第63話 二つ目の地球のゲーム情報を調べたら、向こうでは『エルグランド・サーガ』がまだサービス中だった
《ELGRAND_SAGA》
《ASTERIA》
《REGNA》
その三つが同じ画面に並んでいるだけで、さっきまで「正体不明の二つ目の地球」だったものが急にこちらを向いた気がした。
偶然、似た世界があった。
偶然、向こうにもゲームがあった。
そういう話ではない。
二つ目の地球――EARTH/Bにある何らかのシステムは、《エルグランド・サーガ》という名前を知っていて、アステリアを観測対象として指定し、さらに《REGNA》を検索していた。
俺のゲーム内名を。
「……通信は来てないんだよね?」
念のため確認すると、ノアは画面を見たまま頷いた。
「来てない。これはさっきの観測要求に付いてた情報だけ」
「じゃあ、こっちから返事したことにもならない?」
「ならない」
「接続も?」
「凍結したまま」
「それなら、まず今日は――」
「帰りません」
リゼルが言った。
「俺、まだ帰るって言ってないよ」
「お顔が仰っていました」
「顔で分かるようになった?」
「十五年以上お仕えしておりますので」
「間に三百年空いてるけどね」
少しだけ空気が緩んだ。
とはいえ、俺も今すぐ立って帰れる気分ではなかった。
EARTH/Bに「レグナ」という文字がある。
それだけなら、俺と同じ名前を使っているプレイヤーがいる可能性もある。
でも《ASTERIA》まで指定されている。
少なくとも、向こうにいる誰か、あるいは何らかのシステムは、俺たちが今いるアステリアを探す理由を持っている。
「調べられるのは、今ある情報だけだよね」
「うん」
ノアが答える。
「向こうに追加問い合わせはしない。観測要求が勝手に置いていった情報だけ解析する」
「それなら賛成」
セレフィナも頷いた。
「能動的な接触と、既に受け取った情報の分析は分けるべきでしょう。EARTH/Bとの通信凍結については変更いたしません」
水城さんも地球側の担当者と短く確認を取り、同じ判断になった。
誰も勢いで「向こうへ聞こう」とは言わない。
未知の世界を見つけてから数日。
俺たちは、少しずつ止まり方が上手くなっている気がする。
「じゃあ、まず《ELGRAND_SAGA》が本当にあのゲームなのか確認しよう」
俺が言うと、水城さんが頷いた。
「既に元運営側へ照合依頼を出します。ただ、時刻も遅いですので――」
「明日でいいですよ」
「蓮さん?」
「緊急じゃないんですよね?」
「はい」
「なら明日」
自分で言って。
ちょっとだけ驚いた。
数日前なら、このまま深夜まで結果を待っていたと思う。
ノアが俺を見る。
「成長した」
「何でみんな俺を子供みたいに褒めるの?」
「前科があるから」
「ノアにだけは言われたくない」
「私は今日、六時間半寝た」
「そこまだ誇ってたんだ」
ミーナが静かに口を挟む。
「蓮様は昨日、五時間二十分です」
「その話を蒸し返さないで」
「本日は昨日より早くお休みになれますね」
逃げ道がなくなった。
結局。
EARTH/Bから受け取った観測メタデータを複製し、地球側とアステリア側の解析班へ一部ずつ渡す。
新しい通信はしない。
EARTH/B関連の七系統ロックも維持。
何かあっても、今夜は緊急事態でない限り俺たちへ連絡しない。
そこまで確認して。
本当に帰った。
◇
翌朝。
会社へ行くと、俺の机の横にある《世界間緊急連絡専用》の小机へ、さらに一枚札が増えていた。
《EARTH/B関連――本人への直接連絡禁止》
「待って」
俺は鞄を置く前に総務担当を呼んだ。
「これ何ですか?」
「昨日の決定を反映しました」
「会社にまで?」
「如月さん個人へ直接問い合わせが来た場合に備えてです」
「向こうから会社に電話が来る想定してるんですか?」
「電話番号を知っているとは思っていません。ただ、世界間関係の話については個人判断で回答しないという意味ですね」
「ああ……」
それなら分かる。
むしろ必要だ。
俺が会社で働いていること自体、今ではそこまで秘密ではない。
アステリア側にも知られているし、日本政府にも当然知られている。
万が一、EARTH/Bから何らかの形で「レグナを出せ」と連絡が来ても、俺個人が会社の電話で対応するわけにはいかない。
「ちなみに」
総務担当が続ける。
「受付にも説明済みです」
「何を?」
「《異世界・別世界・別地球を名乗る来客があった場合、如月さんへ直接取り次がない》と」
「そんな受付マニュアルある会社、うちだけですよね?」
「多分」
近くの同僚が吹き出した。
「如月さん、もう宇宙人来ても驚かなさそう」
「宇宙人ならまだ同じ宇宙だから、最近ちょっと安心するかもしれない」
「感覚おかしくなってません?」
「自分でも思う」
俺は席へ着いた。
ただし。
一つだけ気になった。
「課長」
「何だ」
「今日、元運営の人が来る予定とかあります?」
「午後に来る」
「早い」
「政府から正式な技術照会だ。会社じゃなくて近くの施設で確認するそうだぞ」
「俺は?」
「勤務中」
「ですよね」
「お前がいなくてもできる照合だろ?」
「できます」
「なら働け」
「はい」
本当に。
俺のいないところで普通に話が進むようになった。
昔なら不安だったかもしれない。
今は、それでいい。
◇
昼休み。
世界間専用端末へ届いていたのは一件だけだった。
《EARTH/B観測メタデータ暫定解析》
優先度三。
つまり夜まで待てる。
俺は一度だけ画面を見て。
閉じた。
「見ないんですか?」
総務担当が聞く。
「見ると午後ずっと気になるので」
「かなり成長しましたね」
「だから何でみんな同じこと言うんですか」
とはいえ。
昼食を食べ終わったあとなら見てもいいだろう。
勝手に自分ルールを追加して、食後にもう一度端末を開く。
解析結果はまだ途中だった。
《EXTERNAL CLIENT IDENTIFIER:ELGRAND_SAGA》
これは名称だけでは断定できない。
だが。
観測要求には、もっと細かな付随情報が残っていた。
《CLIENT FORMAT》
《BUILD SIGNATURE》
《SERVICE CERTIFICATE》
《WORLD DIRECTORY VERSION》
そのうち三項目が。
こちらの地球に存在していた《エルグランド・サーガ》の実物と一致している。
「……本物なんだ」
思わず呟いた。
完全一致ではない。
でも。
名前を真似しただけでは説明できない。
ゲーム運営内部でしか使われていなかった識別形式。
一般プレイヤーには公開されていなかった内部署名。
それらが同じだった。
そして。
違う部分が一つ。
《BUILD SIGNATURE》
向こう側の方が、新しい。
俺たちの地球で存在した最終版より。
後の更新番号が付いている。
詳しい意味については、
《元運営担当者の確認待ち》
となっていた。
十九時から合同説明。
そこまで読んで。
俺は端末を閉じた。
「……仕事しよう」
自分に言い聞かせる。
二つ目の地球の《エルグランド・サーガ》は。
俺たちが知っている最終版より先へ進んでいる。
でも。
更新番号が新しいからといって、今もサービスしているとは限らない。
終了前にこちらにはなかったテスト版が存在した可能性だってある。
決めつけない。
十九時まで待つ。
そう思っていたのに。
午後三時頃。
課長が俺の机へ来た。
「如月」
「はい」
「お前、今日定時で上がれ」
「何かありました?」
「緊急じゃないらしい」
「じゃあ何で?」
「政府から《定時退勤への協力依頼》が来た」
「そんな依頼あるんですか?」
「俺が聞きたい」
課長が俺の横の小机を見る。
「世界が増えるたびに労務管理が面倒になるのやめてくれ」
「俺に言わないでください」
「とにかく残業するな」
「元からほとんどしませんよ」
「ならいい」
世界間問題で。
政府から会社へ。
残業しないよう依頼が来る。
そこまで来ると、もう何が普通なのか分からない。
◇
午後七時。
合同確認会議。
今日はリゼル、セレフィナ、ノア、ミーナ。
水城さんたち日本側。
さらに。
以前にも会った《エルグランド・サーガ》の元運営関係者が二名参加していた。
俺が入室すると、二人とも何とも言えない顔で頭を下げた。
「お久しぶりです」
「お久しぶりです。如月さん」
「またゲームの件ですみません」
「七年前にサービス終了したゲームの調査に、こんなに長く関わるとは思っていませんでした」
「俺もです」
サービス終了したゲーム。
そう。
俺たちの地球では。
元運営側が持参した端末には、保存されていた最終クライアントの情報が表示されている。
「まず結論から説明します」
元運営担当者が言った。
「EARTH/B側から取得された《ELGRAND_SAGA》の識別情報は、弊社が運営していた《エルグランド・サーガ》と同系統のシステムである可能性が極めて高いです」
「同じゲーム?」
「少なくとも、無関係な第三者が名称だけを流用したものとは考えにくいです」
画面が二つに分割された。
左。
こちらの最終版。
右。
EARTH/Bの観測システム。
内部の識別規則が似ている。
というより。
途中まで同じだった。
「サービス証明書についても、ある時点までは同一系列です」
「ある時点まで?」
「はい」
元運営担当者が表示を拡大する。
「こちらの地球では、この系列の証明書はサービス終了準備に入った段階で更新を停止しています。その後、終了用の最終証明書へ移行しました」
「向こうは?」
「移行していません」
代わりに。
別の更新履歴が続いている。
一回。
二回。
三回。
俺たちの地球では存在しない更新。
「これ……」
「サービス終了後に相当する期間も、システム更新が継続した形跡があります」
会議室が静かになる。
「期間は比較できるんですか?」
水城さんが聞く。
「EARTH/Bの現地時刻とこちらが同期していないので、正確な日付比較は避けるべきです。ただ、更新系列だけ見れば、こちらの最終版よりかなり後です」
俺は画面を見る。
十五年間。
毎日のように起動したゲーム。
最後の日。
サービス終了。
ログアウト。
あれで終わった。
はずだった。
「じゃあ向こうでは、終了しなかった?」
「まだ断定できません」
元運営担当者は慎重だった。
「サービス終了後にローカル環境や保存サーバーだけを維持した可能性もあります。開発用設備が残った可能性もあります。ただ――」
「ただ?」
「観測要求へ付属していた情報に、これがあります」
新しい項目。
《SERVICE ENVIRONMENT》
その下。
《PRODUCTION》
「プロダクション?」
「本番環境です」
ノアが先に答えた。
「テストじゃない」
「はい」
元運営担当者も頷く。
「少なくともEARTH/Bのシステム自身は、自分を商用運用中の本番環境として識別しています」
「今も?」
「さらにもう一項目あります」
画面。
《SERVICE STATUS》
少しの間。
誰も何も言わなかった。
《ONLINE》
「……オンライン」
俺が読み上げる。
元運営担当者が頷いた。
「こちらの地球では、サービス終了処理が完了した時点でこの値は恒久的に《CLOSED》となりました」
「向こうはONLINE」
「はい」
同じゲーム。
同じ名前。
同じ内部設計から分かれ。
こちらでは七年前に終わった。
向こうでは。
「まだ……続いてる?」
「現時点の証拠から最も素直に読むなら、そうなります」
十五年前。
俺が始めた。
七年前。
俺が終えた。
オンライン国家運営RPG。
《エルグランド・サーガ》。
二つ目の地球では。
今も。
サービス中だった。
◇
「待って」
最初に声を出したのはノアだった。
「向こうでゲームが動いてるなら、向こうにもアステリアがある?」
全員が元運営担当者を見る。
「通常仕様であれば、プレイヤーごと、あるいは所属勢力ごとに世界状態は異なります。こちらのアステリアと完全に同じ国家が存在するとは限りません」
「でも初期データは?」
「同じゲームなら共通している可能性があります」
俺は妙な感覚になった。
こちらでは。
俺が土地を選び。
小さなアステリアを育て。
十五年間続け。
サービス終了後も、世界は三百年を生きた。
では。
向こうは?
サービス終了しなかった《エルグランド・サーガ》。
そこに。
別のアステリアがあるのか。
別のリゼルが。
別のセレフィナが。
別のノアが。
別のミーナが。
そう考えかけて。
俺は止めた。
「まだ決めない方がいいな」
自分から言った。
「同じゲームだからって、同じ人たちがいるとは限らない」
「はい」
セレフィナが頷く。
「仮に似た存在が確認されたとしても、昨日決めた原則があります」
同一扱いしない。
似ていても。
同じ名前でも。
その人はその人。
俺と留守番について考え続けたことが、思った以上に役に立っている。
「それより」
リゼルが画面を見る。
「なぜ、そのゲームが蓮さんを探しているのでしょう」
そうだった。
向こうでゲームが続いている。
それだけなら、まだ分かる。
世界が分岐した。
歴史が違った。
向こうではサービス終了しなかった。
そういう可能性を考えることはできる。
だが。
向こうの観測システムは。
《REGNA》
を検索した。
「向こうのレグナを探してるんじゃない?」
俺が言うと、元運営担当者が少し考える。
「可能性はあります。ただ観測対象がEARTH/A側の《ASTERIA》に指定されていますので、単純なローカルプレイヤー検索には見えません」
「こっちのアステリアで、レグナを探してる?」
「少なくともデータ上は」
「なんで?」
「そこは分かりません」
また。
分からない。
でも今はそれでいい。
分からないなら調べる。
分からないまま扉を開かない。
俺たちはそれを何度も繰り返してきた。
「通信ロックは維持」
俺が言う。
「向こうがサービス中だって分かっても、こっちからは何もしない」
「賛成」
ノア。
「異議ありません」
セレフィナ。
「私も同意いたします」
リゼル。
ミーナも静かに頷く。
地球側も同じ。
全員が一致した。
その時だった。
警告音は鳴らなかった。
代わりに。
ノアの端末の端へ。
小さな通知だけが出た。
「何?」
俺が聞く。
ノアが画面を見る。
「EARTH/B」
一瞬。
全員が身構える。
「接続?」
「違う」
「観測?」
「違う」
ノアの指が止まる。
「通信要求」
会議室が静まり返った。
ロックは機能している。
内容は受信していない。
ただ。
向こうから。
《話したい》
という要求だけが届いた。
「開かないで」
俺が言う。
「うん」
「送信元情報だけは?」
「要求ヘッダなら見られる」
昨日と同じ。
通信内容を受け取らなくても。
どのシステムが通信を要求しているのか。
最低限の識別情報だけは確認できる。
「見る?」
ノアが聞く。
俺は一人で答えなかった。
リゼル。
セレフィナ。
ミーナ。
水城さん。
地球側。
元運営担当者。
全員で確認する。
危険はない。
通信を開くことにもならない。
「見よう」
俺が言った。
ノアが要求ヘッダを表示する。
《INCOMING COMMUNICATION REQUEST》
《SOURCE:EARTH/B》
《CLIENT:ELGRAND_SAGA》
ここまでは予想できた。
次。
《SERVICE STATUS:ONLINE》
やはり。
向こうのゲームは動いている。
さらに。
《ACCOUNT AUTHENTICATION:VALID》
「アカウント認証?」
元運営担当者が画面へ近づく。
「ゲームアカウントから送られている?」
「そう見えます」
「誰の?」
俺が聞いた。
最後の項目が開く。
《SENDER CHARACTER ID》
文字列が表示される。
俺は。
読む前に。
たぶん分かっていた。
《REGNA》
会議室の誰も。
すぐには口を開かなかった。
EARTH/Bで。
今もサービスを続けている《エルグランド・サーガ》。
その本番環境から。
正式なゲームアカウント認証を通して。
俺たちへ通信要求を送ってきた人物。
名前は。
《REGNA》。
俺と同じだった。




