームだと思っていた場所は現実として存在していました。リゼル、セレフィナ、ノア、ミーナを含め、そこにいた人々は、俺がログアウトしている間も生活していました。サービス終了後も世界は続きました。》


《ただし、あなたのアステリアも同じ結果になるとは保証できません。こちらで起きたことを、そのままあなたの世界へ当てはめないでください。》


《こちらで世界が存続した具体的な方法も、今は伝えません。再現しようとすると危険だからです。》


《代わりに、今からできることを伝えます。》


《リゼルたちへ、直接聞いてください。》


《サービス終了を知っているか。あなたがログアウトしている間、何をしているのか。三十日後、どうしたいのか。あなたに言えていないことはないか。命令ではなく、質問してください。》


《仕様外の行動記録と、彼女たちとの会話は保存してください。運営にも記録を残してください。知らない管理機能や世界管理らしき表示が出ても、一人では触らないでください。》


《そして、自分一人で世界を救おうとしないでください。》


 そこだけ。


 俺自身が書いた。


《こちらでは、それをやってしまった人がいました。世界は救われました。でも、俺たちは今でも、それが正しかったとは言い切れません。》


《最後に。》


《サービス終了までの三十日を、全部「救うための時間」にしないでください。彼女たち自身に、残りの時間をどう過ごしたいか聞いてください。》


《こちらの未来を、あなたの正解にはしないでください。》


《あなたのアステリアの答えは、あなたと、そこにいる人たちで決めてください。》


 最後。


 署名。


《EARTH/A 如月蓮》


 俺は読み終えた。


 誰もすぐに何かを言わなかった。


「これでいい?」


 四人を見る。


 リゼルが頷いた。


「はい」


「セレフィナ」


「問題ありません」


「ノア」


「管理者機能を探すなって入ってる。いい」


「ミーナ」


「最後の日まで普通に過ごしてほしい、という部分もございます」


 ミーナは微笑んだ。


「私は賛成です」


 地球側。


 アステリア側。


 全ての承認を確認する。


 王権端末へ、一回限りの送信許可が表示された。


「送るよ」


 俺は言った。


 今度は。


 七年前の自分へ。


 そして。


 俺ではない。


 もう一人の如月蓮へ。


 送信する。


《SENT》


 通信路は。


 すぐ閉じた。


     ◇


「向こうでは、何時間経った?」


 俺が聞いたのは、その五分後だった。


「送ってから?」


「うん」


「一時間ちょっと」


「もう?」


 分かっていても慣れない。


 こちらでコーヒーを一杯飲んでいる間に、向こうでは一時間以上が過ぎる。


「返事が来ても、すぐ受け取らない方がいい?」


「要求だけなら自動で分かる」


 ノアが答えた。


「内容は開かない。今まで通り」


「じゃあ待つしかないか」


「蓮様」


 ミーナが言う。


「夕食を――」


「分かってる。食べる」


「まだ何も申し上げておりません」


「絶対言おうとしてたよね?」


「はい」


 認めた。


 会議室には簡単な食事が運ばれた。


 今日は帰れと言われない。


 こちらの三十分が、向こうでは七時間以上になる。


 今夜だけは、少し状況が違った。


 とはいえ全員が張り付く必要もないため、担当者は順番に休憩へ入っている。


 リゼルも途中で地球側警護担当との打ち合わせへ行き、セレフィナはアステリア側の別件へ遠隔で指示を出していた。


 ノアですら、食事中は端末から離れた。


 世界が終わるかもしれない二つ目の地球を相手にしていても。


 こちらの世界は。


 普通に続いている。


 それが。


 少し不思議だった。


     ◇


 返信要求が来たのは。


 送信から十九分後だった。


「来た」


 ノアが言った。


 向こうでは。


 約五時間。


「早いな」


「向こうからしたら五時間待ってる」


「そうだった」


 要求ヘッダだけ確認する。


《SOURCE:EARTH/B》


《SENDER CHARACTER ID:REGNA》


 一通。


 文字のみ。


 受信容量は千文字以下。


 同じ安全手順を通す。


 内容を開いた。


《返事ありがとう。》


 最初は。


 それだけだった。


《全部信じたわけじゃないです。正直、まだ半分くらいは悪質なイベントか、運営の実験だと思っています。》


「分かる」


 思わず声が出た。


 七年前の俺でもそう思ったはずだ。


《でも、無視できなくなりました。》


《あなたの言う通り、まず四人に聞くことにします。》


《サービス終了のことは、まだゲーム内では話していません。今からログインして、四人を集めます。》


《最初に聞く質問も決めました。》


 続く。


《「俺がいない間、君たちは何をしている?」》


 俺は小さく頷いた。


 それでいい。


 まず。


 そこから。


《そのあと、三十日後のことを話します。》


《返事はまた送ります。》


 短い。


 それだけ。


 俺は少し安心した。


「今度は、向こうで話す番だな」


「はい」


 リゼルが答えた。


 俺たちができることは。


 ここまでだ。


 向こうのリゼルへ、こちらのリゼルが答えを教えるわけではない。


 向こうの蓮が。


 向こうの四人へ。


 自分で聞く。


 それがいい。


「じゃあ、今日は――」


 言いかけたところで。


 ノアの端末が。


 また反応した。


「もう?」


 さっきの受信から。


 こちらでは。


 八分しか経っていない。


 EARTH/Bでは。


 二時間近く。


「同じ人?」


「REGNA」


「内容は?」


「まだ開いてない」


 再び。


 確認。


 受信。


 隔離。


 安全検査。


 そして。


 開く。


 今度の文章は。


 さっきより。


 さらに短かった。


《ログインしました。》


《四人を集めました。》


《でも、質問できませんでした。》


 俺は眉を寄せる。


「何かあった?」


 続き。


《俺がサービス終了のことを話す前に。》


 一度。


 改行。


《セレフィナの方から聞かれました。》


 俺の隣で。


 こちらのセレフィナが。


 表情を変えた。


《「蓮様。三十日後に地球との接続が切れる件について、お話がございます」》


 俺は。


 何度も読み直した。


 サービス終了。


 それを。


 向こうの蓮は。


 まだ。


 ゲーム内の誰にも伝えていない。


 運営からプレイヤーへ届いたばかりの告知。


 それなのに。


 向こうのセレフィナは。


 既に。


 三十日後。


 地球との接続が切れることを。


 知っていた。


《どうして知っているのか聞きました。》


《セレフィナは、こう答えました。》


 最後。


《「昨日、世界そのものから通知がございました」》


 会議室で。


 ノアだけが。


 小さく呟いた。


「……向こうにもいる」


 WORLD CORE。


 俺たちの世界だけではなかった。


 サービス終了まで三十日を残した。


 もう一つのアステリアでも。


 世界そのものが。


 既に。


 住民たちへ。


 終わりが近いことを知らせ始めていた。

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