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サービス終了したゲーム世界から、元部下たちが現実へ帰ってきた  作者: てへろっぱ


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第55話 建国地点の地下にあった『最初の門』を開けたら、接続先が地球とアステリアだけではなかった

 翌朝六時五十八分、玄関のチャイムが鳴った。


 七時に迎えに来ると言っていたのだから二分早いだけなのだが、俺にはその二分すら逃走防止のために前倒しされたように思えてしまう。


 モニターを確認すると、予想通りリゼルが立っていた。その後ろにはセレフィナとノア、それから大きな保温バッグを持ったミーナまでいる。


 扉を開けた瞬間、ミーナが穏やかに頭を下げた。


「おはようございます、蓮様。朝食をお持ちいたしました」


「おはよう。……全員来たんだ」


「当然です」


 答えたのはリゼルだった。


「本日は《最初の門》の調査です。蓮さんお一人をお連れするわけには参りません」


「俺一人で行くって一言も言ってないけどね」


 リゼルは一瞬黙り、それから小さく頷いた。


「それは、そうでした」


 三百年を経ても、俺が何かを一人でやろうとする前提で警戒されるところはなかなか治らないらしい。


 もっとも、昨日の夜までなら俺も会社へ行くつもりだった。


 ところが顔を洗っている間に会社から届いた連絡を確認すると、その予定まで消えていた。


 日本政府から世界間共同調査への正式な立会要請が会社へ送られたため、本日は有休ではなく特別休暇として処理する、という人事部からの通知だった。


 俺がスマートフォンを見せると、セレフィナが満足そうに頷く。


「それでしたら、有給休暇を消費せずに済みましたね」


「そこじゃないんだよ。昨日の夜まで『有休』って言ってた話が、寝て起きたら政府要請に昇格してるのがおかしいの」


「私たちは何もしていません」


「本当に?」


「今回は、本当に何もしておりません」


 妙に強調された。


 水城さんへ確認すると、旧王城地下で世界間接続技術の起源に関わる遺構を調査する以上、地球側としても如月蓮本人の立会いを正式に依頼する必要がある、と政府内部で判断されたらしい。


 つまり、今回は元部下たちの暴走ではなかった。


 俺の周囲が勝手に国家規模になることへ、日本政府の方まで慣れ始めただけだった。


 それはそれで嫌な進歩である。


「蓮様。まず召し上がってください」


 ミーナがテーブルへ朝食を並べながら言った。


 焼いたパンと卵、野菜のスープに果物。以前なら王宮の料理人が何十人も関わりそうだったが、最近のミーナは地球で普通に食べられる量をかなり理解している。


「今日は普通の朝食だ」


「はい。地下遺構へ入られますので、重すぎないものにいたしました」


「その判断が普通になってきたの、すごく助かる」


 ミーナが嬉しそうに微笑む。


 その横では、ノアがもう俺の部屋のテーブルへ地下構造図を表示していた。


「食べながら見て」


「朝食中くらい待てない?」


「時間ない」


「八時開始だよね?」


「移動ある」


「正論なのが腹立つな……」


 表示されているのは旧王城と、その地下の構造だった。


 現在の王都中心部に残されている旧王城は、三百年以上にわたる増改築と保存工事を経ている。そのさらに下には、俺がゲーム開始初日に建てた最初の領主館の基礎跡があり、もっと深いところには建国以前の地層が残っていた。


 昨日、三環樹紋の位置を重ねて判明した《中心》。


 そこを王国側が改めて高精度で探査した結果、地下二十七メートル付近に、明らかに自然形成ではない空間が見つかったらしい。


「昨日の夜だけでそこまで調べたの?」


「都市基盤局に昔の探査記録があった。私たちが意味を知らなかっただけ」


 ノアは表示を拡大する。


「空間そのものは百年以上前から記録されてる。ただ旧王城の真下だから、文化財保護と地盤維持のため掘らなかった」


「ちゃんとしてるなあ」


「国だから」


 短い返答だったが、その言葉には三百年間この国を維持してきた者としての自負が少しだけ混じっていた。


 俺がいなくても、アステリアは三百年を生きてきた。


 昨日までなら、こんな古いものが王城の下にあったと知れば「俺が知らなかった」で終わっていたかもしれない。


 今は少し違う。


 知らなかったからこそ、勝手に掘らず守ってきた人間がいる。


 それもアステリアの歴史なのだと思えるようになっていた。


     ◇


 午前八時十二分。


 俺たちは旧王城地下の既存管理区画にいた。


 予定より十二分遅れたのは俺のせいではない。入口で関係機関の確認手続きが多すぎたせいだ。


 考古院、王城管理局、都市基盤局、魔導網管理院、歴史保全局。


 昨日セレフィナが挙げていた部署が本当に全部来ていた。


 さらに地球側から水城さんたち世界間技術担当者も立ち会っている。


「思ったより人が多い……」


「必要人員のみです」


 セレフィナが答える。


 もう「最小限」と言わなかったところを見ると、俺がその言葉を信用していないことは理解しているらしい。


 ただし、誰も俺の命令待ちで集まっているわけではなかった。


 考古院は出土物保全の準備をし、都市基盤局は旧王城の荷重変化を監視し、魔導網管理院は地下を通る既存設備への影響を確認している。地球側も独自の環境測定装置を配置し、異常な電磁反応が出た場合に備えていた。


 俺が何も言わなくても、それぞれが自分の仕事をしている。


 この光景を見ると、少し安心する。


 そして当然のように、その中で一番落ち着きがないのはノアだった。


「まだ?」


「まだです」


 考古院のグランツさんが答える。


 昨日も灰白丘陵の遺跡で会った老齢の考古学者だ。今日はさすがに俺を見て毎回姿勢を正す余裕もないらしく、部下たちから次々に届く確認事項へ指示を出している。


「地下二十五メートルまで既存の保守坑道を利用いたします。その先の二メートルのみ、保存掘削を行います」


「どれくらい?」


「既に昨夜から作業を進めておりますので、間もなくです」


 俺は思わずセレフィナを見る。


「昨夜から?」


「調査許可が下りた時点で、各部署が自主判断で準備を開始したようです」


「みんな行動早くない?」


「三百年間、蓮さんが戻ってくるのを待つだけだった国ではありませんから」


 セレフィナはそう言ってから、少しだけ笑った。


「必要な時には、自分たちで動きます」


 それを聞けたことが、なぜか嬉しかった。


 十五年前、俺が画面の中で最初の領地を選んだ時には存在すらしていなかった人たちが、俺の知らない制度で、俺の知らない手続きを行い、俺の知らない歴史を守っている。


 俺が作った国、なんて簡単に言ってはいけない。


 そのことを、最近ますます思い知らされる。


「貫通します」


 作業員の声で、全員の意識が地下壁面へ戻った。


 最後の土砂が慎重に取り除かれる。


 その向こうから現れたのは、石ではなかった。


 黒い。


 昨日、第三灰白遺跡で見た金属板とよく似た材質だった。


 ただし大きさが違う。


 高さはおよそ四メートル。横幅は六メートル近くあり、表面には継ぎ目らしいものがほとんどない。


 そして中央には、はっきりと刻まれていた。


 三つの輪。


 その中心を貫く、一本の木のような線。


「三環樹紋」


 リゼルが静かに口にした。


 昨日までは、古代の宗教紋章かもしれないと考えられていた印。


 けれど榊原直哉は、それを《門の印》に近い意味で使っていたと記録していた。


 そして今、その印が本当に巨大な扉らしきものへ刻まれている。


「これが《最初の門》?」


 俺が尋ねると、ノアはすぐに答えなかった。


 携帯型探査器を近づけ、魔力、電気、空間歪曲の順で測定する。地球側の技術者も別方向から計測し、結果を照合してから、ようやくこちらを向いた。


「扉は合ってる。でも転移門そのものかは分からない」


「開けたら地球に出たりしない?」


「その可能性を今から確認する」


「先に確認してくれるようになった」


「私は昔からしてる」


 本人は不満そうだった。


 王権端末を起動する。


 昨日までなら、WORLD COREへ俺たちから質問を投げていただろう。


 ところが今日は、管理者通信を開いた時点で向こうから一行表示された。


《境界起点を確認しました》


「見えてるんだ」


《はい》


 ノアが俺の横から画面を覗き込む。


「開けると接続起動する?」


 俺がそのまま入力すると、返答はすぐに来た。


《外殻開放のみでは起動しません》


《境界接続は現在停止中です》


 部屋にいた各担当者へ内容が共有される。


 水城さんが腕を組んだ。


「少なくとも、開けただけで日本のどこかへ突然穴が開くわけではなさそうですね」


「その言い方されると、逆に安心できないんですけど」


「私もです」


 政府の人でも怖いものは怖いらしい。


 続いてノアが聞いた。


「開け方は?」


 WORLD COREからの返答は少し遅れた。


《境界適合者認証》


 全員の視線が俺へ集まる。


「嫌な予感しかしない」


 次の表示が出る。


《RENの認証を使用できます》


「やっぱり俺か……」


 十五年前、俺がこの場所を選ぶよう《土地相性・極高》という存在しない推奨値を追加したのもWORLD COREだった。


 今回もまた、俺が鍵らしい。


 ただ、その直後だった。


 もう一文が表示された。


《本人の許可が必要です》


 俺は少しだけ黙った。


 以前なら、そんな確認はなかった。


 九年前、世界が壊れかけた時も。


 ゲーム開始時、土地を選ばせた時も。


 WORLD COREは必要だと判断すれば俺を使った。


 それについて、第51話でこいつは謝った。


 そして今。


 ちゃんと聞いている。


「……学習してるの?」


《はい》


「誰に教わった?」


《REN》


 思わず笑った。


「俺、そんな立派なこと教えた覚えないけど」


《勝手に使用された時》


《RENは怒りました》


「それで覚えたの?」


《はい》


 隣でノアが小さく吹き出した。セレフィナは口元を押さえ、ミーナまで少し笑っている。


 リゼルだけは真面目な顔で画面を見たままだったが、その表情もどことなく柔らかい。


「蓮さん」


「うん」


「私たちもおります」


 分かっている。


 だから俺は一人で決めなかった。


 ノアに安全性を確認し、水城さんたち地球側の意見を聞き、考古院と王城管理局にも開放による保存上の問題がないことを確認する。


 全員から問題なしの回答が出てから、俺は王権端末へ入力した。


《認証の使用を許可する》


 一秒ほどして。


《ありがとうございます》


 礼まで言うようになった。


「どういたしまして」


 その直後、目の前の黒い壁に光が走った。


     ◇


 三環樹紋の三つの輪が淡く輝き、中央の一本線へ光が集まっていく。


 大きな音はしなかった。


 巨大な黒い壁は中央から割れるのではなく、まるで厚みそのものが消えていくように左右へ薄くなっていった。


「物質転送?」


 地球側の技術者が呟く。


「違う」


 ノアが即座に否定した。


「折り畳んでる。たぶん空間側に収納してる」


「それ、現在の王国技術でできる?」


「できるけど、この規模で千年以上維持は無理」


 つまり、また現代よりおかしい古代技術が出てきた。


 開いた先に真っ暗な空間が現れる。


 すぐには入らない。


 環境測定。


 有毒物質なし。


 酸素濃度に問題なし。


 魔力異常なし。


 空間歪曲は存在するが安定。


 さらに小型の観測器を先行させ、床と天井の構造強度まで確認してから、グランツさんが入室許可を出した。


 最初に踏み込もうとしたリゼルと、装置を持って前へ出ようとしたノアがほぼ同時に止まる。


「私が先に」


「測定するから私」


「危険確認が先です」


「だから測定」


 二人が俺を見る。


「俺に決めさせないで」


 結局、王城管理局の無人探査器を先頭にすることで落ち着いた。


 人間は機械に負けた。


 安全確認のあと、俺たちも中へ入る。


 部屋は円形だった。


 直径は二十メートルほど。


 壁にも床にも埃がほとんどなく、千年以上閉じられていたとは思えない。


 中央には巨大な環状構造物が立っていた。


「これ……門?」


 現在アステリアと地球を繋いでいる転移門とはまるで違う。


 今の門はノアたちが三百年間研究して完成させた技術だ。魔導回路と固定術式を組み合わせ、二つの地点を一時的に接続する。


 目の前にあるものには、それらしい魔導回路が一つも見えない。


 三つの金属環。


 それぞれ直径が異なり、互いに少しずつ角度を変えて重なっている。


 そして中心には、細い柱。


 遠くから見れば。


 三つの輪と。


 一本の木。


「三環樹紋、そのものだ」


 俺が言うと、セレフィナが頷いた。


「紋様が門を表しているのではなく――」


「門の形を簡略化したのが、あの紋様」


 ノアが続きを言った。


 千年以上、宗教紋章だと思われていたもの。


 もっと古くから存在する、何か。


 それはただのマークではなかった。


 設備の形だった。


「WORLD CORE」


 俺は王権端末を開く。


《はい》


《これはお前が作った?》


《いいえ》


 分かっていたはずなのに、実際に文字として返されると空気が変わった。


《じゃあ誰が?》


《不明です》


《いつからある?》


 今度の返答には少し時間がかかった。


《私が現在の自己認識を確立した時点で》


《既に存在していました》


「WORLD COREより古い……」


 水城さんが低い声で呟いた。


 世界を維持している仕組みより前から、世界と世界を繋ぐ設備がある。


 なら。


 誰が。


 何のために。


 答えはまだない。


「だから一気に答え出すのやめよう」


 俺は自分に言い聞かせるように口にした。


「今日は調査。分からないものは分からないまま持ち帰る」


「賛成」


 珍しくノアが即答した。


 俺が驚いて見ると、少し不満そうな顔をされる。


「何」


「いや、全部今すぐ調べるって言うかと思った」


「壊したくない」


 ノアは中央の環を見上げる。


「これ、たぶん世界で一個しかない」


 研究者として興奮しているからこそ、慎重になっているらしい。


 その判断なら安心できる。


 俺たちは触れずに周囲を調べ始めた。


 約二十分後。


 最初に異変を見つけたのは、意外にもミーナだった。


「蓮様。こちらは何でしょう」


 部屋の壁際。


 他の人間が中央装置へ集中している中、ミーナは小さな金属板を見つけていた。


 文字はない。


 代わりに三つの丸い窪みが横へ並んでいる。


 ノアが近づいて測定器を当てると、そのうち二つだけ反応した。


「生きてる」


「何が?」


「分からない。でも二つ、信号ある」


 三つあるのに。


 二つ。


 俺は嫌な予感がした。


 こういう時の嫌な予感は最近よく当たる。


「WORLD CORE、これ何?」


 端末へ金属板の情報を送る。


 返ってきたのは、


《境界接続先表示》


 という文字だった。


「接続先……」


 ノアが中央の三つの環を見る。


 金属板の一番左。


 淡い光が点く。


《LOCAL》


《ELGRAND》


 エルグランド。


 この世界。


 二番目も光る。


《EXTERNAL》


《EARTH》


「地球」


 水城さんが息を呑む。


 ここまでは分かる。


 エルグランド。


 地球。


 二つの世界が繋がっている。


 問題は。


 三番目だった。


「……三つあるよね」


「ある」


「壊れてる?」


 ノアが詳しく測定する。


「違う。停止してるだけ」


「何の接続先?」


「表示出してみる」


 ノアが操作しようとして、途中で手を止めた。


「蓮」


「何?」


「触っていい?」


 一瞬、意味が分からなかった。


 それから気づく。


 昨日までなら、ノアならもう触っていたかもしれない。


「管理側の許可は?」


「取った」


 グランツさんと各担当者も頷く。


「じゃあ、お願い」


「うん」


 ノアが最低限の魔力を流す。


 反応はなかった。


 次に、地球側の装置からごく弱い電気信号を与える。


 それでも変化しない。


 最後に王権端末を経由し、WORLD COREの観測機能だけを接続する。


 そこで。


 三番目。


 今まで暗かった窪みが。


 ゆっくり。


 光った。


「……え?」


 表示が出る。


《EXTERNAL》


 地球と同じ。


 外部。


 その下。


《IDENTIFICATION FAILED》


 識別失敗。


「地球じゃない?」


 俺が尋ねる。


 WORLD COREから返答が来る。


《はい》


「エルグランドでもない?」


《はい》


 部屋の空気が変わった。


 三つの輪。


 俺たちはずっと、その意味を知らなかった。


 エルグランド。


 地球。


 そして。


 もう一つ。


「今も繋がってるの?」


《いいえ》


「接続できる?」


 長い間が空いた。


《不明です》


 そこで終わってくれればよかった。


 しかし数秒後、WORLD COREが自分から文章を追加した。


《訂正》


「何?」


《第三境界先》


《微弱信号を確認しました》


 ノアが勢いよく中央装置を振り返る。


「いつから!?」


 俺がそのまま入力すると、返答は一行だった。


《今です》


 誰も動かなかった。


 千年以上閉じられていた《最初の門》。


 俺たちが今日、その外殻を開けた。


 止まっていた三番目の接続先が、それと同時に反応した。


 そして最後に。


 暗かった三つ目の輪の奥から。


 小さな光が。


 一度だけ。


 こちらへ返すように。


 点滅した。


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