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サービス終了したゲーム世界から、元部下たちが現実へ帰ってきた  作者: てへろっぱ


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第56話 三つ目の接続先から信号が返ってきたので、国を挙げて『返事をしない』ことになった

 三つ目の輪の奥で、小さな光が一度だけ点滅した。


 誰かが息を呑む音がした。


 俺も何か言おうとしたのだが、それより早くノアが動いた。


「接続操作、全部停止。観測だけ残して」


 中央装置の周囲にいた魔導技師たちが即座に手を引く。


 同時にセレフィナが考古院と王城管理局へ向き直った。


「地下区画を第二警戒状態へ移行してください。ただし封鎖範囲を不用意に広げないように。上層の職員や周辺住民へ不安を与える必要はありません」


「承知しました」


「地球側も能動信号を停止します」


 水城さんも部下へ指示を飛ばす。


 リゼルは中央装置ではなく俺の方へ来た。


「蓮さん、念のため二歩下がってください」


「二歩?」


「三歩でも構いません」


「増えた」


「では三歩で」


 仕方なく下がる。


 そしてミーナは、誰にも指示されていないのに俺と中央装置の間へさりげなく移動していた。


 わずか十秒ほど。


 俺は何も命令していない。


 けれど、アステリア側も地球側も、それぞれが自分で判断して安全側へ動いていた。


 そのことに気づいて、少しだけ肩の力が抜ける。


 三百年前のアステリアなら、俺が画面の前で次の操作を選ぶまで何も進まなかった。


 今は違う。


 俺が何もしなくても、国が動く。


 むしろ俺よりずっと早い。


「……俺、本当に何もしなくていいな」


 小さく呟くと、セレフィナがこちらを見る。


「何もしないでいただくのも、重要なご協力です」


「それ、会社で言われたらかなり傷つくやつだよ」


「では訂正いたします。今は不用意な操作をなさらないことが、蓮様にしかできない役割です」


「もっと傷つく言い方になってない?」


 セレフィナが少しだけ目を逸らした。


 たぶん本人も気づいた。


 その横でノアが中央装置から目を離さず言う。


「でも本当。今は触らないで」


「分かりました」


 素直に従うことにした。


 光は一度点滅しただけで、それ以上の変化はない。


 空間が裂けるわけでも、何かがこちらへ現れるわけでもなかった。


 数分間の測定を終えたノアが、ようやく息を吐いた。


「門は開いてない」


「本当に?」


「うん。境界接続値はゼロのまま。向こうから何か流れ込んでもない」


 水城さん側の測定結果も同じだった。


「少なくとも、物質・エネルギー・既知の電磁波については流入を確認していません。先ほどの反応は通信信号に近いと考えた方がよさそうです」


「じゃあ……返事?」


「可能性は高い」


 ノアが三つ目の窪みを見る。


「こっちが何か送ったわけじゃないけど、この施設を起こしたことで自動信号が出たんだと思う。それを向こうが受け取って、応答した」


「勝手に送信したの?」


「たぶん」


 俺は王権端末を開いた。


「WORLD CORE。今の何?」


《境界存在確認応答です》


「存在確認?」


《はい》


《当該境界設備は起動時》


《登録済み接続先へ存在確認信号を送信します》


「それ先に言ってほしかったんだけど」


 少し間が空いた。


《申し訳ありません》


「怒ってるわけじゃないよ。ただ次からは、何か自動で送る機能があるなら先に教えて」


《了解しました》


 本当に少しずつ会話が成立するようになっている。


 しかしノアがすぐ画面を覗き込んだ。


「相手は存在確認に返しただけ?」


《現在確認できる範囲では》


《はい》


「自動応答?」


 今度は返事が遅かった。


《判別できません》


 部屋の空気がまた少し重くなる。


 自動なのか。


 誰かが返したのか。


 そこは、かなり大きな違いだった。


 俺は三つ目の輪を見る。


「向こうから、こっちを開けることはできる?」


《現在の境界固定状態では不可能です》


「こっちから開けなければ安全?」


《既知情報上は》


《はい》


 既知情報上。


 断言しないところは、むしろ信用できた。


「なら今日は開けない」


 俺が言うと、意外にも全員がすぐ頷いた。


 ノアまで反対しない。


「もっと調べたいって言うかと思った」


「調べるよ」


「やっぱり」


「でも開けない」


 ノアは当然のように続ける。


「観測だけで取れる情報が山ほどある。先にそっち全部取る」


「全部?」


「全部は言いすぎた。取れるだけ」


 言い直した。


 少し成長したらしい。


     ◇


 そこから調査は、一気に地味になった。


 俺としてはありがたい。


 三つ目の世界へ繋がるかもしれない門を前にして、いきなり突入するような話になったら心臓が持たない。


 能動的な通信は一切行わない。


 境界接続も行わない。


 中央装置へ新たな魔力も電力も与えない。


 ただ向こうから届く信号だけを記録する。


 その方針はアステリア側、地球側ともに一致した。


 すると今度は、誰が許可したわけでもないのに各部署が自分たちで役割分担を始めた。


 考古院は施設そのものの年代測定。


 魔導網管理院は信号構造の分析。


 都市基盤局は地下空間の長時間維持に問題がないか再検査。


 地球側は電磁・量子・空間変動を独立して測定する。


 セレフィナは調査記録の機密区分まで決め始めた。


「これ、今日中に終わる?」


「終わるはずがありません」


 セレフィナが即答した。


「ですよね」


「ただし本日の現地作業は区切ります。長時間ここに人員を滞在させる必要もありません」


「よかった」


「蓮様も夕方までには地球へお戻しします」


「俺の帰宅時間まで決まってる」


「生活を守ることも重要ですので」


 最近、アステリアの国家運営と俺の生活管理が同じ会議で扱われるようになっている気がする。


 少し複雑だ。


 さらに二時間ほど経った頃。


 俺が壁際の椅子に座って各部署の分析を眺めていると、ミーナが近づいてきた。


「蓮様」


「うん?」


「十二時を過ぎました」


 時計を見る。


 本当に過ぎていた。


「もうそんな時間か」


「はい。ですので一度お休みください」


「でも今、向こうの信号解析が――」


「蓮様が画面をご覧になっていても、解析速度は上がりません」


 正論だった。


「最近ミーナ、俺への言い方が強くなってない?」


「蓮様が無理をなさる場合だけです」


 そう言いながら、ミーナは持ってきていた小さな弁当箱を開いた。


 俺だけではない。


 リゼルたちの分もある。


「みんな食べるの?」


「もちろんです」


 セレフィナまで作業を止めてこちらへ来る。


 ノアだけは端末から離れなかったが、リゼルが無言で肩を掴み、椅子ごとこちらへ向けた。


「まだ見てる」


「食べながらでも見られます」


「効率悪い」


「倒れる方が非効率です」


「……分かった」


 三百年経っても、この二人の関係はあまり変わっていないらしい。


 俺たちは地下千年以上の古代施設の中で、弁当を食べた。


 冷静に考えるとかなり変な光景だ。


 目の前には、別世界へ繋がっているかもしれない巨大な門。


 その周囲では国家機関と日本政府の技術者たちが動いている。


 俺はその横で卵焼きを食べている。


「……普通って何だろうな」


「どうなさいました?」


 ミーナが聞く。


「いや。世界が三つあるかもしれないって話をしながら弁当食べてるの、ちょっとおかしいなって」


「食事をすることは普通です」


「そこだけ切り取ればね」


 ミーナは少し考えてから、静かに言った。


「どのような世界でも、お腹は空くのではないでしょうか」


 妙に納得した。


 世界が増えても、たぶんそこは変わらない。


     ◇


 午後二時十三分。


 二度目の信号が届いた。


 今度は点滅だけではない。


 三つ目の窪みが弱く発光し、それが三秒ほど続いて消えた。


 ノアがすぐ解析画面を見る。


「同じ信号じゃない」


「何か送ってきた?」


「パケット量が増えてる。でも接続要求じゃない」


「読める?」


「そのままは無理」


 信号形式自体が、現在の地球にもアステリアにも存在しない。


 ただ、最初の存在確認応答と構造が似ているため、共通部分を比較すれば意味のある区切りを推測できるらしい。


 さらにWORLD COREが古い境界設備の規格情報を持っていた。


 ノアたちはその二つを照合し始めた。


 俺は口を出さない。


 一時間。


 二時間。


 途中で技術担当者が何度も入れ替わった。


 誰も無理に居残らない。


 解析担当も交代する。


 俺が昔ゲームで国家運営をしていた頃なら、重要イベントが発生すれば何時間でも画面へ張り付いていた。


 でも本物の国は、誰か一人が倒れるまで働くことで維持するものではない。


 そんな当たり前のことを、俺は三百年後の元部下たちから教えられている。


 午後四時を回った頃。


「一部、読めた」


 ノアが言った。


 全員が集まる。


「意味まで?」


「意味っていうより、管理情報」


 表示された解析結果には、いくつかの項目が並んでいた。


《REMOTE BOUNDARY NODE》


《STATUS:ACTIVE》


「遠隔側の境界装置……稼働中」


 水城さんが読み上げる。


「つまり、向こうにも同じ種類の門がある?」


「少なくとも互換設備はある」


 ノアが答えた。


 次。


《CONNECTION:CLOSED》


 接続は閉鎖中。


 これは安心材料だ。


 さらに、


《AUTOMATIC RESPONSE:AVAILABLE》


 自動応答機能あり。


「じゃあ、さっきの返事は機械だった可能性が高い?」


「最初のはね」


 ノアはそこで言葉を切った。


「二回目は違う?」


「まだ分からない。ただ情報量が多い」


 解析を続ける。


 さらに二つの項目が復元された。


 一つは、


《LOCAL ENVIRONMENT:STABLE》


 向こう側の環境は安定している。


 そしてもう一つ。


 ノアの手が止まった。


「何?」


「……ちょっと待って」


 珍しく、すぐ答えない。


 何度も解析結果を確認している。


 地球側の担当者とも数字を照合し、WORLD COREへ古い規格の定義を問い合わせる。


 それでも結果は変わらなかった。


「ノア」


「これ、たぶん『自動応答設備だけが生きてる』って意味じゃない」


 ノアがゆっくりこちらを見る。


「生体反応がある」


 誰も声を出さなかった。


「どれくらい?」


「数は分からない。この規格、個体数を送るための項目じゃない。でも……」


 表示。


《LOCAL LIFE:PRESENT》


 生命存在。


 それだけだった。


 何者かは分からない。


 人間なのか。


 動物なのか。


 アステリアとも地球とも違う生命なのか。


 何も分からない。


 それでも。


 三つ目の接続先は、死んだ世界ではなかった。


「……返事は?」


 俺が尋ねる。


 セレフィナが首を横に振る。


「本日はしません」


 リゼルも同意した。


「私もそう考えます」


 ノアですら頷く。


「もっと情報取ってから」


 俺も同じだった。


 向こうに誰かいるかもしれないからこそ、急がない方がいい。


 もし向こうもこちらと同じように警戒しているなら、突然門を開けることが友好的な行動になるとは限らない。


「じゃあ、今日は返さない」


 俺は決めた。


「明日以降、どう返すかも含めて相談しよう」


 その時だった。


「待って」


 ノアが解析画面を拡大する。


 二回目の信号には、まだ解析できていない領域が残っていた。


「管理情報の後ろに履歴がある」


「履歴?」


「この遠隔装置の使用記録……みたいなもの」


 かなり壊れている。


 大半は数字の羅列で、時間単位すら分からない。


 それでもWORLD COREが持つ古い規格と照合することで、いくつかの項目だけ読み取れた。


《LAST MANUAL ACCESS》


 最後の手動操作。


「いつ?」


「変換する」


 数秒。


 数字が切り替わる。


 ノアの表情が変わった。


「地球側の基準時刻に近い情報が一緒に入ってる」


「なんで?」


「分からない。でも、これなら換算できる」


 表示された結果は、


 約三十一年前。


 だった。


 俺はすぐ一人の名前を思い出した。


 冬木玲子さんと共に異世界接続を研究していた大学院生。


 三十一年前に地球から消えた男。


「……まさか」


 ノアは答えず、次の項目を開いた。


 そこには識別情報が残っていた。


 文字列の大半は壊れている。


 ただ、人名欄だけは。


 異様なほど綺麗に残っていた。


《LAST OPERATOR》


《NAOYA SAKAKIBARA》


 榊原直哉。


 三十一年前、エルグランドへ渡ったはずの男。


 その名前が。


 地球でもアステリアでもない。


 三つ目の接続先の門に残っていた。


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